第29話 異伝〜マース編〜
「マース、どこに行く気だ?」
昔馴染みの親友(コイツに言ったら全力で否定するが)から声を掛けられる。
蒼髪蒼瞳の邪神の神使ラドル・アレスフィア。
コイツとの付き合いは俺がまだ神使代行だった200年程昔からだ。
信仰する神の御使いーー神使は神の魂である神魄の一部をその身に宿す事で神とのチャンネルを大きく接続できる為、強大な力と不老性が不可されるという特典がつく。
それからだ、コイツとの腐れ縁の始まりは。
ある時は共闘し、ある時は本気でやり合った時もあった。
しかし大方は痛み分けで終わる事が多い。
何故かというと、コイツが化け物すぎるからだ。
ある程度消耗したらこちらから停戦を提案する。
それがいつもの流れ。
ぶっちゃければコイツの力の底が見えない。
本気でやり合えば3:7で不利だ。しかもかなり控え目に言ってだ。
だからコイツとは敵じゃなく仲良くしておいたほうがいい。
そんなラドルとのやり取りを久しぶりに堪能する。
「どこに行くかって?お前は俺の母親か。そんな事いちいち聞くんじゃねぇよ」
こう言うと大概の返事は。
「そうか。まぁ好きにすればいいさ」
これに行き着く。
コイツはどれだけ生きて来たか知らないがもうその精神はジジイのように達観してしまっている。
必要以上に踏み込んでこないのだ。
それが丁度いい距離感を保ってくれる。
「ところで」
「あ?なんだよ」
「お前がこの街に掛けた誘眠魔法、効力としてはどれだけ続くんだ?少し見て回ったが眠りの霧に驚いた街人が慌てたのか外に出てそのまま眠ってしまったのが結構いるぞ?」
「効力?そんなの永遠に決まってるじゃねえか。俺が生きている限りこの街が起きる事はねぇよ」
なにを今更。
だから俺は前もって確認したぞ?
何をやってもいいんだな?ってよ。
「そうか。まぁその気になったら俺が解呪するが。だが街の安全だけは確保してやれ。でなければ契約が十全に行使された事にはならんぞ?」
「まぁそれもそうだな。……分かった、面倒だが何とかしてやるよ、アフターサービスだからな?」
とまぁ軽口を叩くといつの間にか盲目だった女司祭の姿が見えない。
恩に着せようとしたのに拍子抜けだ。
それがラドルに分かったのか、
「レナならまだ街中を見て回っている」
「そうか。まぁよろしくやってくれや」
手をひらひらと振りながら俺は昔馴染みに背中を向けると、珍しく親友が意外な一言を言い放つ。
「……お前の事だから無理はしないだろうが……まぁ気をつけろ。またな」
なんと憂患の意を示して来た。
雨でも降るんじゃねぇか?
だがまぁ悪い気はしない。だから一言だけ。
「ああ。じゃあな、親友」
「違う」
そんなやり取りをして今度こそ別れた。
今度会うのはいつになるかわからねぇがそう遠くない未来にまた会っちまう。そんな気がする。
ーーさて。
最後の〆と行くか。
そう意気込んで俺は人影のない夜の街を散策するように歩いて行く。
目的は一つ。
イドラス神教教会だ。
イドラス神教はかつてのラドルの大立ち回りでその力を大幅に弱らせた。だから躍起になってかつての権勢を取り戻そうとしている。
まぁ、それは分かる。
何せ今でもどこかで戦いが勃発している。その度に戦勝祈願として軍神であるイドラス神教の門を叩く人間は多い。
昔なら尚更その数は多かった。
それが一度の敗北で全てを躓かせた。
それはそれぞれの神教のトップが遥か昔、神代に起きたっていう神位聖争が未だ継続中だと言う事を誰よりも知っているからだ。
自分の信仰する神を頂点に。
それは即ち世界を手にすると同義であるが故に。
陳腐な世界征服を狙う極論思想が未だに蔓延るこの世界にあってそれはまるで誘惑の果実の様に甘く。だが食した後の後味は地獄の熱のようにその身を焦がす。
それでも尚その果実を口にしたいと思うのは業深い人間の性と言うべきか。
なら。
もう一度その果実を樹木ごと掘り返してやろうか。
そんな悪い考えが脳裏をよぎるとつい悪そうな嗤いがくぐもって出てしまう。
そして目的の地に着くと一人の男が慌てて教会から飛び出してくる。
中年の男。醜く肉のついた小太りの体型。俺の魔法支配下にあるこの街で未だに動ける抵抗力のある教会の上位職。そしてなにより知った顔だった。
「マ、マース・マルフェス講師……?貴様が何故……ここに……!」
「いよう、小生意気にも俺の魔法に抵抗できるたぁ少し侮りすぎたかな?」
「ま、まさか……貴様がこの広域魔法を?」
ん?何だこいつ、フェルドから何も聞かされていないのか?
