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蒼穹の神滅者(シルヴァリオ)  作者: 1
第1章 廻る時計
27/85

第27話 邂逅編〜追想〜

 世界がまた起きる。

 日がまた登る。

 街が目覚める。

 鳥が1日の始まりを告げる。

 静謐な教会に清々しい朝の光が差し込むとギィッと礼拝堂奥の扉がゆっくり開いた。

 その扉を開けた司祭らしき女性は迷いなく教会の主人たる女神を模した像に跪き手を合わせ静かに祈り始める。


(我が愛しき母たる女神よ。今日も素晴らしき恵みと愛に満ちた1日をおくれますよう……)


 1日をまた迎えられる感謝と平和への祈りを黙々と続ける。

 長い祈りを終えると日課を始めようと立ち上がる。

 司祭は柔らかく優しい微笑みを浮かべるがただ一つ、両の目蓋が開いていない。

 しかし日課である礼拝堂の清掃、朝食の用意、日誌の記入さえ淀みなくこなしていく。

 まるで晴眼者のように危なげなく使徒職を次々と終わらせていく姿は全く見えない目を苦にもしていない。


「今日もいい天気ですね……。」


 礼拝堂の籠もった空気を入れ替えようと窓を開けると初夏の若菜が鼻腔をくすぐり、穏やかな風が心地よく頬を撫でる。

 光の届かないその身であっても顔を刺激する陽の光の強さで夏が間近だという事が分かる。

 そんな陽気に今日は洗濯日和だと思い溜まった司祭服の入った籠を担いだその時、勢いよく前室の木製扉が開いた。


「レナさま!おっはよーー!」

「おはようございまーす!」


 まだあどけない顔立ちの子供達が5、6人教会になだれ込んで来た。

 レナの周りにまとわりつくと手に持っていた洗濯籠を奪い取り無邪気さを余すことなく振りまいていく。


「皆さん、おはようございます。どうしたの?いつも以上に元気ね、ふふ」

「レナさまは何してんだよ、今日は豊穣祭の手伝いをするって約束じゃないか!洗濯なんて後にしろよ!」


 子供達のリーダーとおぼしき茶髪の少年がレナの手を取って外へ連れ出そうとする。


「まぁ駄目ですよ、ロイ。まずは何時ものお勤めをすませてから。でないと用意したおやつはあげられませんよ?」

「え〜そんなぁ〜。レナさまのパネトーネ楽しみにしていたのに」

「じゃあ私のお勤めもお手伝いして下さいね。そうしたらご褒美にお祭りの準備の差し入れにたくさんご馳走しますからね」


 はーい、と元気よく子供達がレナの香餌に食いつく。

 そんな子供達の明るく笑う声が礼拝堂に響き渡り、それを聞いたレナもにこやかに微笑む。


 ーーああ、今日も良い一日になりそうだ。


 明るい陽射し。

 絶えない笑い声。

 いつもの変わらぬ平安に心よりの感謝を、と信仰する女神へ謝意を心の中で示す。

 未来など誰にも分かり得るはずもないのにーー。



 ーーーーーーーーーーーー



「毎度!こいつはオマケだよ、兄ちゃん」


 帰って来た釣銭と一緒に胡桃が一つ手の中に転がっている。


「……これは?」


 フードを目深に被った男はちらと蒼い髪を覗かせる。

 新しく購入した乾酪(チーズ)などを腰に下げた小さなザックに入れると未だ手の中の胡桃をしげしげと見る。


「ここハルテージは来月の豊穣祭に向けてサービス強化月間なんだ。まぁ大した事は出来ないがな、はは」


 ……祭りか、と心中で呟く。

 先の聖王都であった凶事を知らぬ訳もないだろうに、と思いもしたがタダで貰えるなら、と一言礼を言ってその乾物屋を後にした。

 この教会都市では古来からの神々の教義を連綿と伝え教えてきた。

 それは教義だけに留まらず神々の敵ともいうべき存在も伝えてきた。当然その中には神滅者たるラドルの悪事も一般人に広く教えている。

 その為教会が多数集まるこの都市に立ち寄るつもりは無かったのだが手持ちの食料が心許なくなってきた為仕方なく寄っただけなのだ。

 そして用も済んだラドルは早々にこの街を立ち去ろうとしたその時。

 先ほど乾酪を入れたザックが念話で語りかけてくる。

 正確にはザックに詰め込んだ魔獣ローグからだが。


(ラドル、気づいていますか?)


