第12話 キャラバン編〜死神〜
城塞都市ザールベルクから陽気な音楽が聞こえてくる。
独特のステップと曲調で行き交う街の人々が足を止める。
旅商特有の明るい曲に合わせて3人の女性の蠱惑的な踊りが場を盛り上げる。
顔を半透明のベールで表情を隠し、褐色の健康的な肌を震わせながらメルナ、イリス、ロナの3人組の踊りをエティアは街人の中に混じって見ていた。
エティア自身、踊りに見入り拍手を捧げる。
その群衆の中にエティアがいるのを見つけたメルナが踊りの最中、声をあげる。
「さあさあ、皆さんお立ち会い!私たちキャラバン隊最年少の踊り子、ロナが見せますナイフ投げ!ロナ!」
そういうとイリスが側にあった袋からリンゴをいくつか宙に放るとロナが懐に隠し持っていたナイフを投げた。
投擲したナイフは外れる事なく全てのリンゴを射抜いて地に墜ちた。
歓声がドッと巻き起こる。
「ただリンゴを射抜くだけじゃまだ甘い!ん〜。そこのお姉さん!」
「えっ?」
そう言って呼ばれたのは見知った仲である筈のエティアだった。
メルナに手を引かれ衆人の前に引き出されたエティアにそっと耳打ちする。
「ちょっとだけ話合わせて。ね?」
ナイフ芸の定番として頭に乗せたリンゴをナイフで射抜く、という芸があるのは知っている。が、メルナに指示されたのは腕組みだった。
普通の腕組みと違うのは腕の上にその豊満な胸が乗っている。
「……え?」
何が起きているのかわからないエティアにニコニコしながらメルナが近づいてくる。
そして手に持っているリンゴを腕組みで強調された胸にできた谷間の間に乗せる。
「……ええ?」
「さあさあ皆さん!この巨乳美女の胸の上に乗せたリンゴを見事射抜いて見せましょう!」
「えええ⁉︎」
場の熱が急に湧き上がる。
「ちょちょちょっ⁉︎なに?なんで⁉︎」
ドカカカッ‼︎
異議を申し立てようとしたエティアの顔の直ぐ側を勢い良くナイフがつき刺さる。
ひくっと引きつる表情をしたまま動けなくなるエティア。
「……変に動くと余計……危ない……」
ロナが普段見せない鋭い視線に圧される。
「行くよ……!」
とロナの手から放たれたナイフが自分に向かって飛んでくる。条件反射でキュッと目を閉じる。
間も無く自分に鈍痛がやって来る。
そう覚悟するもいつまでたっても何もない。
恐る恐る目蓋を開けると自分に刺さるナイフが見事リンゴが盾になって刺さっている。
安堵感からヘナヘナと腰が砕けてその場にへたり込む。
観客からは大きな拍手と飛び交うお捻りの雨。
キャラバンからは芸の成功を祝うファンファーレ。
へたり込んでるエティアに、メルナがにへっといつもの笑顔を見せながらいつかの夜のように手を差し出す。
しかし今度は少し顔を膨らます。
だがいつまでも引かない手を仕方なくエティアは取った。
「う〜メルナめ、後でとっちめてやる……」
あの後も興行は続くも、あの場に留まってはまた何かに巻き込まれかねないと思ったエティアは1人街中を歩いていた。
離れるその時、イリスが近寄ってきてボソっと一言告げた。
「……夕方まで帰らないでおくれね。あたしらの仕事があるからさ」
彼女達の仕事。
それは自分達の春を売る事。
以前の自分ならそんな仕事に普通に偏見を持って見たか、憐れみを持って接したかもしれない。
だが実際にメルナ達と話して、理解して、見てみて自分の先入観がどれだけ狭い世界か思い知った。
それだけでも旅に出た甲斐があったと言うものだ。
…なのだが。
今更ながらメルナの言葉が脳裏を反芻する。
男好みの身体と言われた自分の身体を確かめる。
そのせいかメルナ達の仕事の中身を色々想像する。
想像した末に。
顔を真っ赤にしてしまった。
「……ちょっと……頭冷やそう……」
そう言って少し開けた広場に出るとその傍らにある水場で喉を潤す。
ふぅ、と一息ついて火照った頭と身体を鎮める。
爽やかな風が吹き抜けて行く。
心地よい初夏の陽気につい眠気が顔を出し始める。
その時。
「ーー⁉︎」
背後からの異常な殺気に思わず飛び跳ねる。
振り返った視線の先にいたのは巨躯の男だった。
木々の木陰になって表情は読めないが肉体派の兄貴分のメカージュよりも一回り大きい。
「あなた……誰?」
「さてな。目の前に腑抜けた武僧が空気も読まずに居眠りでもしそうな雰囲気だったから…つい、喝を入れちまった」
「喝という割には人を殺しかねない気勢だったけど?」
「そりゃあ殺す気だったからな」
さらりと物騒な物言いを言い放つ。
見れば相手は重鎧に全身を包む外套。さらに背中には巨躯の男に負けない程の大剣を背負い、柄を握る手に力がこもっている。
「気を緩めきった瞬間唐竹割だったが……命拾いしたな」
ぱっと剣から手を離すとその場を去ろうとする男。
