風と共に去りぬ?
石像……いや、大きな竜の影に隠れて一人慌てている私をよそに、騎士達と竜の話し合いは続いていたみたい。身動き一つしない白竜は抑揚の無い声で言った。
『……分かった。お前達がこの森に二度と足を踏み入れぬと誓うならば、……戻ろう』
「御意に」
短い言葉で応えて騎士達は森から去っていく。
今、お城に戻るって言ったよね? あぁ、やっぱりこの竜はお城に住んでいたんだ。でも騎士達と一緒には帰らないみたい。どうしてだろう。
……そして、私はどうしたらいいんだろう。私の存在には気付いてるよね? さっきまでべったり体を密着させていたんだから。やっぱり怒っているのかな。生きている竜を置物扱いしてたんだもの。失礼だよね。
これからどうなるのか分からず、動けずにいると再び声があたりに響く。けれどそれは騎士達に向けていたのとは違い、随分と柔らかい声だった。
『……森から気配は去った。もうあの者達はいない』
「あ……」
私に話しかけてるんだ。やっぱり私の存在に気付いていた? それが分かって、私はぎこちない動きで立ち上がった。ここからでは竜の顔が見えないから、恐る恐る前方に回る。するとゆっくり竜の首がこちらを向いた。
(動いた!)
ずっと石像だと思っていたせいか、本物の竜かもしれないと思っていてもやっぱり驚く。そして竜の瞳が見えた。目を閉じた姿しか見たことなかったから知らなかったけれど、その光彩は銀色をしている。白い鱗に銀色の瞳。とても美しい竜だ。一瞬竜への恐ろしさを忘れて魅入ってしまう。
で、でもこのままぼーっとしてたら頭からパックンってされるかも……。とにかく謝らなきゃ!
「ご、ごめんなさい。私……今まで勝手に……」
『良い。……離れろ』
「え?」
ぶわっと風が巻き起こる。思わず私が二三歩後ずさると、竜は緩慢な動作で立ち上がった。そして背中の翼がしなやかに動き始める。
「きゃっ!!」
突風。我慢できずに両目を閉じる。バサッという大きな音。何かが動く気配。突風が止み、やっと目を開けられたと思ったら、その場からあの大きな姿は消していた。
咄嗟に空を仰ぐ。すると手の届かない青空の中に随分と小さくなった白竜の姿があった。
「……行っちゃった」
目の前に目線を落とす。どれだけこの地でじっとしていたのか、竜が去った後の地面には草一つ生えていない。はっきりと残されたその跡が余計に、もうこの森に戻ってこない事を予感させて寂しくなった。