第54話 歌姫編〜畏怖〜
「ギャウンッッッ!!」
ブンッと剣に付いた魔獣の血を振り落とす。
久々に生きた魔獣を斬った感触が妙に手に残る。
このケアレマスの谷は昔からティラーニア王国王都エルバンスに向かう道の中では近道ではあったのだが魔獣の繁殖期になると手に負えない程の数に増える為、王都の冒険者ギルドからの討伐任務が遂行されるまでは立ち入りを推奨されなかった。
もっとも推奨されないだけで強制力はない為腕に覚えのある冒険者や金にものを言わせて護衛団を組織するような豪商などはこの近道を気にせず往復したりする。
その魔獣の谷を進むラドルたち一行は案の定多数の魔獣に襲われていた。
一頭一頭の力もさることながら、とにかく数が多くなかなか前に進むことができずにいた。
その事実に内心少し苛立ちを覚え始めたラドルには原因が何か明白だった。
(……この2人を護りながら進むのはこれくらいが限界か?)
同行している赤髪の武僧と他称歌姫という女連れで谷の中腹まで来たがまさかここまでペースダウンするとは思わなかった。
とはいえここでこの2人を置いていけば明日の朝にはもれなく魔獣の腹の中にいる事請け合いだ。
護ると宣言した手前、ラドルは約束を反故にするのは本意ではない。
ならば少しずつとはいえど護りながら進むしかない。
そう結論づけた神滅者は2人を急がせる言葉を放つ。
「2人とも、もう少しペースを上げるぞ。このままだとこの魔獣たちの巣の真ん中で夜を過ごすことになるぞ」
「待ってください!エティアが……」
見るとエティアの顔が紅潮しているのが見てとれる。
今朝からの体調不良が徐々に重くなってきているのか。
「……エティア。なぜこうなるまで放っておいた?もうここまで来ては引き返す事はできないぞ?」
「……ごめんね、ラドル君。こんなつもりじゃなかったんだけど。なんかどんどん力が抜けていくみたいな感覚があって。でも足を引っ張りたくなくて」
「もう立派に引っ張っている。……で、どうする?」
「どうする、とは?」
何のことか、とセルフィナは言葉の真意を問う。
「進むか、留まるか。引き返す事は出来ない。ここに留まるなら結界を張ってやる。付いて来るなら君を戦力として見て進む。君が決めろ」
「ーーっな?」
ラドルの進言に言葉を失うセルフィナ。
病体の身であるエティアを放置するか無理矢理進むというその言葉に耳を疑ってしまう。
「何を言っているのですか?!こうまで顔色の悪い彼女を気遣わずに先に進むか放置するなんて、貴方それでも人間ですか?」
その答えは決まっている。
無論人などではない。
そもそも自分は何度も確認をした。
行けるのか?と。
それを大丈夫と言い張ってここまで来たのは明らかに彼女の意思だ。それを何故自分が責められなくてはならないのか、理解に苦しむ。
「言い争うつもりはない。このままだと良くないことになるだけだからどうするべきか考えるのが最優先事項だ」
「それは!貴方は……!」
「だいたいだ、この魔獣の数、多いのが気になる」
「……どういう事?」
「いくら繁殖期とはいえ前に進めない程の数は異常だ。これは俺たちを狙っての事ではなく、何かに追い立てられているようなところに俺たちがいるんじゃないか」
「……魔獣を追い立てる何かって嫌な予感しかしないんだけど……」
その時。
目の前が急に暗くなった。
燦々と太陽が照らしいた陽光を遮る影が現れたのだ。
その影の主は巨きく、しかも宙空に居た。
雄々しい巨躯を駆るその姿はまさに神と同格の存在であると強く主張していた。
「ま、ま、まさか……!?竜種?」
「何故こんな所に現れた?この谷が魔獣の巣といえど竜の発見報告はこれまで無かった筈だが」
そう訝しんでいる間に竜の口内に巨大な力が凝縮していくのを確認する。
