第71話 異聞〜シェルファニール編〜
明けましておめでとうございます!
この2ヶ月本当にお待たせして申し訳ありません!今年もボチボチ上げていきますのでお付き合いくださると嬉しいです!
本年も蒼穹の神滅者をよろしくお願い致します!
あ。また長いです(今更)
「チェック」
コトッとチェスの駒を進めて王手を宣言する。
正直私は勝負事に弱くこのチェスも人並みに指せる程度の腕前なのだが目の前の紅い髪の十星将である紅星のダルタニアは何度も暇を見つけては私に挑んでくる。
私も暇では無いのだが数多ない友人である彼女の頼みを断るのも気がひける為、魔法研究の合間に息抜きがてらにチェスを打つのが趣味になってしまった。
まぁ他人が私に対してこうも気安く声をかけられる立場では無いのもあるから彼女の誘い自体に乗るのは吝かではないのだが。
このグルトミア皇帝シェルファニール・ド・レイヴァンスの私室に納得できるまで立てこもり気がすむまで打ち続けるのは正直辟易ものでもあった。
そして何度目かの王手にチェス盤と私を交互に睨んで唸り声を上げている。
「ダルタニア、もうそろそろお開きにしましょう。朝から打ち続けてもう日も西に傾き始めました。また明日にしませんか?」
「……負けっぱなしてのが気にくわないのよね、勝つまでやるんじゃ意味ないんだけど誰でも誰にでも勝てないと収まらない。まぁ性分かしらね」
「貴女らしいですね、でもまだ貴女に勝ちの目が無いわけじゃありませんよ?」
そう言ってダルタニアのルックを掴むと思考の端にもなかった位置に差す。
「……あ」
そのルックによって自分のキングの逃げ道が空いたことで ゲームを継続できる事に気づく。
「重要なのは『気づく』という事です。自分の力にしろ、他人の想いにしろ。気づいてこそ始めて打てる手もあると言うものです」
「……それは皮肉?それとも自虐?」
「……ですね。人の思想、信仰、矜持。それらを推し量る事などできない。この駒のように物言わぬ存在であればどれだけ楽な事か」
現在彼女が統治するグルトミア帝国の上層部は二分していた。即ち彼女女帝シェルファニールを皇帝として、人としての国家で覇権を目指す女帝派とあくまで貴族は支配権を有し教養と軍権を誇る存在として国民を導く事を是とする貴族派である。
建前は互いに立派な御題目を唱えてるがその性質は真逆で無論国民としては女帝派。貴族としては貴族派を支持していた。
貴族は国民と国体を護持する立場。
それがどこから間違えて。いや変わってしまったのだろう。貴族は国民から搾取し掠奪は当然のものとし国民もそれは仕方ないものとして受け入れて変革など期待もしていない。
女帝派とは結局僅かな貴族と有識者である一部の民が希望的に表明しているだけであって表立ってシェルファニールを支持しているわけでもないのだ。
「……まーた難しい顔してる」
不意に声を掛けてきたダルタニアが気付けば私のキングの駒を手にしている。
「……あ」
「ま、これが私の仕事さね。陛下」
「え?」
「どんな苦境にあっても化外の力で盤外からでも敵の首を獲る。それが十星将たる私の役目。陛下はどーんと玉座に踏ん反り返っていりゃいいの」
「……十星将は私の味方なのですか?」
「んーまぁそうじゃない?リカードが推し変しなきゃね」
「推し……?」
その時、ドアを軽くノックする音が聞こえた。
「ヘレナです。陛下、お茶をお持ち致しました」
