後ろにいるのはだあれ?
一体いつまで口を塞がれていたんだろう。解放された後はなんだか体力的にも精神的にもぐったりしてしまって、私はしばらくぼーっとすることしか出来なかった。その間に彼はまた最初のポジションに戻ってしまい、やっぱり座ったまま彼に後ろからぎゅっとされている。彼の額が私の肩に載せられて、時折彼が身じろぎするとサラサラの銀髪が首にふれてくすぐったい。
こうして初対面の人に拘束されているのは勿論困るんだけど、もっと困るのはそれをはっきり拒絶する事が出来ないこと。だって、なんだか嫌じゃない。こうして彼の体温を感じると安心さえしている。もしかして私、相当流されやすいタイプ?
そういえば、結局誰なんだろう、この人。
「あのー……」
「…………」
「私、貴方にお会いするの、初めてですよね?」
あ、まるで抗議するように彼の腕の拘束が強くなった。もしかして、初めてじゃなかったの? でも私がこの世界に来てから王都を訪れたのは今日が初めて。勿論普段お世話になっているプリモ村に彼はいない。なら一体何処で……
「ヒナタ……」
「あ……」
再び私の髪を撫で始める。心地よい感触に思わず私は目を閉じた。温かくて優しい手のひら。あぁ、気持ち良い。
(あ、れ……?)
髪を梳く、ゆっくりとした手つき。私の名前を繰り返し呼ぶハスキーで穏やかな声。それはあの頃……本当に辛くて仕方が無かったあの頃に私が繰り返し見ていたあの――
(まさか、そんな筈ない……)
慌ててセナードを振り返る。彼もその動きに気付いたのか、額をくっつけていた私の肩から顔を上げた。
「あなた、もしかして……夢に出てきた人……?」
そんな事はありえない。だってその夢は私がこの世界に来る前、東京にいた時に見ていたものだから。
通常、夢と言うのは本人の記憶に基づいている。だから夢の中に出てくる登場人物達は自分が実際に会った事のある人、本やテレビで見たことのある人なのだ。もし私がこの世界に来てから彼の夢を見たというのならまだ分かる。何故なら私が忘れているだけで、実際は会っていたり、どこかですれ違った事があるのかもしれないから。けれど東京にいた時に見た夢ならばその条件は理由として当てはまらない。
なら一体どこで? 彼は私の名前を知らなかったし、知り合いではない筈。彼の容姿を見る限り、私と同じように地球からこちらの世界に来てしまったとは思えない。
あり得ない。そんな筈ない。そう思いながらも訊かずにはいられなかった。すると彼は私を見ながら、今までにない程嬉しそうな表情でこう言った。
やっと思い出してくれたね、ヒナタ――と。