その後を追ってつい疑問を聞き返す。
「待って!空気を読まないってどういう事⁉︎」
ぶつけられた質問にふと足を止め、視線を外す。
ほんの少し逡巡したのか、目を閉じると重くなった口を開ける。
「お前、向こうで商売してたキャラバンの奴だろ?早くここを出た方がいいぞ。…かなりキナ臭くなってきたからな」
「え……?何の話……」
「エティア‼︎」
想定しなかった方から声が掛かった。
声のした方を見ると向こうから息急き切って駆けてくるロナの姿が見える。
「ロナ?どうしたの⁉︎」
「エティア……キャラバンが……軍隊に……!」
「えっ⁉︎」
すぐに何か起きたと察知する。
もはや男の事など頭に無く、ロナと共にキャラバンに向かって駆け出していた。
その姿をただ見つめていた男は興味無さげな表情をしながらも2人の後をついていった。
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「ちょっと!何するのさ、アンタ達!」
キャラバン隊の馬車が武装した多勢の兵士に囲まれていた。その中央でメルナやイリスが男達に激しく抵抗している。
「メルナ!イリス!」
激しく揉み合っているメルナと兵士の間に入って掻き分ける。
「何があったの?メルナ」
「エティア!なんかさ、急にこいつらが!」
「黙れ!我が国はこれより商家、隊商関わらず徴用対象になった。協力しなければ反賊として見なす!」
徴用。
兵士のその言葉が意味するところは一つ。
戦争が始まるー。
その事実にその場にいた全員が固まった。
兵士はその空気に構わず言葉を続ける。
「我がバルカード神聖王国はグルトミア帝国を相手に宣戦を布告したのだ。その為の物資徴用は国中で行われている。お前達もーー」
「何故⁉︎十数年も戦わなかった2国が何故戦争に⁉︎」
エティアが兵士の言葉を遮って声を荒げる。
あまりに必死なエティアの迫力に圧されたのか、兵士の1人が答える。
「我らが聖王女殿下を殺害した神滅者ラドル・アレスフィアがグルトミア帝国領内で発見された報告があった。そこでグルトミア帝国に対し神滅者ラドルの身柄引き渡しを求めたがグルトミアはそれを拒否したのだ」
神滅者がグルトミアに匿われている。
真実は似て非なるものだが末端の兵にまではバルカードがグルトミアに宣戦布告したという事実だけだ。
その事実がエティアは自らの行動の指針を変更すべきかもしれないと思案したその時。
「えっ……じゃあグルトミアに渡れないの……?」
「ロナ!バカ!」
特にロナは意図して口にした訳ではなかろうその言葉は最悪の意味を持っていた。慌ててイリスがロナの口を塞ぐも既に遅かった。
「貴様ら!今何と言った⁉︎グルトミアに渡るだと?まさか貴様ら旅商を装った密偵か!おい、こいつらを連行しろ!」
「ちょっと!やめなさいよ!」
「メルナ!駄目!」
ロナの発言から急にメルナ達を敵視した兵士たちによって、場が緊迫していく。
それに対してまたも抵抗を始めるメルナ。
しかし先ほどとは状況が変わっていた。今のメルナ達はグルトミアの密偵疑惑が掛かっている。ここで下手に抵抗してはキャラバン隊はもちろん彼女達の立場、身柄さえも危険になってくる。
そう感じたエティアは抵抗を試みるメルナを制止しようとした。
だが。
「この売女如きが……!」
興奮した兵士たちは剣を抜き放ちメルナに斬りかかる。メルナの身体にその凶刃が届くその前にエティアがメルナと兵士の間に割入り、闘手甲で防ぐ。
しかし流石に盗賊達と違い無闇に手を出してはさらに立場を悪化させてしまう。
エティアの常套手段として魔法で状況を打開しようと呪印を組もうとしたその時。
背後で人の倒れた音がした。
視界が、身体が、世界が。何もかもがゆっくりとコマ送りしたかの様に全てが緩慢に感じた。
ただ振り向くだけの動作が、やけに長く感じながら飛び込んできたその光景は。
共に旅をしてきた見知った仲の少女がうつ伏せに倒れている。
そのすぐ傍には別の兵士が赤く染まった剣を振り下ろした姿で制止していた。
「メルナ‼︎」
身体を前のめりにしながら叫びながらメルナのそばに駆け寄る。
抱き起こしたメルナの背中から後から後から赤い血がとめどもなく溢れてくる。
ダメだ。
このままではメルナの身体が離魂する。
それを証明するかのようにメルナの顔から徐々に赤みが失われようとしていく。
もはや周りがどうであろうと構わない。
とにかくメルナを助けなくては。
その一心で魔法詠唱を始める。
『光の癒しよ 天の癒しよ 善の癒しよ 主の名におきてその聖杯を力で満たせ 骨を肉を血をあるがままの姿へと返し思し召せ 快癒光』
ぎゅっとメルナを抱きしめて身体全体から癒しの光が溢れ出す。