 気づいているか?と言われれば気づいていた。

 街に入ってしばらくしてから感じていた視線。

 その視線を全く無視してただの旅人のように振舞ってきたのだがその視線に耐えきれなくなったのかローグが根をあげてきた。

 特に害意のある視線ではなくただ観察しているだけの、しかも魔法による遠見である為放っておいただけなのだ。


(……黙っていろと言ったろ。面倒ごとは御免だ。乾酪くれてやったんだから静かにしてろ)

(あ、それはもういただきました。ごちそうさま)


 何の感謝も礼もないコイツにはもうメシはやらん、と心に誓うも確かにそろそろその視線に苛立ってきたのも事実だった。

 すぐに街を出てもいいがこの街に自分がいたのを教会連中に感づかれるのもまた面倒だ。


 ーー挑発に乗ってやるか。


 少し暗い裏路地に入る。

 一つ二つ角を曲がると全く人気は無くなった。

 そこで足を止めると腰に指した剣を抜く。

 すると。

 キィン、と目の前に位相転移の魔法陣が展開した。

 普段差さない明るい光が暗い裏路地を照らす。

 その光が収まるとそこには格式高いローブを身に纏った男が軽薄そうな笑みを浮かべながら手をひらひらと振りながら不敵に立っている。


「よおラドルぅ。久しぶりだなぁ。100年ぶりくらいか?」

「……誰だっけ?」


 固まる空気。

 剣を納めてその場をスタスタと立ち去ろうとするラドル。

 まるで何も見なかったかのように男に背を向ける。

 その背中に必死になって追い縋る男。


「ちょちょっと待って!マヂか?マヂで俺を忘れたのか⁉︎この親友を!」

「誰が親友だ。離せ!」


 ラドルの外套にしがみつくも振りほどかれ石畳にうつ伏せに叩きつけられる。

 その様はまるで轢死した蛙のようだ。


「……全く。こんな所で何をしている、マース」

「……へへ、やっぱり覚えているじゃねえか。ラドルよ」


 粋がる風を出しているが無様な様を無かった事にはできていない。

 パンパンとローブについた埃を払いながら立ち上がるマース。

 そのローブを見てラドルがふと気づく。


「マース。そのローブ……徽章から見てこの街のレンツェル魔法学院の講師套じゃないか?お前魔法学院に勤めているのか?」

「へへ、相変わらず目敏いな、親友」

「親友になる程親密だったか?俺達は確か命のやり取りをするような間柄だったと記憶しているが?」

「まぁそう言うなよ、互いに信じる神は違っても同じ立場の人間同士じゃねえか」


 ……人間、ね、とマースの言葉に引っかかりを感じる。

 更に言えば信じる神などいない。

 この業深い身は謂わば呪いに近い。

 その表情の陰りを見逃さなかったマースはニヤリと笑う。


「ははは。相変わらず不器用な生き方してんな、お前。聖王女を殺したのも聞いたが…おい」

「なんだ?」

「聖王女を殺したのはお前の意思か?」

「半分はな」


 半分。

 そう言ったのは自分の目的だけがあの殺戮を起こした訳ではない事を意味していた。

 グルトミア摂政リカード・デ・ハルラ。

 グルトミア帝国の実権を握る男。

 彼からの情報で神聖王国バルカード王女アルメアが聖王女として君臨する事を知った。

 その時の奴の言葉。


『人が神になるのが許せないのか?それとも神が人の身に宿るのが耐えられないのか?どちらにしろ神は人を弄ぶ。ならばその力は人には無用だな、ラドル?』


 暗にアルメアの殺害を示唆していたあの言葉。

 今から思えばリカードのあの言葉はおかしい。

 その一言の真意に思索を巡らせようとした時マースから浴びせられた冷水で我に帰る。


「なーに物思いに耽ってんだよ。……ところでよ、一つ頼みがあるんだけど」

「断る」

「聞けよ!なぁお前……今いくら持ってる?」

「金か?……いつからそんな世俗的なモノに飢えるようになった?まさか魔法学院にいるのもそれが目的なのか?」

「……俺が必要としているわけじゃないんだよ」


 互いの立場が変化したのを目と目で語る。

 2人の間に流れた空気はそのまま氷のように冷えていくのを感じていた。



 ーーーーーーーーーーーー



 コツッコツッ。

 大通りの石畳を杖で付く音が鳴る。

 それは目の見えない司祭が来る合図。

 日も正午を過ぎ、西に傾こうとしていたが大通りは未だ活気のある人々の賑わいで溢れかえっている。

 そんな人々に声を掛けられながら手に抱えられないほどの寄進物である野菜などを持っている。

 実はリューディア神教は常に清貧を共にする傾向にある。

 それは独占と贅沢は敵であり皆に分け隔てなく与える、という教えを貫いている。

 どこまでも博愛の精神を往くその姿勢が信者は多くとも教会所属の信徒が少ないのはその為である。

