第58話 歌姫編〜対峙〜
神と人が対峙している。
それは通常有り得ない光景。
かたや闇色の魔力を背面から放出し巨大な翼を広げた天使のように嫋やかに微笑み宙空から人間の少女を見下ろす歌姫と言われた魔の神。
かたや無骨な印象を強力に発する闘手甲を前面に突き出し基本的な練武の型をとり強く握る拳と鋭くもどこか悲哀の色を浮かべる人間の少女。
ほんの十数分前には互いに笑いあっていた2人は思いを変え姿を変え本質さえも変えて対峙していた。
だが。
その表情には。
喜と哀が等しく平等に存在していた。
互いにはほんの数日だが過ごした時間の密度の高い思い出が脳裏に去来していた。
ーーどこか抜けている姉みたい。
ーー人が泣く時はね、決まって心が震えた時。
ーー私たち似た者同士だからかな。
ーー私と一緒に来てよ?
そんな2人が互いに見つめながら紅髪の武僧エティアはゆっくりと口を開く。
「……セフィ。私の不調がセフィのせいってどういうこと?」
「ん〜?どうしようかな、教えてほしい?」
少し悪戯な笑みを浮かべてエティアを見据えるセルフィナ。
エティアはその笑みと視線を真っ向から受けても身動ぎ一つしないその胆力にふぅ、とため息をついて答える。
「始めて会った日の夜。一緒に水浴びをしたあの時。そろっと見えたその力。その証。運がいいと思ったわ。貴女のその身に宿る魔力の保有量は人を超えていた。それからよ、私が貴女に興味を持ったのは」
「私の魔力が……?」
「そう。結構この身体には魔力が少なくてさ、一度屍人返りの呪歌を使うと空っけつになるんだよね。だったら魔力の補充ができる代替品があればいいんだ」
「それが……私?」
「そう。あの日も屍人返りを歌ってお腹が空いた時に見つけたご飯。それが貴女への第一印象」
あれだけ仲良くしていたあの姉替わりのセフィが裏では自分を弁当代わりに見ていた。
その事実に腹も立ち悲しくもあり。
そんな遣る瀬無い思いが言の葉となり口から産まれそうになるその時。
「でもね」
セルフィナがその続きを先に口にする。
「貴女はやっぱり私と似ている。その身に人ならざる力と。重すぎる使命を背負い込んで。全てを変えてみせると足掻くその運命。だから興味をもった。話もした。その末に。私は貴女が欲しい。ただの魔力の供給源だけじゃなく。私は貴女の全てが欲しい。だから。私と一緒に行こう?」
「そんなの……そんな事を言われて!ただ黙ってハイそうですか、って答えられるわけないじゃない!それに私はただの村娘なのに。使命とか運命とか分からないわよ!」
エティアの反論が面白くてたまらないようにどんどん口端が釣り上がっていくセルフィナ。
その笑みには狂気じみた悪意ある嗤い顔だった。
「じゃあエティアは何者?その身に宿る魔力は一体何?神の愛と加護を一身に受けた者にしか宿らないその力は何なの?」
「そんなの……分かるわけないじゃない!私は私だもの」
「そうよね?だからそんな意味ない疑問は置いといて貴女を私のモノにすることにした。だから唾つけたのよ」
「唾って……」
「水浴びしていたあの夜後ろからエティアの首筋からペロリ。それで貴女の魔力は私に横流しされていったの。常に魔力がダダ漏れで私が側でずっと貪っていたんだからそりゃ体調が悪くもなるわよね。失敗したのは私との距離が王宮召還の為に離れたせいで一旦リンクが切れてしまったことかな」
気を失ったあの夜。
そんなことがあった。
だから体調が悪くなったのか。
その時ふと気付いた疑問。
「だから……」
「ん?」
「ラドル君を警戒していたの?神滅者で神の敵だから」
「神……滅者?あの男が?」
その言葉を聞いてその笑みが急激に邪悪なモノに変わっていく。
先程までのかろうじて人らしい貌とはかけ離れて最早人外の。識外の。神とも言えないような暗い笑みがその美貌を歪ませていた。
その変化にエティアは先程覚えた恐怖を遥かに上回る怖気が背中を走る。
「あの男が神の、我々の敵?ふふ、あはあははは!あーっははははははは!!
