第36話 魔法学院編〜魔法学〜
「さて、魔法学を語る前に」
レンツェル魔法学院にマースの後任として不承不承教鞭をとる事になったラドルは一言前置きをして本題に入る。
「魔法は強い力だ。その力を使いこなすのも力に呑み込まれるのも君たちの魔法に対する覚悟次第だ。それだけは忘れないようにこれからの研鑽に励んで欲しい」
その言葉は以前リーテスにも言った訓戒。
ラドルが人に魔法を教える時に必ず口にするその言葉は何がしかの思いが込められていると彼を知る人間ならばそう感じ取れるだろう。
だが。
「……そんな事を聞きたいんじゃないんですよ、先生」
最上段の席から1人の少年がラドルに対して不遜に、且つ挑発的な視線で絡んでくる。
外見からしてネクタイを緩め、学徒套も半分着崩している、いわゆる不良学生のようだ。
その挑発的な視線にも怯む事なくラドルは冷静に相対する。
「君は?」
「俺はディアス・バルデス。このクラスの実戦成績1位だ」
「それで?君が求める答えとはどんな言葉が欲しいんだ?」
「話が分かる先生みたいだな。もちろん攻撃性魔法の授業だよ。マースの奴は俺たちに座学理論しか教えなかったんだよ」
「……成る程な」
魔法を習得できる術を持った若者によくある傾向だ。
魔法を攻撃的手段としか見ていない短絡的思考と軽度の選民思考が働くのは今も昔も変わらないようで目の前のディアスとやらもその類らしい。
だがマースはこんな生徒であっても意外としっかりとした方針で授業を進めていた事は評価に値する。
その後任ならば彼に対して魔法の攻撃性の危険を教えるべきだろうか。
それとも。
ちらと左手首につけた腕輪に目を落とすとディアスが苛立ってラドルに噛み付いてくる。
「おい、聞いてんのか?先生よ」
見ればディアスの挑発をニヤニヤしながら推移を見守る生徒が何人か見受けられる。
恐らく新任として急に現れた新講師の力の程を知りたいのだろう、と判断したラドルは少し痛い目をみて貰おうとディアスに一つ提案する。
「君は攻撃性魔法を学びたいのか。ならば今現在どんな魔法が使える?」
「はっ!俺の得意魔法か?聞いて驚け、氷結中位魔法「氷凍霊」だ!」
「そうか、ならば最大出力で打ってみろ。力の程を見てやる。ただし俺は魔法による防壁は使わない。詠唱破棄した単一純魔力のみで防御しよう」
ディアスの挑発を挑発で返すラドル。
講義室内がざわっとどよめきだつ。
それもそのはず、どんな高位の魔道士であっても何の強化も補強もされていない純魔力では大した効果は望めない。例えるならば小さな種火を暴風吹き荒れる台風の中消さずにいるようなものだ。
そんな挑発で返されたディアスはこめかみに青筋が立つほどに激昂して魔法の詠唱に入る。
『凍えよ!死の嵐!氷華の白原に全てを凍てつく地獄の霊障を巻き起こせ!氷凍霊』
単純な挑発に乗せられる辺り、およそ魔道士向きではないな、とディアスへの評価を下しながらラドルは掌から湯気の様に揺らめく魔力を水撒きの要領で教室全体にふり撒く。
そして氷結魔法の効果が教室全体に広がり始めたその時。
ラドルは講師机から椅子を教壇の前に置き直してそれに腰を落として教本に目を通し始める。
「なんのつもりだ!先公!」
「ああ、君はそのまま油断なく魔力放出に専念しろ」
「この……!」
「もう一度言っておこうか。油断なく、な?」
そこまで言うとディアスの放つ凍結魔法に異変が起きる。
「な、なんだ?」
普通ならば一教室程度の空間は瞬時に凍結してしまう位の魔法効力のある中位魔法だがいつまでたっても、どれだけ魔力を放出しても凍結に至らない。
凍結する前に魔力が霧散していっているのだ。
それどころかディアスから放出されている魔力すらラドルの魔力に押し包まれそうになる。
先ほどまでディアスの凍結魔法に慄いていた他の生徒たちも席を立って壁際に寄りながら2人の攻防に目を奪われている。
いや攻防と言えるものでもなかった。
ディアスが全力で教室内を凍結しようと躍起になっているのに対してラドルは相変わらず最初に魔力を振りまいてから涼しい顔で膝の上の本に目を通しているのみだ。
こんな。
こんな筈はない。
そうディアスが目の前の光景に信じ難い表情を浮かべても攻勢は覆りはしない。
それだけ目の前の相手との力量差に大きな隔たりがあるのを思い知るのみだった。
