チョコレート・リターン【cacao50%】@多摩よしひと
二月十四日といえば、バレンタインである。
何か期待しているかと言われれば、そりゃ、まあ、期待はしている。いくらすかして見せたところで、チョコレートをもらえれば嬉しいし、もらえなければまあそれはその時だ。
しかし、もし、例えば、もらったチョコレートに何らかの思いが乗っていたとしたら、あるいは、チョコレートを一つももらえなかった時に、何らかの思いが乗っているチョコレートを、自分は守らなかった、と考えてみたとしたら。
チョコレートは、人の思いを託すに値するのだろうか?
*
「なあなあ醒ケ井」
立花の声がする。俺たちは同じ生物研究会の部員だった。なぜ生物研究会員である俺が、放課後、ここ生物実験室で将棋盤の上に駒を並べているのか、なぜ同じく生物研究会員である立花がここ生物実験室で天文雑誌をめくっているのか、話せば長くなる。
「なんだ? 立花」
「チョコもらった?」
「もらってない。お前は?」
「もらった。三個」
「へえ」
なぜか立花はモテるのだ。いや、理由ははっきりしている。男の俺から見てもこいつは見てくれがいいのだ。見てくれはよくとも、友人でいればいろいろと見てくれ以外の部分も知るようになる。そして、まあなんというか、こいつも変な奴なんだなあ、と知ったのが去年の収穫の一つだ。
しかし、こいつとの付き合いはそこまで短くない。こんなに気の抜けた喋り方をしているからには、チョコを何個もらったかなんてこいつの話の本題ではないのだ。
俺は立花が口を開くのを待った。立花もそれを察したのか、すぐに口を開いた。
「お前、高月になんかあったか、知ってる?」
高月とは、俺や立花と同じクラスの女子だ。背はあまり高くなく、肩のところで切りそろえた髪がいつも忙しく揺れているような、くるくると立ち回る元気なひとだ。
で、俺が彼女について知ってるのはだいたいそれくらいである。今日の彼女に何があったか、逐一知っているわけではない。
「知らない。なんかあったのか?」
「ああ、まあな」
そして、天文雑誌から顔をあげると、立花は訥々と今日の朝の出来事について語り始めた。
*
俺、昨日は校庭に忍び込んで星見てたからさ、家に帰るのもめんどくさくて、朝に学校があくまで待ってたんだよ。え? 寒かったかって? いや、あったかいお茶も持ってきてたし、そんなでもなかったかな。
そんなわけだから、教室には一番乗りだったわけさ。でも、徹夜ですごく眠かったから、そのまま自分の机で寝てたわけ。いやー、暖房の効いた部屋はやっぱり眠くなるって。
で、そうやって眠ってすぐだったかな。ガタっ、って音がしたから顔をあげたら、高月がいたわけ。森田の机の椅子を引いた音だったんだな。あいつ、小さな声で「まっずいなあ」って言ってから、俺に「誰にも内緒にしてるから」って言ったんだ。ん? どんな感じかって? まあ、両手を合わせて、頼みごとするみたいな感じだな。まあ、普通に、なんでもない感じに、だ。
なにしてんのかなあ、って思って見てたら、高月はそのまま鞄から、そうだなあ、四六版の本くらいの大きさだったかな、それくらいの箱を取り出して森田の机に入れてた。具体的な包装? 森田の机は俺の机の近くだし、結構はっきり見えたな。赤い無地の包装紙できっちり包んであって、青いリボンがかけてあったな。見た感じ包装紙に何か書いてある様子もなかったな。
とにかく、その一部始終を見届けて、俺はまた寝たわけ。
で、そうやってるうちに一限が終わって……、ああ、そうだよ、一限はずっと寝てた。一限と二限の間の休み時間に俺が自分の机に座ってたら、二限が始まる、そうだな、三分くらい前になって高月が戻ってきたんだ。言い忘れてたな。高月の席は俺の隣なんだ。だからよく見えたんだけど、高月が机の中に手を突っ込んで、で、明らかに顔から血の気が引いていたな。ん? そんなジロジロ見てたわけじゃねえよ。横目で見るくらいだ。高月、なんだかかわいそうなくらい顔が真っ青だったな。机の中に突っ込んだ手をそろそろって引っ張り出したんだ。
高月の手には、あの高月のチョコレートがあったんだ。真っ赤な包装紙のな。あれ、って思った頃には、高月はもう教室を出て行ってたな。そのまま、二限が始まってもあいつは戻ってこなかった。その頃には高月の近くの席のやつらの間では、高月が休み時間が終わっても戻ってこないって結構ざわざわしてたな。一番席が近いのが俺だから、前の席の春江とか、斜め前の丸岡とかにも訊かれたぞ。「あいつ、どうしたんだ?」ってな。え? 春江はほら、クラス委員やってる女子だし、丸岡は坊主刈りの野球部だぞ。なんだお前、まだクラスの面子の名前覚えてなかったのか?
