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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第1章 廻る時計
30/85

第30話 邂逅編〜再戦〜

 城塞都市ザールベルクの西に広大に広がるクステルム平原。

 そこで戦端が開かれている神聖王国バルカードとグルトミア帝国の戦いは停滞していた。

 グルトミア陣営の十星将、銀星ドリムーラは魔力回路の断裂による魔素乖離症。

 転送魔法で商業都市ソルヴァレンスに搬送して待機させている介護兵に介抱させているが意識が戻らないまま、すでに10日が経とうとしている。

 妹の金星リーテスは1人で2万5000の騎兵を前に腕を組んで鋭く睨みつけ、兄をも凌駕するその強大な魔力を惜しみなく放出して威嚇する事で万を超える騎士団は足踏みしてしまっている。

 そしてバルカードが誇る聖印騎士団にはもう一つ戦いに踏み切れない理由があった。

 騎士団副団長であり、バルカードの切り札でもある戦乙女アーシア・リングベルム。

 彼女は仲間である騎士団からの毒矢に倒れた。

 騎士団によって回収された後、息も絶え絶えのまま団長ギルスの前に引っ立てられた。

 貴族特有の選民思想の塊であるギルスは賎民出のアーシアを敵視していたのは口には出さないものの周知の事実だった為に誰も口を挟めずにいた。

 ギルスはアーシアに対して国家反逆罪と認定。

 傷が塞がり次第、即敵である十星の2人を撃破しなければ神槍は没収されそのまま火刑に処される事となる。

 それがギルスの描いた筋書きであった。

 だが。

 その筋書き自体。

 全ての運命の激流は遥か高みより見下ろす存在によって踊らされている事にその場に居た全ての人間は気付く事がなかったーー。




「ほう、もう動けるまでに回復したか」


 ギルスの下卑た笑いを受け止めたのは未だ顔色が真っ青で以前のような気高さを微塵も見出せない、変わり果てた姿の戦乙女だった。

 対照的に金色に煌めく神槍を杖代わりに、だがなおも騎士であれと言わんばかりにギルスの前に立つと騎士礼として右手を胸の前にかざして背筋を張る。


「聖印騎士団副団長アーシア・リングベルム、団長ギルス卿の要請に応じ出頭いたしました」


 その佇まいは騎士に相応しく、苦しいであろうと思われる表情には翳りを見せない。が珠の汗が浮かんでいる。

 その忍耐が殊更ギルスを苛立たせた。

 だがとりあえずは病み上がりの中の出頭を労う。


「出頭ご苦労、アーシア卿。気分はいかがかな?」

「問題ありません」

「さすがは金の乙女と言われた戦乙女。常在戦場のその心意気、恐れ入る」

「……恐縮です」

「まずは謝罪しよう。其方を射掛けた騎士はすでに処罰した。だがそれはかの十星を討つ為の援護の為であった。とはいえ国の宝たる戦乙女を傷つけて良い事にはならぬ。それ故厳罰に処しもうこの場にはいない」

「……了解しました」


 その謝罪を聴いてもアーシアの心には動じるものがなかった。

 それはそうだ、あんなに密集した位置関係で十星だけを狙って射かけて中てる名手ならば撃つ筈もないし中てても自分には中たらない位置から撃つのが定石だ。それもご丁寧に毒矢を射るというあり得ない行為にアーシアはきわめて冷静に凪いだ心でその謝辞を聞いていた。

 全てを理解している、そんな思いが表情に出て、いや全く出さなかったが為に逆にギルスはにやりと口端を上げて話を続ける。


「さて、本題だ。現在卿には2つの嫌疑がかけられている。一つ、その神槍を王国から賜われた戦乙女が未だに十星の2人を討てずにいる。強大な力を有する神槍を持っていて、だ。これは敵と内通していると見られてもおかしくない。即ち立派な国家反逆罪だ。……弁明はあるかな?」

