第81話 魔導生命編〜嗜虐〜
今回ちょいと残酷シーンがあるので想像力たくましい方は回れ右か要注意でお願いします。
シアは後に語る。
あの魔獣は愛らしい姿と悪魔の様な残酷さを併せもっていたと。
その魔獣とは黒い幼体の魔獣だがそれはグルトミア十星将の一人、黄星のローグ・ファルザラックが異体操魔の術によって神滅者たるラドルを監視する任務として利用していた傀儡であった。
見た目は幼い子猫だが鋭い牙と蝙蝠の翼。そして赤い瞳が普通の生物ではないのを如実に示していた。
そして何より。
人語を解し理知的であるのが一番の相違であった。
その口から若い男の声で言葉が発せられる。
「シア、離れていてください、今からこの場は戦場へと変わりますから。それに、貴女の目にはこれからの光景は毒となりますからね」
「う、うん……」
ローグの言葉通りにしてシアはその場を離れた。
だが目で見ずに聞き耳を立てる様に木壁に寄り添う。
その気配を感じ取ったローグはやれやれ、と一つ溜息を吐くと少し懲らしめなければと悪い企みが脳裏に咲いた。
それと知らない物言わぬクリスは変わらずゆらりと立ち尽くし憤怒の表情でローグを睨みつけていた。
「麗しい花の美貌がその様な顔をしてはいけないですよ、クリス。とは言え、そうさせているのは中にいる魔神の使徒……いや使徒とも言えないただの残留思念。言うなればただの燃えかす。さっさと祓ってしまうとしましょうか」
言葉を投げかけるも変わらず睨むだけのクリス。
ならば、とその身からミチミチとお決まりの鋼線を繰り出すとクリスを狙う。
その速度に反応できないのかクリスはその突尖をその身に受ける直前にローグは鋼線を止めた。
「……避ける素振りもないですか。傷つくのはあくまでクリスの身体であり中身の標的は無傷という下劣なやり口ですね」
ローグの行動停止を優位と見たのかクリスはその身から邪気を吹き出させる。
濃密なその邪気はほんの少し吸っただけで様々な行動制約が起きるものだ。
だがもともと死体を繰り操るローグは歯牙にも掛けないでケロリとしている。
だがクリスの本当の目的はその様なものではなかった。
邪気が晴れるとローグの居たはずの寝室はおどろおどろしい岩場のような地に変わっていたのだ。
「転移……いや空間結界ですね。なるほど先程までの寝室では狭すぎると。擬似的なオブジェクト操作と言ったところですが……中々のものですね」
「小汚イ獣ヲ仕留メルニハ充分スギルホドノモノデアロウガ」
「おや喋れたのですか?先程から独り言を話しているみたいで寂しかったのですが」
「デシテル様カラ頂イタ淫蕩ノ呪法ヲ破棄シタアノ男ハドコニ行ッタ?」
「知ってどうするので?」
「知レタ事。神ノ天罰ヲ与エ悔イ改メサセル。ソシテソノ苦痛ト悲鳴ヲ我ガ神ニ捧ゲルノダ」
「あー……それは残念でしたね」
「ナニ?」
「ラドルは貴女にやられるような方ではないですし、それ以前に単なる残り滓がそんな事を目論むなど烏滸がましい。呪詛の思念体よ、早々に去れば貴女が神の元に召される手助けをしてもいいですよ?」
「コノ愚カ者ガ……ナラバ死ネ!」
クリスの中に潜む思念体はローグに向けて邪悪な意思を向けるとその結界内の空間内が大きく歪む。
「これは!?」
結界の内部はそれを創り出した術者に有利となる様に組み上げられるのは基本的な仕様なのだが。
言い換えれば結界空間内は術者の思うがままになると言っても差し支えない。
勿論その様な結界を創り出すには相当の技量を要すのだが魔神の加護の元に生み出された思念生体である使徒には容易いものであった。
そしてその相手であるローグに異変が起きる。
(身体に掛かる空間圧が……変化した?)
