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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第2章 堕ちる世界
59/85

第59話 歌姫編 〜従属〜

 神滅者ラドルが抜剣した。

 愛用の銀の剣。

 無銘だが自身の相棒になって実は半世紀が経っている。

 銀は重く柔らかく武器としては不適当ではあるが魔力を通しやすく神聖性が強い為聖騎士など教会関係者が好んで用いる武器でもある。

 元は幅広の剣を何度も研ぎ直している。

 分類すればブロードソードだったのだが今は細長剣に近くなりその剣の歴史が伺える。

 斬ってきたその数は千や万ではきかないだろうがただの一度も50年もの間で折れた事のない正に名実共にラドルの相棒に相応しい風格を漂わせていた。

 だが。

 目の前に立ち塞がる魔神セルフィナは少し怪訝そうな表情を浮かべていた。


「ラドルさん……貴方、神滅者なんでしょう?そんな人間が持つには凡庸な剣で私に対峙するのは少し自惚れが過ぎるのではなくて?」

「剣はあくまで戦闘武器だ。凡庸も何もない。戦う己の武器を信頼するのは当然のことだ。それにこれを使うに値するかどうかはお前の努力次第だ」


 ヒュン、と切っ先を標的であるセルフィナに向けるとその表情にさらに不機嫌さが浮かび上がる。

 それに増して気に入らないであろう事がラドルのその余裕の表情、態度。

 神を前に不遜なその態度には畏怖や崇敬と言った普通の人間なら当然持っているその感覚をおくびにも出さない。


「……神を前にして不遜であろう?人の子よ。それともそれが神滅者の流儀というか?」


 急に高圧的な口調にもラドルは身動ぐこともなく。


「悪いな、神に下げる頭はとうの昔に捨てたんだ。気に入らないなら無理矢理下げさせてみたらどうだ?」

「そうね、それでもいいけど……それをするのは私ではないわ」


 またも口調が戻るその様子から目の前の神からはとある現象が見え隠れしている。

 しかしその現象について深く考える前に背後から迫る力を感じた。

 ばっと身を翻しラドルはその場を一足跳びで離れる。

 瞬間。

 その力の主の一撃によってラドルがもといた場所がドゴンッと小さなクレーターのように陥没した。

 その小クレーターの中央にいたのは。

 よく見知った筈の紅毛の武僧だった。


「エティア……?」


 先日までの不調は影を潜めその姿は以前同様に快活そのものだった。

 右手に装着している闘手甲(フェルマー)も変わらず鈍色に輝いている。

 ただ普段と違うのは。

 彼女の表情にその明るさも笑顔も無く零の表情で見えているのかいないのかわからない視線を向けている。

 見るとその瞳には光がなく意思が無い事は明白だった。


「セルフィナの魔力にあてられたか。ちょうどいい傀儡ができたというところか?」

「馬鹿なことを言わないでちょうだい。彼女は私の大事な(しもべ)。時間が無くて暫定的にだけど私に従属する使徒。さぁエティア、その神の敵を葬りなさい」


 その言葉に返答すること無くエティアは前傾姿勢でぐっとその白い脚に力がこもるのを確認する。

 その力が普段よりも遥かに上回る力でもって大地を蹴ると一気にラドルに向けて突進してきた。

 彼女本来の力なのか少々驚きを禁じ得なかった。

 そういえば、とラドルは彼女の本気というべき戦いを目にした事がない、と思い至る。

 微かに光るその右手の手甲には打撃力倍加の魔法が付与されているのが分かる。

 この突進力と打撃力を組み合わせれば巨岩ですら打ち砕くであろうか、と思案しつつラドルは次々と強力な一撃を繰り出してくるエティアをいなしながら観察を続ける。

 それを傍らで未だに湧き出してくる骨戦士の相手をしているローグは正気を失ったエティアに対して鋼糸を繰り出し動きを止めようと試みる。

 しゅる、とエティアの手甲に絡みつくと手首を落とすつもりで糸を引く。

 しかし。

 エティアの手首は落ちる事なく寧ろ引き千切らてしまった。

 肉体強化も自身に施しているのか。

 ならば、と今度はその首を落とす腹づもりで鋼糸を飛ばすとその糸は交戦中であるラドルによって払い飛ばされてしまう。


「何のつもりですか、ラドル」

「助力は無用だ。助けてくれと言った覚えもない」

