夜の学校で肝試し!
「なあ知ってるか? この辺りで誰かが車にはねられた事件があったらしいんだが、その事件の被害者が、横断歩道のすぐそばで相合傘を頼んでくるらしいぜ? 断らないとそのままこの世じゃない世界に連れてかれるんだと!」
「やだそれこわーい!」
俺はこんな話をしてクラスを盛り上げる。俺の名前は三田浩二。クラスの中ではムードメーカーとして通っている。
「おい、瀬古もこっち来いよ! これからが面白いところなんだぜこの話」
もちろんクラスの中で地味な存在のクラスメイトを呼ぶことも忘れない。
「……おう」
そいつが寄ってきたことを確認したところで俺は話を再開する。
「で、何でもそいつは誰かを探してるんだとよ。何か恨みがあったのか、それともやりきれない思いがあったのかまでは分からねーけどな。んで、こないだそれを見かけたってやつが声を聞いたって言うんだ。それがよっぽどのことだったのか怖がってよぉ……」
こんな風にひとしきり話をする頃には、クラス中が俺に注目していた。
「とまあこんなわけよ」
俺がひとしきり話し終わる頃には全員が静まり返り、固唾を飲んでいた。
「まあ、これは俺の作り話も半分なんだけどな」
もちろんこう言ってしめることも忘れない。本当は人伝なので完全に作り話ではないのだが、こう言うことで周りの張りつめた空気を少しでも和らげるのだ。何より俺が怖い話が得意な方ではないので、自分の気を落ち着かせるためというのもある。
「さて、それで今日のおごりタイムだが……」
そう言った俺はいつものように周りを見渡す。俺はこういう話をした後に話を聞いていた奴から一人を指名し、ジュースを買ってきてもらうのだ。と言っても、俺が指名するのにはある明確な基準がある。
「お前だ佐藤。また今日も白けた顔で俺の話聞いてただろ」
俺はクラスメイトの一人、佐藤明人を指差す。ここで指名する基準は1つであり、俺の話を盛り上がって聞いていなかったやつを1人選んで指名するのである。
「えっ、いや、そんな……。だってこないだも……」
「いいから行ってきなよ。指名されたのはあんたなんだから」
「そうよ、三田がそう言ってるんだから言ってきなさいよ」
俺の周りによくいる女子二人がそう後押しする。多勢に無勢と見たのか、佐藤は仕方なさそうな様子で立ち上がる。
「今日は麦茶で頼むわ」
「……うん」
佐藤は俺たちの輪の中から遠ざかっていく。
「あ、そういえばこの高校に七不思議があるって知ってる?」
よくいる女子の一人、新野美砂がそんな話を振ってくる。
「七不思議?」
その言葉に俺だけでなく、席を離れた佐藤も含む全員が新野の方を向く。
「そうそう。今日良ければ空いてる人みんなで行かない? 夜の学校」
彼女は純真無垢な笑顔を向けてそう言った。
「……で、結局来たのは俺たちだけか」
新野が持ちかけた提案だったのでもっと人が来るかと思ったのだが、来たのは俺と新野、そして新野と一緒に俺のそばにいる原香苗のいつもの3人だけだった。もっとも、俺は怖い話をよくしてはいるものの、心霊スポットのようなところはあまり得意な方ではないので、ある意味この見知ったメンツは心強いものがある。
「私人望ないのかなあ」
「いや、そんなことないって。それに、人が少ないならまた俺がみんな集めて話できるし」
「……そっか、そうだよね」
新野は明るい表情を取り戻したようだ。
「それじゃま、行きますか。七不思議探しに」
原の言葉で俺達3人は夜の高校へと足を踏み入れた。
「まず1つ目なんだけど、目をつぶったまま二年六組の教室を歩くと、教室のカーテンが自分の着てる服と入れ替わるんだって」
新野はそんな説明をする。
「……せめて嘘ならもう少しまともな嘘をつこうぜ」
「いや、これ本当の話みたいだよ。こないだ七不思議研究会の人たちが特集してたみたいだから」
「正しくは怪奇現象研究部な」
そう言いながら俺はため息をついた。ああいう高校のゴシップを集めた記事に信用できるものは少ないというのが俺の持論だったからだ。だからこそ今回こういう企画をしてみようと考えたわけだが。
「せめてもう少し簡単に試せそうな奴はないのか? これ確か巻きついたカーテンを取るのに大分時間がかかったって聞いたぞ」
「ああ、それなら」
新野は思いついたように俺たち2人を案内した。
「ここならどう?」
新野が案内したのはトイレだった。
「そこの3つあるトイレの個室のうち、入り口から一番手前側のトイレにノックを10回、真ん中のトイレにノックを1回してから一番奥のトイレの前にいるとトイレットペーパーの芯がカラカラ回る音が聞こえてくるんだって」
「なるほど、まあこれならすぐにできそうだな」
俺は手早くそれを試すと、奥のトイレの前に立った。ところが、
「……何も起こらないぞ?」
トイレのドアをいくらまじまじと見ても何も起こらない。
「もう一回やってみたらどう?」
新野は男子トイレの外側からそんな声をかける。俺はその声に合わせてもう1度ノックの手順を繰り返す。とその時だった。
(タチサレ! ココカラタチサレ!)