右脚がまるで万力に潰されているような感覚。
左脚はローラーに巻き込まれたように扁平になる感覚。
身体全体は雑巾を絞るように捻られていく。
「ぐ……こいつは……まずい……!!このままでは……」
「神ノ恩寵ヲ無駄ニシタソノ罪ハソノ身デ贖エ。サラバダ、下等生物ヨ」
そう言いきるとクリスの瞳が赤く光る。
刹那。
小さな魔獣の四肢がバラバラに裂けてしまった。
その場にボトボトと千切れたローグだったモノが散らばる。
それを見たクリスは醜悪に口端を釣り上げ嗤う。
「愚カナ魔獣メガ……神ヲ侮ルトコウナルノダ。サテ先程コノ娘ノ身内ガ隠レテイタナ。アノ小サキ者モ神ノ供物ニシテクレヨウカ」
そう言って結界を解除しようとしたその時。
「流石は神の使徒ですね」
どこからか聞こえたその声は聞き覚えがあった。
そう、今しがたバラバラにした筈の魔獣の声だ。
「マダ息ガアルトイウノカ?」
「何を勘違いしているのか知りませんがこれはただの人形。いくら潰されようと俺自身には何の支障もありません」
実際には行動不能になる程の損傷を受ければ術のリバウンドによって術者のローグにダメージが向かうのだがこの魔獣の身体は既に死体である為この程度の損傷は例えれば爪の様な身体の一部を切り離された程度と同義であった。
そのパーツの違いはただ大小であるだけのものなのだ。
横たわる魔獣の身体は変わらず動きを見せない。
だがその身体から飛び出した無数の鋼線が千切れた四肢を繋ぎ合わせ先程までの姿と寸分違わず元に戻してしまった。
そしてこともなげにただ一言。
「やれやれこんな愛らしい姿の魔獣をバラバラにするとは大した嗜虐趣味の持ち主な事で」
「貴様……生命ヲ弄ブカノヨウナソノ所業……ナントイウ罪人ヨ!」
「それを貴女が言いますか?でもまぁ分かりますよ、他人を弄び、嬲り、支配する。それは力を持つ者の特権。生殺与奪の権を握る感覚はえも言われぬような美酒に似ている」
「コノ大罪人ガ……!」
「因みに俺のような絲使いは細々とした作業が苦手なんですがね、ようやく終わりましたよ」
「何ヲ訳ノ分カラヌ事ヲ!今度ハソノ身ヲ粉々ニシテ冥界ノ河ニ流シテクレヨウ!」
そう言って先程の空間歪断を行使しようとした使徒はすぐに異変を知ることになる。
「どうしました?この身体を粉々にするのではなかったので?」
どれだけ力を込めようとも今度は何の変化も起きない。
「貴様……何ヲシタ?」
「貴女が創り出したこの空間の支配権を乗っ取りました。現在この結界内は俺の成すがままです」
「馬鹿ナ……結界トハ術者ノ魔力領域ニヨッテ発現スル術!ソレヲ他者ガ支配スルナドアリエン!」
「なに、単純な話ですよ。見ての通り俺の鋼線は特別製でしてね、魔力を通しやすい鋼鉱石できてまして。それを先程の部屋全体に隠匿して張り巡らせていたんですよ。一時的に貴女の結界効力が働きましたが俺から繋がった鋼線は依然そのまま固定されていた為に部屋の広さだけは俺専用の簡易結界ができているんです。貴女の結界は部屋の空間外に働いているのでご心配なく」
「ソンナ事ダケデ我ガ結界ノ内ニ新シイ結界ヲ創リ出シタトイウノカ……?」
「間違えてますね、先に俺の簡易結界が存在したその上に貴女の広域転移結界を発現したんです。因みに簡易とは言っても魔法陣を鋼線で描いてますから消える事はないですよ」
ローグは魔法を得意とする才能はなかった。
だが魔力操作は誰よりも巧緻で繊細な技能を有していた為その一点に特化しそれを絲使いの技能範疇を大きくした鬼才。
それがローグ・ファルザラックという男の異才であった。
絲使いとは鋼線を自在に操り切断、人体の欠損を極細の絲による結合、絲を使用した武器創生などローグ特性のスキルによって途轍もなく凶悪な職業となっていた。
それを目の当たりにした使徒はこの状況を打開しようと思いつく限りの策を探す。
その上で探り当てたのは。
「絲使イヨ、早々ニソノ絲結界ヲ解除シ我ヲ自由ニセヨ。デナケレバコノ宿主ガ見ルモ無惨ナ結末ヲ迎エル事ニナルゾ?」
「……は?」
クリスを人質にした恫喝。
使徒はクリスの腕で自らの首を絞める様な仕草を取ってみせる。
それを見たローグは一つ、また一つと大きな溜息を吐いた。
そしてこともなげに言ってのけた。
「好きにすればいいじゃないんですか?」
「ナニ……?貴様コノ娘ガ死ンデモ良イ言ウノカ?」
それを聞いてローグは短い脚で頭を掻いて欠伸をしながら続ける。
「今現在この結界内に存在している貴女は自由に力を使うどころかそのクリスの肉体から抜け出ることもできない筈。だからその肉体を何とかしないと貴女を倒す事もできませんが貴女が無事でいられる檻でもあるわけですが……それを口にすると言う事がどう言う事なのか分からないのですか?」
「ソレハ……」
「ならば貴女の望み通りに致しましょう」
「ナニ?」
その瞬間。
キラッと光が見えたと思ったその時。
ピンっと10本の鋼線がクリスを貫いていた。
両手両足の指先に寸分違わず。
それを認識して間もなく。
「ウギャアアアア!?」
