第75話 魔導生命編〜懊悩〜
またまた遅れてすいません!
ようやく更新しましたがいつもよりテキスト量は半分くらいです。
「ところでですが」
黒い魔獣が朝の早くに一つの疑問を呈してきた。
それを聞いていたのは唯一の宿泊客だったラドルとそのラドルを引いてきた女中のシア。
テーブルの中央に腰を落としている魔獣ローグは対面に座っているシアにその疑問を投げかける。
その光景を朝食のパンを口に運ぶラドルは耳だけを傾けていた。まるで我関せずという様子で。
シアは何事かと何の疑問ももたない様子でローグの言葉を待つ。
「なぁに?魔獣さん」
子供の澄んだつぶらな眼差しを向けられたのに怯んだのか、少し気後れしたように、だが負けじと言葉を捻り出す。
「少し気になっていたのですが……シア。貴女の口振りからしてこの宿の不振の理由に当たりをつけていたのにラドルを誘ったという事ですか?」
「うん。そうだよ」
「貴女の姉上にあんな癖があって漏れなくその癖の被害者は不運な目に遭っているのに?」
「だって冒険者みたいな格好してるから」
「……それだけでですか?」
ローグは半ば呆れ気味にシアに尚も問いかける。
「それだけだけど……でも一泊しかしないしすぐにこの街から出ていくなら悪い目にも合わないかもしれないでしょ?」
「……」
ローグの顔がげんなりしている。
それはそうだろう、そんな曰く付きの宿に何の躊躇もなく客欲しさに無邪気に客引きしていたのだから。
だが彼女自身は姉の醜聞よりもこの店の存続の方に気がいっているようだ。
昼間は酒場と食堂でてんてこまいなのに夜は閑古鳥となれば悪い意味で目立ってしまう。
だからこそまずはそんな噂の根本を断ち切りたいのだろう。
「あとは……そうだね、お兄さんは他の人と違って見えたから、かな。なんて言うのかこの人は強そうだ、って感じたの。何かあっても何とかできそうなオーラ?ってのがあるように見えたんだ、あの時は」
感覚的な言葉を口にしてシアは自分を正当化する。
ローグは全く、と言いながら頭を掻いている。
「あの時は、って今は違って見えるのか?」
「うーん……今は、ね」
一拍置いてシアはニカっと笑う。
「すごく大きなお空みたいな感じ」
「空?」
「うん。大きなお空。蒼くて。広くて。雲みたいにふわっとしてて。でも怒るとすごく怖そう。カミナリみたいに」
「……言い得て妙ですね」
たまたま最後の一言が気になったラドルの質問にシアはその感覚的だが絶妙な例えで子供らしい直感を口にした。
それを聞いたローグもつい首肯する。
「……空か」
その例えは以前にも何度かあった。
複雑な表情をして独りごちるラドルを横目にローグはシアに対してある程度の警戒を解いた。
単純に子供の感覚を追求しても時間の無駄だと行き着いたからだ。
そこには往々にして理由などない。
あったとしても詮無いものばかりだ。
深い考えがあるならばラドルもまたここまで無警戒に食事など摂らないだろう。
だが一つだけ。
ラドルはこの件に介入すると昨夜口にした。
それはここに何かあると踏んだのだろう。
ならばそれが何かを調べなくてはならない。それはラドルも考えている筈だ。
差しあたってはーー。
そこまで話した時、昨夜の魔性の女が奥から現れた。
「ラドル、おはよ」
一言朝の挨拶を交わすとそそくさと厨房に向かって行ってしまう。
特に何の変哲もない挨拶。
ニコッと微笑みかけてきたが昨晩のような魔性は微塵も感じなかった。これを演技で使い分けていたのなら女優も裸足で逃げるほどだ。
昨晩の事を覚えているのかどうかと言えばいまいち分からない。
ならば、と聞いてみた方が早いと席を立って厨房に向かう。
そこには若女将としてのクリスが朝の仕込みをしていた。
「クリス」
一言声をかけると肩がビクッと反応する。
(……ああこの反応は)
シアをこの場に寄せなくて正解だった。
いつものように振る舞っているつもりだろうが後ろ姿からでも顔が真っ赤になっているのが分かる。
「な、なぁに?ラドル」
「……やはり昨晩の事は覚えているんだな」
「……まぁ、ね」
互いに目を合わせない。
だがその声音には悔恨の色を滲ませていた。
それを気づかせないように気丈に振る舞っているのがわかる。
背中ごしから自嘲気味の言葉を継いでくる。
「……ごめんね、昨日の事は忘れてくれると嬉しいかな」
