表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第1章 廻る時計
32/85

第32話 邂逅編〜再会〜

 風が戦ぐ広大な緑の絨毯の上に2人の影が立つ。

 剣を抜いて鋒を対面する少女に突きつける蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)ラドル・アレスフィアと動揺を禁じ得ない表情のグルトミア十星将金星のリーテス・ファラ。

 クステルム戦役と名付けられるであろう半月に及ぶ戦いは神滅者ラドルの介入により形式上は痛み分けとして記録される。

 しかし実態は些か異なりバルカード側の撤退だ。

 そんな戦いに一旦は終止符が打たれたようにも見えるがラドルの目的は他にあった。


「どーいうこと……?せんせー……」

「……言った通りだ。俺はお前とドリムーラを殺す為にここに来た」


 2人の傍らで成り行きを見守る魔獣ローグは半月前のやりとりを反芻する。


 ーー2人を助けにいくのですか?

 ーー……逆だ。


 なるほど、確かに宣言通りではある、とローグは黙って見ている。


「なんでよ……私、何もしてない!せんせーの邪魔も何もしてないじゃない!」

「だが俺の言葉を理解しなかった」

「……え?」


 なんの事を言っているのだ、と今にも丸い玉雫がこぼれそうなつぶらな瞳で訴える。


「俺は言ったぞ?……死んでしまったら意味がない、とな」

「……!」


 幼少の(みぎり)、ラドルに師事していた時確かにそう言われた事があるのを思い出した。

 その覚えがあるという認識が表情に現れる。


「……俺がお前やドリムーラに魔法を教えたのは決して戯れだった訳じゃない。親のいない、奴隷として売られていたお前たちが生きていく術の一つとして、力を与えた」


 未だ奴隷制度が残るグルトミア帝国では罪人や異端者とその家族は大人は勿論、女子どもでさえも容赦なく金銭の力による犠牲者となっていた。

 安価で代わりの効く奴隷には人権は与えられず、ただ労働力としての生を全うする事になる。

 そんな奴隷の兄妹をラドルはたまたま見つけ、買取って縁のある孤児院に預けた。

 人を信用できなくなっていた兄妹はそこで長い時間をかけて身体と心の傷をゆっくりと癒していった。

 そんな2人が助けの手を差し伸べたラドルを慕うのもその力を学びたいと言いだすのも当然の帰結と言えた。

 2人に魔法を教えた初日。


「魔法は強い力だ。その力に呑み込まれるのも傷つけられるのも魔法に対する覚悟次第だ。半端な覚悟は相手も自分も周りの者も傷つける。だからまずはその力で自分の身を守る為に使う事から考えろ」


 そう言って教師と生徒の真似事が始まった訳だが。

 2人の才能はラドルの思惑を大きく外れて天賦の才だとすぐに認識する事になり急速にその力が開花していくことになる。


「……そうしてお前達は軍属となり、すぐに頭角を現してあっと言う間に十星のうちの二星として力を振るう事になった」


 淡々とラドルがリーテス達の履歴を口にしていく。

 その声には何の感情も、何の思いも感じなかった。

 それが悲しいのか、ついにリーテスの瞳から雫が一筋流れて落ちる。


「それはお前たちが選んだ道だ。それについては何も言わないし、権利も資格もない」


 視線を落とし、自分の手を開いて見やる。


「……俺のこの手も汚れきっている。何百、何万という命を奪って来た。今更倫理観だの正義だのを口にするつもりはない。それをお前たちに押し付けたりもしない。だがな」


 それまで無関心無表情を貫いていたラドルな瞳に急に光が宿る。

 一拍の間を置いてラドルはリーテスに向かって言い放つ。


「お前たちのしてきた事は己の矜持でも。己の覚悟の為でも何でもない、ただ力に酔いしれた破壊者が無闇にその力を振るっただけ。挙句、それ以上の力に出会うと自分の力量を超えた力を使い結果死にかける。自ら死を望む、そんな事の為に俺はお前たちに力を与えた訳じゃない」

「……!」

「死を、恐怖を知らずに力を振るう悪魔に作り上げたのは俺の責任でもある。だから人であるうちに俺の手で始末をつける。それが師としての俺のけじめだからだ」

「ち……ちが……」

「今のお前たちは戦いに酔いしれ、享楽に溺れ、他人を傷つけ、人を無闇に殺し、傷つく事も厭わず、まるで世界に反発したいかのようにその力を無作為に振るう只の狂戦士だ。」

