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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第2章 堕ちる世界
44/85

第44話 魔法学院編〜激突〜

 ミスリス湖から東に向かう影がある。

 それは一人の影にしては幾分奇形だった。

 シルエットだけで見るとまるで巨大なキノコのような影だがよくよく見ると男が女を背負って歩いているのが分かる。

 少し足早に、だがなるだけ背中の女を揺らさないように気を遣って歩を進めていた。

 女の身体には乱暴にだが包帯であちこちをぐるぐる巻きにしているその様は一種奇妙だが的確に手当てされている。

 そう、女は重体だった。

 ぐったりと自分を背負ってくれている男に完全に身を任せ力なくしている。

 だがどんなに揺らさないよう気をつけていても人を一人担いで歩く以上、規則正しく上下運動を刻んでしまう。

 そんな小気味よいリズムの上下運動で女はゆっくり目を開けて男に向けてボソッと一言力なく伝える。


「……アス?わたし……?」

「気がついたか。あまり喋らない方がいい」

「……そうか、わたしあのダルタニアに負けたんだっけ……。ごめんね、迷惑かけて」

「……お前が死んだら墓代が俺に回ってくるからな、気にするな」

「へへ、私、死んじゃうのかなぁ……なんか痛みも感覚もないなぁ……」

「……馬鹿な事言ってないで気をしっかり持て。でないと本当に死ぬぞ?」

「……」

「……エティア?おい?エティア!?」


 まさか、と思いつい声を荒げてしまう。

 変わらず返事はない。だが彼女の表情は窺い知れないが耳に聞こえてくるのは彼女の寝息。

 また気を失っただけか、とひとまず安堵するが思った以上に状況は悪い。

 片道2日の道程。それは普段の健常な足で一人の時の速さであり相方を背負い気をやりながらの行軍だとすると3日、下手をすればさらに倍かかるかもしれない。

 ハルテージに帰り着くまでに彼女の容態が変わる事の方が可能性としては高い。

 せめて気つけの水薬(ポーション)一つでもあればまだ望みはあるのだが生憎ダルタニアとの戦闘で自分の分もエティアの分も失われてしまった。


「どうする……このまま無理してでもハルテージまで進むべきか……?」


 さて、と歩きつつ頭を悩ましながらエティアをちらと見やる。

 その時ふと気づく。


(……ん?)


 普段エティアの剥き出しになっている二の腕に巻いた包帯の隙間から覗かせていた酷い火傷に違和感を覚える。


(さっきよりも……良くなっている……?)


 包帯を巻いた直前まで酷く焼け爛れていたのを記憶している。

 それが今は化膿もせずにもう瘡蓋になる直前にまで良化している。


「こいつは一体……?」


 そこまで気づいた時。

 エティアを背負った背中に微妙に普段とは違う感覚を感じた。

 熱い。

 その熱源の箇所としてはエティアの女性として非凡な部位。

 その部位よりも少し上で明らかにヒトの体温よりも高い熱を鎧越しに感じたアスは一体何事かとエティアをゆっくり気遣いながら大地に横たわらせると躊躇いなくエティアの服のボタンを外す。

 そこには。


「なんだ……?これは?」


 アスは自分の目の前で起きている現象ににわかに信じがたい思いで見つめていた。



 ーーーーーーーーー



 神滅者ラドルと十星将ダルタニアはハルテージから北にある岩山の拓けた空き地で対峙していた。

 かなり広い空き地でラグアス鉱石を含有したその場所は多少の衝撃ではびくともしない。

 規格外な力を持つ2人の激突ではこれでも不安が残るが付近ではこれ以上頑丈な土地は見つからなかった。

 そんな地で因縁の2人は互いに相手から視線を外さずただ無言で佇んでいる。

 聞こえてくるのは殺風景な地に似合いの寒々しい風の音。

 静寂の空間に耐えきれなくなったのか、ラドルが腰から下げているいつものザックを寝床にしている魔獣がヒョコッと顔を出す。


「あのー2人とも、止めませんか?こんな戦い不毛ですよ」


 いきなり心地よい静寂を打ち破った魔獣に対して不機嫌そうにダルタニアがラドルに問いかける。


「なに、ラドル?こんなペット連れて随分優雅な旅をしているのね」

「ローグ、いつまでもそんなところにいるな、邪魔だ」

「ローグ?何、そいつローグなの?貴方、ラドルを監視しているってそんな方法でなの?」

「あの、ダルタニア。一つ断っておきますがこれは任務ですからね、任務」

「ラドルに運んでもらうなんていい身分ね。だから後で」

「……後で、なんです?」

「殺す」

「ちょっと!任務だってば!」

「まぁいいよ、ラドル、そろそろ睨み合いも終わらせましょう?」


 そう言って手にした火剣レーゲルヴァニアを一振りすると激しい炎が吹き出し全てを包み込むようにダルタニアの周りを焼き尽くす。

 ダルタニアの戦意を再度確認したローグはザックから飛び出し2人の間に割り込む。


「だから!なんで2人が戦うですか!意味ないでしょう!ダルタニア!リカード様に報告しますよ?ラドルも相手は自分の信奉者じゃないですか!そんな相手に本気を出すんですか?」

