重要科目は家庭科でした
この村の皆は『ヒナ』と呼ぶけれど、橋口ひなた。それが私のフルネーム。
そして今私がいるのは大陸の中でも大きな国土を誇る護国の一つ、白の国にあるプレモと云う名の山村だ。間違ってはいけないが、此処は“私の世界”じゃない。本当なら今頃東京の大学に通っている筈のただの女子大生なんだから。
なら何故此処にいるのかと言うと、正直覚えていない。ううん、最初から分からなかったと言うのが正しいね。
あの日は無事希望の大学に入学し、入学式で知り合ったばかりの女の子達と共に新歓コンパに参加した。受験から解放された新入生たちが羽目を外す中、私も例に漏れずお酒を口にしていた。けれどそれは生まれて初めてのお酒。それまで真面目に受験一筋だった私は、アルコールなんて舐めた事もなかった。どのぐらい飲んだかも記憶に無いのだけれど、気持ちよく酔っ払ってそのまま寝入ってしまい、そして緑溢れる草原で目が覚めた。そこがロリズリーさんの家の牧草地だったの。
目が覚めた瞬間は夢を見ているのだと思った。まるでテレビで見た北海道の高原のような景色。東京ではあり得ないのどかな風景は再び眠気を誘う。そのまま寝入ろうとした時、私を起こしたのが首を傾げてこちらを見下ろしていたヒュージだった。
彼との会話でこれが夢でない事に気付き、そして此処が東京でも日本でも地球でもない事を実感させられた。その時まだお酒が残っていたのか、それとも衝撃が強すぎたのか、混乱を極めた私はこの歳で大泣きしてしまったの。事情を上手く説明できない私を見て、ヒュージは行く当てが無いのだと察してくれた。そして彼のお家でお世話になる事になった。
それが今から三年前の出来事。そう、私がここに来て既に三年もの月日が経っていた。最初は漠然と戻れるだろうと思っていた。何か特別な事をしてこちらに来た訳じゃないから、ある日突然ふっと戻れるだろうと。けれどそんな期待は最初の一ヶ月で見事に裏切られた。三ヶ月、半年と時間が経っていき、焦りを感じた私はこっそりあの日と同じようにお酒を呑んだり、牧草地に寝転がったりもしてみた。けれど効果はなし。一年後には途方にくれ、二年後には諦めて此処で生活基盤を作ろう決め、なんとか奮闘している。今はロリズリーさんのお家でお世話になっているけれど、そのうちヒュージが大人になってお嫁さんを貰ったら、流石に私は邪魔になる筈。それまでにお金を貯めて、手に職をつけて一人でも生活できるよう頑張ろうと思っている。
此処に来るまで勉強付けの毎日で、正直家事なんて一切やったことがなかった。けれど奥さんの手ほどきを受け、掃除洗濯は勿論、簡単なお料理も出来るようになっている。時々和食が恋しくなるけれど、全くと言ってよい程料理の知識の無い私に再現することは難しい。家庭科の授業でもいいから、もうちょっと真面目に受けておけば良かった。受験のことしか考えてなかった私は、受験科目じゃない授業は内申に影響が無い程度にしか勉強してこなかったから。