 先だってリューディア神教の神官長が亡くなってからはレナが1人で教会を切り盛りしていた。

 そんなレナを見かねた事、亡くなった神官長の人徳、そしてレナ自身の人柄から多くの人々が支援を差し出した。

 特にリューディア神教会のある街の一角での声望は絶大だった。

 そんなレナが手一杯の野菜を持つその傍に今朝方の少年が手伝うようにこれまた沢山の野菜を持って寄り添っている。


「ありがとう、ロイ。持ってくれて」

「へへ!これ位なんて事ねーよ!大人になったらレナさまとケッコンするんだからな!」

「ふふ。貴方が大人になる頃には私なんかおばさんになってしまうわ。それでもいいの?」


 平気だよ、と口幅ったく元気に語る少年を見てレナは思う。

 以前はこんなにも自分には懐いてくれなかった。

 寧ろいつも目の敵にされていた印象が強かった。

 ーーあれはいつだったか。

 確か教会付きの神官についたばかりの事だったか。

 まだ年端もいかない子供だったロイの母親が病に倒れた。

 父親は既に亡く必死に子供が稼ぐ日銭は大した事はない。

 そんな少年の目には寄進だけで食事できる教会は目障り以外の何物でも無かったのだろう。

 どんなに手を差し伸べてもその手を取らず拒否し続けた。

 そして。

 ロイの母親がいよいよ明日をも知れない時。

 突如ロイは姿を消した。

 弱っていく母親を見ていられなくなったのだろう。

 その話を出先で聞いたレナは見えない目を押してロイを探し続けた。

 必死になっていた事もあったのだろうがそれから先の事はいまいち記憶にない。

 結果としてレナはロイを見つけそして母の今際の時に立ち会った。傍にはもちろんレナも付き添いながら。

 それからだ。

 ロイは何故か態度を変えレナに敬称をつけ、慕ってくるようになったのは。

 あの子が今はこんなに元気に明るくなってくれた。

 神官職に就いたばかりのレナにはロイはある意味特別な子になっていたのだ。

 神官から司祭までの数年でロイは真っ直ぐに育ってくれた。

 それが何よりも誇らしい、とふと足を止めて杖を持つ手でロイの頭を優しく撫でる。


「いつもありがとう、ロイ」


 謝意を少年に述べると少し照れたように朗らかに笑う。

 その笑みを直に見る事は出来ないが素直に嬉しいと思う。しかし同時にふと自分が犯した罪を思いおこしてしまった。


(ロイはお母さんの死に真正面から向き合った。でも私は……罪深いままだーー)




 明るく賑やかなお遣いから帰るとすっかり日は暮れていた。

 教会に帰り着くとそのままロイは家路につく。

 手を振ってその後ろ姿を(見えないが)見送るとふと一つ用事を済ませ忘れていた事に気付いた。


「そうだわ、このお野菜を魔法学院の学院長様に渡さないと」


 豊穣祭はレンツェル魔法学院の共催として執り行われる。

 別に各教会が謝意を示さなくてもいいのだが博愛精神を是とする教えのリューディア神教は毎年魔法学院に付け届けをしていた。

 明日は自分の使徒職もあるし今日のうちに済ませようと思っていた仕事を忘れていたのは失態だった、と反省しながら籠に野菜をいくつか選別していく。

 野菜を詰め込んだ袋を片手に、杖を置いて外に出る。

 少し足早に魔法学院に向かう。

 目の見えないレナがここまで自由に外を歩きまわれるのは昔助けた傭兵から渡された風のタリスマンを身につけているためだった。

 周囲の風の流れを感じ取り路地の一本一本を迷わず進めるのだ。

 その助けもあって予想以上に早く魔法学院に到着すると、人の気配が全くしない事に違和感を覚えた。


(誰もいない……?いつもは学生や事務方の人が誰かしら詰めているのに……)


 そろそろと暗い校舎を変わらず迷いなく進むレナ。

 こんな時ばかりは目が見えない事に感謝する。

 目が見えていたら一つ先の角にも怯えていたかもしれない、と余裕をみせる。

 誰もいない暗い校舎を進んでいくとやがて誰かしらの話し声が聞こえてくる。

 小さい声の為によく聞こえはしないがようやくこの荷物を手渡す事ができる、と少し小走りに声のした部屋のノブに手をかけたその時、とある単語がレナの耳に飛び込んできた。


「ーーこのハルテージに住む全ての住人を教会の尖兵とする為に魔法学院長、広域洗脳魔法を発動していただきたい。これは我らがイドラス神教教皇シールハリア猊下の勅命である……!」


 洗脳……?

 教会の尖兵……?

 聞き違い?いや確かにそう言った。

 そんな。

 ここが戦場になる?

 まさか。

 この街の優しい人達に人を殺させる?

 いやだ。

 ロイや大切な人達が死んでしまう?