神聖魔法としては中級魔法程度の快癒光だがエティアの魔力量に比例してその治癒力は上級魔法にも匹敵する。
のだが。
「ダメ!そっちに行っちゃダメ‼︎メルナ、お願い……帰って来て……‼︎」
治癒魔法は基本、被術者の代謝を急激に促進させ患部を癒すのが基本であり大前提として生命力の有無がその成否を分ける。
どんなに懸命に治癒魔法を施しても生命が尽きては意味がないのである。
だが僧籍として。いや人として目の前の生命を取り零したくはないのはエティアに限らない。
そう、傷付けた本人は別にして。
「貴様……反賊の輩を助ける気か!ならば貴様も同様にしてやるわ!」
メルナを斬った兵士は続けてエティアに向けて剣を振り下ろす。
死神の鎌がまた一つの生命を奪おうとした瞬間。
兵士が大地から別れを告げた。
そして直ぐに後方の大地に帰還する。
兵士を振り飛ばした本人は先ほどエティアと対峙したあの巨躯の男だった。
「……神聖王国の正規兵が寸鉄帯びない小娘を斬る剣しか持たないとは驚きだ。」
「き、貴様は…死神…アス…‼︎」
アスと呼ばれた男はギロリと名を呼んだ兵士を睨みつける。
「その名を呼ぶ意味が分かって口にしているのか?」
「この……傭兵風情が何の真似だ!」
「大の大人が寄ってたかって女に斬りつける見苦しい連中なんぞ視界にも入れたくないだけだ。……まだ何か文句があるなら……その二つ名を現実にしてやろうか?」
そう言って背中の大剣に手を掛けると死神がまさにそこにいるかの如く素人でも分かる程の殺気を放つ。
それに圧された兵士は一人、また一人恐れをなして這々の体で逃げ出した。
そんな兵士達を一瞥した後、未だ足元で目を開けない少女を抱きかかえて治癒魔法を掛け続けるエティアを見やる。
……もう助からない。
そう思ったのは彼が死と近しい環境に永く身を置いていたからに他ならないのだろう。
これ以上はエティアももたない。
やめさせようと手を伸ばそうとした時ふと気づく。
エティアの魔力が先ほどよりも強くなっている事に。
エティアがぎゅっと抱きしめる少女には最早死神の鎌が首に当てられているのは間違いないがその鎌を引かせないのは彼女の力に依るものなのもまた間違いなかった。
エティアの額に大粒の汗が滲む。
その表情は必死に神に縋るヒトそのものだった。
絶対に……絶対に死なせない……!
私は、誓ったんだ。もう私の目の前で理不尽に生命を落とさせたりしないって。
だからメルナも助ける。
彼女はここで死んでいい娘じゃない。
これまで、ずっと辛い思いをしてきた。
だから…だからお願いします、神様。
私の力で彼女を助けさせて下さい。
お願い……‼︎
その時脳裏が白く拓けた。
何が起きたのかは分からない。だが。
その世界は全てを見透かす感覚に溢れていた。
それを認識した直後。
身体に今まで感じた事の無いほどの力が湧き上がってくるのを感じた。
ーーこれならいけるーー
「こいつは……一体……?」
イリスやロナも、アスでさえも目の前で起きている光景に微動だに出来ずにいた。
エティアの身体が常識外れの光量を放ちながらメルナを白い光に包んでいるのだ。
その光はどんどん強くなり辺り一面を白に染め上げる。
そして白い世界が再び色を取り戻す。
周囲の皆も眩んだ目をゆっくりと開ける。
そこには身体を少し離したエティアとメルナの姿。
エティアがそっとメルナの頬を撫でる。
すると。
「……あれ……私……どうしたんだっけ……?」
メルナが目を開けていつものにへっとした笑顔を見せた。
ワァァァ!っと歓声が上がる。
イリスもロナもメルナに飛びかかって抱きつく。
「ちょ、痛いよ、2人とも〜。」
と抗議するもそれは聞き入れられない。
良かった、と脱力しきったエティアを視界に入れたメルナは一言呟いた。
「……ありがと……エリア……」
「……へへ。呂律が回ってないよ、メルナ。無理しないで」
うん、と頷いたメルナはイリスに抱き抱えられて幌馬車の中に入っていく。
エティアはその光景を見て、
やり遂げた。
そんな満足感と達成感を体一杯に感じながらそのまま大地に横たわる。
いつか聖王都でもしたように。
大地に大の字で倒れたエティアは民衆に担ぎ上げられていく。
ただ一人死神の二つ名を持った男は顰めた顔でエティアの後ろ姿を見送っていた。
第12話アップです。
またまた出てきました、新キャラ。
ホント、言葉使いでキャラを分けなくちゃいけない小説は難しいですね。
そして早いものでもう蒼穹の聖堂騎士1話を掲載してひと月経ちました。
まだまだお話は序盤。
とりあえずキャラバン編は一旦終了。
次回は久しぶりに主人公が出る予定ですが予定は未定笑。
感想評価頂けたら幸いです。
ではまたお付き合いお願いします。




