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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第2章 堕ちる世界
38/85

第38話 魔法学院編〜思慕〜

「る〜んたった る〜んたった るんたるんた る〜んたった♪」


 教会都市ハルテージから西へと延びる小道に響く能天気な鼻歌。紅髪の武僧(ラージャ)が足取り軽く夏の陽気に誘われたかのような気分で道を往く。

 それを延々聞かされてげんなりしているのはかつても今も同行者であるアスだった。

 いい加減、このお気楽武僧の訳のわからない鼻歌の意味を問いただす為に少し険のある口調で言葉を発する。


「……おい、エティア」

「ん?なぁに?」

「何でお前が俺の後を当然のようについて来てそんな能天気な鼻歌を聞かせているんだ?」

「やぁねぇ、そんな邪険にしないでよ。仮にも半月以上旅路を共にした仲でしょう?」


 へらっと笑うエティアにはアスの恫喝も通じない。

 気楽な遠足感覚なのか、とアスは思うが確かにこの紅髪の少女とは20日あまりの時間を共にして思う所が無かった訳でもない。

 思っていた以上の胆力、決断力の速さ、行動の迷いの無さ。

 実力はまだ未完成ながらもその大器ぶりの片鱗を垣間見えた時間でもあった。

 とは言え。


「あのな、俺は組合(ギルド)の討伐依頼を受けて仕事に行くんだ!遊びに行くんじゃないんだぞ?」

「だって私がハルテージに居てもやる事ないんだもん。ラドル君が縛られた契約の解除日までね」

「そのラドルの監視役だと息巻いていたのが早くも怠慢か。いいのか、それで?」

「それに、ね。私……どうしても貴方と一緒に戦いたいの」


 急に上目遣いで恥じらう様な仕草を見せる。

 こんな女性特有の仕草は今迄のエティアからは想像もつかない。

 見た目は美少女と言っても過言ではないレベルの見目をしている彼女だが、その中身を知らない人間にしてみれば簡単に騙されてしまいそうな如才のなさは油断ならない、とアスはその直感で感じていた。


「……そうか、金か」

「ギクッ。な、何を言ってるのよ!仮にも神に仕えるこの武僧たる私がお金なんて……!」

「なら勝手について来い。ただし報酬は俺の総取りだ。神に仕える聖職者が金なんて俗物的なモノ、必要ないだろう?」

「待って待って!人は皆生きる権利があるの。その為には世界の理たる経済の流通からは何人も逃れる事は出来ないの!」


 単なる金欠で世界の理を引っ張りだして来たか、と半ばアスは呆れ返る。


「……最後の機会だ。お前は、何が、欲しいんだ?」


 ピタッと足を止めてエティアに詰め寄ると、その目が2度3度泳いだあと、先ほどまでの元気が急に萎れて俯きながらボソッと吐露する。


「お金が、欲しい、です……」

「……ったく。最初から素直にそう言え。お前、キャラバンで稼いだ金はどうした?」

「そんなのとっくに使い切っちゃったわよ。元々ハルテージが当面の目標だったんだから。それがなんの因果かあっちに行ったりこっちに行ったりで。ふと気づいたら今日明日辺りで路銀が尽くなんて言えないわ」