やがてディアスが必死の形相でラドルを睨みつけているその双眸に異変が起き始める。
じわと魔力欠乏症の兆候である結膜への充血。
それを確認したラドルはパタンと本を閉じるとその場を支配していた両者の魔力が一気に収束し、ディアスの魔力諸共ラドルの魔力が呑み込んでしまう。
魔力同士の衝突による反発作用でディアスが講義室壁に叩きつけられると何人かの生徒がディアスに駆け寄っていく。
その様子を見て、
「さて」
ラドルのその一声で呆然としていた生徒たちがビクッと雷に打たれたように背筋が伸びて正面の新任講師を恐る恐る見る。
そんなラドルに対する視線は先程とは打って変わって恐々としていた。
やりすぎたか?と省みるも気にせず講義に入ろうとする。
それを皮切りに生徒たちは元の自分達の席に戻っていく。
「魔力と魔法の相互関係は言わずもがなその効力に対して比例する。魔力が強ければその効力も強化されるし、逆に大魔法を扱うならばそれを行使するだけの魔力が必要になるという訳だ。ディアス、君は実戦成績1位というだけあって確かに学生にしてはそれなりの魔力練度だ。しかし攻撃性魔法は自分の力量と向かい合い見つめ直さないと今のように単一純魔力にも圧しこめられてしまう」
「あの、ラドル……先生?今の魔力衝突は一体?」
春の草原を思わせるような翠色の鮮やかな髪の少女がおずおずと手を挙げて質問を投げかける。
「……君は」
「エリナです。エリナ・フォンチュールと言います。それで先生?」
「今のは俺の純魔力がディアスの魔力に直接干渉して無効化した。さて純魔力というのはその効果がまだ発現前である為魔力干渉は他の3系統よりも強い。では今現在大別される4系統魔法とは何か?」
「暗黒魔法、神聖魔法、精霊魔法、そして純魔法です」
エリナの隣に座る銀髪の少女が答える。
「そうだ。暗黒魔法は攻撃性に特化した、自分の魔力と周囲の魔素を利用して効果を発現する魔法に対して自分の信仰する神との契約により魔力を発現するのが神聖魔法だ。攻撃魔法だけに留まらず、回復、補助、探知など汎用性に優れるのも神聖魔法の特徴だな。精霊魔法は森羅万象に存在する精霊たちの力を借りて効果を発現するが精霊は基本的に現世に干渉するのを嫌う。ある意味最も難度の高い魔法だ。なにせ自分の魔力で精霊を使役できる高い支配干渉力が必要だ」
ラドルの基本的魔法学の講義に耳を傾けている生徒たち。
その目には最早恐れは無く、向学心が勝っているような表情で集中している。
「最後の純魔法だがこれはあまり意味のない魔法だ」
「意味がない?」
「純魔法は先程俺が見せた純魔力によって効果を発現させる魔法なワケだが。強化詠唱を付随しない純魔法は効率的にも燃費的にも他の3系統よりも使い勝手が悪い。メリットと言えば詠唱を必要としない速度性が戦いによっては大きなアドバンテージにはなるがそんな状況になるなら魔道士として出来る事はもう然程ない。死ぬか降伏するか。それくらいだ」
実感篭るその言い方に生徒たちはゴクリと喉を鳴らす。
魔道士とはその特性上戦場に駆り出される事も少なくない。基本的には後方支援と火力による魔法射撃だが戦いでは何が起こるか分からない。
それを認識させられただけでも良しとしよう、とラドルは一旦講義を打ち切る。
「ここまでで何か質問は?」
「……先生は戦場に出たことはあるのですか?」
眼鏡をかけた生真面目そうな生徒がラドルに聞いてくる。
「俺が、というより魔道士ならばいずれは戦場に駆り出される事になる。君たちが選んだ道はそういうものだと認識しろ。魔道士とは。その効果の大小に関わらず人を殺める技術でもある。世界の摂理。世界の理。世界の真理。それらを解き明かすのが魔法学の第一義だが裏の部分から目を逸らしても進歩はない。君達の手はもう既に半分血塗られている事を理解するべきだ。魔法はそれで人を殺めた感覚が残らない事が多い。君達は一度放たれる自分の魔法の意味というものをよく考えてこの魔法学を修めてほしい」
生徒たちはその言葉に背筋に怖気がついたのを感じながら目の前の講師に目を離せないでいた。
少しは年が上であろうその講師の言葉には自分達とは違う世界が見えていると感じざるをえなかった。
ラドルの言葉は事実ではあるが極論でもある。
確かに魔道士はその将来は魔道師団や魔法騎士への配属もあるが魔法医学、魔法錬金学のような研究職といった戦いとは縁遠い道も多岐に渡る。
