第50話 幕間 〜去就〜
「ねぇ、ラドル君」
右手の契約紋が無くなってから3日。
マースとの引き継ぎをして旅準備を済ませた朝、エティアが呑気な声で聞いてくる。
アスもレナも少し慌ただしく身支度をしている最中、エティアは大した荷物も無い為のほほんと右手の闘手甲を磨きながら無聊を慰めている。
ところで何も馬鹿正直にこの同行者たちに付き合う事はないのだが。
ただこの3人は放っておいても勝手に後を付いてくるのだろうと思うと無理に撒くのも面倒だと思い好きにさせている。
しかしながら地母神フェニアの化身とも言うべき聖王女を殺した自分に対して監視だと甘々な事を言い放つこの少女は何を考えているのかたまに不気味さも感じている。
自分が信仰している神を殺したも同義であるはずの男と仲良く旅をするというのが一番信じられない。
何も考えていないのか、それとも自らの腹の内をおくびにも出さない程の演技者なのか。
まぁ彼女がどういう腹づもりかは知らないが自分をどうにかできるレベルではないのは確かなのだが。
不確定要素がある存在なのは間違いない。
そんな考え事をしていると、返事を返してこない相手に苛立ったのか、今度は強めに声をかけてくる。
「ねぇ!聞いてるの、ラドル君!?」
「朝から煩いな、なんだ一体」
「魔法学院には何も言わずに旅に出ていいの?教え子皆ラドル君の残留を希望しているんでしょ?」
「だからだよ、見送られたりまた騒がれる位なら黙って消えた方が気が楽でいい」
そう言って黙々と支度を済ませるラドル。
そこへトコトコと小さな黒い魔獣がやって来てふわり、とテーブルの上に乗るとラドルのザック袋にもそもそと潜り込む。
「……おい」
「何ですか?俺眠いんですが」
「さも当然のように俺の荷物に紛れているがそろそろ自分の足で歩け」
「……すいませんね、今ちょっと立て込んでまして。詳しくはまた後ほど。じゃ」
そう言って袋の中で丸くなって眠ってしまった。
「……なんなんだ、全く」
「ねぇラドル君。このローグ君って本体は人間なんだよね?」
「ああ、魔術と呪術を併用した術式を用いて複数の生物の死体を遠隔操作できるんだよ。本体がどこにいるかは俺にも分からん」
「へぇ便利だね……でも死体を弄ぶのはいけないね。どれ」
「?おい、エティア?」
そう言って眠る魔獣ローグを抱き抱えると。
『迷える魂よ その生の鎖から解き放たれよ 浄化』
「んぎゃあっ!」
エティアの腕の中で光に包まれた魔獣がいきなり身悶える。
「目が!耳が!口が!ありとあらゆる穴からーー!」
ゴロゴロと左右にのたうち回る。
あまりの苦しみようにレナが抱えて魔法解除する。
ふぅーふぅーっと息も絶え絶えにギラッと目を光らせるローグ。
そしてエティアに飛びかかる。
「何すんですか!?いきなり!」
「いやぁ、生命を辱める行為には僧職の人間としては見逃せなくって」
「喧嘩売ってんですか?買いますよ?高額で!」
今にも爆発しそうな雰囲気をラドルがローグの首を掴んで袋に突っ込む。
寝てろ、と言わんばかりに乱暴に突っ込むと袋の口を縛ってみるが、未だに袋の中でバタバタと暴れている中身に拳を見舞うと静かになった。
そのまま肩から下げるとエティアに向けて一言言う。
「朝から騒動は勘弁してくれ。こいつはこいつで自分の力を駆使しているだけなんだからな」
「でもさ。生命を軽んじている人は自分の生命も軽くなるんだよ?そんなのいい事ないよ」
「……どんな力でも自らが得た力はどんな過程があろうとそいつのもんだ。いいも悪いもない。それにだ、そんな力にでさえ今の君は手も足も出ないぞ?」
「えっ?」
「こいつはこんなでもグルトミア十星将の一人だ。戦闘力だけで言えば君よりもずっと頼りになる。君はもう少し正確な自己分析をするべきだ」
「なっ……」
「行くぞ」
そう言って教会を出るとそのまま外門に向かって進む一行。
とぼとぼと一行の最後尾を歩くエティア。その顔にはラドルに反論されて口を尖らせ不満がありありと出ている。
だがその一方で先日ダルタニアに圧倒された出来事を思うと言葉が出てこない。
自己評価という観点で言えば。
たしかに正武僧になってまだ半年にも満たない駆け出しのひよっこだが。
それでも一部とはいえ上位魔法を駆使し、白打も人並み以上になったという自負がある。
それを砕かれた衝撃は少なからず堪える。
そう思えばこそ。
自分は本当に目の前の神滅者に神罰を与える事が出来るのだろうか?それ以前に監視すらも十全にこなす事が出来るのだろうか?