指先は神経が多く集まる箇所であり、また傷ついても生命の危機になりにくい為拷問や尋問で好んで責められる箇所の一つである。
そしてその際に生じる痛みは現在クリスの五感を支配している使徒にダイレクトに伝わったのだ。
「ああ、痛かったですか?大丈夫ですよ、貴方の希望した無惨な結末とやらはまだまだこれからですから」
「キ……貴様……!」
それから。
ローグの悪癖が徐ろに顔を出した。
絲によって縫い付けられたクリスの肉体は。
眼窩。
鼻腔。
舌下。
指先。
腋。
腎。
肝。
脾。
膝。
腱。
人体の急所と言われる箇所を絲によってズタズタに引き裂き。
貫き。
潰された。
その苦痛は想像を絶するもクリスの肉体には死に至らない為、結界の効力で抜け出ることもできない使徒に与えられた。
その様は確かに使徒が口にした見るも無惨な姿であった。
クリスの足元には血溜まりができむせ返るような鉄分の匂いが結界内に充満する。
それを見てローグは喜色を浮かべながら。
惜しむ様にクリスに声を掛ける。
「さて。楽しい時間を過ごしてきましたがそろそろ終わりにしましょうか」
「モ……モウ……殺シテ……クレ……」
「何を言っているんです。貴女は魔神の使徒でしょう?こんな人間に好きにされてよいのですか?」
「コ……コノ宿主ハココマ傷ツイテシマエバモハヤ助カラナイ……宿主ノ生命一ツデモ我ノ存在意義ハ……果タセル……」
「そうですか、では」
そして。
クイッとローグが絲を引くとクリスの頸から夥しい量の血が噴き出しそれと同時にクリスの肉体から黒い靄が浮かび上がった。
肉体の檻から解き放たれた使徒がすかさず逃げようと外に向かって霧散して逃げようとしたが未だに結界が解除されない為逃亡は出来ずにいた。
その場に倒れ込むクリスに一つ視線を落とすも歯牙にも掛けないローグ。
「さてこれからですが……貴女の望みを俺は叶えました。久しぶりに耳心地の良い悲鳴が聞けてもう満足ですよ、感謝しますね」
「コノ……神ヲモ恐レヌ不信心者ガ!貴様ニ災イアレ!」
「生憎俺は信仰する特定の神さまはいないのでね、そんな脅し文句は意味ないですよ?」
「宿主ハコレデ死ヌ。貴様ガシタ事ハ無意味ダト知ルガイイ!」
「ああ、クリスですか?だったら」
ピンと糸鳴りを響かせると。
パァッとクリスの身体が光りそれまでの損傷が無かったかの様に消えていた。
「ここは俺の結界内だと言ったでしょう?何をしようが何をされようが俺の成すがまま。だから貴女の処置も好きにさせてもらいますね」
更にもう一度糸を鳴らすと。
それまで部屋を覆っていた絲が可視化され一気に収縮されていく。
それは徐々に小さくなりやがて拳大くらいの球体になっていく。
「コレハナンダ!?出レヌ!ヤメロ!!」
「俺には物理的な攻撃しかありませんから。この糸玉が貴女のこれからの居場所です。安心して下さい。消滅するような事はしませんよ。たださっきまで受けていた苦痛と言う苦痛をこの球体の中で延々にフィードバックする様にしてありますから。永い時間を掛けて先程の苦悶を楽しんで下さいね」
「ヤメロォォォォォォ!!!」
断末魔に似た叫びが木霊すると。
鉄の糸玉がコトンと床に落ちる。
部屋はすっかり元に戻りクリスもまた意識のないまま横たわっている。
その寝息は先程まで苦痛に苛まされていた人物とは思えないほどに静かに規律正しく呼吸していた。
夜の闇が支配したその部屋の隣で聞いているであろうシアに声を掛ける。
「シア、終わりましたよ。出てきてもいいですよ」
その言葉で恐る恐る顔を出してくるシア。
何が起きたか分からず部屋の中を何度も観察している。
「さっきのあのお化けみたいなのは……?」
「ああ、あれはこの玉の中に封じました。それよりもクリスがベッドから落ちてしまいました。俺では戻せないので後を任せてよいですか?」
「あ、うん……」
そう言われて部屋に入ると強烈な異臭につい鼻を隠す。
先程の拷問の血の匂いが残っていたのだ。
「何この匂い……」
「貴女にはまだ早いですがこれが戦いの匂いというものです。好奇心猫を殺すと言いますからね、貴女も気を付ける事です」
そう言ってローグは鉄の糸玉を口に含むとゴクン、と飲み込んでしまう。
その姿にシアは無意識に背中を凍らせていた。
むせ返る鉄の匂い。
ローグの気軽で何気ない言葉の強烈な違和感。
それらが生物的な本能の畏怖心をシアに刻み込んだのはローグの悪癖の片鱗であったのだろう。
無論ローグはこの部屋いっぱいに満たしたこの鉄の匂いを故意に残したのは言うまでもない。
はい、81話を送ります!
久しぶりに短期更新。
皆様お正月はいかがお過ごしでしたでしょうか?
自分はお正月太りしながら打ってましてもう食べられないよと言う夢をリアルに見ました笑
さて今回はローグの悪癖を書きましたがやっぱ残酷シーンはほどほどが一番ですね、想像力が先行して書きにくいんです、辛いわー。
なんで正月早々にこんな内容を書いてんだとか思いながらまったりしてました。
さて次回はラドル対レザースの戦いです。
楽しみに待っててくれると嬉しいです!
感想評価お待ちしています!
ではまた次回☆