「違う!」


 そこまで言われてやっとリーテスの口から否定の言葉が放たれる。

 そして流れる涙を拭うことなくラドルを見据える。


「私は!私たちは!力を以って世界に見返したいとか恨みを晴らしたいとかそんな事を思ってない!確かに他者を押し潰して優越感を感じたり任務の名の下に沢山の人を殺して道徳倫理は麻痺していたかもしれない……!」

「……」

「でも。私はこの力はせんせーに貰った力だという事は一度も忘れた事はない。お守りだって一度だって外した事はない。この力がないとせんせーに胸を張って相対せない!十星将としての私でないと存在意義を示せない!せんせーに導かれて得た力を皆に示す事が。私がせんせーの弟子だと言う証になると思ってる。だから!私はせんせーと戦ってでもこの力は手離せない!」


 服の上から胸の辺りをぎゅっと握る手に力が入る。

 涙がこぼれる。

 後から後から溢れてくる。

 互いの視線が交差し、それが外れたりはしない。


「私は……せんせーがくれたこの力が、せんせーと私を繋ぐ証だから……。神滅者だとか世界の敵とか関係ない。私のせんせーはこんなに凄いんだって、怖くないんだって皆に言いたい。だから…まだ私は死にたくない……!」


 ついに顔が涙で崩れ、腰が砕ける。

 それを見てラドルはふぅと溜息交じりに一息吐く。

 そして鋒の向こうに相手がいなくなった剣を納めてリーテスの前に膝をつく。


「死にたくないならさっさと逃げればいいんだ。こんな俺に構わず自分の事を何よりも1番に考えてやれ。今そこにある命は誰の物でもない、お前だけの命なんだから」


 クシャっとまた頭を撫でる手に昔の温かさを感じる。

 ここまで自分に依存しているとは思わなかったが、だが。自らの力の起源をまた再認識したのなら力を、命を奪う事もあるまい、と自分の中で決着させる。

 ……相変わらず採点基準が甘いな。

 そう思いながらまだ泣き(じゃく)る少女の手をとって立たせる。

 そして自らも身繕いを正すと絡みつくような視線を感じる。

 ちらと視線の主とばちっと目が合うと相手から念話を送られてくる。


(なるほど。こうやって子供の頃から手懐けておくのが神滅者流教育術ですか。あの頭の撫で方もそこから生まれた産物だったのですねぇ)

(五月蝿いぞ、この穀潰し魔獣が)

(まぁそれにしても殺す気も無いのに何というか、演技派ですね。あの気の強いリーテスのこんな姿、お宝ものですよ)

(殺す気はあったぞ。魔道士としての死をな)

(またまた。本当にその気ならあんな、本当の力を見ていろ、なんて台詞出ませんよ)


 また耳ざとい、目ざとい、あざといの三ざとい魔獣が下卑た笑いを浮かべている。

 コイツには一度再教育が必要だと改めて思う。

 だが。

 今回はその座を譲ることにする。


(ところで)

(はい?)

(念話は結構だがチャンネルは常に切り替えろよ?でないと秘匿性が薄れる)

(え?)