「……ありません」


 周りにいる将官たちは言い掛かりも甚だしい、と内心思うもギルスの権威を恐れ口を出せないでいる。


「更にもう一つは神槍レグアローフを反逆の為に私的に使用した。これは神威独占罪だ」


 今度は先と違い陣幕内の将官がどよっと騒ついた。

 その言葉を聞いたアーシアは言葉の意味するところを理解するのをまるで脳が拒絶するかのように思考が停止する。

 ややあって。

 否が応でもその言葉に対する反論を混乱する頭で組み上げていくも声が震えて出てくる。

 だが今。これを認めては自分の運命が決まる。

 それが分かるからこそ必死に声を絞り出す。

 その様を気分良く眺めるギルスにどれだけ届くか、正直言って期待は出来ないが主張はしなくてはならない。その思いがアーシアの思考をさらに鈍らせる。


「……お待ち下さい……!私が敵を討てずにいるのは私の不徳故にどの様な罪にも服しましょう……!しかし!私は神槍を私的に使用した事はございません!」

「ほぅ、戦乙女は神槍を私的に使用した事がない、というか。ならば何故卿はリングベルムを名乗る?元々姓の無い賎民の身分だった卿が貴族名を名乗れたのはひとえに神槍の選別のおかげではないか。そして現在に至るまで民衆の羨望を一手に集めていた。それを私的と言わず何と言う?」

「……それは……!」


 アーシアが羨望を望んで今の立場を手に入れたわけではないというのは皆が知っている。

 しかしある意味ギルスの指摘もまたあながち的はずれではなかった。それどころか、貴族内ではそんな口さがない話題でさえ政治利用するのが常套手段だった。

 その言葉を聞いた周りの将官たちはその罪状についてひそひそと口にしている。


 ーーまさか戦乙女様が……

 ーーしかし神威独占罪とは……


 神威独占罪。

 それは神の力による奇跡、正統な経緯を経た聖遺物、神の加護と言った神的継承物の個人による独占を禁止する正道真教会が定めた最大級の罪科の一つである。

 その罪に対して行われる刑罰は教会からの永久追放、さらに肉体への火力焼殺、魂への圧縮消散という来世への転生すら許されないという極めて厳しいものであった。

 かつてこの神威独占罪が適用されて生き残れた者は皆無である。

 ただ1人の例外を除いて。

 その刑罰の意味は教会に属する戦乙女はもちろん、騎士団に所属する騎士たちでさえ分かっている。

 それは戦乙女は死後、聖人に列せられる事が許されているが当然それは正道真教会に所属が条件となる。


(……このままでは私は…咎人として未来永劫名を残す事になる……!)


 それだけは避けなくてはならない。

 あの方との約束を守る為にも。

 アルメア様との約束の為にも……!

 その為には……!