そんな疑問が後から後から頭をよぎる。
そう思っているうちに外門をくぐって外の世界に足をひと月ぶりに足を踏み出す。
ラドルを先頭に歩く。
目の前の男は神を滅した男。
その時。
背後から気配を感じた。
そんな気配にも目の前の神滅者は一向に気にしない。
見た目は普通の人間となんら変わらない。背後から斬り付けられたら本当に斬られてしまいそうだ。
だが。
小石を拾いその背後に向けてピンッと弾いて飛ばす。
音もなく飛んでくる小石を軽く首を傾けて躱す。
なんのつもりか、と説いただそうと思い背後を向くと。
「ふんだ、ああやってされても笑顔一つ出さない朴念仁には分からないわよ」
「……そうだな。全く。度し難い奴等だ」
振り向いた向こうにそびえるその外門の上には。
先日まで相対していた教え子達が一人も欠かさずその視線を投げかけていた。
互いに黙っているだけの別離。
翠髪の少女は寂しげな視線を。
銀髪の少女は哀しげな表情を。
背の高い少年は不満そうな態度を。
眼鏡をかけた少年は再会を期待する仕草を。
それぞれがそれぞれの思いをらしい表現で見送っていた。
それを見てラドルは一度目を伏せると再び世界に向けて歩き出す。
それを見て一言もないのか、と落胆する一同だが。
ふと落とした視線を再び崇敬した講師に向けると。
左手をひらひらと返していた。
その瞬間、抑えていた感情が爆発したかのようにそれぞれの口から解き放たれて飛び出してきた。
「またね!先生!」
「もう一度戻ってきてくださいね、先生!」
「今度会ったら必ず勝つ!」
「また魔法教えて下さい、先生!」
などと止むことのない言葉の嵐を背にして進む神滅者。
「レナさまはオレのケッコンアイテなんだからな!覚えとけーー!ばーーか!」
中にはレナを慕う少年達も何人か見受けられた。
クスッ、とレナは微笑むと優しく手を振り返す。
それを見てエティアはラドルの横に並ぶ。
「あれ位したって神様は怒らないよ、ラドル君」
「怒りはしないが褒めもしないだろ、神様は」
「もう!あー言えばこー言う!良くないよ、それ!」
かつて。
こんな風に見送られて旅出た記憶はいつの事だったか。
まさかこんな辺境の一都市にこんな縁を繋ぐ事になるとは望外の果だと思いながら止まる事なく足を前に進める。
その先に凄惨な未来が待ち構えているとしても。
神を滅した男はまたその意を決して歩み始める。
ーーーーーーーーーー
フェニア神教総本山。
その神域は地母神フェニアを信仰する聖地であり連日人が途絶える事なくその加護を得ようと多数の信徒たちが祈りを捧げに足を運ぶ。
それは聖王都ベルクラーナの白峰城と並び荘厳かつ美麗な神殿で知られている。
フェニア神教には大司教の上に位置する存在として教皇、更に上に聖王女が存在する。
但し聖王女は稀有な存在であるためその代理人という立ち位置で教皇が存在する事になる。
だが現在、聖王女アルメアは先の神滅者ラドルの手により殺害され、教皇位は空位となっている。
事実上、大司教であるコーエン・ラングレーがフェニア神教のトップである事は誰もが周知の事実であった。
そして大司教が次なる教皇候補の最有力者である事もまた間違いではなかった。
コーエンという男の人望は並みであったがその温厚さと誠実さで一先ずの及第点は得ているというのが教皇庁の認識であり信徒たちも納得していた。