謝罪の言葉を口する目の前の女将は。
つう、と一筋の涙を流していた。
「……何の謝罪だ?俺は昨日何もされていないんだ。謝罪される謂れがないぞ?」
「……優しいんだね、唐変木のくせに」
「そうか?」
「……でもその優しさがちょっとだけ…痛い」
嗚咽もなくさめざめと流す涙には彼女の本音が含まれていた。
昨晩の出来事は彼女の本意ではなく何かしらの外的要因があるのだろう、でなければ彼女のあの豹変ぶりに説明がつかない。
彼女の困惑、それが涙となって流れているのだ。
悔恨にも困惑にも。自分ではどうしようもできない。
ただその時の感情そのままに行動してしまう。
それが分からないから他人の同情が心に刺さる。
ならば、とラドルはその場を去ろうとしたその時。
「……待って」
昨夜のように自分の外套を掴まれる。
「ラドル……我儘なのは分かってる。でも聞きたいの。昨夜の事……私に何が起きてるのか……分からない?」
「……昨晩。お前の身体から魅了の魔力が放出されていた。抵抗のできない一般人ならそのまま流されてしまうような奴だ」
「ファマ……?」
「魅了の魔法だ。当然お前の身体には魔力回路が無い為そんな芸当は出来ない。だがそれが出来る何かをお前が持っているのではないか?」
とは言え魔道具の類は昨晩の行為の時に身につけていないのは確認している。
なのにクリスは魔力を放出した。
この矛盾は何か。
そう考えていると目の前のクリスがいつの間にかラドルに対して正対していた。
その眼は未だ涙で潤んでいる。
だが一言。強い口調で言い放つ。
「ラドル。私……貴方を雇うわ」
「何のために?」
「今。私に起きている異状を調べて欲しいの。そして……私と関係した人たちの事を調べて欲しい」
もう既にラドルがクリスと関係を持った男たちが不幸な目に遭っているのは知っていると確信を持った上での発言。
昨晩の睦事は最後までいかなかった為カウントされないのではと一縷の希望を目の前の旅の騎士に見出す。
「貴方は自由騎士……なんでしょ?私が貴方を雇う事は問題ないでしょ?」
「まぁ……問題はない……が断る」
「なんで?!」
涙目になりながら拒否された理由を問うクリス。
「お金?お金だったら払うから!だから……」
「そういう理由じゃない」
「なら……!」
「お前はその理由を聞いて。それでどうするんだ?調べた末にその対処が出来ないままだったらどうする?一生そのままで不安に怯えて生きていくのか?」
「それは……」
「お前が俺に言う言葉はそんな言葉じゃない。もっと心の奥底にある言葉をその口から。俺に投げかけろ」
もっと心の奥底の思い。
それは今まで彼女が言った事のない言葉。
その言葉は知っている。だけど。これまでに見せた事の無い自分を共に他人に見せると同義の言葉。
だが気丈な若女将が見せるその涙がそれ以上にその言葉が世界に出たがっているのが分かる。
だから。
思いを。想いと共に。振り絞りながら目の前の自由騎士に。
溢れる涙とと共に。
その言葉を紡ぐ。
「……お願い……私を……助けて……!」
「分かったよ……クリス」
そのままラドルの胸に収まると一度だけ。
頭を優しく撫でる。
その思いに応える為に。
だが。
そのラドルの表情に厳しさが増した。
ーーーーーーーーーー
一人の男が馬車に乗って大通りを往く。
馬車の中で報告書に目を通すその男はまだ若いが学識ある風貌をし、正装のラペルには簡素だが質の良いバッチをつけている。
目の前に座る秘書らしき男もまた身なりの良い格好をし主人の言葉を待っていた。
やがてその主人が報告書から目を離し秘書に声を掛ける。
「……進捗率が芳しく無いな。やはり材料不足か」
「…は」
「材料……いや触媒か。もう少し必要ならば買い揃えるのも吝かでは無いが……いまいち気が乗らないな」
「とは言えこれ以上の収集はいささか難しいかと。もっと効率を高めるならば売買契約もまた有効であると具申します」
「……そうだな。先行投資をケチって事業そのものが失敗しては意味がない。おっと、それはそうと……」
「はい、目的地に到着する頃合いです」
それから程なく。
揺れる馬車が止まりその扉が開くとその若者がゆっくりと降りてくる。
その目的の場所に掲げられた看板には虹の橋亭と書かれていた。