「しかしそのお嬢さんはすっかり魔神の虜になっています。彼女の力で貴方を倒せるとは思いませんが俺には敵を排除する任務があります」

「それはお前の都合だ。エティアを殺すなら俺が手ずから殺す。お前は上の神様気取りの歌姫に気を配れ」


 無尽に鋼糸を繰り出しながら骨戦士や屍人を相手にしているローグが上空から見下ろしているセルフィナと同時に高速で動くエティアまで気を配るとなると少々荷が重い。

 ち、とローグはラドルの提言に大人しく従う。

 その様子を確認したラドルは改めて目の前の武僧に注視する。

 正直言って彼女の純粋な戦闘力を見誤っていた。

 流れるような体術をもって体幹も見事に鍛えられたその肢体から放たれる一撃一撃は闘手甲が無くても大の男を昏倒させるに足るに充分な重さを備えている。

 まともに受ければ行動阻止以上の効果は見込めるだろう。

 実のところ、ラドルにとって最も厄介な攻撃とは斬撃でも魔法でもなく衝撃力による打撃が一番相性が悪かった。

 普通の人間相手ならば斬撃でも魔法でも自身の損傷を瞬時に修復してしまう自分の特性だが打撃は一撃致命度が低い分修復特性が行使されることがなく地道にダメージを蓄積されてしまうと体力もまた失うという神滅者に対して有効な戦術なのだ。

 戦闘の勝敗には直接左右されることもないが戦いが長引く要因でもあった。

 実力的には大きく隔たりがある両者だが相性的に見ればけして良くないのが武僧である。

 尤もそれだけで神滅者に勝てる程エティアに勝ちの目が出るわけではない。

 ただ彼女の素質がラドルの予測を上回っていたのが誤算だった。

 その手に握られている銀の剣を一閃すれば彼女は真っ向から斬り伏せられてしまうのは想像に難くない。


(……だが。俺は目の前の少女を斬るのが惜しいと思っているのか。一振り。それだけで彼女の魂は神の元に行く事になる。……それでいいのか?)


 ラドルは間断なく攻め立てるエティアの攻撃を躱しながら彼女を正気に戻す方法を思案する。

 無ければいよいよ斬り伏せる事になる。


(さてどうするか)


 その逡巡がラドルの表情に僅かに漏れいでたのを宙空から事の顛末を見定めていたセルフィナがにや、と口元を歪ませる。

 パチン、と指を鳴らすと詠唱無しの魔法の矢がラドルに向かって飛ぶ。

 その一矢がラドルの死角から高速で襲いかかる。


「……ちっ!」


 その矢を感知したラドルは身体を捻り辛うじて躱すが出来た隙を魔神に魅入られた武僧は見逃さなかった。

 腰を乗せて振り抜かれたその一撃はまともに喰らえば頭蓋が砕けて陥没するであろう威力を持っている。

 そう見越したラドルはつい経験からくる剣による防御をしてしまう。

 その体勢を固めてしまった時、ラドルはしまった、と心の中で舌打ちする。

 結果。

 エティアの一撃は長年の相棒と言うべき銀の剣をその中ほどから砕かれてしまう。

 パキィン、とやけに軽く高い音が耳に届いた。


「ラドル!」


 その不覚を目にしたローグはつい叫んでしまう。

 そしていつになく激昂する魔獣は周りの屍人たちを無視して鋼糸を繰り出すがそれはすべて宙空に佇む魔神によって封じられてしまう。


「黙ってなさい、醜い魔獣。あの二人の戦いにこれ以上水を差す事は許さない」

「これは……魔力依存の威圧硬直……?」


 ローグは身体がまともに動かない。

 ラドルは自らの剣を折られてしまう。

 エティアは魔神の魅了により虜にされている。

 セルフィナはその光景を愉しんで見ている。

 かつてない程の危機だとローグは思う。

 そんな時にも関わらず、ラドルは一旦距離を取り上空の魔神セルフィナに向けて言葉を投げかける。


「なぁセルフィナ、エティアをどうやって従えさせたんだ?彼女がお前の加護下あるならその儀をどうやって行った?」

「なぁに?そんな事気になるの?」

「ああ、後学の為に聞いておきたくてな」

「ふふ、なら教えてあげる。直接私の魔力を吹き込んだのよ」


 と少し顔を赤らめながらしなを作って艶のある言葉を口にする。


「必死になって私に突き立てようとする彼女の牙を一つ一つ折っていく。それでも諦めない彼女のその表情、その思い。どれを取っても私好みの色合いだったわ。もう我慢できなくてね、身を拘束してその唇から熱い熱い私の力を一気に流し込んであげたの。従属の儀式を行うには時間がなかったから暫定的にだけど」