「騎士団長にお願いがございます」

「ん?何かな?」

「これより私が出陣し…十星将を討ち、グルトミアの近隣都市であるソルヴァレンスを奪います」

「……で?」

「その手柄の全ては騎士団長ギルス・イストリアス様に。その代わり」

「君の擁護をしろと?」

「私の力不足は反逆罪に見なされても致し方ありません。ですが……神威独占罪は私の矜持に反します。それだけはご撤回していただきたいのです」

「……ふむ」


 顎髭に手をやり、戦乙女からの提案について思案する。

 悪い話ではない。

 永く中立地域であったクステルム平原の領土的奪取の功績。

 大陸航路の恩恵に与る商業都市ソルヴァレンスの軍事的占領の殊勲。

 世界に名が轟くグルトミア十星将のうち二星の討伐としての武勲。

 それら全てを合わせれば次期イスアリタス家当主は勿論、筆頭貴族クインティア家に取って変わる事も出来る。

 更に言えばソルヴァレンス占領の後、この戦乙女は反逆罪に問われ獄に繋がれる。

 だが一つ問題がある。


「……一人だ」

「……は?」


 アーシアはつい耳を疑った。


「卿一人で今自らが言った事全てを行動せよ」


 再び場が騒ついた。

 あまりな条件につい部隊長であろう男がギルスに具申する。


「団長。……それはあまりにも……」

「仕方なかろう?戦乙女殿は反逆罪を認めた。そのような罪人に軍を預けられるか?」

「それは……」


 言質を取った以上、大義はギルスの側にある。

 むしろギルスが譲歩した形になってしまっている。

 これでは何を言っても正当化されてしまう。

 それに戦乙女の求心力は強い。軍を与えれば本当にギルスに牙を剥いてもおかしくない。

 ギルスの危惧は尤も至極であった。


「……分かりました。では早速」


 騎士団長に一礼し退席するアーシア。

 その後ろ姿はもはや毒に犯された半病人のそれではなかった。

 背筋を伸ばし、光る金の神槍を持つその勇姿はまさに戦いを勝利に導く戦乙女そのものだった。

 その姿を見てギルスはふん、と鼻を鳴らす。


「副官、あの小娘がソルヴァレンスを落としたら……分かっているな?」

「……は」


 かつては戦乙女の信奉者であった副官はいつの間にか思考の歪みを気付かないまま糾弾者になってしまっていた。




 グルトミア十星将序列4位金星のリーテス・ファラは凝視していた。

 腕を組んで威嚇すること10日。

 食事も睡眠も最低限にしてもなお、その覇気と魔力に衰えは見えなかった。

 その姿はまだ幼くともまさに十星将の風格を漂わせ、聖印騎士団の騎士たちは戦慄していた。

 そんな凝視するその軍に動きがある。


「……来たか」


 以前と同じく軍が左右に割れた向こうから見覚えのある金の乙女が一人歩いてくる。10日前と違うのはその足どりにかつてのような勇ましさはなく、顔色も目に見えて悪い。

 いまだ本調子ではないのだろう。

 だがそれを憂慮している余裕はリーテスにはなかった。

 開戦前の口上はない。

 いきなりリーテスが魔法詠唱に入る。


『迸れ!鳴け!雷鳴の使者よ!我が声の導きに従い黒き雷霆を以って汝の力振るわん!魔界の子爵その名は大いなる死の舞踏なり!エー・タリタル・ハスト・ファルアテ・ローヴァ!轟雷烈火燼滅(テスレア・エィリーダ)!!』


 リーテスの魔法詠唱が終わると巨大な立体層魔法陣が展開される。

 魔法陣内にすぐさま雷の嵐が降り注ぐ。

 リーテスの力の一端が余すことなくアーシアを強襲するも神槍レグアローフが先の戦いのように雷ごと魔力を吸収してしまっている。

 それを見てリーテスの目が強い光を放つ。


「まだまだぁ!」

「複重魔法詠唱⁉︎」


 リーテスは左手で雷撃魔法を行使しつつ、右手で呪印を描き、足りない魔力を補うと新しい魔法詠唱を唱え始める。

 その実力にアーシアはドリムーラの時と同じように驚く。


『大気よ!気に満ちよ!荒れ狂う闇夜に舞う漆黒の鳳の羽搏きを防ぐ術は無し!舞え!飛べ!来たりて全てを斬り刻みたれ! エメラス・クォール・ク・ダンフェ! 気裂金荒嵐(リーダ・へラン)!!』