「入っていいわ、どうぞ」
「失礼致します」
軽く控えめに扉を開けるとメイド姿の少女が一礼して入室する。押して入ったカートを見るとその上に淹れたての紅茶の入ったティーポットとお茶受けの焼き菓子が乗っている。
手慣れた手つきでシェルファニールの前にお茶を供し終えると続けてダルタニアにもカップを出そうとするのを手で静止する。
「私はいいわ、リカードに呼ばれているしね」
「……ありがとう、ダルタニア」
「何の礼よ、変な陛下ね。じゃあね」
腰を上げて席を立つとばさっと紅い軍服を袖も通さず肩にかけて最後手を振ってダルタニアは出て行った。
「ヘレナもありがとう、美味しいわ」
「恐縮です、陛下」
ヘレナという少女はまだ帝位に就く以前に侍従長の姪を自分付きのメイドとして召抱えたのだが様々な業務を如才なくこなし、またたまにシェルファニールの話し相手になるというメイド以上の待遇をもって仕えさせていた。
にこりと笑うと相応の年齢の笑顔を見せる為孤立しがちの女帝にとってお気に入りの少女であった。
そんな少女が馥郁たる香りを楽しんでいる女帝に珍しく提言してきた。
「……陛下。いくら十星将のダルタニア様と言えど1対1で私的に会われるのは控えた方がよろしいのでは」
珍しい物言いにシェルファニールは目を丸くしながらもその真意を問う。
「どうしたの?そんな言い方、貴女らしくないわ。何かあったの?」
「……実は叔父から陛下の身辺に気を配るよう言われました。近々に大きく時局が動くやも、と」
「……そう」
ヘレナの叔父は貴族派にも女帝派にも属さず中立を貫いていたがその立場を明確にせよと周囲から圧力を掛けられていた。だがその立場を利用し秘密裏に情報をシェルファニールに流してくれる為心憎からずと認識していた。
「ありがとう、叔父様に無理しないでと伝えてね」
「はい、陛下の治世を心待ちにしている叔父です。ですからその身を大事にして下さいませ」
ヘレナは優しい口調でシェルファニールにその身を案じていた。
その事が嬉しい。
ならば、と提言通りに警護を増やすように指示を出しその日はそのまま執務に戻り一日を過ごす。
そして。
それは起きた。
フェルアーザ城の居住階。
9階にはシェルファニールの私室がありそこで一日の大半を過ごす。
城に詰める人数はそれこそ兵役を除いても1000人に近い人数がいた。
その頂点に君臨する女帝と言えどその生活はある。
趣味である魔法の研究。たまに他国との迎賓会などに顔を出す程度だが比較的安全と安定を保証された生活を送っていた。
だが。
その日の夜は。
異常に静寂が支配していた。
だがそれ以上に自分の身体を異変が現れ始めていた。
そのせいか静寂の支配に気づく事なく机に伏せていた。
「……何かしら。頭が重い。疲れかしら……考えがまとまらない……」
その時、バンっと部屋になだれ込んできた影がいた。
「陛下!大変です!反乱です!」
「ヘレナ!?どういう事?反乱って……誰が?」
「恐れ多いのですが……摂政リカード様が十星将を率いてこの城を占拠しようとしています!ここは身を隠して下さいませ!」
「リカード……?そんなバカな……彼に限って……」
「信じられないのは分かります!ですが……ダルタニア様が兵を率いて乗り込んで参りました!」
その時ダルタニアの言葉を思い出していた。
ーーリカードが推し変しなきゃね〜ーー
リカードが貴族派に寝返ったーー?
