第57話 歌姫編〜鎮魂式〜
今回ちょい残酷シーンがありますのでダメな方は回れ右をお願いします(ヾノ・ω・`)
それは夏の暑気が強くなる昼前。
ティラーニア王国王都エルバンス郊外にある共同墓地に世間から歌姫と呼び持て囃されたセルフィナがいた。
いつもの旅装ではなく質素な淑女用の黒い式典服だ。
胸に白い花を指し淑やかにしている。
普段の茶目っ気のある彼女からは予想も出来ない佇まいだった。
墓地にそぐわない儀典用のステージの上では今回の鎮魂式を企画した官僚らしき初老の男が儀式の開催を告げる挨拶を慇懃に行っている。
それを黙って聞いているセルフィナの後方には多くの観衆に混じって護衛役としてエティアが控えていた。
エティアは後ろ手に組んで姉貴分の様子を注視していた。
(セフィ、昨日からなんだか元気が無いみたいだけど…大丈夫かな。今も気分が晴れないようだし。ちゃんと歌えるのかな……)
そんな風に心配の視線を感じたのか、ちら、と後ろのエティアにウインクして問題無しだという意思を示してくる。
ふ、と一つ胸を撫で下ろすと、エティアは目の前の墓地に目をやる。
広々とした緑の丘一面に立つ暮石の数は先日の屍人騒ぎで見た屍人の数を遥かに上回る。
それがもし。
全ての墓から死体が起き出してきたら。
そう思わずにはいられなかったのはやはり騒ぎに巻き込まれる経験からだろうか。
「……以上である。では此度の式に際して巷で歌姫と名高い美姫に鎮魂の歌を捧げてもらおう。セルフィナ・メルドアナ。前へ」
官僚の促しに応えて前に出て一礼をする。
なんの口上もなくすぅ、と息を吸う。
そしてその口から生み出されたその歌は。
透き通るように耳朶を蕩けさせる程に甘美な、正に天上の調べとも言える、聴くもの全てを魅了するものだった。
(……綺麗な声……)
それ以上の言葉が思いつかないほどに全ての聴衆を虜にしているセルフィナは優しく。強く。聴くもの全てを包み込むように手を広げて歌い続ける。
やがて。
その天上の歌が終わりの時を迎えると同時に。
ワァァッ!!と大歓声が巻き起こる。
くるっと振り返って笑顔で観衆に手を振り応えるセルフィナの面には一筋の汗を流れていたが先ほどまでの晴れない貌はどこかへと消えていた。
その後ろで不乱に拍手をしている紅髪の少女にはいつもの笑顔で応えて返す。
そんな心地良い疲労感を堪能する間も無く、先程の高官がセルフィナに近寄る。
「見事だ、セルフィナ・メルドアナ。正に歌姫の名に違わない美声であった。国王陛下から多大な褒賞が下賜されるであろう」
「そんな。私はただ歌を披露しただけでございますれば」
「謙遜することはない。そなたの希望も聞いておこう、何が欲しい?」
「では一つだけ。質問をしてもよろしいでしょうか」
「うん?なんだ、申せ」
式典用ステージで何かを話しているセルフィナと高官の様子を見ているエティアは何か一抹の不安が胸をよぎる。
(なんだろう、この感じ……どこかで感じたイヤな感じ……まさか!)
その時だった。
墓地のあちこちから土を掘り起こして人々に襲いかかる存在がいた。
「屍人!?なんで?鎮魂歌の直前に?」
「そんなの決まっているじゃないですか」
「ローグ君!?」
観衆が逃げ惑う中、エティアの足元にいつの間にか小さな黒い魔獣が険しい顔で歌姫を睨んでいた。
「いつの間に起きたの?それよりも決まっているって何がよ?」
「此度の屍人騒動、全ては彼女の仕業だからですよ」
「……え?」
信じられない言葉に理解ができないエティア。
それを意に介さずローグは言葉を続ける。
「一般の人間には気付かない程の、だが悪意の塊のような魔力が歌に乗せて流布されました。死人返りの呪歌とは知りませんでしたがあまりの悪意に気持ち悪くてつい目が覚めてしまいましたよ」
「何を……言ってるの?何のことよ!」
「事実を見なさい!現実を!それとも貴女が信じたい人間はあんな貌をする人間なのですか!?」
ローグの言葉で見たセルフィナの貌には。
今まで見たことのない邪悪な、濁った瞳で嗤っていた。
「セ……セフィ……嘘だよね?そんな事、あるわけ……ないよね?」
自らの目で見た現実を否定したいかのようにゆっくりと近づいてくるセルフィナに問いかける。
エティアの問いにセルフィナは。
今まで見せたような笑みを浮かべると。
エティアは釣られて笑みになりそうになり。その言葉を待つと。
返ってきたのはくぐもったような邪悪な笑みだった。
「ふふ。あはは。ははははは!」
「セフィ……?」
「エティア、ごめんね。そう、私が全て引き起こしたのよ。この腐った国を滅ぼす為に」
カキリ。
枯れた木と木が擦れ合わせたような小さな音。
そんな不気味な音が耳に入らないエティアはただただ姉替わりの歌姫に懇願するような視線を投げかけるもセルフィナは口角を上げるだけの薄笑いを見せるのみで目の奥の狂気の炎は変わらず盛って見えた。
コキリ。
「セフィ!何で?なんでこんな事を!?」