「関係ないわ」

「関係ないな」


 こんな時だけ意見を擦り合わせやがって、と内心ローグが悪態をつくもどんどん2人の間に起こる戦気は強くなっていく。

 だめだ、自分ではこの2人は止められない。

 そう結論づけたローグは岩の陰に隠れて意識を手放す。

 リカードに報告し止めさせなければならない。

 2人ともグルトミアに必要な人物だという認識からこの戦いを止め得る人物に助けを求める。

 そんなローグの懸念をよそに神滅者と火龍は自分の獲物を構え直して相手に備える。

 ダルタニアは前傾姿勢で突撃するつもりか、とラドルは推測し何時もと変わらない自然体で挑む。


(変わらないな、こいつの突撃思考は)


 そう昔を懐かしむような考えが脳裏をよぎるとつい頬が緩む。

 先ほどまでの怒りはまだ残るも幾分冷静にもなったのを感じていた。

 そのラドルの機微を見逃さないダルタニアは一言告げる。


「笑ったね、ラドル。私そんなラドルの笑った顔が一番ーー」


 一拍おいてダルタニアもラドルに対してニコッと笑い、


「大嫌い」


 そう言うやいなや、ラドルに対して突貫するダルタニア。土煙をあげたその場には最早ダルタニアの姿は見えない。

 まるでラドルの瞬斬のお株を奪うような動きで背後に回りこみ死角から神滅者に斬りつけるダルタニア。

 だが。

 ダルタニアの一撃は空を切った。

 同じようにラドルもまたダルタニアの背後に回り一撃を繰り出す。

 その一撃は態勢を崩したダルタニアには避けられない。

 そんな致命のタイミングだった。

 しかし。

 ラドルの神剣はダルタニアの身体に触れる直前で止まっている。

 ダルタニアの背後から吹き出す炎がラドルの神剣を阻んだのだ。


「まだ終わらせないわ。この時を私は待ち望んだんだから!」

「ちっ」


 軽く舌打ちするとラドルは一旦ダルタニアから距離を置こうと後方に飛び退く。

 その着地点に足がついた瞬間。


「!!」


 ドォンッ!!


 いきなり地が爆ぜた。

 その火力はダルタニアが身にまとっている炎と比べれば比較的弱いが常人ならば片足を失うほどの殺傷力を持っていた。

 爆ぜたその場所から立ち上る火煙をじっと見つめるダルタニア。


「ラドル、この程度じゃまだまだでしょう?早く出てきて」


 とラドルに戦いの継続を促すダルタニア。

 その言葉に従うようにラドルが煙の中から一歩一歩その足で歩いてくる。

 当然何の損傷もなく。

 その姿を見てダルタニアは満面の笑みでラドルに近寄る。まるで戦いの最中とは思えないほどに。


「流石ね、ラドル。この辺り一面に私が仕掛けた地雷火を踏みつけても無傷だなんて。普通なら身体半分吹き飛ぶくらいの威力なんだけど」

「……楽しそうだな」


 笑顔のダルタニアに対して表情の変わらないラドル。そんなラドルにダルタニアはやはり笑顔のままで。


「ええ、すっごい楽しい。私が思い切り力を出す相手なんてそうそういないし、なにより私の本懐を遂げる事ができるんだから。さぁいくわよ!この楽しい時間はまだ終わらせない!」


 そう言うと手にした火剣を振るいラドルに斬りかかる。

 円を基軸にしたその斬撃には終わりがない。

 これはラドルが教えた技術ではなく彼女が自らの戦いの中で培ってきた経験と修練により独学で身につけた剣技でありラドルも初めて目の当たりにした。

 大小の円を描くように緩急を加え隙を見せないその剣をラドルは紙一重で躱していく。

 ある程度目が慣れていくとラドルは神剣でダルタニアの火剣を弾く。

 しかし弾かれた剣に抗するのではなく流れた身体をそのまま次の一撃に繋いでいく。上下左右斜めと変幻自在な剣に付き合うつもりもないラドルは右腕に魔力を集中させ強度を上げわざとダルタニアの剣を右腕で受け止めると傷口から紅い鮮血が飛び散る。