そんなバカな。
信じられない。
だけど今私がここに留まり続けることは責のない人間に災いが及ぶ。ヘレナもそうだ。
兵が乗り込んで来たならば戦う力のない一般人の人間は殺害されてもおかしくない。
ダルタニアも敵と見なした人間を手にかかる事に躊躇いはない。
ならば一時凌ぎにでもこの場は身を隠す事が一番かと思い至る。
無論この結論はある意味では間違いだ。
身を隠す事で兵の暴走が長期化するというリスクがある。
シェルファニールは十星将に匹敵する魔力を有し戦う力まででなくとも逃げおおせるだけの力はあるはずだったのだが。
そこまで思考が至らなかったのだ。
まとまらない思考がなお混乱を起こす。
だが事態と状況が冷静になる事を許さない。
故に間違いに気づく事なくシェルファニールは重い身体に鞭打ってその場を離れてしまう。
混乱する思考を無視して手を引くヘレナの後におとなしくついていく。
そして。
気付いてやってきたその場所は。
「ここは……?」
暗い闇中に頼りない炎がユラユラと揺らめくその場は石壁に囲まれた背の高い天井の墓所だった。
はぁはぁと息が切れてやって来たその墓所は累代の皇帝が永遠の眠りにつく聖域。
そこにシェルファニールは虚ろな目で立っていた。
「陛下!ここにはいくつかの空の石棺が用意されております。さらにこの墓所に立ち入れるのは一部の貴族のみ。ここならば暫く身を潜めるには丁度ようございます」
「ここで……?」
「しばらくすれば最前線のお味方が戻って参りましょう。とにかく今は隠れて下さいませ!」
ぼうっとする頭が邪魔でもう何も考えられない。
言われるがまま一つの空の石棺に身を横たわらせるとヘレナがその蓋を閉めようとする。
その間際に見せたその表情が暗闇のせいか不思議と窺い知る事ができなかった。
重い蓋を閉めるその時重くなる思考は闇に溶けるかのように瞼もまた閉じていくのを感じていく。
そして。
完全に五感の全てが麻痺していったーー。
ーーーーーーーーーー
「陛下。起きてよ、陛下」
闇の底から呼び戻される声。
何回も聞いて来たその声。
目が覚めて光が網膜に入ってくる。
そこに立っていたのは。
軍服を変わらず着崩して腕を組んで不敵な笑みを浮かべている紅い髪をなびかせていたその人物は火の龍、紅星のダルタニアだった。
「あら、目が覚めた?陛下」
「……ダルタニア。最悪の目覚めね。貴女一体何をしているの?」
「どうかしら?最期の玉座の座り心地は?」
「……玉座?」
気付けばその場は記憶を落とした墓所の石棺ではなく。
謁見の間の玉座に腰を落としている。
あろう事か何の拘束もなくただ座らされていた。
立ち上がり逃げようとするのもできる。
成功するしないは別において身の自由はある。
だがダルタニア一人がいるだけでその望みは無い。
可能性はゼロに等しい。
ならばまずは。
「一体これは何の真似?本当にリカードは私を見限ったの?」
「さぁ?でもね、とりあえず今回は私の意趣返しという側面もあるのよね」
「先日の件の事かしら?」
「そう。私の全力と陛下の全力。どちらが上かそれを確認しないと。その為に先ずは……戦り合いましょ?」
と言った瞬間、ダルタニアの全身から紅い焔が吹き出して謁見の間を焼く。
急激に上昇していく周囲の温度。それに対してキィン、と甲高い起動音が発生すると同時にシェルファニールの足元に魔法陣が展開される。シェルファニールの冷気の魔力が色となって青くなっていくとこちらは急激に温度が下がっていく。
「喧嘩は苦手なんですが……まずは事の推移を知らなければならないですね。手加減は致しませんよ?ダルタニア?」
「……上等!」
意識が落ちる前の不調が嘘のように今は思考がやけにクリアになっている。それを疑問に思うのはとりあえず後にして今やるべき事は目の前の友人から情報を引き出す事。
……元とつけるべきだろうか。
それも確認するために躊躇なくこの勝負に勝つ。
それが表情に出たのか眼に力ある意思が宿るのを見た火の龍はニヤリと歪んだ歓喜を隠す事なく女帝に対する。
「いくわよ、陛下!まずは肩慣らしだからあっさり死なないでよね!!」
ーー炎と冷気の魔力が展開されたその瞬間、謁見の間に大爆発が起きた。
刹那、巨大な力の奔流がフェルアーザ城を包んでいった。
そして互いの衝突が何度目かになり炎と氷の対決に終止符が打たれようとしていた。
「ーー炎龍突火衝!!」
そう叫ぶとダルタニアはその異名通りにその身を焔に包んで一匹の龍になりシェルファニールに突っ込んでいく。