俺も、あのチョコレートが本当に高月が朝渡したものだかわからなかったから、黙ってたんだ。その代わり、「高月が戻ってきて、で、気分悪そうに教室を出て行った」って教えたんだ。そしたら、春江は「かわいそうに……」って言ってたな。丸岡は「保健室かな」だったかな。
とにかく、そこで先生が入ってきたんで、一旦その話はそこで流れたんだ。
でも、気になるだろ? なんでチョコレートが戻ってくるのか? ほんとは戻ってきたわけじゃなくて、すっごくよく似た別のチョコレートかもしれない、って思ったんだ。だから、二限の間、こっそり高月の机に手を突っ込んでチョコレートを確かめてみたんだ。
やっぱり、あのチョコレートだった。赤い何も書かれてない包装紙に青いリボン。
チョコレートが戻ってきてたんだよ。
*
「というわけなんだ」
立花は語り終えた。ふー、と長い息を吐き、まるで体の中のエネルギーを使い果たしたかのように、机の上に突っ伏した。顔だけ上げてこちらを見る。
「つまり、まとめると、お前の隣の席に座っている高月は朝いちばんに、おそらく思い人へのものであろうチョコレートをその人の机に入れておいた。しかし、二限の始まる直前、彼女が机を開けたところ、中からそのチョコレートが出てきた。それを見て、高月は顔色を変え、教室から出て行った。そして二限の間は戻ってこなかった。
こういうことだな?」
立花は頷いた。顔が突っ伏した腕の中に埋まるように見える。俺も自然と同じような格好になって、うーん、と頷いた。
高月は大丈夫だろうかという質問に対しては、大丈夫ではないだろう、という答えが出ている。突き返されたチョコレート、瞼を晴らして三限に戻ってきた彼女、どれを取っても、彼女が大丈夫ではなかっただろう、という証拠になる。
しかし、疑問はそれだけだ。バレンタインは全国的に恋と失恋の季節だ。本命のチョコレートを受け取ってもらえない、あるいは、好きな人が別の人にチョコレートを上げているのを見て、失恋している人なんて、今日に限れば数え切れぬほどいるに違いない。
俺は訊き返す。
「で、それがどうした?」
「いやあさ」
くぐもった声が聞こえる。組んだ腕の中から埋もれていた顔が出てくる。眠たげな目が俺を捉えて、面倒くさそうに、そのくせこの上なく真面目そうな目で問いかけてくる。
「森田のやつは、一限と二限の間はずっと俺と話してたんだ。一限終わりに一階の自販機にジュースを買いに行ったら、そいつがいたからな。まー、くだらんことをいろいろと話してたわけさ」
この寒い季節に、冷たいジュースを飲みながら、か。すっごく寒そうだ。
「で、戻ってきて、あいつは自分の机についた。俺の机はいちばん後ろだから、あいつが机から動かなかったのは見てたんだ。
で、そうこうしてるうちに、高月が戻ってきて、あとは話した通りさ」
「ふーむ」
ということは、チョコレートを高月の机に入れたのは、森田ではないのか。
いや。
「それ、突き返したのは森田だぞ。いや、森田の命を受けた森田の協力者、だな。正確に言えば」
立花はしばらくまばたきをして、少し考えるふりをしたが、じきにそんなそぶりをやめ、ただ黙った。俺に続きを促しているようだ。
わかりきった結論にたどり着くために、頭の中でしゃべることを整理した。
「まず、高月の反応の早さとチョコレートの包装を思い出せ。チョコレートには綺麗に赤い包装紙が巻かれていた。それも、かなり大きめの、な。そして、そこには誰からのチョコレートかは記されていなかった。そうだな?」
「ああ」
「なのに、高月のチョコレートは、高月以外の誰かの手によって、高月の机の中に戻ってきていた。言いかえよう。あのチョコレートが高月のものだということ、あるいは、高月が森田にチョコレートを渡すということを知っていたものがいる、ということだ」
立花の目が少し大きく見開かれた。しかし、疲れたみたいに再び瞼の重さに耐えるような表情に戻ると、短い返事を返した。
「ああ」
「しかし、高月は言っていた。『誰にも内緒にしてるから』とな。よって、高月が森田にチョコレートを渡すということを知っていたものはいない。また、同じ理由で、あのチョコレートが森田のものだということを知っていた人もいない。
しかし、これじゃあ、あのチョコレートが高月の机に入っていたのは、単なる偶然ということになる。これはおかしくないか? クラスには四十人もいるんだぞ? 偶然高月の机に入ったとは考えにくい」
偶然だからありえない、という話の流れには少し抵抗を感じなくもないが、計画的に行われたものだ、と仮定して話をしないと、超能力者がいて遊びでチョコレートをテレポートさせた、という説明だって立派な説明になってしまう。
それは、辛い。
「そして、この事実は高月の反応とも矛盾する。いいか? 自分がチョコレートを、外から見たら誰のものかわからないように、厳重に包装し、自分の思い人の机の中に入れておいた。しかし、どういう具合か、それが戻ってきてしまった。これを見たら、まずは『なんで、開けずにこれが私宛だとわかったんだろう?』って思うはずじゃないか?
