第21話 少女編〜神剣〜
夜の星の下、神滅者と少女が対面している。
無音が周囲を支配する中、神滅者がその静寂を破る。
「カティナ、お前が何者か……俺には分からない。それはお前が今のこの時代の人間じゃないからだ」
「この……時代の人間じゃ……ない?」
ゆっくり首肯し、魔人の残した契約の魔道書を見せる。
「恐らく300年程昔……この地で契約を交わした魔神が神使に倒された後、その魔神の信仰者のリーベルが魔神を復活させる為に契約の一部を改変したんだ。それは……生贄の儀式で得る魔力を外から内に力場変換し祭壇の代用であるこの魔道書に蓄積されるようにだ」
「……よく分からない」
「簡単に言うと生贄の契約は変更され魔神復活が目的になった。だが魂対価ではなく命対価の契約魔術では1度の生贄で得られる魔力はほんの僅か。だから1年に一度の生贄じゃ何年掛かるか分からない。そこであのリーベルは何度も同じ儀式を絶え間無く繰り返そうと考えた」
「……」
カティナは黙って聞いている。
理解しているのかいないのか。それはさておいてラドルは続ける。
「俺は疑問に思っていた。1年に一度の生贄。それを用意するならずっと前からそれ専用の子供を何人も用意するしかない。だがこの村に来て生贄だと判明したのはカティナ、お前一人。それはそうだ。こんな貧しい村でなんの役にも立たない子供を1年に一度の儀式の為に育てられる訳がない。ならば、と思いついた発想が生贄を何度も何度も生き返らせて死なせればいいという事。カティナが魔獣に殺されると生贄にされる前の時点まで村ごと過去を遡りまた……カティナを殺す。こんな下劣極まりない外法を思いついたんだ。多分……100回や200回とかそんな程度じゃない。もっと、もっと。何度も何度も。お前はその身体を魔獣に喰い晒された」
想像するだけで胸糞悪くなる。
言葉にすると心が焼ける感じがする。
こんな小さな身体を魔獣にどれだけ蹂躙されたのか。
こんな小さな心を改竄して無垢な命を散らしたのか。
神は人間の意思とは関係なく命を欲するのか。
だから俺は剣を取る。
だから俺は神を斬る。
「だから……カティナ。お前はもうこの世界にいちゃいけない。今のお前はこの魔道書に魂ごと縛られているいわばアストラル体だ。ずっと昔に消える筈の魂は本来あるべき道…死者の行く輪廻の回廊に行かなくちゃいけない」
輪廻の回廊。
この世界の死者は皆須らくこの回廊を通り、新たな命を得て新しい生を享受すると言われている。
だが、この回廊を通らず魂が現世に留まり続けると生者の命に対する負の感情に支配されてしまい、やがて死霊に変ずる。
そうなればもう魂さえも消滅させるしかない。
この契約魔道書の管理者であるリーベルは倒したが魔道書自体は未だ発動している。
もう彼女の運命は一つしか残されていない。
「……カティナ。お前が死霊になる前に……お前を助ける手助けを俺にさせてくれないか……?」
「……」
カティナは少し俯いて考える。
やがて。
カティナが顔を上げてラドルをじっと見据えて口を開く。
「……もうお兄ちゃんに会えないの?」
「……そんな事はない。輪廻の回廊を通り……新しい命を得られれば……きっとまた……会えるさ」
「……痛くない?」
子供らしい疑問をぶつけてくる。
ラドルの右手が自然とカティナの頭をクシャっと撫でる。
「……ああ」
「じゃあ、ラドルお兄ちゃん……お願いします」
ぺこりと愛らしく頭を下げるカティナ。
その表情は迷いのない笑顔と強い意志の瞳。
いつか昔にもこんな事があったという記憶が不意に脳裏をよぎる。
しかし今はそれを再び心奥深くに押し込め目の前の少女に注視する。
「……分かった」
スッと立ち上がりさて、どうしたものかとラドルは手にした魔道書の破壊方法を思案する。
その意図を察したのか、今まで黙っていた魔獣が口を挟んできた。
「ラドル。この魔道書の破壊は通常の方法では不可能と考えます。未だ契約が失効していない以上、どんな方法を用いても復元されてしまうでしょう」
「分かっている」
魔術による契約は必ず行使される。
それは魔術の契約は魂同士の結びつきだからである。
例えるならば金具で留めた2枚の紙を火に焚べても金具だけは焼け残るように。
その金具自体を破壊する強制力が必要になる。
それはラドルがいかに魔術に精通していても破棄するのは容易ではない。
そこまで思案してラドルは有効手は一つと結論づける。
「……これしかないか。2人とも下がっていろ」
ラドルの言葉に従いずっと後ろに控える。
すぅと一息吸い凛と響く声で呟く。
「ーー来たれ。来たれ。時刻みし我が剣よ」
その言葉に途轍もなく膨大な魔力、いや神気を孕んでいるとローグは直感した。
隣で見ていたカティナもその力に当てられたのか身動き一つ取れなくなっている。
その力は人間の力を遥かに凌駕している。
魔力とかいうレベルではない。これは魔力の更に高次元的上位権能力である。
「神霊力……!」
やっと声に出せたのはこの一言のみだった。
周囲の魔力を吹き飛ばしながらラドルの右手に強大な力そのものが凝縮していく。
やがてその力が具現化し始めるとそれはやがて黒く禍々しい刀身と紅く美しい柄を象っていく。
聞いた事がある。
ーー神滅者に2対の剣あり。一振りは白い聖剣。一振りは黒い神剣ありと。其の名はーー。
「神剣……リーグヴェイン……!」