 少しふて腐れたような感じで白状する。

 確かに城塞都市ザールベルクから教会都市ハルテージまで片道10日前後。その片道分程度はメルナ達キャラバン隊での護衛役の仕事で充分過ぎる程の額を手にした。

 しかしそれが更にザールベルクへとんぼ返りする事になり、またハルテージまでの往復分の路銀が必要だなどと一体誰があの時点で思うのか。

 エティアは概ねこんな責任逃れの抗弁をアスに力説した。

 が。


「……いや、ハルテージの連中が魔法で寝ちまってた時点である程度想像はついただろ」


 論破される。

 あまりの情け容赦の無いアスの態度にエティアは半分逆ギレ気味に自分よりも大分背の高い相手に掴みかかって泣きながらアスをなじり始める。


「お金が!ないのよ!私たち仲間でしょ⁉︎少しくらい、って言うか大金の話に私も一枚噛ませなさいよ!このオニ!アクマ!」


 もはや自分の欲望を隠さない、清々しいまでの罵倒に本気で殴りつけたくなったアスだが。

 この他人が見たら風聞が悪くなる状況から早く脱する為に妥結する事を余儀なくされた。


「うるさい!分かった!分かったから離せ!……ったく地母神フェニアの武僧が聞いて呆れる」

「やった、ありがとアス!」


 半端な皮肉は通じない。

 やれやれとエティアに対して一つため息混じりに言葉を続ける。


「まぁ火精相手だしお前がフォローに入れば幾分楽にはなるか」

「火精?何でそんなところに?」

「そいつを調べるのも依頼の内だ。討伐できれば尚良し、って中身だが完遂は当然必達事項だ」

「ところでさ」


 エティアが顎に人差し指を当てふと思う疑問を口にする。


「火精に対してアスは何か攻撃手段はあるの?実体の無いエーテル精体である精霊は普通の物理攻撃は通用しないよね?私は対精霊魔法があるからだいじょぶだけど」

「……傭兵家業が長いとそういう相手に対抗する手段など幾つか用意しておくもんだ」

「ふーん……」


 2人で旅していた頃よくあった空気。

 暫しの沈黙の後どちらかからともなく言葉を紡ぐのを待つ空気。今回は。


「……俺の「死神」という異名の由来は聞いたか?」

「ん、まぁね。3年前のロートリーア事変でのあんたの活躍振りからだって組合(ギルド)の人から聞いたよ」


 ロートリーア事変。

 ベラシアス大陸南方に位置するクオンダシア共和王国の研究都市ロートリーアにおいて研究中であった精霊炉の調整失敗から四大(しだい)精霊が暴発した事件である。

 その暴発事件によりロートリーアは人の存在出来ない魔境と化していた。

 火は踊り風は暴れ水は唸り大地は震える。

 それだけでは収まらず精霊に憑依された街の住民は暴徒と化して狂人が跋扈する魔の都市になっていた。

 そんな魔境に対して鎮火依頼を傭兵 組合(ギルド)が発し所属する多くの傭兵、戦士が精霊討伐に向かった。

 暴発事件時、名が売れだした頃のアスは気鋭の傭兵として多くの精霊と狂人を狩り尽くし、その姿はまさに死神だと一躍有名になったのだ。


「その時に手に入れた剣がこいつだ」


 そう言って背中に背負う大剣を親指で指差す。


「無銘だがとある事情で精霊に限らず悪霊や精神体にも通用する魔剣に近い特効が常時付与されている」

「……何があったか聞くのは野暮よね。でもそこまで話してくれたのはある程度私を信用してくれているのよね?」


 エティアのその爛々とした瞳から放たれる視線に圧されながらアスは言葉を濁しながらボソッと言う。


「黙っていたらお前が何時迄も食いついて来るだろうが。……お喋りはここまでだ。先を急ぐぞ、ミスリス湖までは片道2日は掛かるからな」

「了解。よろしくね、相棒?」

「……ふん」

「で、私の取り分は?」

「そうだな、一つ勝負するか。どちらが多く火精を倒すか。その数で取り分を決めるってのはどうだ?」

「ふぅん、いいでしょ。負けないからね、アス」


 再び組まれたコンビはエティア曰く経済の理の為に一路ミスリス湖へと向かった。



 ーーーーーーーーーー



 ーーひとつ白状しよう。

 神滅者たる自分に限らず神の御使いである神使は信仰する神の加護により常時不老特性が付加されている。

