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まるで恋人にもたれるように、風視は祈樹に身を預ける。
はらはらと舞い落ちる祈樹のはなびらが、まるでそれに応えているようだ。
「あやかしが人間を、助ける。まぁ珍しいけれど、今までそういう例がなかったわけじゃない。そのことはもちろん那智も知っている。だから、那智は考えたはずだ」
風視はうっすらと笑みを深くする。
「君はあやかしに助けられたのではないか、とさ。それから多分、狂ったあやかしに殺されかけたところを救われて、もう人間じゃないなくなったのじゃないか、とかさ」
淡々とつむがれる、風視の推測。
返すべき、言葉はない。
「僕は今日、珍しく2年ぶりくらいで芽津に戻ってきたんだ。めんどくさいやつだけど、那智は一応同僚だしね。怪我が完治して復帰したのなら、おめでとうくらいは言ってあげるべきかと思ってさ」
イヤミを言うの、間違いじゃ…
千早はちょっと思ったが、懸命にもそれは口に出さずに飲み込んだ。
風視と会ってから、まだほんの少ししか立っていないけれど。
激しく面倒ごとが起こりそうな予感がしまくっているけれど。
とりあえず風視は嘘をついているようではなかったし、害意を持っている風でもない。
それなら。
隠せてると思ってた2年前のことが実は結構公然の秘密だったのなら。
誰が何をどこまで知ってて、どこがまずいのか。
それくらいは知っていたほうがよさそうだ。
風視はなかなかに素敵な性格の持ち主のようだけれど。
ひとまず千早が知りたいことの情報は持っていそうだったから、特に口を挟むではなく。風視の次の言葉を待った。
「そうしたらさ。陵王がさ。那智がなんか君にたいしてたくらんでいるかもーっていうだろ? もう焦ったよ。君に何かあったら、僕も無事じゃいられないしねぇ」
「え?」
千早自身の無事と、風視の身の安全の間にいったいどういう関係性が有るというのか。
「まぁとりあえず、太陽の光を一日中浴びさせて、尻尾を出させようとか。比較的温厚な引っ掛け方でよかったよ……。弱いあやかしには、太陽の光は毒も同然だからね。弱って化けの皮がはがれる」
「いえ、そうじゃなくて」
見当はずれの説明をしてくれる風視に、千早はかぶりを振った。
「なんで、あなたにも危害が及ぶのですか?」
「え」
千早の問いに。今度は風視がまたたいた。
「なんでって……だってさ。そんなの鬼哭に殺されるに決まってるじゃないか」
「なぜです?」
「なぜですって……えーー本当に素で聞いてるの?」
祈樹にもたれていた身を起こし、風視は愕然とした様子で千早の顔を見上げてくる。
「あのさ。君は鬼哭に助けられたんでしょ? あの桜ヶ淵で」
「助けてくれたのは真っ白な髪のあやかしでしたけど、名前までは知りません」
「いや、鬼哭っていうのは通り名というか何というか…」
困惑しきったように、風視はゆっくりともう一度まばたいた。
「鬼哭岳の主なんだよね、あのひとは。桜ヶ淵の友達で、あの日は桜ヶ淵を助けにきたんだ」
古杜半島を東西に分断する都隠山脈。鬼哭岳はその主峰で、人間の侵入を固く拒む剣山だといわれている。芽津からも天気がよければ頂を白く染めた鬼哭岳を南側に望むことが出来る。
あのあやかしは、あの山の主なのか。
感慨深く、そんなことを思う。
「なぜ君を助けたのかは、僕にはわからないけどさ。こないだ会った時…半年くらい前かな。その時に、影狩師を助けた話をきいた。君の名前も」
と、すると。
あのあやかしは、自分のことを覚えていたということになる。
気まぐれで助けた人間など、もはや忘却の彼方かと思っていたが。
いや、その前に。
「……きいた?」
語られなかった、その主語は?
「…………だれに?」
「鬼哭に??」
なぜだか風視も疑問系で答えてくれる。
「鬼哭って、あやかしですよね?」
「うん、そうだね」
「あなたは、影狩師ですよね?」
「うん、一応ね」
「影狩師なのに、あやかしとしゃべったのですか?」
「しゃべっちゃいけないという決まりはないよ」
いま、とんでもないことを聞いたような気がする。
「いや、そういうことではなくて……あやかしって、影狩師にとっては。狩る対象なのでは?」
確認するように千早が言えば、風視はうーーーんとうなった。
「まぁ、いろいろな状況があるから、十把ひとからげにはできないな」
ごまかすようにそんなことを風視はいって。
「でもまぁ、鬼哭との付き合いは長いよ。だから、あの人が〈力〉を割いてまで助けた君を、不幸な事故でなくすことだけは、絶対に避けたいと思ってる。そんなことになったら、白連塾は壊滅させられる……」
考えただけでもぞっとすると呟いて、風視は自らの腕を強くさすり。
さらに信じられないことを口にしたのだった。
千早と風視のお話が終わりません…
はやく次にすすみたいのですが……もう少しです><