神剣リーグヴェイン。
それは斬った対象の時間軸を歪め、対象の存在を所有者の任意にて有無を決する神の剣だと。
つまりラドルの思うままに斬った対象の存在を左右できるという神器である。それは物質、無物質関係なく。
「忌々しき魔神が契りし約よ。我が神の名においてその存在を許さず。雲のように、霧のように散り消えよ!神魔!裂旋‼︎散‼︎‼︎」
ラドルの裂帛の気合いと共に縦一文字に一閃する。
強大な神気の一振りは魔神の魔道書を確かに斬り裂いた。
やがて魔道書が砂の様に崩れていくと同時に。
魔力の塊とも言うべき魔道書が破壊され激しい気流が巻き起こる。吹き飛ばされそうになった小さな魔獣は何とか壁にへばり付くものの、カティナはある限りの力で大地にしがみ付いても少女の身体の下に風が潜り込み少女を浮かびあがらせる。
一度浮いた身体はそのまま一気に荒れ狂う暴風に攫われる。
(イヤ!このまま飛んで行っちゃったら…もう、お兄ちゃんに……会えなくなる……!そんなの……)
「いやぁ‼︎」
あらん限りの声で叫んだその時。
いつかの様に力強い腕に抱かれた感覚に包まれる。
それは初めて会った時のようにラドルの腕の中に小さな身体が収まっていた。
「お兄ちゃん……」
大丈夫か?という言葉はない。
だがラドルの表情はそれと語っていた。
相変わらず変化の乏しい表情だがそうだと分かる。そんなラドルにカティナは儚げな微笑みを浮かべて一つ小さく強請る。
「お兄ちゃん、いつもお顔が変わらないね……一度でいいから……笑って?」
「……悪いな、どうも俺は笑えと言われて笑える感情は……もう残っていないみたいなんだ」
困った奴だ、と言わんばかりの言葉だが。
だがしかし。
「お兄ちゃん、分かってないんだ。今笑ってる事に」
「……俺が?」
珍しくラドルが呆気に取られているとカティナの身体から光の粒がいくつも浮遊しだす。
魔神の契約から解放された魂があるべき処へ昇華しようとしているのだ。
見ればカティナの身体だけじゃなく辺り一面から光の粒子が浮かび上がっている。村の至る処から。人から。草木から。大気からさえも。
まるでそれはさながら蛍火のように。
とても美しく……とても哀しい光景だった。
カティナの身体も次第に末端から蛍火となって消えていく。
「お兄ちゃん……とてもとても……なんかあったかいよ……」
「……そうか」
「見て…お兄ちゃんの話してくれたお伽話を思い出したよ……」
星神レクスファートの伽話。
星の明滅が真の輝きという童話。
空を見上げると星界の瞬きに蛍火たちが吸い込まれていくように一つ。また一つ。美しく、儚く、消えていく。
「お空にあるきれいな星の海に…私も…今から…行くんだ……。お兄ちゃん……。やっぱり…お兄ちゃんは……神さま……だったんだね……」
「そうか……。お前がそう思いたいならそれでいいさ」
「うん……いつかまた……私……きっとお兄ちゃんに会える……。そんな気がする……だから……」
「……おやすみ」
そこまでだった。
そこまで言ったところで完全にカティナは光の粒子となって星界に向かって消えていく。
空になったラドルの腕の中に今まであった温もりを抱きしめるかのように外套を身体に翻す。
いつの間にかラドルの瞳は普段の褐色に戻っていた。
全ての魔術的要素が消滅したのか結界は四散し空は再び日が高く登っていた。
同時に夜の闇は消え失せて周りに残ったのは本来の現在の村の姿。
朽ち果てた村の後など名残も無くただ草原が広がっていた。
辛うじて残っていたのはただ一つの石造りの小屋の跡。
その跡をちらと一瞥した後、何事もなかったかのようにラドルは歩み始める。
「行くぞ。とんだ寄り道だった」
事の経緯に少々戸惑いながらもラドルについていくローグ。
少しその背中が寂しさを滲ませているのが気になる。
つい生来の好奇心が首をもたげ、聞いてみる。
「相変わらず感情の起伏の少ない人ですね。もう少しこう感傷的な感情は湧かないんですか?」
「……そうだな、少し後足の悪い事案だったな」
「……左様で。しかし……ラドルにもあんな小さな子をあやせるんですね」
「なんの事だ?」
「例えばあの子の頭の撫で方とか。妙に手馴れてる感があったというか」
「まぁ……初めてじゃなかったからだろう。妹がいたしな」
妹がいた。
初めて聞いた情報に更に好奇心が湧いて出る。
「ほぅ、それは初耳。その子は貴方が神使になった頃の?」
「……まぁな。だからかな、少し感傷的と言えばそうだ。だがあまり思い出したくはなかった」
「と言うと?」
「……俺が殺した。それだけだ」
「……」
そこから先は互いに沈黙した。
初夏の風が草原の緑を揺らす。
柔らかな風に外套がたなびくとカティナの光の欠片が残っていたのかふわりと風に乗って聴こえてくる声。
(だから……また会おうね……)
そう聞こえたのは風の声か幻か。
だがそう聞こえたラドルの頬は僅かに綻んでいた。
ようやく少女編終了です。
4、5話で終わる予定がグダグダなせいか7話分も使っちゃいました。反省。
さて次回は幕間という事で久々にグルトミア内部の話になるかなと。
今回のおセンチな気分を脱却していかないと尾を引きそう。
がんばるぞい。
感想評価頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いします!
ではまた来週辺りで!




