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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第2章 堕ちる世界
63/85

第63話 幕間〜宝剣〜

 クラニアン事変と称された激甚事変より約3日。

 ラドルはファーナに連れられとある庭園にて腰をかけていた。

 簡単な東屋にテーブルが一脚と一対の椅子。

 そのテーブルの上にはコーヒーポットにカップ。それに焼き菓子を中央に起き侍女らしき女性がファーナの後ろに控えている。

 よくあるお茶会の光景。

 それを察してか、ラドルの顔がみるみるげんなりしていくのが分かる。

 それを見て少し満足げに注がれたコーヒーを口に運ぶファーナ。

 そしてカップをソーサーに戻すとやれやれと言わんばかりに溜息をつきながら、


「分かってるわよ、言いたいことは」

「なら早くしてくれ」

「彼には紅茶をーー」

「違う!」


 侍女に改めて紅茶を用意させてケーキスタンドを運ばせる。

 恐怖の対象である神滅者の僅かにでも人らしい表情を見れて溜飲を下げたのか、今まで見せた事のない警戒を解いた花貌が花開いた。


「ふふ、そんな表情を見れたのはちょっとした宝物よりも価値があったわ」

「おい」


 ラドルはからかわれたのが気に障ったのか表情に怒気を孕ませ始めると対面する女神使は両手を上げて謝罪する。


「ごめんなさい、少しでも貴方を知らなければならないのよ。これからお会いしていただく方に会わせる前に少しでも」

「お前の他に人に会えだと?」

「ええ。ティラーニア王国国王、バレアス・ヴァル・ディラン陛下がお会いしたいと貴方をここに呼んだの」


 真意を聞かされて席を立とうとする。


「どこに行くの?」

「決まっている、もうこの国での用は済んだ。また旅に戻る」

「怒ったの?」

「それなりにな、用があると呼び出されて来てみればお茶会もどきに付き合わされた上にからかわれ、しかもその相手はお前じゃないと言われれば誰でもいい気分はしないだろう」

「そうね、その点においては重ねて謝罪させてもらうわ。でも貴方も陛下には会わなくちゃならない。その身の事でね」

「……なんのことだ?」


 言外に何かを知っているというような瞳を向けてくるファーナにラドルは怪訝な視線を送り返す。

 互いに睨み合うほどではないが鋭い視線の応酬にファーナから口を開く。


「……私の神力は言ったでしょう?生物の成長衰弱。それには対象の生体構造を見抜く事も出来る。つまりは」


 一拍の間を置いてじっとさらに目を細めラドルを注視する。

 その視線に不快感を露わにするも何も言わない。

 ならば、とファーナは続きを促されていると察して尚言葉を紡ぐ。


「……貴方は本来この世界に干渉できる存在ではない。身体を構成する霊子濃度が普通の人間の半分程度。そこに鍵がある。違う?」

「……見せすぎたかな。まぁ半分くらいは当たっているとしようか」

「その貴方の身体の今の状態はけして良くない。邪神の加護とやらが関係していると見たわ。その状態を維持していては貴方の存在リスクに影響を及ぼす。それは恐らく……」

「神滅者の邪神化……と言ったところかな?」


 背後からの言葉に視線を配る。

 その先にいたのはまだ年若い豪奢な貴人服を纏った男。周りには数人の女官や執政官らしき男を連れている。

 その人物の登場と共にファーナが恭しく席を立ち礼を取る。恐らくは先程話に出たこの国の王なのだろう。

 成人はしているのだろうが王族の権威らしきものは出さず柔和な表情を浮かべている。

 とは言え伝説の災厄とも言える神滅者を前にして一歩も引かないだけの胆力も備えているあたり、流石は一国の王か、とラドルはある程度の評価を付ける。


「どうなの?ラドル。この世界に生きる者として貴方の今の状態を知る権利くらいあると思うけど?」

「随分手前勝手な言い分だ……がまぁ知りたいなら教えても構わないさ。確かに今の俺は自分の神霊力を制御に難儀している部分がある。このまま行けば俺にも世界的にも不都合な事になるかもな」


 そう言われて周りの衛士らしき兵が武器を構えるが未だにその場に屹立する王が制止する。


「それはどのような事になるのか……教えてはくれないのかな?」

「正直どうなるかはなってからのお楽しみだ。実際そうなった事がないからな。だが結果的にいい結果にはならないな、間違いなく」


 背を向けていた王に対して向き直すといかにも悪者だと言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべる。