つまり、これらのことからこんなことがわかる。
森田は、高月が自分にチョコレートを渡すということを知っていた。逆に、高月も、それを知っていた」
「ん? でもそれだと」
「ああ。『誰にも内緒にしてるから』と、矛盾してるな。でも、例えば『内緒の約束事』と行ったら、その約束を知っているのは自分だけ、というわけではない。約束を交わした相手もまた、その約束を知っている。おそらく、あの場合の『内緒』は、高月と森田の間の内緒の約束事、みたいな意味合いだったんだろうな。
そして、あれが約束事を示す言葉だったなら、つまり、チョコレートを突き返す、というのは一種の意思表示だったんだろうな。
これは想像によるところが大きいけど、一応、筋が通った説明だと思う。
おそらく、高月は森田に告白をした。これがいつのことはわからない。そして、それを森田は保留した。そして、高月はその保留を認め、バレンタインのチョコレートを受け取るか、つきかえすかで返事をしてくれ、といい、森田はそれを受け入れた。
こんなところじゃないのか? まあ、よくある話だ」
よくある話かどうかはわからないが、告白の答えを保留した末に振るって話は、一山いくらで売られているくらいに聞き飽きた話だ。返事の代わりにチョコレートを受け取るか否かで意思表示をしたって、別に不思議はない。
ただ、返事を先延ばしにした上に、言葉を交わすのを避けるようなやつを俺は信用できない気がする。
いかんいかん、当たってるかどうかもわからない自分の推理を根拠に人を糾弾するのは、あまりにも危ない。
俺はそんなモヤモヤを振り払うように、言葉を継いだ。
「じゃあ、ここで、犯人が誰なのか、つまり、チョコレートを誰が高月の机に返したか、を考えてみる。ここまでくれば、森田が命じた他人か、それとも全く事情を知らない赤の他人か、に分かれるな。
まず赤の他人の場合、犯人は、高月の計画の全貌を知ってからでないと、これを計画に移すことができない。つまり、この犯人は『高月が』『朝一番に教室に来て』『森田の机に』『チョコレートを入れる』ことすべてを知った上で、さらに高月をそんな行動に駆り立てた、『高月が』『森田に』『告白をして』『バレンタインのチョコレートで返事をする』ことを知っていないと、高月のチョコレートを森田の机から高月の机に移すなんてことはできない。だって普通、チョコレートが無事に机に帰ってきてしまったなら、それをもう一度、森田に渡すかもしれないんだからな。
そして、それらことを『内緒に』していた高月が、うっかりそういったことを漏らすとは考えられない。よって、どの程度森田が命令したのかはわからないが、とにかく、犯人は森田とグルになっていると考えられる。
つまりは、森田がチョコレートをつき返させたんだよ」
長かった言葉をここで切った。
結局、わかりきった結論に戻ってきてしまった。偶然でチョコレートが戻るはずがないのだから、森田の巻き込んだ誰かがチョコレートを戻したに決まっているのだ。
ここで、久しぶりに立花が、長めの言葉を紡いだ。
「でも、その、グルになった、ってやつが誰だか、そこまではわからないのか……」
「わからないの?」
生物実験室の扉の方から、いきなりそんな言葉が飛んだ。体を電流が撫でていくような感覚に、びくりと肩を震わせた。一拍遅れて、その声が聞き慣れたものであることを思い出した。
「二川……、びっくりさせんなよ…………」
「いやー、一度こういう登場の仕方してみたかったんだよねー」
へらへらと笑いながら、制服のスカートの裾を揺らしながら、二川ありすが生物実験室に入ってきた。
「登場ってお前…………」
「いいじゃんいいじゃん、なんだって。
寂しきバレンタインを過ごしてる君たちの様子を見に来たら、なんか予想以上にじめじめした話してるんだもん。そりゃ、話に混ざるのはすこし躊躇するでしょ?」
ダウトだ。そんな殊勝なやつではない。
「本当は?」
「二人の推理が行き詰まったら、華麗に出てくるつもりだった」