だがそれに反目する組織も存在する。
それは教皇庁直轄の組織でありながら独自の裁量権を持つ清光騎士団である。
清光騎士団は表向き武力介入を良しとしないフェニア神教にとって裏の顔とも言うべき秘匿組織であり、フェニア神教の敵対者を討伐しえる精鋭であった。
「全く、神様ってのは裏の顔はないとはいえその信者が曲解して裏の仕事に進んで手を染めるとは本当に救いがありませんね」
総本山の木に一羽、羽を休めている小鳥が呟いた。その眼は赤く濁り普通の鳥ではない。
もっとも一般人には分かる筈もなく、バッと羽ばたくと総本山の周りを監視するように旋回する。
「リカード様も全く無茶な命令を出してくれたもんだ。アレサの生死確認と内部偵知とは。やれやれ」
小鳥に主意識を移していたローグが総本山神殿の一室の窓辺に降り立つと中を窺い見る。
神殿の内部には人気は無く閑散としている。
「……神殿上層階は人の出入りが極端に少なくなるのは当然なんだが……ここまで人の気配が無いと怪しさを通り越して不気味さを感じますね。さて……アレサはどこにいるのやら」
そう言って羽の先から鋼糸を一本突き出すと器用に窓を開けて中に入る。
さらにその部屋の扉を静かに開くと長い廊下に出るとそこもまた人の気配の無い静寂が支配する空間だった。
「……ちょっと、こいつはヤバいですね。いくら上層階とはいえ普段は女神官や助祭程度は普通にいる筈。それがまさかの無人とは。もしかしたら何かフェニア神教内部で諍いがあったのかもしれない。まぁ、アレサを探す分には好都合ですが」
ただならぬ雰囲気を放つ総本山の内部を探り始めるローグ。
一刻ほど掛けて内部を調べてみるも上層階は全くの無人であると言う他は何の収穫もなかった。
「やれやれ。まぁある程度想像はしていましたが古今東西捕虜や秘密は地下にあり。後ろめたい事は神様の目の届かないところでって訳ですね。全く骨が折れる……」
「ならその骨を叩き折ってやろうか?」
「……!?」
不意に声を掛けられて素早く宙に飛ぶローグ。
見ればいつの間にか至近距離にまで接近を許していた事実に驚愕を禁じ得ないローグをよそに、声を掛けた大柄な体躯のその男はじっと目の赤い小鳥を凝視している。
「……なるほど、先日のグルトミアの女間者の仲間か。前回は堂々と単身乗り込んできたあの女はまだ見所があったが。今度は本体を隠した卑怯者を寄越したか、リカード・デ・ハルラは」
「……アレサをどうしたのですか?」
「あの女か?会いたいのか?」
「生きている……のですか?」
「生きていると言えば生きている……し、いつ死んでもおかしくはない」
淡々と、しかし素直に質問に答える男。
じっとローグも目の前の男を観察してみる。
この男の力量は半端じゃない。
これだけの体躯で自分に全く気配を悟らせない力量。
見るからに膂力重視であるが無駄な筋力を削ぎ落とし、ギリギリのラインを見極めた理想的な肉体。
それでいて冷静な判断のできる理性的な思考。
肩から下げている外套に施された白十字の徽章から間違いなく清光騎士団の、それも幹部であるだろう佇まい。
この男なら交渉の余地があるのかもしれない。
僅かな邂逅で目の前の相手を見定めたローグは目の前の男に交渉を持ちかける。