炎の龍の速度は認識できる範疇を超えてあっけなく女帝はその顎に捕まる。
無意識に障壁を展開していた。
もういいと絶望感に打ちひしがれていたのにシェルファニールはまだ生きる手段を取ってしまった。
弱々しい障壁もじきに砕かれダルタニアの炎に焼かれるだろう、最期の足掻きなど無様だ、と自嘲してしまう。
ーーその時目の前の龍から直接心に問いかけられた。
『陛下、まだ神霊力を使わないの?使えば助かるかもしれないのに』
『……神霊力はその名の通り神の力。人との争いに使わないと心に決めたのです。貴女に勝ったあの時に』
『何故?』
『……黙秘します』
『ふぅん。じゃあまだ互いの全力は出せない。そういう認識でいいのね。となると……まだ陛下には生きてもらわないとかな』
『え?』
『とりあえずは人目のないところで決着をつけようか!』
そう言った瞬間グン、と身体に掛かる荷重感が増す。
突貫力が増して速度も上がっていく。
そして。
火の龍が行き着いた先は。
対決の始まりと同じ謁見の間だった。
周囲を火に囲みそこに立つのは技の使用者であるダルタニア。
そして咳き込みながら膝を折っているシェルファニール。
一体何なのか。彼女の行動は全く理解できない。そう心の中でぼやく。ギッと何事もなく立つダルタニアを睨むと何事もなかったかのようにほい、と手を差し伸べてくる。
そして一言。
「チェックメイト」
「……は?」
「いやぁ、初めて陛下にコールできたわ。やっぱ戦いってのは盤上のゲームじゃなくて現場での実戦よね」
「何を……言っているのですか?一体貴女は何がしたいのですか!?」
つい声を荒げてしまう。
きょとん、と急な激昂に目を丸くするダルタニア。
「ああ、ごめんごめん。陛下。今回の件全部リカードの策略なんだ」
「え?」
「貴族派のラグナ王子がリジェル伯と組んでこのグルトミアを私物化しようとしているからさ、いっその事貴族派をあぶり出して一網打尽にしようって。今リカードは私たちの戦いを見てラグナ王子たち貴族派の連中にこの城に集結し占拠するように誘導しているところ」
「……それを信じろと言うの?」
「そりゃ信じてもらわないと。現に今陛下はこうして生きている。それが何よりの証拠じゃない?」
「天国から地獄に叩き落として尚奈落に落ちるのは御免ですから」
「話終わったーー?」
2人しかいない燃える謁見の間に3人目の軽い声が響く。
「うわ、何これ酷い有り様ね。もう少し手加減できなかったの?ダルタニア」
「リーテス。首尾は?」
「まぁ上々ね。今まで貴族派に勧誘されていた日和見主義の連中までワラワラとここに集まり始めてる。リカード様も役者だねーあはは」
「金星のリーテス?貴女が何故ここに?」
当然の質問に膝を折って臣下の礼を取るとリーテスはまず謝罪の弁を述べる。
「申し訳ありません、陛下。バルカード聖王国が軍を進めて来たこの危急存亡の時に国内の分裂は避けなくてはならないとリカード様はお考えになりこの際国の膿を出しきる決断をしたいと此度の策を用いられたのです」
「……何故私に一言もなく?」
「陛下の周りには人が多うございます。事の漏洩を防ぐために事後報告となりました事はリカード様が後ほど改めて謝罪するとの旨伺っております」
「漏洩なんて……そのような事」
「無いとは言えないでしょ?現に陛下を助けなかったらあの墓所の石棺が本当の棺になっていたわよ?」
「……え?」
「感謝してよね?私が駆けつけた時陛下が寝ていた石のベッドの周りには暴漢が囲んでいたんだから。ま、一人残らず燃やしてやったけど」
そういえば何故石棺で横になった瞬間に意識が落ちたのか。今になって思えばあの時の不調も含めておかしい事が続いていたのは明らかに偶然ではない。
ならばそのように誘導していた存在がある。
不調だったあの時やけに思考が止まってしまい頭重、疲労感、脱力感があった。
考えられるのは薬物による精神虚弱。
となると食事に薬が混入していた。
しかし自分の食事やお茶などを用意しているのはただ一人。
まさか、と思い当たる人物の名を口にするより早くダルタニアが声を出す。
「リーテス、アレを連れてきた?」
「もちろん。『現解』」
単一魔法の解放で展開された魔法陣の中央に現れたのは可愛がっていたメイド。
よく見ると手足を拘束されている。
「ヘレナ……まさか貴女が?」
「ち、違います!陛下!私は何も!」
「嘘はダメだよ?出ないと……」
ヘレナが抗弁を口にしたその瞬間。
バチィッ!!