やっぱりだ。
「で、華麗なる推理を聞かせてくれるのか?」
「華麗なる推理を聞かせてあげるつもりだったけど、簡単すぎるんだもん。そんな簡単な問題じゃ、華麗も何もあったもんじゃないでしょ?」
「え……? 誰なんだ?」
立花の眠たげな声に、二川はふふ、と不敵に笑った。答えを言うため、二川が小さく息を吸い込む。
俺は待ったをかけた。
「ちょっと待て。お前、どこから話聞いてたんだ?」
「どこからって、立花の『チョコもらった?』って辺りから」
一番初めじゃねえか。
「で、そこから聞いた情報だけで、誰がチョコレートを戻したか、わかるのか?」
「うん」そして、一瞬の間をおくこともなく「春江って人でしょ?」
盛大なネタバレを食らったような気分だった。自分にも推理ができるかどうか、試してみたかったのに、最初に答えを聞いてしまった。
「…………根拠は?」
「立花が、高月さんについて『具合が悪そうに出て行った』って言った直後、春江は『かわいそうに』って言ってた。
普通、人が具合が悪そうだったって聞いたら『大丈夫?』でしょ? いきなり『かわいそうに』っていうのは、具合が悪そうになる原因を知ってた、ということになる。彼女は話に出てきた限りだと何か患っていた風もないし、まさか悪くなったものを食べたとか、そんなこともないんじゃない? そんなことがあったとしたって、春江がそれを知ってるわけないでしょ。
だから、やっぱり大前提に戻って、高月さんの顔色が悪くなったのは、森田へのチョコレートが戻ってきたから。そして、それを知ってるのは、森田とそのグル、そして高月さん本人だけ、って話だったでしょ? 春江は森田でも高月さんでもないんだから、森田のグルだったってことになる」
最後に、「ま、森田のグルが一人だとは限らないけどね」と付け加えた。立花の息を吸い込む音が聞こえた。
二川の何気ない言葉で、「かわいそうに」という言葉の意味が、くるりと、ひっくり返った。
何気ない風に二川は付け加えたが。
それは、あまりにも。あまりにも。
残酷すぎやしないか。
二川はそれでも、本当になんでもないみたいに、話を続けた。
「まあ、あんまり確実とは言えない推理だけどね。その春江って人が日本語の意味合いにあんまり厳密ではない人だった可能性もあるわけだし。
それでも、人のチョコを黙って突き返すようなやつ、私は嫌いだけどね」
そう言うと、二川は制服の胸ポケットから、白いビニールで包まれた駄菓子を取り出した。『ホワイトライトニング』と書いてある。ホワイトチョコレートがコーティングしてあるクランチチョコレートで、一目で義理とわかると人気のお菓子だ。
「はい、ハッピーバレンタイン」
「お、ありがとう」
「どういたしまして。つきかえしたりはしないでしょ?」
「当たり前だろ」
俺はチョコを受け取った。びりりと包装紙を破く。
と、立花はのろのろと手を伸ばし、チョコレートを受け取ろうとした。が、しかし、二川は急にその手を引っ込めた。
にやり、と笑って、絶対に言ってはいけない言葉を吐いた。
「あんたの本当の気持ちを、聞いてないんだけど?」
俺はその言葉の意味がわからない。しかし、立花は目を伏せ、二川はニヤニヤしながら、ホワイトライトニングを持ってない方の手をスカートのポケットに走らせた。スカートのポケットからは、乾いた音を立てて、同じお菓子がもう一個出てきた。
「失恋の痛手を癒すために、もう一個あげようか?」
「…………俺はまだ失恋してねえよ」
立花の声は低かった。しかし、ぼそぼそと聞こえてきた言葉と裏腹に、立花は両方の手で、お菓子を二つ受け取った。
「それでよし」
俺はまだ状況を理解できてない。
「おい、どういうことだ? 失恋とか癒すとか……」
「え? 気づいてなかったの?」
二川はさも驚いた、という風に、目をまんまるくした。俺の目もまんまるくなっているにちがいない。
「気づいてなかったって…………、いや、立花がどうかしたのか?」