 つまり代謝促進が不要となる肉体に対する栄養摂取はその状態維持だけの最低限度の食事だけで済ませる事ができる。

 絶食状態を10日程度過ごしても何ら肉体に影響を及ぼす事はない。

 食事をしても別段問題はないし、必要もないのだが。

 俺の目の前には何故か見てわかる程に美味(びみ)そうな弁当が広げられていた。


「……いかがでしょうか?ラドル様」


 その弁当を作った本人である慈愛神の司祭が主人の感想を知りたいと目を輝かせて聞いて来る。

 どうにも拒否できる雰囲気ではない為一つ口にして、


「……美味い。だが量が少し多くはないか?」

「申し訳ありません。つい力が入ってしまいまして」


 ぱぁっと花開いたレナの喜色にラドルは気づかぬ振りを決め込みながら黙々と目の前の弁当の中身を口に運んでいく。

 そのラドルを探す影が2つ、学院から姿を見せた。


「あ、いたいた。先せ…」

「ちょ、待って!ルイーゼ!」


 学院前の門園に設置されたベンチに座る探し人の横に座るのはこの辺りでは知らぬ者のいないリューディア神教の司祭。

 ラドルに駆けよろうとしたルイーゼを少女の勘でいち早く異変を感じたエリナが身体をはって止める。

 急な身体の制止を何事か、と腰にしがみつく親友を見ると視線の方向を指差し、その先には仲睦まじく昼飯を広げて語り合うラドルとレナの姿があった。

 実際にはラドルは供された食事を黙々と平らげ、その姿を嬉しそうに破顔させているだけのレナであったのだが事情も2人の関係も知らない若い少女たちの目にはそうは映らなかった。


「え〜なになに?あれってリューディア神教のレナ司祭だよね?なにあの2人ってそういう関係なの?」

「……」

「……?ルイーゼ?」

「あ、ごめんなさい、エリナ。ちょっと意外な組み合わせだったものでつい呆けてしまいました」

「だよね……。ラドル先生、結構いい線いってたのにお手つきなんだぁ。残念」

「……ごめんなさい、エリナ。少し……気分が優れません。今日は早退いたしますね」

「え?ルイーゼ?」


 そう言って銀髪の少女は早足でその場を立ち去る。

 一人その場に残されたエリナはポリと頬を一つ掻くと気分晴らしに目当ての2人を冷やかしに向かう。


「ラドルせーんせ♪こんな所でお昼ですかぁ?」

「エリナか。……ん、1人か?」

「何かルイーゼ、体調が優れないみたいで早退するって。後で家に行って見舞ってきますね」

「ラドル様、こちらの方は?」

「私、エリナ・フォンチュールっていいます。ラドル先生の教え子です!よろしくお願いしますね?レナ司祭さま?」

「はい、よろしくお願いします。エリナさん」


 エリナの少々挑発じみた挨拶にも聖女の如き笑顔で返すレナ。


「……」

「……何ですか?私に何かついています?」

「いいえ、なんでも」


(……大人の余裕って奴かしら……こりゃ強敵だわ)


 と打算的な思いをおくびにも出さず空いているラドルの隣に腰掛けるエリナ。


「ところで先生。昨日のあの古代魔法の件、まだ終わってないんですけど」

「ああ、あれか……」


 先日放ったあの魔法の大爆発を聞きつけた魔法学院長のフィリップやその他の講師がやって来て授業は中断、犯人のラドルは学院長室で1時間程みっちりと説教を食らったのだ。その成果は期待出来なかったが。

 目の前の男がかの神滅者だと知りながら説教するフィリップは見かけによらずなかなか豪胆な男であるようでラドルは少し学院長の評価を変えた。


「そんなことがあったのですか。……良かった」


 エリナから事の経緯を聞いたレナはホッと一つ胸を撫で下ろす。

 その「良かった」が誰に対してかは明らかにはしなかったがラドルは追求しなかった。


「俺もつい失念していた。古代魔法が何故簡略化されたのかを」

「どういう事ですか?」

「本来魔法というのは昨日見せた古代魔法のように制御の難しい技術だ。それに汎用性に乏しいものでもある。その為、現在体系別に分類されている魔法は古代魔法をベースに進化進歩したものなんだ。つまり、最適解へ直答する古代魔法理論に効果弱性する理論を付け足したのが現行魔法というわけだな」