そもそも魔法の起源からして戦いの為の技術ではなく人々の生活向上の為の技術だからである。
火を熾さなくても火を灯す。
水を汲まなくても水を貯める。
風が無くても風車を回す。
大地が痩せていても多くの実りをもたらす。
それこそが魔法の起源だとは忘れてしまったかのように今や専ら魔法は軍事、戦闘に特化した技術だと認識されている。
無論それは魔法学の基礎中の基礎としてどんな魔法教本の冒頭に記されている事なのだが学徒たちにはその利便性、有用性に目が奪われがちになるのは無理からぬ事である。
皆、その力に希望や夢を見て学ぶ事は誰にも止められないのだから。
「……では。これから魔法理論によるその効果発現法則の授業から入る」
ラドルが教鞭がとるその姿はまさに一等講師と見紛うばかりの風格を漂わせていた。
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ラドルが学徒達に教鞭をとっているその時、レナは魔法学院長フィリップと接見していた。
「この度は本当にありがとうございます、学院長」
「いやいや、なんの。他ならぬ君の頼みだ、これ位の事喜んで引き受けよう」
白髭を蓄えた初老の学院長がからからと笑いながらレナに淹れたての紅茶を供する。
そのままレナの対面の椅子に座ると先日提出されたマースからの推薦状に目を通す。
「しかし……あのマース君が急に出奔とは。なにがあったのやら。君は何か聞いておらぬかの?」
「……さて。あの方とはあまり面識もありませんでしたから」
「ふむ。……でその後任のラドル・アレスフィア君。まさかかの神滅者を推薦してくるとは……彼は一体何者だったのかのう」
推薦書からレナに目を移すとその真意を探ろうとジロリと観察するもレナの表情からはいつもと変わらぬ笑顔。
いや一点違う所があるとすれば。
「……君の目にかけられた呪術はこの学院の上級講師でも解呪できなかった恒久的呪術だった筈。それを癒した神滅者の力量には驚愕を禁じ得ない。だが今はその快復を素直に喜ぼう。……よかったのぅレナ君」
「……ありがとうございます」
正直この学院長は老獪だと思うのがレナの印象だった。
その言葉に嘘は無かろうがその真意がどこにあるかは図りかねる。
それ程までに手ごたえも感触もない。まるで暗闇の中で闇を掴むように。
だがそれはフィリップの方も同様だった。
暖簾に腕押しという言葉があるように彼女の笑みには何を呈しても微動だにしないであろう、と老獪な学院長はその経験から感じ取っていた。
その美貌に似合わぬ狸ぶりについ笑顔が溢れる。
「ファファファ。止めじゃ止めじゃい、腹の探り合いは。で?直球に聞こうかの、儂に何の用じゃ?」
「はい。ラドル様のお立場の公開隠匿をお願いしたいのです」
「さもあらん。まさか国教の象徴たる聖王女陛下を殺害した神滅者を国家機関である魔法学院に所属させるなど他に漏れたら儂の首が100個あっても足りんわい」
「……ラドル様は人々が噂する様な方ではありません。きっとその行為には何がしかの理由があった筈だと私は信じています」
「……ふむ。確かに彼を直で見て話して感じる事が出来れば凶戦士ではないというのは分かる。じゃがなレナ君……。それでも彼のして来た事は世界に、神に、人類に害する大悪事じゃ。それを赦す事は誰にも出来ぬであろうな」
「それが私の使命です。ですが……何も知らない学徒の皆さんを無駄に怖がらせる必要はありません。ラドル様の認識阻害の魔法具は?」
「無論、渡しておる。彼が外さなければ皆に彼が神滅者だとは認識できぬ」
ラドルの左手首の腕輪。
それはラドルが神滅者だと直接結びつきにくくする魔法具であった。
つまりラドル・アレスフィアという名は神滅者たるラドルとは単なる同姓同名の人物に過ぎないという認識に強制的に移行させる術式が組み込まれた腕輪である。
ラドルの正体の漏洩を怖れたレナがフィリップに頼んで用意させた魔法具だ。
「さて、レナ君……。神滅者というリスクを儂に背負わせて君は一体何をしてくれるのかのぅ?」
柔和な笑顔をレナに向ける。
だが。
その開かれた両の目には薄くもしかし確かな欲の光がレナには見えた。
36話アップです!
ちょいと最近体調不良で寝込んでました。
皆さんも体調には気をつけてくださいね。
感想評価よろしくお願いします!
ではまた次回〜。