 その紅い雫がダルタニアの白い花顔に色を添える。


「ラドルの血……温かい……。でももっともっと。まだまだ終わらせないわ」

「残念だがな、もう終わらせる」

「え?」


『ユー・レードア・オルヴァレフ 束ねよ幾千幾万の雷 永遠(とこしえ)の我が命題に応えたもう 至高の光は一条の貫撃を 我は求める灰燼の一撃を 裂光閃雷刃(コード・タイアース)


 ラドルの呪文詠唱が完成するとその人差し指から強力な雷がまるで光の槍のようにダルタニアを貫く。

 その瞬間。

 ダルタニアの身体がボボッと炎のように揺らめくとその姿が火となって霧散する。

 ラドルがダルタニアの幻火に気付き周囲を警戒すると突如発生した霧がその場を包んでいく。


「霧……?いや、これは……」

「そう、私の火炎術の一つ。炎龍紅焦霧!」


 その声のした方を見るとダルタニアが右手を上げて自らの魔力を更に練り上げていくと、辺りを包んでいた霧が徐々に紅く紅く色づいていく。


「こいつは……!」

「私の勝ちよ、ラドル」


 そう言ってダルタニアがパチン、と指を鳴らすとドンッとラドルの肩が何の前触れも無く強烈に爆ぜた。

 しかしその爆ぜた肩もまた何事もなく傷一つなく、ラドルは平気な顔をしている。


「この霧の中での任意座標による爆裂術、と言うわけか。好きなタイミング、好きな箇所、好きな威力で自在に爆発させる技。なるほど、確かに普通の人間なら一たまりもない。……普通の人間ならな」

「ふふ、それだけじゃないわ」

「……ほう?」


 ラドルが少し怪訝な顔をするとダルタニアは鼻を高くして自分の考えた仮説を自慢げに口にする。


「ラドル、私一つの仮説を立ててみたの。確かにこの程度じゃラドルを倒す事は無理だと思う。でも……それがラドルを殺し尽くすまで爆発が連続したらどうかしら?半端な威力じゃラドルはその魔力ですぐに再生してしまう。だったらその再生が追いつかないほどに。ラドルの魔力が尽きるまで。延々連続発破したら?それも……」

「……それも?」

「外的爆破だけじゃなく内部爆破も織り交ぜたらどうなるかしら?」

「……!」


 そこまで言われてハッとしたラドルは素早く口を手で塞ぐ。


「もう遅い!私の魔力を含んだこの紅霧を吸い込んだ以上、どんなに防御強化してももはやなす術はない!喰らえ、紅霧爆裂!」


 ラドルに向けてパキンッと指を鳴らすとラドルの身体が、ラドルの周囲が、全てを巻き込んで大きく爆ぜる。それも連続して止む事なく延々と爆発する。

 普通の人間ならば跡形もなく四散してしまうほどの火力がその場を支配する。

 ダルタニアはその様をじっと見つめながら自らの仮説を反芻する。

 恐らくラドルの不死特性は自らの魔力、もしくは神霊力による自動再生技能を第三者に施されたのだろう。故にラドルの魔力が有限である限り殺し続ければいつかは魔力の尽きた彼をその核たる魂魄さえも打ち砕く事ができると。