「なるほどな」


 それでエティアの意識を無理矢理に強制力をもって従えさせたという事か。


(ならばまだやりようはあるか)


 そう思っているその姿はまるで隙だらけでただ攻撃しか頭にない現状のエティアは再び猛攻を仕掛けてくる。

 その時。

 ラドルの身から膨大な力の奔流が迸る。


「な、何これは!?」


 セルフィナは急に発現したその現象にはじめて動揺を見せる。


「神霊力……!久々に出しましたか」


 久しぶりに見たラドルの本気を前にローグはつい口にしてしまう。

 ダルタニアの時でも発動しなかった神滅者の神滅者たる所以。

 神から与えられた神のみが行使できる上位魔力互換能力。

 その力が発動した時ラドルは真の力を振るう。そしてその両の瞳がその髪と同様に抜けるような蒼さを取り戻している。


「蒼髪蒼瞳の……蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)……!」


 そう呟くセルフィナから一筋の珠の汗が滴り落ちた。

 神の身である筈のセルフィナでも圧される程の力の奔流。

 だがすぐに冷静さを取り戻す。

 いかに神使であり神滅者であろうとも。

 その身は人のそれなのだ。

 あんな大放流などいつまでも垂れ流しできるものではない。

 出来たところで神たる自分の敵ではない、と自分に言い聞かせる。


「流石は歴史にその名を残す神滅者。でもその力でエティアを攻撃したり魔術的要因を施せば彼女の身体は五体満足でいられはしないわよ?」


 濃度と密度が桁違いの神霊力を放射すれば普通の人間ならばその身に耐えられずに再起不能になってしまう。

 それを示唆してきたセルフィナはさてどうするのか、と興味を示してくる。


「まぁ優しくするさ」

「え?」


 その言葉と同時にエティアに向けて歩を進めるとその力にあてられたのか、エティアは体を震わせて立ち尽くしていた。

 だがあと一歩まで距離が縮まるとぎゅっ強く拳を固めると同時に脚の震えを振り払い回転力をつけて今まで以上に強力な一撃をラドルに向けて繰り出す。

 ちっと頬をかすめるほどにギリギリで見極め躱してその腕を取る。

 そうやってようやく目の前にまでエティアの前に立つと。

 焦点が合っているようで合っていない、虚ろな瞳をぎっと光らせてくるのを冷ややかな視線で絡ませる。

 そして。

 ぐい、と細い身体の腰に手を掛けて自分の方に引き寄せると。


「「あ」」


 セルフィナとローグは同時に、だが唖然とした。

 その二人の目に映っていたのは。

 ラドルとエティアの唇が重なり合っている。

 恋人同士が行う愛の行為。

 俗に言う接吻(ベーゼ)だった。


「ちょっと!あ、あ、アンタ私のモノに何してくれてるのよ!」


 予想外の行動に元のセルフィナの雰囲気に戻る。

 わなわなと手を震わせながら抗議の声をあげる。しかしあれだけ密着していては力で以って離そうとすればエティアを傷つける事になりかねない。

 その行為を黙って見守るしかないセルフィナを横目にローグは魔神とは違う懸念を持っていた。


(……ラドルがこれ程までに彼女を気にやるのはどういう意図がある?まさかとは思うがこのまま放置するのはよろしくない結果になる気がする。さてどうしたものか)


 そんな魔神と魔獣がそれぞれの思惑を巡らせている最中もまだ件の二人は密着している。

 1分も経っていない。

 しかしエティアの表情に変化が現れ始める。


(……あれ?私……何してたんだっけ……?)


 朦朧とした意識の中で薄ぼんやりとしていた視界がゆっくりとクリアになっていく。

 そして。

 丸一日眠っていたかのような倦怠感に襲われながら最初に目に入ってきたのは蒼い空。

 いやよく見ると遥かな蒼穹のような色。

 どこかで。

 いつだったか。

 じっと見たような感覚。

 それが今目の前にある。

 ーー?

 目の前?

