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記憶喪失の少年

ブォーン…。


目覚めると、そこは車が激しく行き来する交差点のど真ん中だった。

彼は中央分離帯を横切る形で仰向けに寝そべっていたのだ。

その様子を通行人たちが奇異の目で見てくる。或いは死体なのか疑う目つきで。


「ッつぅ………」

彼はゆっくりと起き上がり、軽く頭を振ってみる。見たところ目立った外傷もないし、身体に何も違和感も感じられなかった。

続いて自分の手足を確認する。薄汚れてはいたが、何も心配はない。

身に纏っているのはやや丈の短い茶色のレザージャケット、真っ赤なシャツ。首にはシャツと同色のチョーカー、深いインディゴブルーのジーンズと黒くて底の暑いエンジニアブーツだ。

ついでに尻のポケットに手を突っ込んでみたが、身分を証明する物や財布の類は一切ない。

「あれ……、俺は何をしてたんだっけ」

ここに至って、ようやく彼は自分の置かれている状況に疑問を持った。

自分は一体、こんな道の往来で何をしていたのだろう。昼寝にしては場所が場所だけにおかしい。

何とか思いだそうとするが、何も思い浮かぶものは無かった。

立ち上がってみると、彼を遠巻きに見ていた人々がざわざわと囁き出す。

「何なんだよ。こいつらは……」

彼が人混みの群れの方に歩き出すと、まるでモーゼが海に開いた道のように真っ二つに割れた。

多少意味不明な優越感を味わいながらも、彼は堂々とその中を歩いた。

「しっかし、何がどうなってるんだ?」

冷静になって考えてみればみる程、自分が何者で何をする為にここにいたのかさっぱり分からない。

本当にどうしたのだろうか。

もしかしてあの交差点で自分は事故にでも遭ったのかもしれない。だからこんなに記憶が混乱しているのだ。

「うーん…」

だが、本当にそこまで何も分からないと不安が増してくる。

すると歩いているうちに、視界に派出所が目に入ってきた。

「あんまり世話になりたくないけど、仕方ないよなぁ……」

ここまで何も分からないと恐怖すら感じる。ここは頼れるものには何でも縋りたいところだ。

だが、警察に行ったところで今の状況をどう説明したらよいのだろう。そんな事を考えながら派出所の扉に手をかけた。

乾いた音を立てて派出所の扉が開いた。

建て付けが良くないのか、どうも滑りが悪く、それはキイキイと耳障りな音を立てた。

中には平和そうにお茶を飲んでいる警官が二人、ぽかんと突然入ってきた彼を見ている。

「あ。どうも……」

一体何が「どうも」なのやら。

取りあえず、彼はまだ惚けたまの警官たちに今の自分の状況を説明してみた。


……………。


「ほほぅ。それで君は自分が何者なのか、何をしていたのかが分からなくなったと?」

細面で髭の剃り跡が青々している方の警官が彼の前に座った。もう一人の胃の辺りから下腹にかけてたっぷりと贅肉のついた警官は調書を記入している。

調書を取る為に握られた安っぽいボールペンは、彼の太い指の上でくるくる回転していた。

その回転を見つめながら彼は頷く。

「はい。どうしてなのかさっぱりで…。気付いたらそこの交差点で見てたっていうか…」

何だか説明していて、ただの酔っぱらいの台詞のようだなと彼は心の中で思った。

「うーん。酔っぱらって記憶が飛んだりしたんじゃないのかな?見たところまだ未成年のようだし、それはどうなのかとは思うけどね」

「まさか。そんな。俺酒なんて……」

「じゃあ、昨日君はどこで何をしてましたか?」

そう尋ねられ、彼は視線を斜め上で固定し、必死に昨日の記憶を探る。

「……………………あ…れ?」

「どうしました?」

彼は情けない顔で警官に詰め寄ってきた。

「どうしよう。お巡りさん。俺、何も思い出せないんです」

「はぁ?じゃあ一昨日は」

更に尋ねられるが、彼の頭には何も浮かんでくるものは無かった。全くの無だった。

「分かりません」

警官二人は揃って顔を見合わせる。

「じゃあ、君の名前は?住所は?職業は?」

「名前……住所…職業」

矢継ぎ早に問われ、必死に記憶をたぐり寄せようともがくのだが、何も思い浮かばなかった。

自分か何者なのかが分からない。

「変だよ。お巡りさん。どうしよう。俺、何だかマジで自分の名前も住んでる所も分からない」

彼はそう言って苦しそうに頭を掻きむしった。

それを見て二人の警官はどう声をかけたものか、言葉を探している様子だ。

その時だった。

突然視界にやたらとヒラヒラしたピンク色のドレスを纏ったお姫様のような女の子が飛び込んできた。

荒い息で上下する肩にはニンジンを銜えたウサギの斜めがけ鞄が提げられている。

年の頃は彼とさほど変わらないように見えるのに、その幼児めいた格好が異様に浮いて見えた。

そして突然の少女の乱入で唖然としている彼と警官二人の前に指を突きつける。

「名無しさんは保護するのですっ!」

「はぁ?何だよ。名無しって……」

「ちょっと君っ、何を勝手に」

突然少女は彼の腕を掴んで立たせた。その様子に警官たちが慌てて止めにかかる。

「走りますよ。名無しさん」

「何だよ。何で俺が。つかあんた誰だよっ」

少女は強引に彼を引っ張って、派出所から連れ出した。

「早くしないと名無しさん、本当に消えてしまいますよ」

「消える?」

彼女はにっこりと笑うと、更に強い力で彼を引っ張っていった。





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