第26話 邂逅編〜女司祭〜
「く〜アイツ今度会ったら絶対に盗んだモノ返させてやる……!」
エティアは未だ先日「火事場泥棒」マースに謀られた事を歯噛みしていた。
同行者のぼやきを黙って聞いているアスは黙々と歩を進めている。
教会都市ハルテージを発ってまだ2日。
とんぼ返りでまた城塞都市ザールベルクへ向かう2人の目的は神滅者とそれに拉致された女司祭だった。
マースの言葉によれば今2人は旅路を共にしているという。
エティアは色々と思う所があったがこのままハルテージに留まるよりも動かないと前に進めないという思いともう一つ、アスをこのまま放っておくのは些か心配だった。
普段寡黙で感情の起伏が少ないアスがあれだけ荒れたというのは完全に周りが見れていない証拠である。
監視役が必要と思うもエティアはそれを口にせずただ黙ってアスの横を並んで歩いていく。
ただ黙っているのは生来快活な性分のエティアには結構な苦行だ。
ハルテージに着くまでの道程も何気に修業としてこなして来た節もある。
そんな修行がまた始まるのかと少々辟易した時、アスの方から話を振って来た。
「……お前、神滅者を追っているのか。あんな天災級の存在になんの因縁があるんだ?」
たまに放り込んでくる会話の糸口。
幾分慣れたがアスからのコミュニケーションには未だ手探り感がある。
それでも貴重な糸口と思いそれを匂わすことなくエティアは言葉を返す。
「……私が武僧になる為に行った聖王都で聖王建国祭があってね。王都全体が祝福と歓喜に包まれる中、聖王女様の戴冠式が行われたその時、あの神滅者ラドル・アレスフィアが突如乱入してきて……聖王女様をその手にかけたの。私は……その場にいたのに聖王女様を助ける事ができなかった。だから……神滅者ラドルを追うの」
「追って……どうする?」
当然の疑問。
神滅者ラドル・アレスフィア。
遥か昔。神代の御代より生きているとも人間の始祖と関わりがあったとも言われる伝説のような存在。
もっとも流石にそれは眉唾な話だがなにがどうなって不死になったか。いかにして規格外な力を手にしたか。
詳しい情報は皆無に等しい。
そんな人物を間近で見て。
第一印象としては悪人とは思えず、むしろ善人に見えた。
その後さほど間を置かず再会した時には殺戮の騎士として聖王女を殺害した。
更に今度はハルテージで住民全てを眠らせて(眠らせたのはマースだが)放置したままレナという司祭を連れて戦場に向かっているという。
正直ラドルという男がわからない。
悪と断じるのは簡単だ。
だが自分の心に迷いが生じたのもまた事実だと認識している。
「……どうした?」
帰ってこない答えに焦れたのか、アスが答えを促す。
「……会って話す。その上で捕らえて神罰を与える」
「……できるのか?」
「やらなきゃいけないよ。彼のせいで悲しむ人がいる。それがきっと正しいはずだから」
「……そういう意味で聞いた訳じゃないんだがな」
「え?なに?」
アスの独白を聞き返すも何も返ってこない。
それならば、と今度はエティアの方から質問を投げかける。
「レナさん、だっけ?アスが必死になる人ってどんな人?」
こちらの問いかけも答えは期待しない。
茶化すつもりの問いかけだ。
と思いながらちらとアスの表情を伺う。
その顔からは特に感情を読み取れない。
しかしその瞳は遥か遠くを見ていた。
「……恩人だよ」
「恩人?」
「言葉通りだ。命をレナに救われた。それだけだ」
「それだけって……必死になる十分な理由じゃない。大切な人なのね。……心配よね」
「……普通の女じゃないからな」
「どういう事?」
「……盲目なんだよ。眼が見えない、そんな女が罪人とも悪人とも言われるような奴と行動を共にしている。それだけで憤悶やるせないが……バカな女だからな。もしかしたら自主的に神滅者について行ってるのかもしれん」
「どうして?」
「あいつは慈愛神リューディアの信徒でな。その教義の第一義的理念とやらは「赦す」ことらしいからな」
慈愛神リューディア。
3源神72主神の中でも上位に座する女神。
2等級神でありながら似合わぬ人気の高さには秘密がある。
女神と呼ばれる存在は皆須らく絶世の美貌を誇るがとりわけリューディア神は愛と美の女神として多くの信者を集めていた。
そしてその権能たる慈愛の教義は赦す事に集約されている。
罪には罰ではなく寛容を。
憎悪には報復ではなく博愛を。
それがこの女神の人気の片鱗とも言われていた。
かつて大陸中に巻き起きた戦乱の歴史に疲れた民衆が早期の平安を求め縋ったのがこの慈愛神だったのだ。
それ以来の人気神教として確固たる権威を誇るようになった。