「……アレサを返しては頂けませんか?そちらの条件はある程度は受け入れましょう」
「それは無理な話だ。あの女は我が女神の深淵を覗いてしまった。本来ならば即刻斬罪だ。それを生かしておいてあるだけ感謝してもらわなければ」
「女神の深淵……?」
「まぁ小鳥には分からぬままに去るがいい。これ以上ここに居座ればその傀儡ごと潰してくれるぞ?」
そう脅しを含め腰の大剣を抜く。
その剣を構えて身体全体から闘気を漲らせる。
剣の先にまで闘気を伝えさせるその技量。
やはりこの男は只者ではない、と再確認した後ローグもまた小鳥の身でありながら強大な魔力を滾らせる。
「ほう、交渉しておきながらやる気だと言うわけだな」
「武力に武力で対抗するのは野暮というものですが少なくとも貴方ならこの聖域を徘徊しても怪しまれないでしょう。……覚悟して頂きましょうか」
そう言うと小鳥の身の内から夥しい程の鋼糸が飛び出してくる。
「俺の身体を奪うというか。良かろう、やってみろ!」
「いきます!レグリア流鋼殺法『傀儡通し』!」
その魔力を放ち出すと幾十幾百の鋼糸の突尖が襲いかかる。嵐のような鋼糸の攻撃に膂力に任せて大剣を振り回し撃ち落とす男。
だがいくら撃ち落としても後から後から際限なく襲いかかる鋼糸にやがて左腕を取られる。
そのまま左腕に鋼糸が潜り込む。
「くっ?」
「その左手、頂きましたよ。筋肉を通して血管を通して貴方の脳まで支配させていただきます!」
「ふ、ならその前にケリをつけようか!」
そう言うと右手に握っていた大剣を捨て左手に刺さった鋼糸を力任せに自らの方に引っ張ると小鳥の質量ではその力に逆らえずそのまま男に向かって引き寄せられてしまう。
「うぁっ!?」
そのまま小鳥ローグは床に叩きつけられそうになったその先に。捨てた筈の大剣が男の足でいつの間にか刃を起こしていた。
そして。
力任せに剣先に落とされた小鳥は。
そのか細い首から胴と断裂されてしまった。
だがまだ魔力が残るその小鳥の首は言葉を放つ。
「うぅ……貴方は一体……?腐ってもグルトミア十星将の一人である俺を、歯牙にもかけないとは……」
「……そうだな、前回の女よりは楽しめたか。名前くらいは名乗っておこうか。俺の名はーー」
そこまで耳にした瞬間、ローグは意識を弾かれた。
とある薄暗い一室。
自分の分身を潰されたのはいつ以来だったか。
この術式は呪術も併用しているため分身が潰されればそのリバウンドもまた発生する。
むくり、と身体を起こすとローグは頭部から軽い裂傷を受け血を流していた。
意識が飛ぶ寸前。
自分を見下すあの眼を反芻する。
あれは只人ではない。
一体何者か。
アレサはもはや助からない。ならばあの男の事を調べ報告しなければ。
その思いから意識が飛ぶ直前に聞いた男の名を口にする。
「メカージュ・ソルティス……!この屈辱、忘れませんよ……!!」
最新話アップします!
今回から歌姫編にしようと思ったのですが意外とまだ中途半端だったためまた幕間で締めました。
次回から本当に歌姫編開始します!
しかしかなり久しぶりに出ました、メカージュ。
最初からかなり強い設定にしてましたがようやく出せました。
彼らの目的もまた徐々に明らかにしていきます。
さぁ新編だ、がんばろー!
感想評価お待ちしております!
ではまた次回!( *´艸`)