「立花は高月さんが好きだったの。で、彼女が森田にだけ特別なチョコレートを送ってるのを見て、痛手を受けてたってわけ」
「え? それどうやってわかったんだ?」
「そりゃ、勘、って言えば手っ取り早いけど、それじゃ納得しないんでしょ? じゃあ、推理の帰結だって言えばいいのかな。まあ、そこまで厳密な推理でもないけど」
「推理って…………」
推理で秘めたる恋を暴き出すなどと、空恐ろしいことをこいつは言い出した。怖すぎる。
しかし、この世の中には怖いもの見たさ、という言葉もあることを、俺は知っている。
「で、どうやったらそれがわかるんだ?」
「簡単だよ。高月さんが机の中に入れたチョコレートに気づいた時、なんで立花は高月さんの顔色が変わっているのに気づいたの? 授業の前なんだから、机の中に入れておいた教科書とかを出すために机に手を入れるのは当たり前でしょ? どれがどの教科書だか探るのに、もしかしたら長い間手を入れておくこともあるかもしれない。その動作自体はまったく不思議なことじゃないのに、なぜか立花は高月さんの顔色まで把握してた。
それってつまり、前々から盗み見てたってことでしょ?」
「それは恥ずかしいな」
俺は素直に思ったことを言った。いや、好きな子を盗み見てることがバレてしまうのは、恥ずかしいどころじゃ済まないかもしれない。
現に、立花は机に突っ伏して、顔を隠している。耳まで赤くなっている。もう自分の恥ずかしい行いを自白したも同じような仕草をしながら、それでも立花は最後の反撃を試みた。
「でも、隣の席だから気づいた、って可能性もあるだろ…………?」
「じゃあさっき、なんで私からのチョコレート二つもらったの? 失恋したからじゃないの?」
あれはつまり、優しさのふりをしたカマかけだったわけだ。
「それは反則だろお…………!」
立花はうーん、と今度は伸びをした。もう開き直ったみたいだ。
「ああそうだよ。俺は高月が好きだ。だから、朝はすげー辛かった。高月は可愛いからな。森田の野郎もころっといっちまうと思った。二人が付き合ってる姿を想像したら、こう、もう、なんか心臓を吐き出しちまうくらい気持ち悪かった!」
これはいわゆる愛の告白というやつではないか、と思いながら、俺は二川と目を見合わせた。カマをかけた当の本人である二川も、なんだか困ったような顔をしている。
聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるの、どうにかならないのか。
二川は「うわぁ……」と小さな声で漏らした後、
「でも、もし本当にあんたたちの推理が当たってたら、立花、あんたチャンスなんじゃないの? 好きな人にこんなに雑に振られたんだから」
「それはそれで、立花が傷ついてるにちがいないから、喜ぶ気にはなれないんだよ……」
とことんいいやつだな、こいつ。もしかすると、はずかしさや気持ち悪さといいやつであるということの差は紙一重なのかもしれない。
二川はしかし、そういう真面目さとは程遠いところにいる。
「好きなら好きっていっちゃえよ!」
「うん……。それができれば、俺も楽なんだけど……」そして、一呼吸おいて「でも、好きっていうのは、エネルギーが要るんだよ……」
俺はそのとき、立花のもらったという三つのチョコレートを想像していた。その三つのチョコレートに取り立てて特別な意味がないのなら、それはそれでいい。楽なのは素晴らしいことだ。
でももし、その三つの中に特別なものが一つでもあったなら。
そのこととも立花は向き合わなければならないのだ。
「まあとりあえず、頑張りな」
俺はそうとしか言うことができない。二川は笑って、俺の言葉を継いだ。
「そうそう、頑張りゃなんとかなるでしょ」
まったく悩みのない俺たちの言葉に、立花は小さく頷くだけだった。
“The Returned Chocolate Case” END
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