「あぎッ!?」
その異音が鳴った瞬間、ヘレナの身体はピン、と反り返りそのまま倒れ込んだ。
強電流による筋肉の弛緩。
それは拘束具に付与された自白効果の魔法だった。
「ほらほら陛下の前で嘘偽りなんて……罪が重くなるだけよ?アンタがしてきた事をこの際全部洗いざらい話しちゃいなさいな」
ぐい、とヘレナの髪を掴んで無理矢理身体を起こさせるリーテス。
こう言う時年齢にそぐわない彼女の加虐趣味が現れているが今はそれを咎めるよりも確認しなくてはいけない事を優先する。
「嘘でしょ?貴女が……私を売ったの?貴族派に」
「……それは」
「バチン!」
「ひぃっ!!」
口で脅かすと一瞬にして身体が強張るヘレナ。
「……仕方なかったのです。叔父から何でもいい、陛下の身辺情報を流せと言われ……あの夜も叔父の言葉に従って眠り薬と言われ渡された薬を盛りました……でもまさかあんな事になるなんて!知らなかった!」
すっかり怯えているヘレナの言葉に鬼気迫るものがある。
それはそうだ。
主君殺しの片棒を担がされた。
それだけで死罪に値する。
それを女帝の背後に立つ二星の視線が何より物語っている。
恐怖に慄きながら髪を振り乱し繰り返す言葉。
「わ、私は悪くない!ただ言われただけの事をしただけ!選択権なんてなかった!陛下を少し眠らせて石棺まで運べと言われた!ただそれだけなのに!」
「ふぅん。眠らせるだけ、ね。じゃあもし眠り薬と言われた渡されたそのお薬が毒物だったとしても同じ事が言えるのかしらね?」
「そ、それは」
「それに石棺に貼られたこの符。貴女が貼ったんでしょう?急速に身体を弱らせ魔力を不安定にする効果がある」
リーテスが懐から出した符には最早魔力の残滓はないがこれを使用すれば立って歩く事すら難しくなる範囲限定の減弱魔法が付与されているのだろう。
そしてその符を私に使った。
薬と符呪による身体低下。下手すれば生命活動にも支障が出てきてもおかしくはない。
「ヘレナ……何故私に言わなかったの?」
「だって!どうせ近い将来殺されてしまうお飾りの主君に話してどうなるというの!?貴女は何も背負わず!何も知らず!ただ自分の好きな魔法にのめり込むだけの方じゃありませんか!苦労を知らず持って生まれた才能と立場でこの国の皇帝として君臨するなんて許されない!」
その言葉に胸が抉られた。
何も背負わず。
確かにそうだ。
何も知らず。
確かにそうだ。
趣味に没頭する。
確かにそうだ。
ただその生まれに感謝してその日を生きる。
それが皇帝のする事か?曲がりなりにも女帝という立場で政治は配下に任せ戦争は軍人に任せただの象徴として君臨する。
それが皇帝なのか?