 そこまで気づいて視覚以外の別の感触が自分の口からようやく感じる事ができた。

 それで今の自分の状況を始めて知る。

 蒼穹の色は自分が監視していた大罪人の瞳の色。

 それが今目の前にある。

 という事は。

 その行為の意味を理解するとやがて顔が、体が、頭が赤く赤く熱を孕んで急激に高まっていくのが分かった。

 そして。


「んにゃああああああああああああ!!」


 どん、と強く目の前の男を強く跳ね除ける。

 自分もその反動で尻餅をついてしまう。

 ゴシゴシと左腕で口を何度も拭うも口内に残る異質な味は消えはしない。


「な、な、な、なんで?!何してたの?!私に一体何したのーー??!」


 ようやく正気を取り戻したエティアは半分涙目になりながら腰が砕けたままラドルに向けて強烈に問い質す。

 そんな半狂乱になりながらの抗議も目の前の男はくい、っと何も無かったようにラドルも自らの口を指で軽く拭う。

 余りの温度差にそれを見ていたローグはエティアに近付き説明を始める。


「全く。助けられて文句を言うのは失礼なのではありませんか?貴女はあの魔神に操られていたんですよ?それをラドルは自らの力を貴女に吹き込んで魔神の力を吹き飛ばしたってのに何ですか、その態度」

「ーーえ?操られてって……」


 改めて自分の周囲の状況を把握すると。

 暗く陽光を遮る重く暗鬱な魔力の雲。

 骨戦士(スケルトン)屍人(グール)の大群。

 そしてその上空には。

 見知ったはずの、戦っていたはずの、話していたはずの相手がそこにいた。

 その相手をよく見やると眉間に深い皺を寄せ口に歯軋りが聞こえてくる程に怒りを露わにして見下ろしていた。


「……セフィ」


 一言相手に呼びかけてしまう。

 ーーそうだ、私はセフィと戦って。それから記憶がない。

 記憶がないというのはやはり敗北を意味している。

 何故まだ生きているのか。

 それはやはりセルフィナが自分に対する執着によるものだと直ぐに帰結するがそれでもやはり自分の中にも彼女に対する執着があると認識する。


「神滅者。よくもやってくれたわね。貴方に対する神罰は私が手ずから下してあげるわ」


 その直々の託宣にラドルはふ、と笑みをこぼす。


「無理をするな、セルフィナ。神罰などそれこそ意味のないものだぞ?」

「何をーー?」


 その時だった。

 ラドル達を囲む死人の群れの一角が崩れ始めた。


「なんだ?」


 そのまま死人たちが消え去り、砕け飛び、何が起きているのかを観察していると。

 死人たちを薙ぎ払っている者たちが姿を見せる。

 馬に乗ってラドルたちに近づいていくその姿は以前辺境村で別れ再会を約束した筈の二人。


「アス!?レナ!?」


 エティアがつい叫ぶ。

 死神と司祭が連れ立ってこの場に駆けつけてきた。


「お前たち、何故ここに?」


 ラドルが馬から降り寄ってくる二人に問う。


「詳しい話は後だ。しかし……やはり只事じゃなくなっていたな」


 何故か事の経緯を知っているかのような口ぶりにラドルはもう一つ気配をアスの背中から感じた。


「アス、その背中のは何だ?」

「……ラドル様と別れた後。この子と会って急ぎここまで飛ばして参った所存です」

「……この子?」


 レナが代わりに答えてアスの背中から降りて見せたその姿は。

 ボロを纏い髪はボサボサ。肌は荒れ細身の痩せ細った病人のような少女。

 いや実際に病人だった。

 唇は紫、肌には病斑。

 見るからに死病に侵されている少女だった。


「その子供は……?」

「……え?まさか……」


 ラドルが訝しんで少女を見るとエティアが押して前に出る。

 どこかで見た藍の瞳。長い水色の髪。

 それは先日まで仲良く話していた相手と同じ組み合わせ。

 少しの面影を残すその人物の名前がエティアの口からつい割って出てきた。

 信じられない思いが言葉となって現れる。


「……セフィ……なの?」


 そのやりとりをただ黙して眺めている魔神は侮蔑と嘲笑を浮かべて冷ややかに見下ろしていた。

さて真相が見えてきた59話です。

戦闘の最中にのんびり話をしているように思えますがその分ローグが見えない所で頑張ってます笑。

ローグはほんとよく動いてくれて便利キャラ。

しかしあと数話でこの歌姫編で広げた風呂敷の口を閉じるのは結構骨だな、と思ってます。

死人ばかりなだけに骨。

……やっちまったなぁ!

次回は真相タイム。また説明セリフが怖い。

頑張ります。

感想評価疑問などよろしくどうぞ。

ではまた次回☆

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