そのまま勝手知ったるかのように中に入るとそこには小さな黒い魔獣とその店の若女中がいたのを確認するとまるで敵を見るかのようか視線を投げかけられる。
「やぁ、シア。おはよう。急だがクリスはいるかい?」
「レザース……議員さん。お姉ちゃんに何の用事ですか?」
「……その目、やめてくれないかな?そんなに睨まれたら怖くて失禁してしまいそうだ。クリスに会うのに許可は要らないだろう?僕は彼女の婚約者なんだから」
「……私は認めてないよ!何を企んでるのか知らないけどお姉ちゃんには近づかないで!」
「シア?!ちょっと!なんて口をきいているの!」
シアとレザースと呼ばれた若者の言い争いが聞こえたのか奥からその婚約者が飛び出してきた。
「レザースさん、ごめんなさい。妹が無礼な口を……」
「いやいいんだ。君と結婚したら僕の妹でもあるんだ、これくらい事何でもないさ」
クリスが頭を下げている隙に目の前まで近づいてきたレザースはその手を取って観察する。
「……朝の仕込みかい?もうこの店は畳むんだからそんな事しなくてもいいんじゃないかな?」
「ごめんなさい、これだけはギリギリまでしたいの。これしかできないから……私には」
そう、と微笑むレザース。
それを注意深く見やる黒い魔獣は。
(ほう……彼がかの婚約者ですか。見た目だけ見れば確かにやり手の若手議員……と言った印象ですね。しかし……)
そこまで思索しているとクリスが出てきた奥からもう一人。
蒼い髪の男がゆっくりと現れる。
レザースがその男を見ると驚きの表情で迎えた。
「おやこれは珍しい、宿泊客かい?クリス」
「え、ええ……彼はラドル。旅の自由騎士だって。ラドル、こちらは私の婚約者で……」
「レザース・フェルムだ。このラーセンの評議議員をしている。よろしく」
微笑みながら友好的に右手を差し出してくる。
それに応えるようにラドルもまた右手を差し出して握手する。
「……よろしく、議員殿」
その時。
ラドルの脳裏にこのラーセンに来る直前に見た夢がハッキリと起想した。
ーたすけてーここはーみずのちがーつくりかえられてーおにいちゃんをーむにするためーまよわないでー
「ラドル殿?」
その声でハッとする。
ほんの僅かな瞬間の不覚。
ラドルはゆっくりと手を放すと目の前の若手議員を見やる。
その佇まいは戦いに慣れた者ではない。
礼儀作法や教養は身につけているようだがその目の奥に。
何がしかの野望の炎が宿っているような。そんな感じがする。
まあ政治家というのはある程度の野望はつきものだが。
ある程度観察を終えると出口に向かって歩き出す。
「お兄ちゃん、どこにいくの?」
「街を見て回ろうかと思う。ここにはしばらく居るつもりだしな」
そう言うとレザースが名乗りを上げて前に出る。
「ラドル殿、僕が案内を仕りましょうか?街の観光名所を紹介させていただきましょう」
「いや、遠慮しよう。議員殿はまだ仕事中だろう?その邪魔をするのは本意じゃない」
慇懃に拒否しそのまま魔獣を連れて塒を後にした。
その後ろ姿を見てレザースは。
(なるほど、あれが……噂の神滅者という訳か)
ラドルはレザースからの視線を感じていたが角を曲がるとそれが途切れたのを確認すると後をついてくるローグに対して念話で語りかける。
(……先程の議員殿。お前はどう見た?)
(そうですね……野望を胸に秘めた野心家と言った所ですが……その度合いが普通よりも大きな男かと)
(……確かにな)
(それはそうと……握手したあの時。何があったので?僅かな隙を見せるとは貴方らしくないのでは?)
(あの議員殿は……もしかしたら……)
(はい?)
(……いや。それよりも調べたい事がある。そこへ向かうぞ)
(どこへいくのですか?)
(……このラーセンの中心部。水女神の神殿だ)
ラドルの胸中に渡来した感覚。
それを確かめる為に神滅者と魔獣は目的地である神殿に歩みを早めていったーー。
さて最新話更新です。
また2か月も空いてしましたが申し訳ありません。
今回話の構成を悩んでまして色々書きたいのですが決着点にうまく着地できないという葛藤にわやわやしてました。
それはさておきいつの間にかPV30000、ユニーク10000を突破していました!本当にありがとうございます!
皆様のおかげで描き続けられています。
これからもよろしくお願いします!
感想評価も併せてよろしくお願いしますね。
ではまた次回☆