 ラドルの忠告にいまいち要領を得ない、と首を傾げるもすぐにその意味を知る。

 それは魔獣の後ろで顔を赤くして夥しい魔力を垂れ流して涙目で魔獣を睨みつける悪魔、もとい少女がいた。


「ローグゥ〜……!今の会話、見た映像、全て記録抹消しなさい……!でないと……分かるよね?」

「リ、リーテス……念話の盗み聞きなんて、淑女がするべき行為じゃ……」

「返事は?はい?それともはい?」

「……拒否は認められないのですか……。因みに断ると……」

雷破(ヴェガ)ーーーー!」


 言うやいなやドォン‼︎っという衝撃音が響くとリーテスの雷撃魔法がローグの目の前に着雷する。

 殺す気か!忘れろ、むしろ死ね!という剣呑な言葉が飛び交うも、ラドルはそれを止めたりはしない。

 ようやく年齢相応の感情が噴き出した。

 それを見届けるとさてもう1人の弟子の見舞いに行くかと、一人城塞都市に残った女司祭を呼びに足を向けた。



 ーーーーーーーーーー



 とぷん、と日も西の山に姿を隠して辺りが暗くなり始めた時分、クステルム平原グルトミア領側の商業都市ソルヴァレンスは夜の帳が下りて尚、活気に満ちていた。

 無理も無い。

 神聖王国バルカードが誇る三大騎士団の一つを敗走させ、切り札と言われた戦乙女アーシアを破り、グルトミア武の象徴たる十星の力を世界に知らしめた。

 それで本領安堵した街の住人は飲めや騒げやの一種のお祭り状態になっていた。

 とりわけあの巨大な騎士団子はソルヴァレンスからも目視できたようであれこそが十星序列4位金星のリーテスの力だと街の人間は信じ込んでいた。

 まぁ真実を知らない方がいい事もある。

 異を唱えず英雄に祭り上げられた少女は街人に半分拉致られた形で主役として屈強な男たちに囲まれている。

 そんな光景を見てラドルは一人未だ寝たきりの弟子がいる療養所を訪ねる。

 そこでは街の騒ぎに目もくれず一心不乱にベッドに横たわるドリムーラに治癒魔法を施す姿のレナがいた。


「……どうだ?」


 声を掛けると汗を拭って一旦手を休めるレナ。

 椅子に座ったままラドルを見上げると、ニコッといつもの柔らかな微笑みを湛える。


「はい、もう大丈夫です。断裂していた魔力回路の修復術は無事終わりました。身体の損傷自体は大した事もなく後はこの方の体力の回復を待つだけです」

「……そうか、助かったよ、レナ」

 

 直球に礼を言われて顔が赤くなる。

 夜の闇を煌々と照らす蝋燭の灯りでなければラドルに気づかれただろう、とつい俯いてしまう。


「い、いえ、これ位しか私が出来る事はありませんから……」


 と、急に小声になってしまう。

 その理由に頓着しないラドルはドリムーラに視線を投げかける。そして。


「いい加減狸寝入りは止めたらどうだ?馬鹿弟子」


 そう問いかけるとパチと目蓋を開いて口端を少し緩ませるドリムーラ。


「やれやれ、アンタに借りを作りたくないから寝入っていたのにお見通しか」

「気分はどうだ?」

「……最悪」


 まだ不安は残るが憎まれ口を叩けるまでに回復したかと一先ず胸を撫で下ろす。

 そして外の賑わいから戦いが決着したのを直感したドリムーラはラドルに聞き返す。


「……リーテスは?」

「まぁ無事だ。今中年のおっさんたちに揉みくちゃにされているだろうさ」

「……まだ力不足か。アンタが助けてくれたんだろ?」

「撃戦継続詠唱を使ったと聞いた。……成長したな」

「何言ってんだよ、制御しきれなくてこのザマだ。まだまだ力が必要だ」

「……撃戦継続詠唱にしろ、複重魔法詠唱にしろこれらは命を省みる必要のない神使や人外の存在であって初めて為せる特殊技能だ。ましてや普通の人間が大魔法を絡めての特殊詠唱など自殺に等しい行為だ」

「……アンタみたいになりたいんだ。誰にも頼らず、自分の力だけで他者を、全てを圧倒できる力が欲しい。その為に死にものぐるいで足掻いてきたつもりだけど……目指す頂はまだ遥か上か」


 そう言ってラドルをじっと真っ直ぐに見据える。

 そんな2人を見ていたレナが一言紡ぐ。


「……力とは。必ずしも望んだ力が得られるとは限りません。魔法を望みながら断念する人。学問を修めながらも戦いに赴く人。人それぞれですが優れた力を有する貴方が今の力で出来る事を探してはいかがですか?されば貴方の望む未来が必ず訪れる事でしょう」


