幼少期
「ちょっと待っててね」
お祭りの入口付近で近所の奥さんと話し込む母親が言う。
しかし子供の自分が目の前に楽しいものを見せられて待てだって??
どうせ話しが短くないのはわかっていたし、初めてきた祭には魅力的なものが満載過ぎた。
道行く人がもつ綿菓子やりんご飴などの食べ物に、人垣が出来ている射的や金魚すくいなどの屋台。
それにお祭りには行きたくないと言った父親がこっそり渡してくれたお小遣がある。それををにぎりしめて人混みの一員になるべく小さな一歩を踏み出した。
「坊や、彼女と祭かい??」
一瞬なんのことかわからなかった。
しかし、綿菓子のおじさんの視線がしっかりとにぎりしめた左手に注がれてるのがわかった。
でもその頃はまだ、彼女が何なのかわからなくて仲の良い友達くらいの意味だろうと思った。
だから、うん、と返事をして手をつなぐ少女を見る。
やっぱりお祭りは楽しかった。
そんな中泣いているこの少女はやけに僕の目を引いた。
こんなに楽しいのに何で泣いているんだろう……。
不思議に思い、少女に手を差し出すとしっかり握られてしまい離してくれなくなった。
無理やり離して泣かれても困るし、何故か悪い気がしなかった。
その時、母親の声がした。
今会うと怒られて、お祭りどころじゃなくなる気がした。
だから少女の手を握ったまま、その場から逃げ出してしまった。
少女が何も言わないのでそのままお祭りを楽しむことにした。
おじさんに視線を戻し綿菓子を頼むと、周りの人のものよりも大きなものをくれた。
下手くそなウインクをするおじさんにお礼を言い、屋台から離れる。
綿菓子を食べようにも左手が使えない。
直接かぶりつき食べることに。美味しい。
その原因の俯いている少女の前に綿菓子を差し出す。
少女は左手でそれを少しちぎり食べた。しばらく無言で2人して綿菓子を食べた。
「こっち、さっき見つけたとっておきの場所なの」
綿菓子を食べ終わった少女が初めて喋った言葉。
綺麗な声だと思い少女を見つめた。
照れ隠しなのか手を引っ張る少女に連れられ、木につけられた目印を見つけ、獣道を通って行った場所は草原だった。
それと満天の星空。
2人座ってそれを見た。
手を繋いだまま。
離せたけどそうしなかった。
「こら!」
結局、母親には怒られた。
でも一緒にいた少女が隣の家の迷子の女の子だと解り、ちょっと嬉しくて笑った。
怒られているのに笑っていたからさらに怒られた。
でも、少女を見ているとなぜか元気が出た。
別れ際に手を振る少女を見ているとこれからも一緒に居たいと思った。