「……何で、か。そうね。なんでかしら」
「セフィ……?」
「さっきこの国のお偉い方に質問したの。私の生まれた村はどうなったのかと」
そのセルフィナの言葉には昨日見た少し自嘲気味な笑みを浮かべて見える。
その姿には少し寂寥感も滲ませていた。
「知らないですって」
「……知らない?」
「ただ知らないなら仕方ないけどね、この国は豊穣の女神の加護ある地。そんな流行病に侵された村などこの国にあってはならないだそうよ?ある程度覚悟はしていたんだけどいざ目の前で言われたらやっぱ腹が立って。だからかな、私じゃあこの国を滅ぼしちゃえって思っちゃって」
カキリ。
「私の村は流行病で滅んだなら。この国も滅んでも構わないんじゃない?そう思えたらさ、さっきのお偉いさん……殺しちゃった」
「……え?」
そう言って先程までセルフィナがいたステージの上には。
さっきまで話していた高官がその場で倒れていた。
「……なんて事を」
「待ちなさい、エティアさん。あの死体、何かおかしい」
「え?」
そう言われて高官の身体が不気味に不規則な動きをし始めていた。
じっと凝視しているとゆっくりと死んだはずの高官が起き上がると。
生気の無い虚ろな目をしてエティアに身体を向ける。
その瞬間。
軽く20歩分はあった距離がなかったように一気に詰めて飛び掛かってきた。
「エティアさん!」
「はっ!」
軽く呆然としていたエティアは全く対応できずにいた姿を見てローグはすぐに鋼糸を繰り出し高官だったモノを貫き動きを止める。
だが。
急所を貫いているにもかかわらず、未だ前進しようとそのモノは動き暴れる。
「……これは!?」
「あら。私のエティアを襲うなんて。この罰当たりさん」
そう言ってセルフィナがひと睨みしたその瞬間、その高官の身体が弾けて飛散した。
辺りに高官だったモノの血と肉が雨の様に飛び散りエティアの身体に降り注ぐ。
「これは……!」
「ごめんね、エティア。汚い血で汚れちゃったね」
コキリ。
余りに凄惨な現象に足が震えている。
普段肝が座っているエティアだがさすがに人が爆散する様は初めて目にして脳と身体が完全に麻痺してしまっている。
そんなエティアの前に異様な力を身に纏ったセルフィナが禍々しい笑みを湛えて立つ。
「ねぇエティア?私と一緒に来てよ」
「……え?」
「私ね、貴女にずっと傍にいて欲しいのよ?だから私と来て」
そう言いながらエティアの顔に付いた返り血をペロッと舌で舐めとる。
「貴様、何モノですか?少なくとも人間ではありませんね?」
「ふふ。知りたい?」
そう言うと大仰に手を広げて先ほどと同じように歌を歌う。
先程と違うのは歌に乗せて強大な魔力を含んでいる事。
その事に気付いたローグはエティアに危急を告げる。
「エティアさん!抗魔防壁を展開しなさい!早く!」
「え?う、うん!」
言われるがままに防壁を展開する。
その防壁を身体に纏いローグはセルフィナに向かっていきながら鋼糸を編み込み巨大な銛にして飛ばす。
その銛は凄まじい速度で唸りを上げてセルフィナに飛んでいく。
岩をも砕く破壊力を生み出した鋼糸銛。
本来ならばその銛でセルフィナを貫いてその後身体の内側から鋼糸が支配する傀儡が出来上がる筈だった。
しかし。
その銛はセルフィナが前に出した右手を開いて閉じると鋼糸銛が潰れて弾けてしまった。
それにも気にせず歌を歌い続けるセルフィナ。
そしてその歌を耳にした人々は。
身体がビクッと反り上がり身体中に血管が浮き出てそのまま倒れ込んでしまった。
そして先ほどの高官と同じように。
ゆっくりと起き上がりまだ無事であった人びとに襲いかかり仲間を増やそうと行動する。
「まさか……即死効果の呪歌だと!?追加効果に死人返りとは……まさか貴様がラドルが探していた神か!?」
「さぁね?でも私はもう人ではないわね、確かに」
目の前に広がる惨憺たる光景はほんの十数分前まで平和を願う人で溢れていた光景とは真逆の、死と恐怖が渦巻く地獄と化してしまっていた。
コキリ。
カキリ。
先程からたまに聞こえる異音。
ローグは何の音かと耳を澄ませるとそれはセルフィナの背後から聞こえてきた。
枯木が擦り合うような音。
それは骨が鳴る様な音でありそしてセルフィナの背後から放出で翼にも見える魔力から無数の骨戦士が溢れてきたのだ。
「こんなのは豊穣の女神の力ではない……!まさか貴様は」
「病と痛みの神……クラニアン?」
それまで惚けていたエティアもようやく気をとりなおしたのか、何か意を決した表情をセルフィナに向けていた。
「あらよく知っているわね、エティア。ちょっと嬉しいかも」
「冗談は止めて!こんなのセフィが望むわけない!セフィは優しくて!よく笑って!でも少しおっちょこちょいで。だけど私が好きなセフィは。こんな事しない!」
まだその様な幻想を抱いているのか、とローグは辟易もしたがこれは一種の好機ではとも考えた。
(ここでこの娘が死ねばラドルには一つの枷が解かれるかも?)
