ニセモノカゾク
いつものようにネットをさまよう。なにかしたいことがあるわけでもないけれど、なにもしないでぼーっとしているのも嫌だから。惰性でキーボードをたたき続ける。
こんな生活をし始めてどれくらいになるのだろう。
部屋からはほとんど出ず、薄暗い部屋の中で一人静かにPCの画面に向き合う。
一人暮らしではなく、実家暮らし。だから生活費はかからない。だから働こうともしない。
食料は家族が出かけている隙に冷蔵庫から適当に見繕う。風呂やトイレもそうだ。
俺はいわゆる引きこもりというやつだ。
最初こそ両親も心配していたのだろうが、次第に声もかけられなくなり、いつの間にか食事すら用意されなくなっていた。
家族の中では俺の存在は無かったことになっているのかもしれない。
なにかきっかけがあったのか、それすら覚えていない。どうせたいしたことではないだろうけど。
話し相手と言えば画面の向こうの人間くらいのもの。相手の素性なんて知らない。それはむこうも同じことだ。
別に楽しくてやっているわけではない。ただ、暇をつぶしたいだけだ。
そんな時だった、俺のもとに1通のメールが届いた。
このアドレスはフリーアドレスでサイトにも載せていたから誰でもわかる。ただ、誰も送ってこないだけで。
そのメールのタイトルは「家族になりませんか?」というものだった。
家族?どういうことだろうか?
スパムメールだろうと思ったのだが、差出人のアドレスに見覚えがある。たしか何度かチャットをした事のある相手だ。アドレスを教えてもらったはいいが、メールを送ったことは無い。
そんなやつからメールが届いた。しかも家族だって?
とりあえず開いてみる。絵文字や画像は無く、テキストのみのメールだった。
お久しぶりです。
私のことを覚えていますか?前にチャットでご一緒した翁です。
今回は小太郎さんにお知らせしたい企画があったのでメールしました。
小太郎さんは「疑似家族」と言うものをご存知でしょうか?
見ず知らずの人間同士が家族になって一緒に生活をするというものです。
この疑似家族をやってみようということになったのですが、
参加するメンバーが一人足りず、困っています。
そこで心当たりにメールを送っているということです。
お互いの素性は一切明かさず、仮初の家族を作る。そういった企画です。
お断りしていただいてもかまいません。無理強いすることでもありませんので。
もしもご参加いただけるのであれば返信をください。詳細をお伝えしますので。
それでは。
メールは以上だった。
疑似家族と言うのは聞いたことがある。ネットで知り合った者同士がRPGのように家族の役割を演じる、と言うもののはずだ。
家族。俺にとっては全く縁のないものだ。
だが、縁のないものだからこそ、体験してみたいとも思う。
どうせ時間はあるんだ、ゲームと同じ。役を演じるだけ。
俺は翁への返信を打ち始めた。
それから1週間たった。
俺はいつぶりになるのかわからない外の空気を感じていた。
翁に指定された場所へ向かう。今日が疑似家族の集まる日だ。顔合わせとでも言うのだろうか。
指定されたのは自宅から電車で2駅行ったところにあるファミレス。
店内に入る。
「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」
これ以上ないくらいの笑顔で店員が聞いてくる。
「・・・・・・・待ち合わせです」
声を出すこと自体が久しぶりで、とっさに声が出なかった。
「佐藤様でございますね。お席にご案内いたします」
そう言うと店員は店の奥に向かって歩き出した。俺は遅れないようについていく。
「こちらでございます」
通されたのは一番奥のテーブルだった。俺のほかにはまだ誰もきていない。
「お冷です」
俺の前に氷の入った水が置かれる。
「ご注文が決まりましたらボタンをお押しください」
そう言うと店員は忙しそうに去って行った。
水を一口飲む。緊張しているのか、唇が渇いていた。
他の家族がいつ来るのかわからない。下手に注文はしない方がいいだろう。
それまでのんびりするか。俺は携帯をとりだした。
10分ほどたったころ、店員がこちらへ向かってくるのに気づいた。
「佐藤様、こちらでございます」
どうやら他のメンバーが来たようだ。
どんな人間なのか確認するために携帯から視線を外し、正面を見た。
「・・・・・・・・・え・・・?」
そこにいた人物に俺は見覚えがあった。こいつが・・・?
「・・・父さん・・・?」
目の前にいるのは確かに俺の父親だ。しばらく会っていないが間違えるはずがない。
「久しぶりだな」
そう言うと父さんは俺の向かいに座った。
わけがわからない。どうしてここに父さんが?
困惑しているのが伝わったのだろう。父さんが口を開く。
「この間メールを送ったのは私だ」
「え?」
「私が、翁だ」
あの疑似家族の案内を送ってきたのが目の前にいる父さん?
「どうして・・・?」
「もう一度、お前を顔を合わせて話がしたかった。そして、また家族として生活したいと思ったからだ」
「・・・」
「私や母さんがノックをしたところでお前は出てこないと思ったから、ネットの方からアクションを起こしたんだ。そっちの方がお前は動いてくれる確率が高そうだったからな」
「・・・」言葉が出ない。
「私も母さんもお前とまた一緒に飯が食いたい、そう思っている。この気持ちをわかってくれないか?」
「・・・どうして」
「ん?」
「どうして、俺みたいなのを構おうとするんだよ。ずっと引きこもっていた俺なんかを」
「どんなことをしていても、お前は私と母さんの子供だ。子供と一緒にいたいと思うのは親なら当たり前だ」
そう言うと父さんはほほ笑んだ。おそらく緊張していたのだろう。
「で、どうだ?また一緒に母さんの飯を食わないか?」
あの薄暗い部屋を出て家族のもとへ戻る。明るい家族になる。
「・・・・・・わかった」
「そうか。よかったよ」
父さんは笑う。多分、俺も。