そうか、アイツに捨てられたか。そういやツメが甘いとか抜かしていたしな。
気の毒なヤツだ。
「き、貴様が何故こんな事を……!」
「おいおい。そりゃこちらの台詞だ。いくら教皇の勅諚だからって街一つ丸ごと洗脳とか、業突く張りにも程があるだろ?ましてや教会兵に組み込むなんざ正気の沙汰じゃねぇよ」
「何故それを……!そうか、あの盲目の女司祭か!」
「そんなこたぁどうでもいいんだよ」
俺は無性に腹が立っていた。
自分の手を汚さない。それはどんな組織のトップでもそういう人間がいるのは知っている。
だがどんな人間であろうと人の尊厳は犯しちゃならない。犯せばそれは獣と変わらない。いや獣以下だ。
魔法学は人の可能性を追求する学問であり、突き詰めればいかに神に近づけるかを解き明かす学問だ。
それをなんの覚悟もない、度胸も無い、自らが手を汚すのを嫌う老害が他人を支配して魔法を汚す。
それが我慢ならなかった。
嘘でも。
ハッタリでも。
たまには命をかける覚悟を見せなければ全ては水泡に帰す。
それが出来ない奴が魔法を碌でもない方法で汚す。
それが目の前の男だ。
「なぁバートルさんよ、今からどこに行く気だ?教会総本山か?それとも今から自分の手で眠った街の人間を起こして回って洗脳魔法を掛け回るつもりか?はたまたどこにも行けずただ逃亡の旅に出るつもりか?」
「き、貴様……!」
「悪いがここが終幕地点だ。アンタの人生のな」
そう、俺はコイツを殺す。
魔法を汚した輩を排除するのが俺の神使としての使命だから。
「貴様ァ!一講師が偉そうな口を!」
ついに堪忍袋の尾が切れたか。
あまりにも単純な挑発に乗る愚者だ。
その愚者が怒りに任せて詠唱を口にする。
『ラーガ・ルット・デシテリス 雷精の働きよ 我が手に宿りて其の敵を撃て 雷咬破』
中位雷撃魔法の中でも広範囲に殺傷能力の高い魔法を使いこなすとはさすが一教会の大司祭クラスだ。
バートルの魔力によって形成された電磁波が激しい雷を放つ。
何の準備もない普通の人間ならば数秒とかからず丸焦げだが。
残念ながら俺は普通じゃねぇんだな、コレが。
「馬鹿め!我が必殺の魔道の雷を甘く見たか!ワハハハハ!」
「うるせぇな!」
バキィッ‼︎
あまりの高笑いに苛立ちつい、ムキになって鉄拳を見舞ってしまった。
ぐえっといきなりの顔面への痛打にバートルは目を白黒させている。何故無事なのか理解できないのだろう。
実際バートルの魔法は一切俺には届いていない。
それはバートルの精霊制御を上回る制御力で雷精の支配権を奪っているからだ。
そうとも知らず、分からず、魔力を放出し終え、雷撃が止んで消沈したバートルの目の前に立つ。
「お、お、お前は…一体……⁉︎」
「神様の御使いだよ、間抜け」
なにっ?と言わせるまでもなく俺はバートルの肥えた胸に手を当てる。
瞬間。
バートルは白目を剥いてその場に前のめりで倒れる。
うつ伏せに倒れているバートルを汚く見下しながら聞こえていないだろうその肉塊に冷たく言い放つ。
「痛みはなかったろ?てめぇの好きな「強制的」に肉体と魂を繋ぐ命脈を絶ったからな」
肉体は命の、命は魂の器と言われている。
俺はその強大な魔力で命の器を力任せに破壊した、という事だ。
結果、肉体は魂を繋ぐものがなくなりそのまま離魂したのだ。
抜け殻になったバートルの肉体に背を向けると自分の拘りに満足している。
魔法を汚した愚者には魔法を使わずに制裁を与える。
「来世では俺に会わないように祈りながら輪廻の回廊を渡るこったな」
倒れた愚者をそのままにして振り返らずその場を去る。
すると東の山の輪郭がうっすらと白み始めている。
もう夜明けか。長い夜だったな、と一息つく。
さて。
この状況でやるべき事。
やれるべき事をしようか。
クケケケ。
ーーーーーーーーーーーー
ラドルとレナが去って1日。
遠目で見た去る時の2人の関係が少し引っかかったがまぁ気にしない。
レナのあの目はおよそ主人を見る以上の色が見て取れたがそんな事アイツに言う義理もなし。
それにまだあいつらは知らないだろうが、もぅいつこの街の住人を起こしても問題はない。
なんせもうイドラス神教の意思を伝えるやつはいないんだからな。
後は……少しばかり街の連中から報酬を頂いても文句はなかろうて。ケケケ。
とそこまで思っていた時。
街を覆う外壁の上から街道沿いを見ると2人の旅人がこちらに向かって歩いてくる。
……よぉし、あいつら騙くらかしてやろうか。
すーはーすーはー。
深呼吸して。
いかにも息を切らしながら。
たどたどしい足取りで。
油断した所をパクっといってやろう。
よし……いくぞ……!
「あ、あんたら……まさかハルテージにいくつもりか?」
勢いで29話アップです。
久々の連日投稿。やったね!
さてはじめての外伝的位置付けの「異伝」。
本筋と少し外れたり、時間軸的に並列行為があるときに挟む予定です。
あと文章が一人称視点となりますのでサブタイは中心人物編となります。
楽しんでいただけたらと思います。
感想評価よろしくお願いします。
ではまた次回に〜。