第11話 キャラバン編〜城塞都市〜
城塞都市ザールベルク。
この都市は神聖王国バルカード西方の守りの要として置かれ、その歴史は古くバルカード建国時には聖王都ベルクラーナ、副都ファインハイネに次ぐ第三の都市として経済的にも国に大きく貢献していた。
南に中央航路街道の2山脈の一つエグバリアス山脈があり天然の要塞として重要度は高く、過去グルトミア帝国もこの都市を狙って何度も侵攻を試みたものの、
戦果は捗らずここ十数年は小康状態となっていた。
不気味な平穏を保ちつつこの都市は現在に至る。
だが昨今の国内情勢により静かに水面下で何かが蠢いているのを誰も感じなかった。
「うわぁ、大きな街だねぇ」
田舎から出てきたエティアにとって見るもの全てが珍しいのか口にいつもの癖が出ている。
キャラバン隊の隊長がこの都市での興行許可を取り付けるまで間が空いたのでエティアと踊り子3人組は街を見て歩いていた。
「近くにあんな大きな山があって……街自体が少し高い丘にあるから景色もすごくいいね」
「エティア……、田舎者丸出し……」
ロナの皮肉も聞かずキョロキョロと落ち着かないエティアを見てイリスがメルナに何やら耳打ちする。
それを聞いてメルナの瞳に怪しい火が灯る。
「エティア〜今から3人でいいとこ行くんだけどエティアもどう?」
「……いいとこ?」
「そう、い・い・と・こ・ろ♡」
ザールベルクは近くに休火山であるエグバリアス山脈がある事でその麓では地熱により温められた地下水が噴き出す間欠泉が多数ある。
その噴き出た地下水には多数の成分が混在しており、その成分が体内に好作用する事を理解していた人々が医療法としてそのお湯に浸かる…と遠回しに述べてきたが早い話がザールベルクの側面として温泉を利用した湯治場でもあった。
その温泉は豊富に湧くので住民や旅人に低価で入浴できるいわゆる大衆浴場は人気を博していた。
そこに例の4人が半裸で現れる。
「いやーザールベルクに来たらここにこなくちゃね〜」
「ちょ、ちょっと待って。いいとこってここ?」
人前で服を脱いだ事すらなかったエティアにとって温泉は女湯とはいえいささか抵抗ある場には違いなかった。
顔を真っ赤にしてメルナが言うところの男好みの身体をタオルで隠しておずおずと3人の後を付いてくる。
「ほらほら旅の垢を落とすために来たんだからとっととそれも取りな」
「キャアアア!」
イリスに無理矢理タオルを剥がれたエティアはその場にへたり込む。
それを見たロナは。
「……なんてけしからんワガママボディ……」
イリスは。
「アンタ……そんなデカいのぶら下げてよくあんな動きできるね……」
メルナは。
「ちょ、エティア、一回、揉ませ、てよ」
「3人とも怖い!ホント怖い!」
しかし。
そんな懇願は何か切れてしまった3人には届かずいいオモチャになるのだった。
しばらくした後。
少し涙目になって体を洗っているエティアを尻目に冷静に立ち返った3人は仲良く湯に浸かっていた。
「うう……もうお嫁に行けない……。我が女神フェニア様、私は汚されてしまいました……」
「何言ってんだい、尼さんが嫁に行くつもりだったのかい?」
「希望を持ったっていいじゃない!」
「あはは、ごめんごめん。でもさ。こーんな気持ちのいい温泉に入らないなんてここに来た意味ないよ?」
一通り身体を洗い尽くして湯船に入るとメルナの言葉通り、確かに身体の内側から温まっていく感覚は心地よい。それになんとなく心が緩んでいく気がする。
…これは……いけない。
そう思うとメルナが顔を覗き込んでくる。
「この温泉の効能は打ち身や怪我、あとは美肌効果があるんだって。エティアだって女の子なんだから少し気を遣った方がいいよ?ほら、珠のお肌があちこちキズついてるよ?」
「……まぁこんな仕事だしね。昔から生傷は絶えなかったよ」
「だからって…アンタ、アザとかは残るよ。ほら、こんな背中にも少し大きいのがある」
「……え。背中……?」
イリスに言われて鏡に映して背中を見ると確かに拳くらいの赤いアザらしきものがある。
「……ホントだ。全然痛くないから気づかなかったよ」
「だからね、この温泉に入っていればそのアザも消えるかもしれないじゃない」
エティアも年頃の少女でメルナの言葉もありがたかった。
後悔はしていないが自分の身体についた傷は勲章、とは思えない。
メルナは身体も大事な商売道具だと言ってそのケアには余念がない。それはイリスもロナも同じだ。