 だがそれでも対照的に柔和な笑みを讃える若き王は予想外な行動に出た。


「この国を救ってくれた事に感謝する。神滅者ラドル・アレスフィア」


 そう言って優雅に頭を下げて見せたのだ。

 さしもの神滅者も少々驚きを禁じ得なかった。

 王の謝意はともかく、その行いは単純に見過ごせる程軽くは無い。

 王とは威厳を保つことでその不可侵性を保つ。

 その王が頭を下げるなど本来あってはならない事態なのだ。

 その為、ラドルはもちろんその場にいた全ての人間が面食らっていた。


「へ、陛下!それはやり過ぎでございます!どうかおやめくださいませ!」


 ファーナが慌てて王の元に駆け寄りその身を起こす。

 ラドルもまたその様を見て一つ溜息を漏らすと先程まで腰掛けていた椅子に再び座る。


「で?俺とそこの王と会わせてどうしたかったんだ?ファーナ」


 ラドルの質問に漸く主要のメンバーが椅子に腰をかける。

 神滅者ラドル・アレスフィア。

 ティロン神教神使ファーナ・レストリス。

 ティラーニア王国国王バレアス・ヴァン・ディラン。

 三人が丸テーブルを均等に距離を開けて陣取る。

 その後ろに東屋を囲んで近衛兵が警備に当たる。

 互いに向き合って高まる緊張感を感じながらまずは先程の続きを始めたのバレアスだった。


「改めて我が謝意を受け入れてくれて感謝する。ラドル・アレスフィア」

「構わないさ。俺は俺の目的を達成しただけの話だ。まぁ結局は外れだったがな」

「……ハズレでこんな被害を出されては堪ったものじゃないわ」

「神滅者よ、一つ聞きたい。真の神との戦いとはこうも世界に爪痕を残すものなのか」


 聞かずにはいられなかった。

 神擬きと報告を受けてもこれだけの損害を被った。

 一体神とは人間の認識の範疇をどれだけ超えた存在なのか。

 それを知らねば目の前の青年に対する対処もままならない。


「神との戦いか。まぁわかりやすいので言えば一夜にして国が滅びたとか、海面が蒸発して半分の深さにしたとか、大陸まるごと海中に沈んで元の深さに戻したとか。だが世界はそんな出来事とは関係なく時の針を進める。そして……それでも人は明日を望む」


 そのラドルの言葉にファーナは引っかかりを覚える。

 まるでラドル自身は一人の人間である事を忘れているかの様に。

 自分は。

 自分だけは。

 世界の時計に抗うかのように。

 気の置けない違和感を感じていた。

 その空気を無視するように、少し苛だたしげにラドルがファーナに対して抗議の声を上げる。


「で?まだ俺の質問には答えてもらっていないんだが?ファーナ」

「その前に。貴方はその身体でこれからどうするの?」

「あ?ここに留まるつもりは無いし、国に仕えるつもりも他人に使われるつもりも無い。ならば旅に出る他にないが」

「でも貴方はその体調で旅を続けて大丈夫なの?よかったらここで少し静養しては?グルトミア帝国に居た以上の待遇を約束するわ」

「無用だ。いらぬ諍いを生むだけだ。互いにな」

「ならばその神霊力。其方が暴走しない根拠はあるのか?」

「まぁ、1000年の人生である程度の対策は講じてある。なんとかするさ」


 その答えにバレアスはファーナに一つ目配せをする。

 すると一人の女官が厳かに絹布に包まれた長方形の包みを優しくテーブルの上に置くと、今度はファーナが丁寧にその絹布を開いていく。

 その中身は金銀の装飾が施された宝箱とも言えるような豪華な紫檀の箱だった。

 その側面には鍵穴があり、バレアスが懐から取り出した金の鍵を差し込みゆっくりと横に回すとカチリと軽い音を立てて重い蓋が抵抗無く開いた。

 その中にあったのは。

 一本の古めかしくも鈍色の刃が陽光を反射させた剣が横たわっていた。


「これは……」

「此度の其方による働きに対しての報酬、若しくは礼品だと思ってくれ」


 一目見て大業物と分かるほどに存在感を発するその剣はさしものラドルも思わず目を見張った。


「宝剣セレンヴィーラ。救世の聖女の名を冠した逸品よ。これを貴方に」

「ちょっと待て、こんな物を貰う謂れは……」

「礼と言った。其方が自らの剣を喪ってでも倒した神擬き。それを放置しては今頃この王都13万人の命が魔に縛られた屍人の地になっていたであろう。無論この余もな。それに対する正当な対価だ」


 確かに長年連れ添った愛剣を喪ったのは痛手だがそれでもなんの躊躇もなく大罪人である自分の目の前に晒すのは何か裏があると考えて当たり前だった。

 そんな二人に視線を移してその態度を観察するがどちらも所謂ポーカーフェイスでその真意は読み取りづらい。


「何を企んでいる?」

「丸腰で旅に出るよりはいいでしょう?それに今の貴方に一番必要な、そして役に立つ物よ。このセレンヴィーラはラジアス鋼で出来ているの」


 ラジアス鋼。

 それは魔道鉱山で僅かにしか採掘されない希少鉱物でありその特性は少量の魔力を大幅に向上するというものである。そしてもうひとつの特徴として加工が難しい点があった。その硬度は普通の石と比べても脆く柔らかい為、武器などの精錬には不向きであり専ら装飾品としての用途が一般的であり勿論その希少性から高価である。

