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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第2章 堕ちる世界
53/85

第53話 歌姫編〜既視〜

 ーーああ、また夢を見ている。

 私は泣いている。

 小さい頃から皆の目を盗んで私は泣いている。

 理由はない。

 理由はわからない。

 理由は見つからない。

 でも。

 後から後からこの瞳から溢れた涙は止めどもなく流れ落ちる。

 悲しみはない。

 悲しくはない。

 悲しさはない。

 でも。

 後から後からこの瞳から溢れた涙は止めどもなく大地に染みる。


 あれはどこだったのだろう。

 故郷のネフィラ村の小さな誰も住んでいない、神像すらない名もなき教会だったか。

 煤だらけの、天窓も割れた、下屋が落ちたような。もはや廃屋とも言えるようなうらぶれた教会の片隅で私は人知れず涙を流していた。

 誰にも見つからずに一頻り泣いた後、まるで何事もなかったように笑顔をふりまいて皆に接する。

 一度もそれを見つかった事はない。


 ーー?

 いや。

 一度だけ。

 たった一度だけ見つかった事がある。

 あれは誰だったのだろう?

 思い出せない。

 太陽を背にしていたからかその人は眩しくて顔をはっきり見れなかったからか。

 不思議なくらい思い出せない。

 ただ髪の長い、とても綺麗な女の人だった。

 そして一言。

 私にこう言った。


『何故ーーしんでいるの?何故ーーっているの?貴女はーーなのに。さあ出ておいでーー』


 そう言って私に手を差し伸べてきてーー。





「はっ!?」


 朝の光が私の目蓋を開ける。

 やたらと強い朝日が朝だと告げている。

 小鳥の囀りも覚醒を促す。

 むくり、とやたらと気だるい身体を起こすと。

 はっきりとしない頭は重く何か健忘感がある。


「……私、いつの間にベッドに入ったんだっけ……?」

「お目覚め?エティア」

「あ、うんおはよセフィ……って、えええ!?な、なんでセフィが私のベッドにいるの!?」


 狭いベッドで同衾していたのは昨夜出会った歌姫。

 しかもその彼女は一糸纏わぬ生まれたままの姿でエティアの隣で横たわっていた。


「しかもな、な、なんで裸なのよ!?」

「私、ベッドで寝る時は裸じゃないと寝付けないの」

「あ、そうなんだ。……じゃなくて!なんで私のベッドに潜り込んでいるの?」

「え?覚えてないの?あんなに激しく求めあった夜を。凄かったのになぁ」

「ええええええ!?」


 あたふたと慌てるエティアを見て満足したのか、セルフィナはニコ、と笑いゆっくりと服を着ていく。


「ふふ、冗談よ。あんまりエティアの寝顔が可愛かったからつい。ごめんなさい」

「もう!次やったら怒るからね!ったくもう……」

「ーー悪い夢でも見た?」


 不意に飛んできた言葉。

 はっとなりついセルフィナを見やる。

 ようやく服を身につけ終えた彼女は相変わらず優しく微笑んでこちらを見ていた。


「……ごめんね、ただ涙を流していたから。ちょっとだけ気になったの」

「……そっか。また昔の夢見てたみたい」

「昔の夢?」


 少し俯きつつ、涙の痕を誤魔化すように目を擦る。

 あまり思い出せない過去の自分。

 だが目の前の半裸のセルフィナはいつまでも視線を外さず見つめてくる。

 観念したのか細い記憶の糸を手繰り寄せると自分の過去に向き合ってみる。


「……へへ、私昔はすごい泣き虫だったんだ。子供にありがちな意味もなく泣きたくなるアレ。私、けっこう長く続いてね。本当に意味が分からないくらいに隠れて泣いてたの。今じゃもうそんなことで泣いたりはしないんだけどたまにその時の夢を見ちゃうんだ」