「なるほど、リューディア神の司祭ならそれ位の事を考えてもおかしくないね」
「……それでも目の見えないレナがその神滅者に何もされない保証はない。先を急ごう」
「……うん!」
それはないだろうという確信に近いものを感じながらもアスの提案に否を唱えたりはせずに足早に来た道を戻っていくエティアとアスだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
日が落ちて暗い林道の脇で火の番をしている影が一つ。
その火が巻き上げる緋の粉と焼けた小枝が弾ける音を目を閉じて静かに聞き入っている。
暫くそのまま自然の起こすさざめきを楽しんでいるところにパキッと枝を踏む足音が混じる。
「ラドル様」
「なんだ、まだ起きていたのか。早く寝た方がいい。明日は今日以上に歩く」
ラドルに話しかけた影は優しい声音でラドルに微笑みかける。
近くの川から汲んで来た皮の水袋を手渡すとラドルは焚き火を挟んで影の対面に腰を下ろす。
ちらと辺りを見渡すともう一つある筈の影を探す。
「ローグはどうした?」
「あの幼体の魔獣さんですか?付近に結界を張ると飛んでいきましたが」
そうか、と薪代わりの小枝を火に焚べる。
すらっと腰の剣を抜き、火勢が強くなった焚き火に向かって語りかけるように言霊を紡ぐ。
『古の火精よ 刃に宿りて守護の力を示せ 火幕』
火の粉が魔力を帯びて剣に宿るとそのまま光が消えていく。
それを確認すると剣を鞘に収める。
「美しい魔力波動ですね。魔力付与の魔法ですか」
「賊に寝起きを襲われたらこんな暇はないからな。今のうちに処置できる事はしておいた方がいい」
「……どうして戦う前提なのですか。話せば分かる方もいるかもしれないのに」
「話せば分かる相手は人を傷つけ殺したりはしない。お前を襲った奴らのように。お前は聖書を右手に刃を左手に持つ相手を信じられるのか」
「……信じます。人は本当の悪にはなれない純粋な生き物。なればこそ……私は人を信じます」
「慈愛神の教えか。美しいが愚かな教えだ」
自分が敬愛する神の教えに悪態をつかれても怒る素振りすら見せず変わらず微笑む影。
「……ラドル様。今更ではありますが……助けて下さいました事、お礼を申し上げます」
そこまで言うと今まで閉じていた目蓋をゆっくりと開く。
「礼はいい。それよりも夜の火の灯りは目に悪いぞ。あまり見つめない方がいい」
「お気遣いありがとうございます。ですが……今だからこそ見ておきたい事があります」
目蓋が開くとその瞳には確かな光を宿した力強い意思に満ちている。
その双眸は対面する神滅者の双眸を射抜いていた。
「……レナ。目が見えるようになってまださほど時が経っていない。無理するな」
「それも含めてありがとうございます。私の見えない目に再び光が戻ったのも、今私の命があるのも貴方様のお陰です。……やはり貴方は……」
「……そこまでにしておけ。俺はもう寝る」
最後の薪を火に焚べてレナに背を向けて横になる。
その背中にどれだけの思いを背負って来たのか。
それは常人の自分には計り知れない。
ーーこの方の傷を癒して差し上げたいーー。
そう思うのは慈愛神の信徒であるレナにとって当然の帰結だとしてもそれでも自分からこのような行動を起こしている事に少しばかり戸惑っていた。
今まで深窓の存在だった自分がこんな出会って間も無い男と旅路を共にしている。
これが神の試練ならば喜んで受け入れるが自分の変化を楽しんでいるのもまた一興とついその美貌に微笑みが浮かぶ。
そっと立ち上がり手にした外套を横たわるラドルに掛けその傍らに腰を落とす。
(この方は……永い永い時を生きてきてどれだけの悲しみと憎しみとそして迫害、別離を味わって来たのだろうか。そして……これから先どれだけ多くの罪を背負って行くのだろうか)
この目に映る男の背中は1人の人。
しかしその身体に内包する力は人を超えた存在。
(母なる神よ……今この時の僅かなひと時が安らぎに満ちる事を……)
祈りを天に捧げ夜の空を見上げる。
そこは数年ぶりに見た満天の星空。
明滅する星々はかつて見た最後の光となんら変わらない。
優しく瞬く星々に、再び祈りを捧げる。
祈りを終えると少し離れた場所で横になるレナ。
そのまま深い眠りにつくのにさほど時間はかからなかったーー。
久々になってしまいましたが投稿します!
というのも艦これ春イベのせいです笑
新キャラレナさん登場。
彼女の扱いは未だ決めかねているのは内緒。
というわけで感想評価お待ちしています。
よろしくお願いしますね!