「う、うわああああ!」
俺は腰を抜かしながら情けない声を上げ、慌ててトイレから出て行った。
「い、今トイレから声が!」
俺は外にいた2人に必死に説明するが、
「と言っても聞こえなかったしねえ……」
「何かと聞き間違ったとかじゃないの?」
2人とも全く信用してくれない。
「トイレの七不思議はトイレットペーパーが回るだけじゃなかったのかよ!」
話が違う、と俺は新野に詰め寄るが、
「だから、私に聞かれても知らないって。そんなことより次行こうよ」
彼女は特に気にする様子もなく、次の七不思議場所へ俺の背を押して無理やり連れて行くのだった。
3人が出て行った後、三田が立っていたトイレのドアがきしむ音を立てながら開く。
「……」
その何者かはドアを閉めると、3人を追うようにトイレを出て行った。
「次は音楽室だね」
「も、もう帰ろうぜ……。何かおかしいって」
俺は一人反対するが、
「何言ってんのよここまで来て。ほら行くわよ」
原に押され、音楽室に入っていく。途中で新野が何回か後ろを振り返る仕草をしていたのもあってか、俺は完全にびびってしまっていた。
「ここの不思議はピアノの音が半音下がるだったっけ?」
「正確には9時38分ね。まあまだあと30分くらいあるし、他のところ回ってみる?」
新野はのんきにそんな話をしている。
「か、帰ろうぜ……」
「この二つ先は美術室だったっけ?」
「そう言えば美術室にも何かあったわね。モナリザだっけ?」
「確か配色が変わるのよね」
だが、俺の意見は完全にスルーされてしまう。二人が話しながら出て行ってしまうので、俺もその後をついて行くしかなかった。
だが、美術室に入ろうとした瞬間、2人は俺の方を向く。
「ちょっと怖いし、先に入ってよ」
「だ、だからそれなら帰ろうぜ……」
俺は引き返すことを進言する。
「何言ってんのよ。三田君は女の子のお願いも聞けないの?」
「三田君さっきあんなにかっこいいこと言ってくれたのに……」
だが、原にも新野にもここまで言われてしまっては、いくら怖いとはいえ男が廃る。
「わ、分かったよ行けばいいんだろ!」
俺は覚悟を決めてドアを開け、中に入る。ぐるっと見渡すが、特に変わったところはない。人体模型が明るい月に映えて余計に不気味に見えるくらいだ。
「も、モナリザだったよな?」
俺はモナリザの方を見るが、特に変わったところは見受けられない。
「何だよ配色が変わるとか怖いこと言って脅かしやがって……」
俺はそう言って後ろを振り返るが、そこで何か違和感のようなものを覚える。
「……おい、何か近づいてないかこの人体模型?」
気のせいか、人体模型が俺の方へと向かってきているような、そんな感覚を覚える。ただの勘違いだと自分に言い聞かせようとする俺だったが、そこで気付いてしまった。
「ちょっと待て。そもそも何で美術室に人体模型があるんだよ?」
そう口に出した瞬間だった。ぐるっと首の回転した人体模型は俺の方を見て首を傾け、目を見開くと、そのまま俺の方に全速力で走って向かってきた。
「ぬあああああ! ふざけんな!」
追いかけられてしまった手前、俺もさすがに逃げないわけにもいかず、そんな叫び声を上げながら全速力で美術室を出た。
「うわああああ!」
俺は叫びながら隣の科学室に入ろうとするが、何故だか隣の教室に限って鍵がかかっているため開かない。仕方ないので先ほど入ったその隣の音楽室へ駆け込み、慌てて鍵をかける。しばらく扉を叩いた後に音が止んだところを見ると、どうやら人体模型が俺を追いかけてくることはなくなったらしい。俺はホッとしたように今度は音楽室を見回してみる。先ほどと違って特に変わった様子はない。しいて言うなら窓が開いていることだが、これについては理由も分からないのでこれ以上考えるのはやめることにした。
「つーかあいつらどこ行ったんだよ……」
新野も原も教室を出た時にはどこにもいなかった。俺をあれだけ焚き付けておいて2人ともどこかへ行ってしまったということになる。薄情なやつらだ、と考えたその時だった。誰もいないはずの音楽室で突然鍵盤を叩いた音が聞こえた。俺は音のする方を見てみるが、当然ピアノは無人である。すると、俺が音が鳴ったのに気付いたのを見計らったかのように猫ふんじゃったが流れ始める。