「……そう」

「変だよね、こんな年齢になっても泣き虫な夢を見るって」


 少しだけ自虐的に。

 ぽり、と頬を一つ掻いて誤魔化し顔をセルフィナに見せると。

 エティアの背中側からセルフィナの重みを感じた。


「……セフィ?」

「人がね、泣くときというのは決まって心が揺れた時。それが感動であれ悲しみであれ。でも誰からも愛を感じなくなったその時、涙は世界に訴えるの」

「訴える?」

「世界を。全てを。神を。憎しみに染めて。恨めしいと訴えてしまう。何故自分が。自分だけがーーと。そんな人を私は何人も見てきたの。エティア、そんな事にだけはならないでね」

「う、うん……」


 先程までのからかうようなセルフィナの表情ではなく少しだけの哀しみをふまえた瞳がエティアにやけに印象的に映った。

 まるで別人のように。


「さ、行きましょう?私を途中まで護衛してくれるのでしょ?」

「……うん。よろしくね、セフィ」


 はっ、と気づくとセルフィナはいつものように優しく微笑んだ。



 階下に降りるとすでにラドルやレナ、アスは支度を終えて朝食を済ませていた。


「もう!少しくらい待っていてよね」


 軽口を告げるが他の面子は軽く受け流す。

 いつものやりとり。

 だが何か違和感がある。

 そうだ、自分の身体だ。

 何か朝から身体が重い。

 息も心なしか浅い気がする。

 特に辛いというわけではないが気怠さだけが残る。


「あの……エティアさん?大丈夫ですか?」

「え?ああ、だいじょぶだいじょぶ。まだ頭がはっきりしないみたい。体調が悪い訳じゃないから安心して」


 エティアの異変を感じ取ったのか、レナが心配そうに顔を覗いてくる。

 すぐに手振りで相手を安堵させると試みるがやはり完全には払拭できないみたいで変わらず不安げな視線を投げかけてくる。

 ラドルもそこは同意らしく意外な一言を放つ。


「……本当に体調が思わしくないならここで待っているか?歌姫殿はとりあえず途中までは護ろう」

「だいじょぶだって!それにラドル君とセフィを2人きりになんてできないよ!」

「……先日話したが魔物魔獣が出没する谷を越える予定だ。足手まといになるならその場に置いていくぞ?」


 ラドルの冷たい言葉がエティアを刺す。

 その冷ややかな言葉はエティアはいつもの事と思い流そうとするも、流せない人物が1人いた。


「ラドルさん、共に旅をする仲間に対して少し冷たいのではありませんか?」

「セフィ?」

「女性は体調を崩しやすいものです。仲間であるならば彼女を気にかけてあげて下さい」

「仲間、ね……」


 2人の衝突を見ていたアスは昨日のラドルの言葉をつい反芻していた。


『俺は誰も仲間だと思ってなどいないんだよ』


 ラドルの冷淡さは恐らく数千年を生きてきた結果だ。

 人を信じ。裏切られて。孤立して。

 それを一体どれだけ繰り返してきたのか、その結果が基本的に誰にも心を開かない、昨夜の言葉が出てくるに至ったのだろう。

 世界を敵に回すとはそういう事なのか。

 先日のダルタニアの言の通り、俺たちはラドルの過去を含めてまだ何も知らないままなんだな、と改めて思い至る。

 数千年の時間とはどれだけ重いのか、とラドルの挙動を観察しているとセルフィナの言葉に徐々に熱を帯びてきたのに気づいた。


「ですから!もう少しエティアの事を慮ってください。それがそんなに難しいのですか?」

「……博愛の歌姫殿は自分の常識を他人に押し付けるというのか。これは意外だ。まぁそれは歌姫殿に限ったことではないがな、別に俺はついて来て欲しいとも君を守らせてほしいとも言った覚えはない。エティアが本調子でないのならここで休んでいけ、そう言ったことの何が気に食わないのか理解に苦しむ」

「貴方は仲間が苦しんでいるのを見て何も思わないのですか?何も感じないのですか?看病をしろとまでは言いません。せめて日程をずらすとかーー」

「残念だがそれはできんな、俺には俺の都合もある。君には君の都合がある。その一点において利害が一致したから同道してもいいと言った筈だ。それが無理なら君がエティアを看病すればいいだけの話だ」