 レナの説法に焦りに似た思いがなりを潜めるように心が落ち着く。


「ドリムーラ、まだお前は強くなる。リーテスもだ。俺を目指すなんて小さい事を言うな。どうせなら俺を超える位は言ってみせろ。それでこそ師匠冥利に尽きるというもんだ」

「神滅者のアンタを超える、か。無謀に近いがまぁやれないことはない。その内空位のイドラス教神使にでもなってやるさ」


 その表情に自信を見せて笑うドリムーラ。

 あまり長居をしては身体に障るというレナの提案に従い、ドリムーラを彼女を任してその場を去ろうとするラドルに最後の忠告として一言付け加える。


「……ダルタニアの事だ」


 その名を聞いて少しげんなりする気分に落ちるラドルはおずおずとその忠告に耳を傾けた。



 ーーーーーーーーーーー



 街はすっかり寝静まり、酒場を覗くと街の男たちが酒に呑まれてまるで蛸のように顔を赤くして大きなイビキをかいている。

 よく見るとリーテスも布団さながらの男たちに潰されてその表情には苦悶が浮かんでいる。

 まぁ心配はないだろう、とその場を離れて都市中央にある一際広い中央広場に向かう。

 商業都市の中央広場を正面から入ると見える大噴水には商いと契約の神であるウルテアの神像が祀られており、更にその奥には大使公館に続く大階段がある。

 公館に行くには更に中階段、小階段があり総段数は300段もあった。

 昔からその大階段を降りるとウルテアの加護があると伝えられ、休日には子供たちが加護にあずかろうと何回も上り下りするのはこの都市特有の光景であった。

 そんな大階段の上に。

 月の光に照らされた鈍色の輝きを放つ物体を手にする男がいた。

 ラドルはその男に向かって問いかける。


「この街に入った時からずっと俺を見ていたのはお前か?こんな夜も更けた時分に月を眺めて女神の加護を与るには些か血の匂いが過ぎるんじゃないか?」


 夜の雲が主人たる月をゆっくりと隠して闇が深くなる。

 男はラドルの言葉に無言で返すと前のめりになってその身丈以上の大剣を肩に乗せ、そのままラドルに向かって突っ込んでいく。

 その体躯に似合わぬ俊敏さに少しばかり戸惑うもすぐに迎撃態勢を整える。

 一先ずその突進の足を止めようと束縛の魔法を詠唱破棄して発動させる。


光縛(ファルン)!』


 ラドルの魔韻を含んだ呪文が発動すると光の鎖が闇夜を切り裂きながら男に向かっていく。

 光が男を蛇のように巻き付き石畳に叩きつける。

 と思ったその時。

 男に巻きつく筈の光の鎖が粒子となって弾けて消えた。


「なにっ⁉︎」


 ラドルが珍しく目を疑う。

 自分の魔法を無力化できる程の対抗術式を組んでいるのか何がしかの魔法具を手にしているのか。

 そう思っている間に男はもう目と鼻の先にまで迫っていた。

 兎に角足を止める、と続けて魔法を唱えようとして手を前に突き出す。


 ギャリィッ‼︎


「……!?」


 ラドルはまた驚愕する。

 突き出した右腕に鉄鎖が巻きついた。

 突進してくる男ではない。

 鉄鎖の反対側を握る小柄な影が神像の後ろから現れてこちらを睨んでいる。


(……もう一人⁉︎)


 目の前の男の殺気に紛れていたのか、とついもう一人の刺客に気を払った瞬間。


「もらったあぁぁぁっ‼︎」


 ハッと驚異的な突進力で間を詰めてきた男の一閃が鎖が巻きついたラドルの右腕を。

 一刀の元に断ち切った。

 急に抵抗力を失った鉄鎖を投げ捨て小柄な影がラドルに向かって走り出す。


「アス!殺しちゃダメ!」

「黙っていろ!こいつはいま倒しておかなきゃならない存在だっ……⁉︎」


 アスとよばれた男は続けざまにニの剣を繰り出そうとすると、ラドルに柄尻を抑えられてしまう。

 二の剣を封じられてしまうとアスはくそっと後方に跳ね飛んで一旦距離を取る。

 しかし。

 アスの自らの勘が警鐘を鳴らす。

 違和感が強烈に自分の身体を押さえつける。


「……なんだ、コイツは……!」

「どう言うこと……?」

「……大したものだ。なかなか悪くない連携だった」


 ラドルは背中ごしに不埒者2人に対して尊大に接する。

 そして夜の雲が晴れて月光が差し込むとラドルは賊たる2人の素顔を確認する。

 アスともう一人は振り返ったラドルを見て戦慄する。

 斬った筈だった。

 ()った筈だった。

 だが。

 月光に照らされたラドルは何事もなくそこに立っていた。

 そう、何事もなくだ。

 それは斬った筈のラドルの右腕も何事もなくあるべき箇所に収まっていた。

 そしてラドルは確認したもう一人の影に。

 一言告げる。


「ーー君か。2ヶ月ぶりかな?エティア」

32話アップです。

って、アレ?やべぇ、またやっちゃいました!

邂逅編今回で終わるハズがまた跨いじゃいました!

ほんっと、文章構成が難しい。

舌戦パートは理論以上に共感と整合性、あとは訴求力がものを言いますが半端なくコレが難しい。

納得させるだけの説得力はまだ勉強中。

が、頑張ります……。

感想評価もお待ちしております!

よろしくお願いしますね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