 それを前提にした技がこの紅焦霧だった。

 この技一つ見てもダルタニアの技量の非凡さが分かる。

 それを目の前で愛する神滅者を灼き続ける。

 他人には計り知れない程の信念を。

 他人には理解出来ない程の想いを。

 全てをこめてラドルを灼く。

 その表情には変わらず女神の如き笑みを湛えて。

 灼き続けた。



 一体どれだけ発破したのだろう。

 10分以上発破した。一度の発破は大した力を使わないが流石に疲労が嵩む。

 だが。

 念には念を入れて。

 最後の爆破を敢行する。


「これで終わりにするね、ラドル」


 そう言って火剣レーゲルヴァニアに強大な炎を纏わせると高々と振り上げる。


「秘炎刃、炎龍咆哮焦!!」


 振り下ろした火剣から放たれた火の衝撃波は着撃すると火の天蓋(ドーム)を生み出しそこに命ある事を許さなかった。

 それを黙って見つめ一人佇むダルタニアは火剣をその場に落とし腰が砕ける。

 先ほどまで胸に去来した多くの想い、感情は何処へやら行ってしまいただただ空虚だけが彼女を支配していた。

 まだラドルの死を確認していない。

 だが生きてはいまい。

 例えどんな存在であっても核である魂魄の消失は消滅と同義であるから。

 それが神であろうとだ。

 それ程の威力であると確信し編み出したこの技で最愛の神滅者を斃した。

 それ故の空虚。

 ならば次にやるべき事は。


「私も行かなくちゃね、ラドル。貴方の後をついて行くのが私の願いだから」


 力ない手で懐から出したのは頼りなく、貧弱なナイフ。

 こんな護身用にもならない様な玩具のようなナイフで死ぬのもまた一興かと、喉元にその切っ先を向け勢いをつけようと力を込めたその時。


「勝手に喧嘩を売って勝手に死ぬつもりか。この馬鹿龍が」


 あり得ない筈の声。

 焼き尽くした筈の声。

 殺した筈の声。

 だが。

 信じていた人の力強い声。

 目を見開いて爆発したその中心を見ると。

 爆発前となんら変わりない姿でその場に立っている男が一人。

 遥か蒼穹のような髪を靡かせている神滅者がそこに立っていた。


「ラドル!?どうして?私の炎は貴方の魂魄さえも灼きつくした筈なのに」

「まぁ、そもそもの仮説から違えば結果も変わるというものだ。残念ながらな」


 そんな、と火剣を杖代わりにしてよろめきながらラドルに向けて手を突き出し、魔法を唱えようとすると。

 それを阻止せんと一気に間を詰めてかつての戦乙女の様に腹部に一撃を見舞う。


「ぐっ……!」

「全く。魔法剣士が極まるとここまで厄介だという見本みたい奴だ。だが……ここまでだ、ダルタニア」

「……ここまで?違うよ、ラドル。これからよ!」


 そう言うと最後の気力を振り絞りラドルに抱きつく形で離れようとしない。

 なんのつもりだ、とダルタニアに問いかけようとするとその身の内に最後の純魔力を貯め続けているのに気がついた。


「……自爆するつもりか?らしくないな、お前がそんな自棄になって死を望むとは。それで俺が死ななかったらどうするつもりだ?ただの無駄死にだぞ?」


 あくまで冷静に。しっかりと現実を伝えるラドルにダルタニアはこう答える。


「いいよ。貴方の手で。貴方の中で。貴方と共に。死ぬのが私の本懐。共に死ぬのができなくても。貴方の腕の中で死ねるならまあまあ悪くない死に方だもの。だから……いいよ」

「……やれやれ。まだ俺はお前の望む本気を見せていないぞ?未練はないのか?」

「……そうだね。未練は未練だけど。これで帳尻合わせる事にする」


 まるで恋人の逢瀬のように。

 艶言などはないが静かにダルタニアは自らの唇でラドルの口を塞ぐ。

 暫しの睦み合いはどちらからともなく口を離す。

 ペロッと舌を舐めて悪戯っ子のような顔でダルタニアはラドルに向けて皮肉る。


「一応、これで軽い口を塞いだ事になるでしょう?だから……ありがとう」

「まぁお前の望みがそうならそれでいい。最後まで付き合ってやるさ。……さらばだ、メル」

「……!じゃあね……ラドル」


 ダルタニアの目から流れる涙が頬を伝う事なく蒸発する程に周囲は高温になり、彼女の自壊魔力は臨界を越えようとしていた。

 そしていよいよ臨界を超え爆縮が始まると思われたその瞬間。

 凛と響く魔法の詠唱を耳にした。


『光の子爵 闇の公爵 陽と陰 全ての事象は反転し古の神秘を以って我が導きに従え 重魔滅消球(エーマ・ナルカ)


 刹那、ラドルとダルタニアの上空に黒い球体が現れ、周囲の魔素を吸収しはじめると同時にダルタニアの自壊魔力すらも吸い始めた。

 途端に臨界まで昇りつめようとした魔力は勢いを無くし周りの温度も急激に下がっていく。


「こ、この魔法は……?」

「これは……古代魔法だな。こんな魔法が使えると言えば……マースか、それとも……」


 ちら、と上空を見ると先ほどの球体の他に1人の人物の影が見える。

 その影を確認した後、知っている顔だと思い言葉を緩める。


「貴女か。シェルファニール女帝陛下」


 そう言葉を投げかけたラドルにニコッと微笑み返す美女。

 だがその瑞々しい唇から放たれた言葉は。


「ふしだらな!こんな屋外で淫行に走るとは!ふしだらにも程があります!極刑です!宮刑です!」


 ……ああ。先程までの空気をぶち壊すある意味厄介な人物が出てきたな。

 ラドルは腕の中のダルタニアを離しながらぽり、と頭を一つ掻いていた。

最近1カ月に1話という超スローペースになって本当にごめんなさい!

とりあえず詰めに詰めてまたまた出ました新キャラ。

彼女についてはまた次回までお待ち下さい。

脚本作業も忙しくてなかなか先に進めないジレンマに悩みながらももう少しで落ち着く予定です。

今しばらくお待ちください。

感想評価お待ちしています!

ではまた次回に〜!

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