少しは自分の身体を顧みなくちゃいけないかもと思うと3人の提言通り少し熱めの湯に浸かるのだった。
その日の夜。
未だ少し火照る身体を冷まそうとエティアはキャラバンから出る。
少し離れたところに小高い丘があってそこを目指す。
「綺麗な月ね……。団長も興行許可が出たって言うしここでの興行が終わったらいよいよお別れね……」
少しの寂寥感を感じながら目当ての丘に着くとそこには。
「あれ?エティア。どしたの?」
先客がいた。
メルナは切り株に腰を下ろして同じ月を見上げている。
「隣、いい?」
「いーよ、どーぞ」
そう言って少し腰をずらして一人分スペースを空けると、エティアはそこに腰を下ろす。
「メルナはどうしたの?こんな時間に」
「んー、も少しで仲良くなった女の子とバイバイかな、って思ったらなんか外の空気を吸いたくなったの」
「そっか」
そう言うと2人して黙り込む。少しの沈黙。
2人で空に浮かぶ欠けた月を見上げる。
どれくらい黙っていたのか、やがてメルナが口を開く。
「エティアってさ、いくつ?今」
「え?いきなり何?」
「いいから」
「18だけど……どうして?」
「やっぱり。そんな感じしたんだ」
質問に答えたエティアの質問をはぐらかして答える。
「私ね、一つ上のお姉ちゃんがいたんだ。私が17だからエティアと同い歳だね」
「……」
いたんだ。
その言葉が過去形になっている事に気付き黙って聞き続ける。
「私の生まれはバルカードじゃなくてね。北のラーセンテ民族国でそこでも更に北の小さな寒村。冬になったら飢えと寒さで死ぬ人もいた。でもその村からは貴重な魔石が採れるから国からの配給と援助で何とかやっていけた」
魔石。
土地から漏れ出る魔力を長年蓄え続けた鉱石で魔法の触媒、素材になる為その需要は高かった。
「でも3年前の冬にその魔石の鉱床を狙って隣国の軍隊が村に攻めてきたの。結果、私を除いて村は全滅。
私はと言うと軍隊の隊長が私を戦利品として連れ帰って売り払われた。で、今のキャラバンに拾われるまで沢山……汚れちゃった」
辛かろう出来事を軽く言い放つメルナを見てかろうじて言葉を出す。
「……辛かったね」
「まぁねー。でも今は楽しくやっているから不満はないよ。寒さに耐える事も飢えに苦しむ事もないし。……でもね」
一つ呼吸を置いて言葉を継ぐ。
「神様ってなんでこんなに残酷なんだろ、運命ってなんでこんなに不平等なんだろって何度も思った」
「神様はね、自分の子である人間を……」
「ああ、ごめん。私説教は聞きたくないんだ。こんな過去だからさ。それに聞いた所で何も変わらない。今が全てだから。遮二無二生きて生きて、生きて来たら……いつの間にか私の方がお姉ちゃんよりも歳上になっちゃった。……それだけだよ」
いつものようににへっと笑うその瞳からつぅっと涙が一筋零れ落ちる。
そのいつもとは違う笑顔を見せるメルナをエティアはぎゅっと頭から抱きしめる。
何も言わない。
ただ少し強く、でも優しく抱きしめる。
「エティア、お姉ちゃんみたいだ……優しくて美人で恥ずかしがり屋で。少し天然で」
「天然はひどいなぁ」
「ごめん。えへへ。もうちょっとだけ……こうしてていい?」
「ご存分に」
そう言うとエティアの腰に手を回してメルナもぎゅっと力を入れる。
肩が震えている。
涙を流しても嗚咽は聞こえない。
ただ肩が震えているだけ。
その震えるか弱い肩をまた優しく包み込んだ。
どれくらいこうしていたのか。
気づけば月は中天に差し掛かる所まで来ていた。
どちらからともなくその身をゆっくり離して互いに笑い合う。
メルナは一回だけ赤くなった目を擦ったその手をエティアに差し出す。
「帰ろ、エティア。多分皆心配してる」
「……そうだね」
「私ね、エティアに会えて良かったって思ってる。必死に毎日を過ごしてきて忘れかけてたお姉ちゃんを思い出したから。ありがとう」
そう言ったメルナの笑顔は月明かりに照らされて一種の神秘的な美しさを滲ませていた。
それに対してエティアもまた女神のような笑顔を見せて差し出されたその手を取る。
月女神マルティナが2人を導いた縁か、その手はキャラバンでイリスに大目玉を食らうまで離す事はなかった。
久々の2日続けての投稿です。
温泉回です。
もっとキャッキャウフフしたかったのですが自分の力じゃこれが限界です。
後半はメルナの過去話。
ちょい重めな流れに。反省。しかし後悔はしてません。笑
キャラバン編次回で終了予定。
感想評価、よろしくお願い申し上げます。
ではまたお付き合いください。