そんな邪な考えを精査している時、そのエティアから声が掛かる。
「ローグ君!今すぐティロニクまで飛んで!飛んでラドル君を連れてきて!このままじゃこのエルバンスが死の都と化しちゃう!」
「……貴女はどうするのですか?」
「……戦う」
「……ほう」
「戦ってセフィを元に戻す!昨日までのあのよく笑うセフィを取り戻す!」
「……左様で。分かりました、貴女の言葉通りにしましょう。ですが彼女は。セルフィナ・メルドアナはもう死んだと見るべきですよ。でなければ貴女の無事は誰も保証しないし、貴女の行動の隙になります。よく心に留めておくよう」
そう言ってローグは翼を広げて西に向かって飛んでいく。
それを見逃さない、とセルフィナは先程の銛を潰してたようにローグに向けて右手を出して掌を開くと。
「はぁああああ!」
セルフィナに向けて光る闘手甲で殴りかかるエティア。
突き出した右手で阻止するように計算された攻撃にセルフィナはニマッと嗤う。
「凄いね、エティア。さっきまで腰を抜かしていたのが嘘見たい。どうやって恐怖を克服したの?興味あるわ」
「さっきまではね、でも今は怖くない。だって私を殺す気が無いんだから。だったら私の全力でもって全力で殴り止めるよ、セフィ!」
先程までの怯えた目ではなく戦いを決した戦士の瞳。
それを見たセルフィナは軽く高揚した気分を隠す事なく己の力を放出した。
強大な魔力はやがて渦を巻き視認できるほどに迸る。強大な力の奔流に激しく気流が乱れて嵐にも似た激風が墓地を包む。
その中心地にもはや生きている人間はただ一人。
紅髪の武僧が魔神とも言える存在に対峙する。
エティアはその魔力をもって浄化の魔法を唱える。
『地の底へと還れ 常闇の住人よ 光の射手よ 忌まわしき影を打ち払わん リーグ・エレベア・レーグレア 退魔閃』
セルフィナの呪歌に対抗して退魔魔法を放つも強大な魔力を有するセルフィナにやり込められてしまいそうになるエティア。
しかし。
「負ける……もん……っかぁぁぁぁ!!」
一気に退魔の光がエティアを中心に広がり多くの屍人やスケルトンたちを冥府に還していく。
はぁはぁ、と息を切らして、呼吸を乱しながらもその瞳に宿る力は衰えがない。
それにはさしもの魔神セルフィナも目を丸くして驚愕していた。
「まだ……闘える!必ず、止めるよ、セフィ!」
「それよ、それ。ねぇエティア。貴女一体何者?」
「……どういう意味よ?」
「……まだ本気じゃないとは言え曲がりなりにも神の魔力を上回る力。普通じゃ有り得ないよ。貴女も神の力を持っているんじゃないの?」
「私は……田舎で育った、ただの新米武僧よ」
「信じると思う?じゃあ貴女のその魔力の源はどこから来てるの?普通なら魔力欠乏症になってるわよ?それも私が吸い取った直後にさ」
「吸い取った?」
「……気づかなかった?先日までの貴女の不調。アレも全部私の仕組んだものだったのよ」
体の不調。
確かに先日までの不調はもうない。
それがなくなったのは彼女がエティアの傍から離れた時だった。
でも何故?どうやって?
その疑問が顔に出たのか、セルフィナはまたニマッと笑いながら。
その美しい貌が醜く歪み口を開いていく。
それはエティアにとってもセルフィナにとっても予想外の出来事から始まったのだったというーー。
というわけで57話です。
セルフィナの正体。それは魔神クラニアンという事に落ち着きました。
もう少しエティアとのラブラブぶりを展開したかったのですが時系列的にこれが今の自分の限界かな、と。
さてこの歌姫編はエティアの中の神の概念がテーマの一つですがそこに至るにはもう少し引き伸ばさないとダメみたいです。
ので次にラドルがやって来てセルフィナを倒して終わり、という訳にはいかないのでもう少し歌姫編続きます。
お付き合い下さると幸いです。
感想評価併せてよろしくお願いします!
では、また次回☆