 そんな思いが脳裏を駆け巡ると手にした野菜袋を床に落としてしまう。


 ゴトッ。


 その鈍く低い音に我に帰る。

 当然部屋の中の人間にもその音は聞こえたわけで。


「誰だ⁉︎」


 その声と同時にレナは走り出していた。

 目が見えないながらも、いや目が見えないからこそ闇の中を風を頼りに走り出すことが出来た。

 目が普通に見えていたならこの闇に足が鈍るというものだ。


「くそっ……聞かれたか?」



 部屋から飛び出してきた中年の男はこの事態に焦りを覚えていた。

 せっかく人払いの魔術を組み、魔法学院長を手始めに精神操作の魔法で操り、この夜のうちに勅命を果たそうとしていたのに。

 まさか人に聞かれるとは。

 なんとしても見つけて口を封じねばならない。そこまで考えていると部屋の中から若いが威厳ある声がかかる。


「……不手際ですか?バートルさん」

「いや!問題ありません!この私めにお任せを…!」


 なんとかしなければならない。慌てて対策を練っていた時、ふと足元に転がる野菜を見て逃げた人物に当たりをつける。

 魔法学院に付け届けていた神教が一つだけだと言うのは公然の事実。

 それが皮肉にも袋の持ち主を指し示していたのだ。


「……リューディアの盲目の女司祭か……ならばやりようはある……ククク」


 ハァ、ハァ、と明るい月光の下、若い女性の弾む吐息が街中に響く。

 教会都市の夜は早い。

 数多の教会が存在するというのは信者もそれなりに多い事を意味する。

 一都市の規模で何らかの神を信仰する密度は大陸一とも言える。

 信者は規律を重んじる為、夜に出歩く事は稀であり今回のレナの行為が規律に背いた形なのだ。

 きっとこれは神からの罰だ。

 規律を破り夜も迫った時分に出歩いた私への。

 肺が潰れそうになる。大粒の汗が流れる。だがそれでも走る。誰かにこの事を伝える為に。

 信じがたい行いを止めるために。

 真っ直ぐ自分の教会に向かって走る。

 だが。

 あと一つ角を曲がれば教会はそこなのに。

 えも言われぬ存在がその角にいるのを感じる。

 駆けてきた足を止めると、その存在がさらに濃く感じた。

 回り道をしようと身体の向きを変えようとした時。背後にも同じ存在があった。


(……か、囲まれた……⁉︎)


 前も後ろも凶気に満ちる存在に腰が砕ける。


「リューディア神教のレナ・ファンリューだな?」


 暗く冷たい男の声。

 抑揚も感情も感じない声。

 何をどうしたらこんな色の無い声を出せるのか。

 人を人とも。

 命を命とも思わない死の声。

 声にならない声にレナは自分が震えている事に気付く。


「あ、貴方……たちは……?」

「死にゆくお前に答える必要はない。我は我が神に我が信仰を示す」


 そこまでの言葉に次いで耳に届いたのはズラァと剣を鞘から抜く鞘走りの鈍い音。

 それが前方から、背後から聞こえた。目が見えない分、聴覚のみの情報に恐怖を高まらせていく。

 そして聞こえる鎧靴の音が近づいてくる。

 一歩。また一歩。

 確実に死へのカウントダウンが始まっていた。

 そして。

 鎧靴が身体の前で止まる。

 間違いない。

 もう死の間合いの中に自分はいると感じた。

 剣を振りかぶるとその男は一言告げる。


「我が軍神の加護を得て迷わず輪廻の回廊を渡れ」


 軍神の死への祈り。

 それが唱えられたら最早死を免れないという。

 閉じられた目をキュッと更に固く閉じる。

 間も無くやってくる死神の鎌は確実に自分の命を刈り取るだろう。

 死を覚悟した身体はつい丸まって今まで出なかった声が堰を切ったように溢れ出す。


「いやぁぁぁぁ‼︎」


 それが街に木霊した刹那。

 レナに飛んできたのは死神の鎌ではなくーー。


「ぐわぁぁぁぁっ⁉︎」


 紅い血飛沫と剣を持ったまま宙を飛んだ男の腕だった。


「……え?」


 何が起きたのか?

 わからないまま風のタリスマンで周囲を探ると男の更に向こう側に新しい気配がもう一つ。

 のたうち回る男をよそにその気配は美しく弧を描いた月を背後に静かに問いかけた。


「ーー助けが、欲しいか?」

やっちまった…!

あ、27話アップです。

何をやっちまったかと言うと今回25.26話の前日譚ですがまさか前後編になるとは。

27話だけに詰め込みたかったのですが汗

早目に次話あげたいと思います。

が、がんばるぞい。

感想評価よろしくお願いします!

あとブクマつけていただいた方ありがとうございます!

ではまた次話で〜!

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