「竜のブレスだ、身を低くしろ!」
そう言うや否や、竜の顎からこちらに向かって巨大な炎の咆哮を放つ。
その業火は全てを焼き尽くし、生命あるものの存在を許さない。
そう、普通の人ならば。
周囲を炎の朱で染め上げた谷にはもはや先ほどまでの多数の魔獣の気配は全て消え失せた中、炎の中で立ち尽くしている影がある。
左手を前に出し、その掌中から迸る強大な魔力を持ってして結界を張りブレスを防いだ神滅者の姿だった。
「あわ、わ、わ……」
セルフィナはエティアを抱えながらも腰を砕かせその場にへたり込んでいる。
エティアも意識を朦朧としながら神滅者の背中を見て竜の脅威に不思議と不安はなかった。
「2人とも、大人しくこの結界の中にいろ。外に出ると瞬く間に干物になるぞ」
「ラドル君……戦うの?」
セルフィナの腕の中から聞いてくる弱々しい声。
ちら、と横目でその問いに答える。
「邪魔だからな。排除しないと他人にも迷惑になる」
「気をつけてね……」
短いやり取り。
それをセルフィナは理解出来なかった。
「ちょ、相手は竜種ですよ!?人が太刀打ち出来る相手じゃありません!何故そんなに落ち着いていられるのですか!?」
「まぁ、なんとかするさ。少し待っていろ」
そう言って一歩。結界から足を前に運ぶ。
すると途端に肌を焼くような熱波がラドルを襲う。
手で熱波を口内に吸引しないように防ぐ。
このままでは熱でエティアたちのいる結界すら破壊されてしまいかねない。
この熱をまずは何とかしようと試みる。
『凍えよ 死の嵐 氷華の白原に全てを凍てつく地獄の霊障を巻き起こせ 氷凍霊』
口にした詠唱を終えるとラドルを中心に朱い世界が一気に青一色に変現していく。
数百度の温度が急激に低下し氷点下の世界となりそこかしこでピシッと岩や石が割れていく破砕音が聞こえる。
かつて魔法学院の生徒が見せた魔法の数倍の威力を持ってして消火の成功を見るとその視線を未だ宙空に留まる巨躯の凶獣に向き直る。
その視線を確認した竜は改めて敵意を露わに一声吼える。
「グォォォォォォッ!!」
普通の人間ならばそれだけで恐慌状態に陥ってしまうその咆哮を神滅者を名乗る青年はことも無げに聞き流す。
「竜よ、何故この空域に現れた?俺を喰い散らそうと思っているならばその身、ただでは済まんぞ?」
ひと睨みしてその目的を竜に問う。
知性と徳性の高い竜ならばあらゆる言語を解しその行動には何かしらの目的がある筈なのだが。
目の前で変わらず宙空に留まる竜は威嚇目的の咆哮をこれまた変わらず放ち続けていた。
「知性など皆無な堕竜種か。とは言え下位種族とはいえ竜は竜。このまま誇り高い血筋を穢すような真似を続けるよりはひと思いに葬ってやるのが情けというものかな」
スラッと剣を向き構えるとラドルの戦意が竜にも伝わったか、神滅者に向かって突喊し始める。
まるで蛇に睨まれた蛙の如く、理性的な行動の取れない竜という名の獣はラドルに向かって高速で突進していく。
その巨体に相応しい巨きな顎からは獣唾を撒き散らしながら。ひと噛みでか弱いヒトを滅殺する筈だったが。
瞬間。
その姿を見失った。
その場に刹那の間際にまで存在した敵が消えた。
竜にはそう見えた。
だが近くにいる。それはこの場を支配するかの敵の戦意を激しくその身をもって感じているからである。
中性浮力をもってその場で獲物を探すが何処にいるか探し当てられない。
その地上で結界内にへたり込んでいるセルフィナは信じられないようなモノを見るかのように竜を見やる。
「あ、頭の……上……?」
居た。
竜の頭上に。
一体いつの間にか。
目の前にいた筈の男がどうやってか竜の頭上に立っていた。
遥か蒼穹に相まった蒼い髪を靡かせて。
だがその瞳は冷たく、冷徹に。