「セフィ……?」
「エティア、勘違いしているみたいだけど一つ教えてあげる。私たち神はあんな人間などどうも思っていない。警戒するのも馬鹿馬鹿しい。例えあの輩が人以上の力を持っていたとしても人である限りその力は私には通じない。神霊力を持て余すだけの半端者よ」
「……?」
エティアはそのセルフィナの言葉に違和感を感じた。
何がどうとかは分からないが強烈な違和感が心に突き刺さり気になってしまう。
だが。
これ以上の問答は周りの被害を増やすだけだ。
今も無限に湧いてくる不死の軍が王都を侵奪している。
早くに目の前の神を止めねばこの国が終わる。
ならば。
一気に自分の持てる力をぶつけ死んでも止めなければならない。
そう思ったその時。
体中から魔力が無限に溢れてくる感覚に襲われる。
ドゥッとその身から噴き出す魔力は正にエティアもまた人外のものであった。
その変化に気づいた魔神セルフィナはちらと目をやり再び人らしい笑みでエティアを挑発する。
「さぁエティア?人に似つかわしくないほどの魔力をその身に宿すその力を見せてみて?私に通じるならばこの地も全て戻しましょう」
「ほんとね?……セフィ」
「ほんとほんと。だから……」
一拍おいてその瞳が闇に染まる。
「その柔く短い牙を我に突き立ててみせよ、人間」
「うぁぁぁぁっ!!」
白い魔力と黒い魔力が膨張していく瞬間。
ーー世界は白く弾けた。
ーーーーーーーーーー
そして時は現在に戻る。
ティロン神教総本山ティロニクにてラドルは魔獣ローグの知る経緯の概要を聞いて眉を顰める。
同様にティロン神使ファーナもまた驚愕を禁じ得ない面もちで事の次第を聞いていた。
「……とまぁこんな所ですかね」
そうローグは言葉を締めくくるとちらっと王都の方角を見る。
未だに強大な魔力と暗雲渦巻く魔都は変わらず異様を遠目にでもわかるほどに放っていた。
「……それが昨日の話と言ったな。一昼夜休まず飛んできたから短時間でここまでこれたか、ご苦労だったな、ローグ」
「全くです。それで?どうするのですか?」
「……そうだな。俺が出向いて討伐してもいいが……」
そこまで言って視線をローグからファーナに移す。
その視線の意味が分からず訝しむファーナはその意味を問う。
「何かしら?神滅者」
「お前が俺を支配下に置きたかったのは教会同士の軋轢云々は別に置いといて目下の解決策として利用したいと思ったからか?」
「……ええ、そうよ。恥ずかしい話、我が国には強力な軍隊というものが存在しない。それは国法により定められた事案であるから」
ティラーニア王国には騎士団は存在するも治安維持の為のものであり他国を侵略したり大戦に参戦する事を禁止されていた為大規模な騎士団を必要としなかったのだ。
それは国教であるティロン神教が争奪侵奪を嫌い平和第一主義を掲げている事に起因していた。
「私は神使と言っても戦闘力という面では期待できないのは承知している。だが政治には武力も手段のひとつ。だから貴方のような世界の敵と言われた人間でも駒として扱えるならいた方がいい」
力を持たないお飾りの神使。
それがどれだけ惨めか。
ラドルには関係ないとしても少し不憫には思えてしまうのもまた事実だった。
無論人外の存在ではあるだろうが国というしがらみに縛られている時点で国家組織の一員となってしまっている。
それでは神の威を示すことは難しい。
国と教会。両者が対等でなければ神を十分に喧伝し信仰を集めるのは難しいのだ。
とはいえそれが出来ているのは極端に少ない。
思いつくだけでも神聖王国バルカードくらいのものだとラドルは思い至る。
それ故の先程の狼藉。
仮にも一神教の神使に対してあの様な無礼は許されるものではない。
だが。
「まぁ神使であるならば国の安寧は当然の思考だ。今回の事は借りにしておく」
「……了解したわ、神滅者」
そう言って神妙な表情で礼を告げるファーナ。
だが黒い魔獣は油断なくその女神使を観察していた。
(何を企んでいるのやら……何となく察しはしますがね)
ラドルはその性質は別にしても世界的にも少なからず影響のある人物だ。
その人物との縁はどのようなものであれ政治的な意味では間違いなくプラスに働く。
そういう意味でも今回の会談はすでにティロン神教に、いやファーナ個人に大きな利益があったと見るべきだろう。