「何故そんな話にーー」


 いつまで交わらない平行線。

 互いに主張する中身自体が微妙にズレている為、いつまでも交わるわけがない。

 セルフィナはエティアの体調を気遣え、という主張。

 ラドルは自分の都合を他人が邪魔するな、という主張。

 いい加減朝っぱらからこんな不毛なやり取りを見ているのは流石に食傷気味だ、と感じたアスが仲介しようとしたその時。


「あーーもう!本人が大丈夫だ、って言っているのに何勝手に病人扱いして揉め事にまで発展してんのよ!私は大丈夫だから早く支度を済ませましょ!行こ、セフィ」


 そう言ってセフィの手を取り宿を出て井戸の方に向かって行く。

 それを見送ったラドルをレナが一言苦言を呈する。


「ラドル様、エティアさんは体調が優れないのでしょうがそれを表に出す方ではありません。ですが無茶をするのが分かっているのでしたら……」

「何だ、お前までお説教か。それともお節介か?」

「ふふ、両方です。ラドル様がご一緒でしたら万に一つの間違いは無いと思いますが事態は時として予想外の事が起きる事もございます故慎重を期してくださいませ」


 にこ、と変わらず笑顔を湛えるがその言葉には同道できない自分の諫言として受けて欲しいとの思いを含ませている。

 それに気づいていたラドルもまたその諫言を甘んじて受けていた。


「だがーー」


 ラドルは一つ真面目な表情で言葉を返す。


「確かに、事態は予想以上に悪くなる事はあっても良くはならないのだろうな」


 そこまで言うとラドルはもう一人の、いやもう一匹の同行者に目をやる。

 ここ数日、特にティラーニア王国に入ってから魔獣のローグは極端に起きている時間が短くなっている。

 今も自分の寝床であるザック袋のなかでピクリとも動かない。

 この魔獣の十星将は何かしらの思惑があってラドルについて来た最初の同行者だ。

 それが今は表向きの監視役という任務さえ放り投げて何か暗躍している。

 それは恐らくグルトミア帝国で何かが起きたのだろうと容易に想像できた。

 そしてそれはいずれ自分にも何らかの形で降りかかるのでは、とある程度の覚悟を決めてテーブルの上で冷めきった珈琲を飲み干した。



 ーーーーーーーーーー



 井戸で昨夜のように桶に水を張って未だにすっきりしない頭を覚ますかのように思い切り顔を水につけて無理矢理覚醒を促す。

 幾分かマシになった頭を振って水気を切る。

 そしてセルフィナに一言謝罪する。


「ごめんね、セフィ。私のせいでラドル君と言い争いになっちゃって」

「ううん、私こそつい。いつもはあんなに人に食って掛かったりはしないんだけどどうしてかしら、あのラドルさんを見ていたら一言言いたくなっちゃって。だってあまりにも人間味を感じられないから」