「どうして効果を弱くしたんですか?」

「初等魔法であの威力だ。そんな魔法をバカスカうったら7日で世界は火の海だぞ」


 少し納得できないエリナは残念そうに言う。


「じゃあ古代魔法はもう学べないのですか……」

「そうだな。だが現行の4系統魔法が古代魔法に劣るとはいえない。それにやりようによっては下位魔法でも十分な威力を発揮する方法がある」

「えっ?それってなんですか⁉︎」

「俺はそれをもう教えたぞ?自分で見つけてみろ」


 そこまで言うと。


 リーンゴーン……リーンゴーン……


 重い鐘の音が昼休みの終焉を告げる。

 その音を聞いてラドルはベンチから腰を上げた。


「さて行くか。レナ、昼飯すまなかったな」

「いいえ。またお持ちいたしますね」

「今度は脱力したくらいで頼む」


 はい、とレナは相変わらずな笑顔を綻ばせながら今度はエリナに向き直る。


「エリナさん、勉学頑張って下さいね」

「……レナさま、私は」

「……エリナさん。力は貴女の中に常にあります。よくよく考えてみて下さいね」


 去ったラドルと立ち尽くすエリナにペコリと頭を下げてその場を後にするレナ。

 何故か少しだけ不思議と腹立たしい思いがエリナの心を占める。


「もう……何なのよ」


 エリナは微妙な苛立たしさを解消する事も出来ないまま学院に戻っていく。



 ーーーーーーーーーー



 その日の夕刻。

 一人とぼとぼと家路に着く銀髪の少女は早退してからずっと昼間見た光景を頭から消す事ができずにいた。

 心が晴れないまま少し俯きながらふと歩みを止める。


「何でしょう……。このモヤモヤとした陰鬱な気分は。ただ先生が他の女性と一緒にいたのを見ただけなのに」


 何時も隣にいる親友さえも置いてきて一人出口の見えない迷路に迷いこんだ感じ。

 重い感情が心を支配する。

 夕焼けの影が自身の身長よりも長く濃く地に堕ちる。

 まるで自分の心中を堕としているように禍々しく見える。

 そう思うとぶるっと身体が震える。

 早く家に帰ろう、と再び足を前に出すと自身に置かれた現状を思い知る。


「ーー…え?ここ……ドコ?」


 気持ちが落ちた事で見たことの無い路地に迷い込んだことに今気付く。

 いつもは隣にいる翠の少女がどんな時でも助けてくれた。だが今は自分1人。

 どうしよう。もう陽が落ちる。

 不意に心細くなった。

 震える身体を両手で抱きしめて煉瓦壁に身を(もた)れさせる。

 夕闇が徐々に支配する教会都市は急速に人の気配が消えていく。

 筈なのだが。

 視線を感じる。

 それも一つじゃない。

 まずい。ここにいつまでも居てはダメだ。

 なけなしの勇気を出して急いで来た道を戻るルイーゼ。

 次第に足が加速していく感覚を感じたその時。


 バシン‼︎


 雷に打たれたような衝撃。

 そのまま大地に抱かれるかのようにその場に倒れる。

 意識は衝撃が根こそぎ奪いその後に自分に起こる不幸を知れずにいたのは幸いなのか。それともーー。

 倒れた少女の前に現れたのはいくつかの影。

 言葉は発さず、視線だけで互いの意図を汲み取るのは一朝一夕で出来る芸ではない。

 だが。

 少女を担いで立ち去ろうとする輩はその一連の様子を見つめる赤い瞳に気付く事は出来なかった。


38話アップします!

冒頭でエティアが口ずさんでいる鼻歌は某レトロゲーム最弱主人公のテーマをイメージしました。

年がばれる笑。

魔法学院編はもう少し続きますのでお付き合い下さい。感想評価も合わせてお待ちしています!

ではまた次回〜。

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