(全く強かな女ほど厄介なものはありませんね……あのエティアが可愛く思えてきましたよ)
そんな風にローグは考えているとラドルに首を摘まれ持ち上げられる。
「さて行くか。とりあえず死人の都になってしまったあの王都に」
「え?歩いて行くので?」
「飛行魔法でもいいがな、仮にも神相手だ、魔力は温存しておくのが鉄則だ」
「その移動の間にあの王都だけじゃなく被害は大きくなりますよ?」
「俺の目的は神だけだ。あとはどうなろうがそこな神使が処理してくれるだろうさ」
言葉だけを聞いてみると人非人ことこの上ない発言だがラドルがチラリと視線を送るとファーナは一つため息をついて、
「……分かったわ、私が貴方たちを転移で王都まで送るわよ」
「流石は魔道系神使。転移魔法も習得済みとは」
「あけすけな賛辞など耳障りなだけよ。私も後から追いかけるわ。……頼むわね」
ふ、と一つ口端を上げると。
きゅ、と魔力を練り上げ始め詠唱に入るファーナ。
今は目の前のこの男に託すしかない。
そう覚悟を決めて魔法陣を構築していく。
『デル・メル・クレン・ヴァリハリア 其は闇と光を往きし者 彼方より此方へ いと高き世界を俯瞰し見定める者なり 大いなる標に沿いて我が認めし者に光の路を与え給う 光道転移』
魔法詠唱が完成するとラドルとローグの足元に現れた赤い魔法陣から強い発光が始まる。
陣内から見えた術者たるファーナの表情は暗いまま。
その意味するところははっきりしないが強く不安が面に出ていた。
そんな時に身体がふわりと軽い浮遊感を感じる。
身体情報が一時的にこの世界から隔絶される為に起こる現象だ。
ファーナの転移魔法が効力を発揮する直前に。
つい口から出た言葉があった。
「ーー任せろ」
その言葉がファーナに届いたかどうか。
それは分からないが確認する術はない。
身体が魔法により刹那だけ赤光の粒子となって強制的にとある地を目標にした座標目掛けて飛んでいく。
ほんの少しの開放感。
まるで宙に、水に、大気に。一緒に混ざってこの世の全てから解き放たれた感覚。
だがその感覚はすぐに自らの身体の重量によって下方に引き込まれる。
重力の鎖に再び縛られ両の脚に大地を踏む感覚が戻る。
身体情報の粒子が集まりラドル・アレスフィアという個体を形を成していく。
ローグもまた同様に足元に現れる。
目蓋をゆっくりと開けると空気の質が先程までとまるで違う。
周囲を確認すると空は暗雲が覆い死の匂いが充満する強風が吹き荒ぶ地に2人はいた。
足元に光っていた魔法陣はゆっくりと消えていくと明らかに不穏な気配が2人を囲んでいるのに気がつく。
屍人や骨兵士の大群が生あるラドルとローグを標的と見定めゆっくりと囲いを縮めて来ていたのだ。
「やれやれ、俺はこいつらの相手をするつもりはない。お前が相手してやれ」
「……貴方も大概人使いが荒いですね、了解です」
いつものように大量の鋼糸を飛ばすのではなく、柔らかな、しかし強靭な複数の単糸を繰り出す。
ピュン、と軽い風切り音が聞こえると細く長い鋼の糸が岩をも断つ一撃を放たれたと思ったそばから周囲の不死の群れが細切れになって霧散していく。
「流石はグルトミア十星将序列第7位黄星のローグ・ファルザラック。魔力に拠らない多対一の掃伐ならば俺よりも上かもだな」
「お褒めに預かり光栄の至り。ーーですが」
「ーーああ。アレはお前の手には余る」
つい、と感じた視線に上方を見ると見覚えのある姿がラドルたちを見下していた。
6対の黒い翼に見える大魔力を背中から放出している存在。
それは。
「あらぁ……誰かと思えばラドルさん。何をしに来たのかしら?」
「やぁ歌姫セフィ。2日見ないだけで随分とらしくない格好をしているじゃないか。時期外れの陽気頭と言ったところか?」
魔の神と神滅者。
歌姫と大罪人。
セルフィナとラドル。
互いに不敵な笑みを浮かべて凝視する。
だが場の空気は徐々に、だが確実に重く濃く濃密な魔力が充満していく。
ここに今再び神と人間の戦いが始まろうとしていた。
第58話更新でっす。
やっと初めて神さま対決が始まりました。
でもまだ始まってもいないのでさてどうやって味付けしようか色々考え中。
あと自分今とある資格を取る為に勉強中です。
また暫く更新が来月になるかもですが少しお待ちください。スミマセヌ。
感想評価お待ちしております。
ではまた次回〜☆