握った銀の剣の切っ尖を竜の頭蓋に向けると。
一閃。
凄まじい魔力を放出しながら竜の頭を剣で貫いていた。
竜の硬い鱗を物ともしない一撃は竜の頭蓋を容易に粉砕すると、その威力にもかかわらず、竜は巨体に見合った生命力で宙空を暴れ回り、やがてそのまま力なく谷の合間に落下していく。
その姿が消えた後一条の炎を断末魔にして吐き出し終えるともう先ほどまでの竜の気配は微塵も感じなくなる。
セルフィナはまるで悪夢でも見ているかのような光景に汗を滴らせていた。
「り……竜を単独討伐なんて……一体彼は何者なの?エティア……?」
体調が思わしくないエティアに問わずにはいられなかった。
それに答えたのは、当のラドル本人だった。
「……俺の事を知ったらそれこそ失禁ものだぞ?」
「ひっ!」
まるで化け物を見るかのような視線。
そんなものは何度となく受けてきた。
常人にはない力は時として他人に忌避される。
自分にない力は他人を不安にさせるからだ。
だから自分の力は基本押さえているが今回はやむなく振るった力を見られた。
それは予想していた反応。
だが久しぶりに畏怖の視線を受けたのは内心気持ちの悪いものであった。
「……俺が怖いならそれで構わないがどうするんだ?別に同行しなくてもいいが君はこまるんじゃないか」
「あ、貴方は……一体何者ですか?竜を一人で討伐なんて……」
「まぁどう思ってもいいさ、俺の身上なんてそれこそ君に関係ない。エティア、大丈夫か?」
セルフィナの疑問を流しつつ、エティアの容態を確認する。
結界を解いてから周囲の冷気に当てられたのか少し顔色が良くなっている気がする。
「……うん、大丈夫。ごめん、心配かけて」
「エティア、本当に大丈夫?無理しないで」
「少しは無理しないといつまでもこの谷から抜け出れないがな」
ラドルの一言に先程とは打って変わってキッと睨みつけてくるセルフィナ。
それを無視しているとエティアはゆらりと立ち上がり弱々しく笑いながら、
「だいじょぶ、だいじょぶだよ。さぁラドル君のおかげで少しは安全になったから急いで谷を抜けよう?」
まだ少し足元が覚束ないが歩けるまで回復したなら行けるところまで行った方がいい。
だが。
「……エティア、君はセルフィナと一緒に王都で待っていろ、総本山まではもたない。これはお願いじゃない、命令だ」
「え、でも……」
「心配するな、用が済んだら王都に行って合流しよう、約束する」
「……分かった」
「悪いがセルフィナ、それまで彼女の面倒を頼む」
「え?え、ええ。分かったわ」
ラドルの発言が意外だったのか少し目をパチクリして首肯した。
(これで少しは身軽になるというもんだ。だが……何かが起きている。竜が棲息区域を外れて魔獣を襲い暴れ回るなどという異変。確実に。異常性があるがまだ何のために何が起きているかはわからない。やはり……例の神が生まれたという噂が事を大きくしているのか?)
ラドルは未だ釈然としない胸中を押し込めて2人を連れて谷を抜ける道を早足で歩いて行った。
その異常は正にラドルの危惧を大きく上回る大事変になる事を誰も勘付く事はできなかったーー。
54話更新です(T ^ T)
ちょっと更新予告から遅刻しちゃいましたが皆さんGWはいかがでしたでしょうか?
さて今回以外と珍しく1シーンだけの話にしました。
その為テキスト量も少なくなりました。
たまにはいいかな?
というのも次回少し長くなりそうなため、きりのいいところで終わらせたかったんですね。
さて、竜も出てきて一層ラドルの無双っぷりに拍車がかかりましたがそろそろそれもどうしようか思案中。
とにかく次回もまたよろしくお願いします。
併せて感想評価もよろしくお願いしますね笑
ではまた次回〜♪