「あはは……でもね、彼は色々あって他人と距離を置きたがる傾向があるの。だから私が無理矢理ついていかないときっと後悔する。私も彼も」

「……何故エティアは彼についていくの?」

「何故って……あれ?昨夜同じ事を話したような……そういえば昨夜私いつのまにか寝てたんだけど……何があったっけ?」

「……覚えてないの?」

「う、うん。何かあった?」


 少し言いづらそうにセルフィナはエティアに意を決して昨夜の事を話す。


「……打ったの」

「え?な、何を?」

「……頭を。思い切り。濡れた足元を滑らせて。だから私が何とか気絶した貴女をベッドに運ぶのは大変だったんだから」

「えええ?そんなんだっけ?ご、ごめんなさい〜〜」

「だからかな、少し体調不良ってそれからなのかも」


 そう言われて後頭部を摩る。

 昨夜の記憶の欠如とは頭を打ったから。

 何というベタな事実なのか。

 少し照れくさくなって笑って誤魔化す。

 だが。

 それでも相変わらずはっきりしない思考を何とか奮い立たせる。

 その姿を見てセルフィナは。


「大丈夫?やっぱり少し休んだ方がーー」

「ううん、大丈夫!でも……どうしてそこまで私に気を遣ってくれるの?」

「……なんでかな、目の離せない妹みたいで気がやれないのよ。私一人っ子だけど友人以上に共感しちゃうの。理由は分からないけどね」


 そこまで話すとセルフィナが差し伸べた手を取って起き上がる。

 セルフィナにこれ以上迷惑をかけられないと思うとエティアは自分の両頬をパチンと叩いて喝を入れる。


「よし!行こう、セフィ。私が立派に護衛するからね!」

「……ええ。よろしくね、エティア」



 ーーーーーーーーーー



『じゃあ王都で待っているからね!早く終わらせて来てね、2人とも』


 そう言ってエティアは無理に作ったような笑顔でアスとレナに再会を期して叫んだ。

 ラドルとエティア、そしてセルフィナを見送った後、アスとレナは村人たちと協力して墓地から這い出てきた死人たちを一人一人再び墓の主人として戻していく。

 300人弱の死人を3日かけて元の墓に戻した後、レナは一つ一つの墓地に出向いて鎮魂と葬送の祝詞を唱える。

 それを終えるのに更に3日掛かる。

 全てを終えたのはラドルと別れてから1週間が経ってからだった。


「ありがとうございました。これでようやくまた亡き父母の魂も眠りにつける事でしょう」


 葬送の儀を依頼した村長から感謝される2人は幾ばくかの報酬を手にして日が明けたらラドルたちの後を追おうとしていた。


「……お疲れだったな、レナ」

「ううん、大丈夫。でも明日はラドル様の後を追わなくちゃいけないから早く休みましょう」

「……レナ。少し話していいか?」

「あら?珍しいわね、貴方が私に告解かしら?」

「まぁ近いかもしれん。いいか?」

「……勿論。それで?アスカル、貴方は何を告白するのですか?」

「……俺はラドルに戦いを挑む事を理由にして縁を得た。だが俺はアイツには勝てない。というより戦う理由が無い。お前を救い、人類を救うという自らの信念を貫いているアイツは俺には倒すべき悪の様には見えない。神々の敵として。世界の大罪人として。人類の天敵として。お伽話のように語り継がれてきた神滅者は想像以上の力と想像以上の『人間』だった」

「……それで?」


 静かに訥々と語る死神の告白を同じように静かに傾聴する司祭。


「俺は傭兵だ。報酬を受け取れれば何でもしてきた。だがアイツを殺せ、と依頼されたら。俺は戦えない。それほど迄に力の差を痛感しているし、恩義も感じている。世界と個人。天秤にかけるには余りにも不等な両者だ。そんな時、俺はどうするべきだろうか」

「……世界は個人には優しくはありません。全体に優しいのです。貴方がその天秤の傾きは不等だと思うならばそれを等しくしてあげれば良いのです。個人の皿に多くの個人を。世界の皿をその手で持ち上げる。等しくする方法などいくらでもあります」


 少し極論だが優しくアスを諭すように不安を取り除く語り。それに継いで言葉を紡ぐ。


「ですがそれを行えるのは貴方自身。どの様な想いも。どの様な行為も。全ては貴方が決めた決意から来るもの。それを助けが欲しいのならかの神滅者も。赤髪の武僧も。勿論私も。いつだって。貴方の一助となりましょうーー」

「……感謝する、慈愛神の使徒よ。俺のすべき事はいつだって一つだ。それをもう一度思い出したよ」

「でしたら結構です」


 何時もの柔らかな笑顔を見せ、短い告解を終える。

 その時。

 何者かの気配を感じた。

 それは人というには余りにも強大で。

 しかし人というには余りにも希薄で。

 掴み所のないその気配を感じたその瞬間、2人は宿屋を飛び出した。

 そして2人は驚愕した。

 そこにいたのは。

 ボロ布を身に纏った小さな小柄な何かだった。

 人の形をしている、神とも死人とも言えない存在だった。

 しかし。

 2人が驚愕したのは。


「お前は……何故お前がここにーー?」


 見知った貌の変わり果てた姿だった。

53話更新します!

1週間更新は久々ですね。

GW中にもう1話更新予定です。

さて色々と伏線を張っています、今回。

大きな風呂敷を広げて回収できるかちょい不安。

何か腑に落ちない、分からない、難しい、などの質問はお答えさせていただきます。

感想でのコメントでよろしくお願いします!

評価も併せてお待ちしています。

ではまた次回〜笑

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