「お、おい、どうなってんだよ……」
俺は最初どこかで音を流しているのだろうと思い、ピアノの音源を確かめに行く。だが、音源はピアノからだった。それがどうしてそうなっていたのか、俺はすぐにその理由を知ることになる。
「あ、ああ……」
ピアノに座っていたのは先ほどの人体模型だった。どうやって音楽室に入ったのかは知らないが、あの人体模型が目を大きく見開きながら軽快に猫ふんじゃったを演奏していたのだった。俺が寄ってきたのを見ると、人体模型はまた目を見開いたままぐるんと顔を回した。
「う、うぎゃああああ!」
俺は悲鳴ともつかない声を上げ、おぼつかない足で音楽室を出ると、一目散に高校の外へと逃げて行った。
一方、三田がいなくなった音楽室では、
「……もうピアノ引かなくてもいいわよ」
ピアノを弾いていた人体模型に向かってそう声をかける者があった。
「ふう」
その声で人体模型はピアノを弾くのをやめる。
「でも、思った以上にうまくいったわね。まさか三田君があんなに怖がりだったなんて」
「実は前に心霊の話をした時に三田君がすごく怖がったことがあってね。私がこのことを知らなかったらこの計画そのものができなかったんだし、佐藤君には感謝してほしいわ」
「うん。原さんと新野さんには本当に感謝してるよ」
人体模型は2つの人影に向かってそう声をかける。人体模型の正体は佐藤明人だったのだ。彼は原と新野を味方につけ、三田への復讐にまんまと成功したのである。計画はこうだ。まず、佐藤が三田に命令を受け、席を離れた頃合を見計らって新野が三田に七不思議の話を持ちかける。そして、話に乗った三田が参加することを確認すると、原が今回の話は三田が話をするいいネタになるからと言って、他のクラスメイトに参加しないように連絡する。あとは3人が集合したのを見計らって三田を怖がらせる仕掛けを実行したのである。
「カーテンの方はでも新野さんの言った通りだったね」
「まあ、三田君は信用できなさそうな情報には乗っかってこないから。無駄な準備しなくて良かったでしょ?」
新野はそんなことを言う。カーテンの方は三田が反応しないことを予測した新野が準備するのをやめさせたのだった。
「でも、この計画が成功したのって半分三田君が記事をあんまり読んでないおかげだよね」
「その辺りも私の計画通りだからね。そもそもあの七不思議は女子トイレの話で、男子トイレでやっても何も起こるはずないもの」
佐藤が隠れていたトイレは当然ながら男子トイレだが、不思議な現象が起こるのは女子トイレだった。そのことを知っていた原と新野が三田を言いくるめ、彼を男子トイレに入れたのである。あとはトイレに隠れていた人体模型のメイクをした佐藤が三田に向かって声を出すだけだ。次は驚いた三田をトイレから連れ出し、美術室の2部屋先の音楽室へと連れ出すことで、後からついてきていた佐藤が美術室に隠れる時間を稼ぐ。その後、後ろからこっそりとついてきた佐藤を新野が確認することで、時間を稼ぐ間隔をつかみ、その時間を見計らって原と新野が三田を美術室の前へ連れて行く。そして三田を言いくるめて美術室の中へと押しこめた後、原は科学室の鍵を閉め、新野は音楽室の裏口と窓を開けておく。そして、三田が追いかけられて美術室から出た後、原はあらかじめ開けておいた科学室の窓から美術室へ、佐藤は追いかけられたふりをして美術室の窓から音楽室へとそれぞれ移動する。そして、慌てて音楽室の鍵をかけた三田を確認し、科学室から美術室へと移動した原が外から音楽室のドアを叩き続け、三田の注意をドアにひきつける。その間に開けておいた音楽室の窓から新野が佐藤を招き入れたのだ。かくして、三田を脅かそうという3人のたくらみは見事に成功したわけである。
「でも、2人ともどうして協力してくれたのさ?」
「私も新野も、三田君のああいういじめみたいな行動が許せなかっただけ」
「そういうこと。佐藤君がああして毎回のようにいじられるのが見てられなかったのよ。まあ、今回の件で三田君も少しは自重してくれると思うよ?」
「そうだね」
新野のその言葉に佐藤は久しぶりに笑顔を見せたのだった。
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