趣味は石像鑑賞です
永い永い夢を見ていた。
温かくて優しい、けれど切ない夢を。
* * *
「おーい! ヒナ! 休憩入っていいぞ!!」
「はーい!!」
牧場の端から声をかけられ、飼葉を集めていた手を止める。いつの間にか太陽は中天に昇っていて、随分と作業に夢中になっていたみたい。
使っていた道具を倉庫へ戻し、裏手にある水場へと向かう。残念ながら蛇口を捻れば水が出るようなものではなく、手でレバーを押すことで水を地下からくみ上げるポンプ式だ。最初は全くレバーが動かせず苦労したけど、コツを掴んだ今は慣れたもの。冷たい地下水で手を洗い、作業着を着替えてキッチンに用意されていたランチボックスと牛乳の入った瓶を手に取り、お世話になっている家を出た。
此処は山間にある小さな村。村を出ればぐるりと周りを森に囲まれていて、土地勘が無ければ迷う事必死。そんな森の中を軽い足取りで進んでいけるのは自分も土地勘のある人間の一人だから。
今、お昼休憩の為に私が向かっているのは村の南西に位置する森の中。いくら慣れたといっても私では森の奥深くには入れない。目的地は十五分程歩いた先にある開けた草地だ。普段人が足を踏み入れないそこは陽の当たる静かな場所で、私の密かな癒しスポットになっている。
勿論私が毎日そこに通っている理由はそれだけじゃなくて――
「んっ……」
木々の木陰から出た途端、太陽の眩しさに目を細める。数回瞬きすれば、視界に飛び込んでくるのは大きな姿。
「おはよう」
私の挨拶に対して言葉が返ってくることは無い。だって相手は言葉を持っていない、いや生き物でさえないのだから。それは真っ白な大理石のような石で造られた竜の像だった。
私は微笑んでその姿の傍に立つ。見上げた高さは三メートル程。横幅に至っては十五メートルはありそう。一トントラックよりもはるかに大きい。
誰が何の目的でこんな巨大な石像を森の中に作ったのかは知らないけれど、本物の竜もきっとこれぐらい大きいんだろうな。そう思わせる程この石像は細部まで良く作られていて、鱗の一枚一枚まで本物そっくりなの。
最初にこの石像を見つけたのは本当に偶然。ぶらぶらと散歩途中にたまたまこの場所を見つけ、目にしたのは雑草と苔と土埃にまみれた石像の姿。長い間ずっと放置されていたみたい。最初はこれが白い石だと分からないくらい汚れていたのよね。
この村で暮らすようになって、生活する以外での趣味も目的も見つけられなかった私は、気まぐれにこの石像を掃除するようになった。周囲の雑草を抜き、苔を落とし、川の水を汲んではブラシで擦って水をかけた。満足いくまで磨き上げれば、現れたのは美しい真っ白な竜。大地に伏せて目を閉じた姿は、呼吸さえ聞こえてきそうな程圧巻だった。
それからというもの、一日一回この場所に来ては石像の傍で休憩を取るのが日課になっている。雨風に晒されて汚れればまた掃除をして、寄りかかってお弁当を食べたり、たまに居眠りしたり。すっかりこの石像に愛着を持ってしまったんだよね。
まだ村の人々にはこの場所の事を話していない。訊けばこの石像のことが詳しく分かるかもしれないけれど、他の人々がここを訪れるようになるのはちょっと嫌だった。
子供のような独占欲と、一人になれる場所が惜しいという勝手な私の都合だ。