 そんなラジアス鋼で出来ているとは考えにくいほどに目の前の剣は美しく、そして鋭いその容姿を誇っていた。


「その剣は北東の洞穴国のドワーフたちが10人がかりで鍛え上げた名品だ。硬度向上の魔法が付与されている為簡単には折れたりはしない。其方が魔力を使う時に役に立ってくれるだろう」

「……いいのか?」

「これは貴方の神霊力の抑制策と考えて頂戴。神霊力に依らない、魔力節約の対策としても有用な筈よ。貴方の神剣と違って物理的な扱いは必要だけどね」


 そう言って宝剣を優しく赤子を抱くよう優しく、まるで母親が父親に受け渡すようにラドルに手渡す。

 柄を握って宝剣を持つとそのもう一つの特徴が手から伝わった。


「……軽い」

「ふふ、似合うわ。この剣も本来の用途から外れて宝物殿に鎮座しているよりは貴方に使ってくれた方が本望でしょうよ」

「……まぁいいというなら」

「じゃあ、はいこれ」


 そう言って手渡された紙に目をやると。


「はぁ?借用書……だと?」

「当たり前でしょう、仮にも国の宝よ?そう簡単に譲渡できる訳ないじゃない。あくまで貸してあげるのよ。もちろん手荒に扱ったら修繕費は頂くわ」

「だったら!こんなものいらな……」

「残念ながらこの皮紙に触った瞬間に所有権移行の契約術式が組み込まれているの。貴方の指紋、魔紋を通じてね」

「またやってくれたな……女狐」


 ペロ、と舌を出して悪戯っ子のように、だが妖艶にも見える笑みを浮かべて、青筋を立てるラドルから早足で距離を開ける。

 はぁーっと大きく一つ溜息を吐いて頭をガシガシと掻いて神滅者は新しい相棒を腰に差してその庭園を後にしたのだった。




 神滅者が去って女神使と王は席の一つ空いたテーブルに改めて腰を掛ける。

 先程の幾分和らいだ空気を刷新すると再び緊張感のある表情で対する。

 そして柔和な面立ちを消して厳しい視線でファーナに言葉を投げかけた。


「あれが……神滅者ラドル・アレスフィアか。成る程言葉通りの化け物のようだ」

「御意。かの者はその身に人ならざる力を隠しています。まさに千年の大罪人と言うに相応しい」

「だが思っていたより酷薄な印象はなかった。むしろ好感を持てるように感じた。ファーナ、其方の意見を取り入れて正解だったようだ」

「ありがとうございます。かの男は敵に回すよりも水面下で支援した方が利があります。グルトミアから出奔したのは僥倖と言うべきでしょう」

「だが正道真教会に露見すれば面倒だぞ?むしろ足枷になりかねん。こうやって非公式ながら面会したのもかなり危ない橋だ」

「そこは私が調整致します。要は弱味にしなければ良いのです。交渉とはいかに弱味を強味に変えて見せるかが肝要。例えば宝剣には特定位置情報の魔法も付与されている為捕縛に役に立つ、など。いくらでも口実は用意できます」

「うむ。抜かりなくな」

「はい」


 そんな今後の展開を話しているとふと失念していた事柄を思い出す。


「ファーナ。報告にあった紅髪の武僧だが……間違いないのか?」

「はい。本人からも確認致しました。かの武僧王レグルス・ヴィルトムのご息女との事です」

「……なんということか。よりにもよってかの御仁の娘が神滅者と共に旅をしているとは」

「陛下。私にはこれが単なる偶然とは思えません。まるで背後に何らかの意図が働いているように感じます。いえむしろ偶然だと考えることの方が違和感がある。神が望んだことなのか。それとも人が運んだことなのか。そしてそれが巻き起こす動乱が目の前まで来ている……そんな気がするのです」


 想像だにしなかったベクトルからまた頭の痛い懸案がのしかかったのを感じながらバレアスは遥かに澄み渡る蒼穹を仰ぎ見る。


「蒼穹はやがて紅陽に変わる……そして全てを隠す夜闇が訪れる。これが神の意志であるならば許されない大罪を犯しているのはあの神滅者よりも寧ろ我々人類の方かもしれんな」


 意味深な発言は目の前の神使に届いたか否か。

 遥かな高みから次元の違う存在は。

 全てを知ってもなお黙して座するのか。

 神は人を試しているのか。

 出るはずのない答えを求めて若き王はそう遠くない未来に一抹の不安を感じていたのだった。

最新話更新します!

色々伏線を張った回になりました。

じつは謎の一つをネタバレにしてあります。

でもまだ分かんないな、中途半端だし。

兎に角今日はもう倒れます。限界。

というわけで感想評価お待ちしてます!

ではまた次回☆

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