でもだからこそ。
許されない事もある。
「許されないよね、確かに」
ダルタニアの言葉で我に返る。
「そりゃ陛下は日がな一日私とチェスやら魔法の研究やら本当にダメダメな女なのよね」
「ダルタニア!!」
リーテスの制止も聞かずにダルタニアは続けた。
「綺麗なドレスに身を包んで優雅に紅茶を飲んで美味しい食事、苦労のない生活。笑って過ごすだけの懇親会。羨ましいったらないわよ、ホント」
つらつらとダルタニアの羨望の愚痴が次から次へと出てくる。
青ざめるリーテスを横目に恥じ入る思いに晒されるシェルファニール。
それが一頻り出たところで一つ息をつく。
「でもね」
空気が変わる。
「持って生まれたその立場に腰を据えているのは寧ろ義務なのよ。変えることのできない、他人に譲れない義務。陛下は陛下でいてくれるだけで私は戦える。お飾り?何がいけないの?変な勘違いでこの国を滅ぼす暗君より余程いいわよ。リカードも私もこのリーテスも。陛下がいるから戦う。護りたいと思う。それは誰にも譲れない「皇帝」という束縛を自ら望んだ。お飾りの人生を自ら選択した。それは立派に一つの信念。その信念があるなら私たちもそれに従う。他人に許されようとしないその信念は敬服に値するわ」
珍しくダルタニアが能弁を振るう。
その姿にシェルファニールもリーテスも。
普段からよく知るダルタニアからは想像もつかないその姿に目を丸くした。
そう、それまでは。
「……だから。貴女のした事は許されないわよね?何も考えず何も知らず何も背負わずただ言われただけの事をする人形なんて羽虫以下。羽虫が身の程を弁えないで女帝陛下の命を奪う手伝いなんて許されていい筈がない。そうでしょう?」
酷く歪んだ笑みを讃えその手から溢れ出す炎を見たヘレナは身体を中心に水溜りを作っていく。
「あらあらお漏らし?陛下の前で不遜極まりないわね。どうします?陛下?」
「た、たす!助けて下さいませ!陛下!お許しを!」
縋るように命乞いするその姿は浅ましく、本能のままに動き身勝手で利己的な。まさに「人間」そのものだ。
だがそれは紛れもなく赦しを乞う哀れな罪人。
そんな姿を見て女帝は寛恕心が出る。
「……ありがとう。ヘレナ」
「陛下!」
「貴女の言葉。胸に刺さったわ。私も戦う。人としてではなく。皇帝として。今までの私は罪深かった。その罰は人間として。この国の為に費やすと貴女の言葉に誓う。本当にありがとう、ヘレナ」
「じゃあ陛下……?」
「ええ、貴女の命は助けーー」
「ダメよ」
瞬間、シェルファニールに縋り付くヘレナを引き剥がすように片手で吊り上げるダルタニア。
「うぐっ!?」
「ダルタニア?」
「悪いけど陛下。この子の死はもう確定しているの。だって陛下の身代わりが必要でしょ?」
身代わり。
そうだ。シェルファニールが死んだと公表できなかったら貴族派は兎も角、日和見主義の連中は二度と水面上に現れない。それはリカードの策の瓦解を意味する。
シェルファニールは死ぬ訳にはいかない。
ならばその罪ある者に身代わりを任せるしかない。
「陛下。無意識とはいえ陛下の命を狙った事実を捻じ曲げてはこの先どのような支障が出るかしれません。そのような前例を作っては後々の禍根になります」
リーテスもまたヘレナを処罰する事を促す。
そして魔力による幻視魔法を発動させる。
『その姿は異様なり。光水遍く写し世を望むままに。あるがままに。我が望みしその幻を現したまえ。幻魔変容』
発動が終わるとそれまでメイド服姿のヘレナは着衣からその姿そのままそっくりにシェルファニールへと変化していく。
背丈も髪の色も。漏れ出る声さえも。
そのままシェルファニール本人と見紛う。
「この魔法の凄い所は水の粒子が対象に張り付いて僅かな光でも屈折させて擬態させるんだけど術者に解除されるまで解ける事はないの。大気の振動さえ大気中の水分で変化させるから声までそのまま擬態できる優れもの。まぁ尤も?もう話す事は出来ないけどね」
「待って!ダルタニア!リーテス!」
「陛下。さっき陛下は戦うと言ったわよね?お飾りの信念を捻じ曲げて戦うと決めたのよね?その覚悟を見る為の儀式でもあるの。これは。この程度のことこれから先幾らでもある。たった一人の命と多くの命がある未来。天秤に掛けるまでもないけどそれは人それぞれ。さぁ陛下ここが分水嶺よ?陛下はどうするの?」
「……私は」
「言っておくけどこの子をここで助けるなら私は貴女を助けない。躊躇いも駄目。口籠るなんて以ての外。ここで必要なのは必要な事を決断する意思。さあ命令してシェルファニール女帝陛下?」
一つ目を伏せる。
