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「名無し」の代償

「はぁ…はぁ。ここまで来ればもう安心ですね。名無しさん」

少年を引っ張ってきた少女が立ち止まったのは廃墟のようなビルが建ち並ぶ裏路地だった。

「ぜーっ…ぜーっ。何が安心だよっ。このアキバ女がっ!いきなり現れて勝手にここまで引きずり込んで、余計不安だっつの」

少女の手を振り払った少年は溜まった鬱憤を吐き出した。少女は大きな瞳を見開いている。

「はぁ…アキバ女?」

よく見ると少女はとても美しい容姿をしていた。

黒目がちな大きな瞳、白磁のように白い肌。ぷっくりとした桜色の唇。ヒラヒラとしたやたらフリルの多い服からでもスタイルが良い事が分かる。

これでそのロリータファッションではなく、もっと普通の服装をしていたらそこそこモテるだろう。

少女はしばらく「アキバ女」と繰り返し、華奢な肩を振るわせていた。もしかしたら怒ったのかもしれないと思った。

だが、それは杞憂に終わった。

「あっ。もしかして私の事ですかぁ?嬉しいです。お会いした早々素敵なあだ名をいただくなんて。あっ、そうでした。私の名前は間宮皐月まみやさつきと申します。どうぞ宜しくです」

何を思ったのか、少女は少年の悪態を喜び、突然自己紹介まで始めた。

「なっ…。何なんだよ、お前は。気持ち悪い奴だな。それより俺は大変なんだよ」

「はい。それは存じております。名無しさんは今、ご自分の存在が消えかかっているのですから」

「消えるって何だよ。それにさっきから名無しって何だよ」

「名無しさんは今、ご自身のお名前が無い状態ですから、何かないとお呼びする時不便なので、便宜上そうお呼びさせていただいています。後で柳櫃りゅうぎさまに新しいお名前を上書きされるまでは我慢なさって下さいね」

「り…りゅーぎ?何だそいつは」

名前を上書き…とは一体何の事なのだろか。

「社長の名前ですよ」

「社長?そいつんとこ行ったら記憶とか名前が分かるのか?」

半分期待混じりにそんな事を口にしたが、皐月はゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。違いますよ。名無しさんの本当のお名前は今の時点では戻らないので、代わりのお名前を付けてもらうのです」

「おい。戻らないってどういう事だよ。お前、ナメてんじゃないだろうな」

ついカッとなった少年は皐月のレースに縁取られた胸ぐらを掴み上げた。

「くっ…苦しいですよ。名無しさんっ」

たちまち彼女の愛らしい顔は苦しげに歪められる。

「だから名無しって呼ぶなっ!」


………パンっ!


その時、乾いた音と共に少年の華奢な身体が後方へ吹っ飛ばされた。

「やい。この名無しのガキが。何、俺の大事な皐月に手ぇかけてんだ。潰すぞっ!」

「きゃっ、た…太郎さんっ。名無しさんに乱暴しないで下さい」

突然現れたのは、かなり長身。それも二メートル近くもあるだろう大柄で、ドレッドヘアをした肌の浅黒い青年だった。

彼の鋭く獰猛な眼光は少年を蔑むように見下ろしていた。思わず少年は毒気を抜かれたように呆然とする。

恐らく自分を張り飛ばしたのはこの男で間違いないだろう。

「そんな事言ってもなぁ。大事な皐月の身体に傷でもついたらと思うと心配なんだよ」

「あたしなら大丈夫ですよ。これはきっと名無しさんのスキンシップですから」

そう言って皐月はまだ倒れたままの少年に駆け寄った。

「あの…大丈夫ですか?名無しさん。済みません。太郎さんが……」

「ってー。何なんだよ。そいつ。いきなり殴りやがって」

「貴様っ、まだ皐月に生意気な口を叩く気かっ!」

太郎と呼ばれた大男が少年に向けて拳を振り上げる真似をした。

「太郎さんっ。お願いですから穏便に」

「うぐっ……」

皐月に窘められ、太郎は震える拳を下ろしたす。


………つか、あいつ誰だよ。このアキバ女同様、いきなり現れやがって。それに何が太郎だよ。こいつ完璧外人じゃねーか。どこの世界にこんな濃い太郎がいんだよ………


すると少年の心の声をキャッチしたかのようなタイミングで太郎がこちらを睨み付ける。

「ほほう。まだ何か言いたい事があるようだな。名無しのガキ」

「ねえよ。このデカブツオリエンタル野郎」

「何をををっ」

「きゃーっ。もうやめて下さい。お二人とも。落ち着いて。早く名無しさんを柳櫃さまに引き合わせないと名無しさんが消えてしまいます」

「こんな奴、生かしておいても社会のゴミが増えるだけだぞ。皐月」

「そんなぁ。名無しさんにも五分の魂があるのですよ」

「おいおい、何かよく分からんけど失礼な事言ってるだろ」

「とにかく名無しさんは一緒に来て下さい」

皐月は少年の腕を引き寄せる。

「つーか、お前さっき俺が消えるって言ってなかったか?」

その時だった。

じっと見つめる自分の手がうっすらと透明になっている事に気付いた。

「おいっ、これ何なんだよ」

「どうやら始まったみたいですね」

皐月と太郎は揃って顔を見合わせる。

「始まった?」

「さぁ。早く参りましょう。時間がありません」


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