沈黙
「戻ったというのは本当だったのですね」
「……これで戻ったと言えるのかどうか」
「城に帰ってからずっとあのまま?」
「あぁ。あのままだ」
白の国王城。陽の当たらない北西の裏庭には大きな竜が寝そべっている。光が当たらずとも美しい鱗の色は白。彼は三年前から姿を消していた白の国第二王子セナードである。
長い間捜索に当たっていた騎士達から、北西の山村近くの森の中で彼を発見したと報告があったのは七日前。セナードはその日の内に王城に戻ったものの、それからずっとああして裏庭から一歩も動かず眠っている。心配していた国王や王妃、兄王子に顔を見せることもなく、ずっと竜化したままだ。 白の王城を訪れていた紅の国レビエント王子は、白の国第一王子セドアに目線を移した。
「話もしていないのですか?」
「あぁ。明日から新節祭が始まると言うのに、困ったものだ」
一年に一度行われる新節祭。新しい年明けを祝う国を挙げてのお祭りだ。白の国が所属している護国では時節の祝いが各国で行われる。新節祭は各国の王族がこの国に集まる一大イベントなのである。当然ホストとなる白の王族達はゲスト達のもてなしの他、外交に関わる会合やら夜会やらも同時に催す為忙しくなる。
そんな日を明日に控えても、セナードは竜から人に戻ろうとしない。一体何故彼が突然王城を出て行き、そして今も一国の王子として人の姿を現そうとしないのか、誰にも分からないのだ。
「レビエント」
「はい」
「君は、ナキアスとナルヴィが竜化した後、黒の国を訪問したと聞いているが……、本当か?」
「えぇ。確かに、その通りです」
「あの二人もセナードのように竜化したまま誰も寄せ付けようとしなかったと聞く。それから何故元に戻ったのか理由を知っているか?」
レビエントは肯定の意味で首を縦に振った。セドアの顔が一瞬緩む。黒の国王子の二人の話がセナードの心を開くヒントになればと考えているのだろう。
レビエントの頭に浮かぶのは二人の王子と、そして彼らの番。いつだって竜の最大の関心は番で、大事の原因となればそれ以外ではあり得ない。
「けれどあくまで私の推測でしかありません。明日にはナキアスとナルヴィも此処を訪れます。直接二人から話を聞くのがよろしいでしょう」
「成るほど……そうだな」
二人は再び窓の外に目線を戻す。その先にあるのはまるで世界屈指の芸術家が作り上げた石像のように美しい白竜の姿だった。
【黒の国王城】
「はい? ごめん。良く分からなかったからもう一度言って」
「うん、いいよ。俺達と一緒に王城まで行こうね、チヒロ」
「白の王族に挨拶にもいかなきゃね、チヒロ」
「…………」
笑顔でナキアスとナルヴィの二人がのたまう。あぁ、彼らのこんな顔を私は知っている。隙の無い満面の笑顔は、彼らが良くない事を企んでいる時なのだと。だからここははっきり私の意志を主張しなくては今後が危ない。
「私は前から燈里ちゃんと美波ちゃんと一緒に城下街を散策するって言っておいたでしょう! それなのになんで一般人の私が他国の王城に行かなきゃならないのよ!!」
キッと二人を睨みつけるが暖簾に腕押し、ぬかに釘。ナルヴィが私の髪を撫でながら知らない名前を口にする。
「セドアのご指名だよ」
「セドア?」
「白の第一王子だよ」
次にナキアスが私の頬を撫でながらそれが誰かを教えてくれた。
へー、そうなの。白の国の王子様なの、その人。で、何故そんなお偉いさんが私の事を知っているのよ。
「真面目な話、俺達に相談があるみたいだよ」
「俺達って……その中に私も入ってるの?」
「勿論。だから一緒に行こうって言ってるんだよ」
さっきまでソファの対面で座っていた筈なのに、いつの間にか私の両隣を陣取った二人が交互に言葉を口にする。この子達が傍にいると思うと侍女さんが用意してくれたせっかくのお茶をゆっくり味わえないのよね。
「そう。なら燈里ちゃん達にも連絡しておかなきゃ」
「その必要は無いんじゃない?」
「どうして?」
ナルヴィの言葉に首を傾げる。元々白の国では一緒に行動する約束をしている。別の予定が入ったならそれを事前に告げておいた方が良いでしょうに。
「彼女達も白の王城に一先ず集まる筈だから」
「え? そうなの?」
紅の国でお世話になっている燈里ちゃんはレティシア姫の子守、蒼の国で働いている美波ちゃんは騎士団長の婚約者。どちらも王家に近い所にいるけれど、季節祭で王族と共に他国を訪問する程の立場ではない筈だ。
不思議に思って二人を見返す千紘。そんな彼女にさり気なく触れながら、愛おしそうに見つめる双子。他人から見ればイチャついているとしか見えない状況に、いつの間にか慣れてしまっている事に本人はまだ気がついていない。