そうだ、これからの未来、世界は大きく動く。
バルカードの侵攻はまだその先触れに過ぎない。
ならば私は女帝として。
グルトミア皇帝として国に住まう者全てを導かなくてはならない。
見て見ぬふりはできない。
やるしかない。
私の手の中にはその為の力があるのだから。
「ダルタニア。罪人に罰を」
「陛下?!お願いです!助けて!」
「……やりなさい」
「ーー御意」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
グァッと一気にヘレナの身体が炎に包まれる。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
可憐だった少女のものとは思えない程の断末魔が謁見の間に響く。
その咆哮に似た叫びを聴きながらシェルファニールは自分の姿をしたヘレナに自らを重ねて見ていた。
ーーあれは本来私が受けるはずだった罰だーー
道を決めた女帝は自らが焼かれる姿をただ黙って涙も零さず見守っていたーー。
数分後。
リーテスはぼやいていた。
「あーもう!せっかく施した水のコーティングがダルタニアの熱で魔法が解けちゃったじゃないのよ!」
「何よ、解除しない限り解けないんじゃなかったの?」
「あんな一瞬で高火力な力使ったらこうなるわよ!……はい終わり!」
ふう、と一息つくと再びシェルファニールの姿をしたヘレナを持ち上げるとダルタニアは空いている手に火剣を顕す。
「?どうする気?」
「このままじゃ洒落っ気がないじゃない?ちょっとオブジェにしてみようかな、ってね」
そう言うと中空に放り投げたヘレナの遺体に向けて火剣を投擲する。
その剣はヘレナの胸に刺さりそのままの勢いで玉座背面の国章旗を貫く。
だらん、と手足が揺れてそのまま静止する。
一見するとまさにシェルファニールが壁に縫い付けられた様なある種の芸術的な美しさを醸し出しているようにも見える。
それはシェルファニールの美貌あっての事だがその意味合いはこれまでの帝国の変換点となるべく誂えられた彫像にも見えた。
その彫像の作者はふん、と満足げに腕を組んで頷いている。
「そういや陛下は?」
「いつまでも死んだ人間がここにいちゃマズいから一旦退がるって。ダルタニア、アンタもそろそろ用意しなさいよ?その内貴族派の連中が大挙して押し寄せるわよ」
「はいはい。……それにしても、さ」
「ん?何よ」
「あれが本当の陛下だったら……そう思うとまた違う快感がクるわね。濡れるわ」
「……変態」
オブジェに向けて常軌を逸した視線を投げかけるも。
そこに縫い付けられた人形は何も答えなかった。
ーーーーーーーーーー
一人女帝は歩く。
コツコツとヒールの高い音を鳴らしながら。
ふと足を止めて背中から感じる気配に一人ごちる。
「リカード」
「陛下。この度は全て私の独断で起きましたこと。報告が遅れました事はここでお詫び申し上げます」
「受け入れましょう。この度の件は不問にします」
「ありがたき幸せ」
「ただし。これ以上の殺害は最小限に止めること。良いですか?」
「御意。あと一人。偽帝と名乗る者が現れれば。その者を最後に此度の内紛は片が付きましょう」
「……分かりました。大義である、下がりなさい」
「では」
闇に解けるように気配を消したリカードはもうそこにはいない。
いるのは一人の少女。
細く小さな身体に背負いきれぬ重荷がのし掛かる。
だが少女は決めた。
皇帝として戦うと。
歩み始めたその道は帝国の覇道を意味するのか。
それはシェルファニールの望みとは違う道になろうとはこの時誰も予想出来ずにいたーー。
はい、というわけで71話です!
初の1万字超えです。
ダラダラと長くなって申し訳ありません。
あと更新も遅れて本当にすいません。この時期は色々重なって……と言い訳です。相変わらず。
さて。
シェルファニール編いかがでしたでしょうか。
生存ルートはこんな感じって思っていたらこんなバカ長いテキストになりました。
本当反省。
ただそれまで籠の鳥で何の違和感もなく過ごしていたシェリーにはこれから修羅場を沢山味わう事になります。
こっちも大変だぁ。
でも書いてて今回楽しかったです。
ダルタニア沢山出せたし。彼女達の違う一面が見れて僕自身勉強させていただいてます。
さあやっと次回聖戦編の終わりになりますかね。
で幕間挟んで新編「魔導生命編」が始まります。
主役はラドルに戻ります。本当ご無沙汰だな。
気合い入れて行きますのでよろしくお願いします!
感想評価、よろしくお願いします!
ではまた次回☆