 立体層魔法陣の中で激しい嵐が巻き起こる。

 暴風がぶつかり合いその衝撃により真空が発生し無数の見えない刃が雷と同時にアーシアを襲う。

 魔法陣内はもはや雷霆と暴風と真空が飛び交う魔境と化していた。

 人の存在できる環境ではなかった。

 しかし衝撃による砂埃が舞い上がる陣内には未だ金の光が、戦乙女の眼光が衰えていないのが見てとれた。

 リーテスはならば、と更に魔法詠唱を唱える。


『天の瀑布よ!来たれ! 水瀑圧波(コル・ベナ)!』


 同時に3種の魔法を完成させる。

 立体層魔法陣の上空に現れた新しい魔法陣から大量の水が滝のように直下しアーシアを凄まじい水圧で押し潰す。

 流れ落ちた水はあっと言う間に平原を広範囲に潤していく。

 リーテスは一つの仮説を立てていた。

 如何に神槍が周囲の魔力を吸収・還元・放出できるとしても無限に吸収できるわけがない。大量の魔力を一気に吸収すれば必ず飽和する筈。

 故に神槍の魔力容量が上か、自分の魔力量が上か。

 要するに魔力の器の大きさが勝敗を決める。

 それ故の速戦速攻だった。

 やがて魔方陣は消失し、雷も風も水も徐々に収まっていく。強力な電熱による大量の水蒸気が場を覆う。

 ほんの数秒の、1分にも満たない攻撃。

 だがリーテスの身体には魔力欠乏の証である大量の発汗、嘔吐感、視界充血といった症状が現れ始めていた。

 もはや立つ事も叶わない。

 これが通じなかったらもう詰みだ。

 そう思いながら。祈るように魔法陣跡を食い入るように見やったその時。

 辺り一帯に広がった水蒸気が爆発したように一気に吹き飛び、そこから金の穂が飛んできた。


「うぁああああ!」


 凄まじい速度で飛んで来た神槍を避ける事はおろか、動く事も出来ないリーテスは肩口を貫かれ大地に縫い付けられる。

 霧と化した水蒸気が晴れていくとそこには。

 辛くも魔法遮断に成功したアーシアがそこに立っていた。

 しかし万全ではなかった体調が尾を引いたのか、全ての魔力は無効にできなかったようで、美しかった金の髪は焼け焦げ、凛々しかった銀の鎧や青地の騎士套は見るも無残な様になっていた。

 ゆっくりと。

 ふらつきながら。

 上体は不安定に揺れて。

 神槍に貫かれたリーテスの前に立つ。

 息は乱れ、水に濡れた花貌には生気がない。


「くぅっ……」


 激痛に耐えながら自分を見下ろす戦乙女の双眸には以前のような余裕は無く、唇からはぶつぶつと何か呟いていた。


「あぶなかった……今のは、本当に……危なかった……!私は……死ねないのに……!約束のために……!」


 そこまで言うとアーシアの瞳に以前にも見た暗い炎が宿っていくとリーテスを貫いている神槍を乱暴に引き抜く。


「ああああああっ!」


 激痛による叫びがクステルム平原に響き渡る。


「……力無き勇者に死を……!意思無き人形のように……!力無き勇者に死をぉぉっ!!」


 蹲るリーテスに神槍の穂先を向け、最後の力を振り絞って凄まじい刺突を繰り出す。

 死ぬ瞬間が、殺される瞬間が訪れる。


(……ごめん。兄様……私……もう……)


 散り際の謝罪はソルヴァレンスで未だ眠る兄には届く事なくその命を散らそうとしたその時。


 ギィンッ‼︎


 甲高い戟音が鳴り響く。


「……え?」


 響いた音は脳を走り抜け、重くなった目蓋を開かせる。

 見るとそこには。

 晴れ渡る蒼穹に相まった髪がふわりと揺れる。

 金の乙女の金の槍を銀に輝く長剣がその軌道を逸らして倒れるリーテスの目の前に突き刺さる。

 霞む瞳が見たその先には懐かしい人物が目の前にいる気がした。

 その人物を記憶の中から手繰り寄せるように、呼びかける。


「……ラドル、せん、せぇ……?」


 その言葉に蒼穹の剣士は答えず、戦乙女に対峙したまま一言宣誓した。


「……この戦い、このラドル・アレスフィアが預かった。これ以上の諍いは俺に言え」


 ラドルの言葉が対峙する戦乙女を射抜いたその時、さぁっと靡く風が緑の絨毯を優しく揺らしていた。

30話です!

ラドルはほんと、お約束好きです。

王道最高!王道万歳!

そして邂逅編はあと2話。

頑張りますね!感想評価お待ちしています!

よろしくお願いしますね!

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