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「ヒマねぇ」
誰か来るかと思って構えていたのだが、そこはあまりにも平和だった。
淡い桜色の珠を眺めながら、六花はふあぁとあくびをひとつする。
「……あら?」
ぱきん、と澄んだ音が鳴る。
あくびをおさめて、六花は桜珠を覗き込んだ。
※ ※ ※ ※
「う~~~~」
ごろごろと床の上を転がり、千早は無意味なうなり声を発した。
「どうした、千早」
部屋の隅でぱらぱらと草紙をめくっていた氷流が怪訝な視線を向けてくる。
桜ヶ淵の里の、あまりに平和な昼下がり。
輝の神の、突然の降臨から、すでに三日ばかりが経過していた。
「なんていうのかなぁ。なんていうのかなぁ!!」
仰向けに寝転んだまま、頭頂部で床をぐりぐりと攻撃し。というよりも自分から痛みを伴った被害を被り。千早はまた低く獣のように唸った。
「なんていうのか、こう! すっきりしないのよ、わかる?!」
氷流は草紙をめくる手を休め。
眉根を寄せて、ほんの少しばかり考えるそぶりを見せた。
「残念ながら、理解しかねるな」
そうして、あっさりとそんな答えを投げつけてくる。
ここでもう少し考えてくれれば、いらいらも少しマシになっただろうに……とは思っても。
人間ですらないあやかしに、そんなことを期待しても無意味だろう。
「ばかぁ!」
ぐるると低く威嚇でもしたい気分だ。
八つ当たりなのはわかっているが、八つ当たりでもしないことにはやっていけない気分では確かにある。
「なぜ、ばかなのだ。おれはおまえの望みをかなえたはずだぞ?」
確かに、氷流は約束を守って、桜巳を助けてくれた。
あの神降ろしの日から、気を失ったまま意識が戻らないが、氷流によれば、初めて神を降ろした巫女にはありがちなことで、その場で狂わなかったのだから、恐らく大丈夫だろうということだった。
それはいい。
それはいいのだ。
そのことは心底嬉しいと思うし、感謝している。
「ちがうのよーーー」
ただ、問題はそこではない。
むくり、と身をおこした千早は、溜息混じりに窓から見える里の風景へと視線をおくった。
「那智さまもあきらめて帰って下さったし。里にかけていた呪も解いていただいたけど」
千早にはよくわからないことだったが。
那智の話を総合すれば。
輝の神をこの世に降ろしてしまうと、輝の神殿で教えていることとは間逆になるが、世界が滅びてしまう可能性があるらしい。闇の女神は、滅びないようになにかを封じて眠りについているらしいのだが、その眠りを守るさらなる封印を守るのが、女神の眷属――つまりは、氷流たちあやかしの主であるという。
今回の一件で、夜斗が、そのうちの封印を担う眷族のひとりだとわかったために。
那智は桜ヶ淵攻略を、風視さんに免じて、あきらめた、らしい。
「う~~~居心地がわるいーーー」
せっかく那智がめずらしく協力的に、里の封印を解いてくれたと言うのに。
それもありがたいことだとわかっているけれど。
千早はそう唸りまくらずにはいられなかった。
つまりどういうことかと言えば。
2年前の、桜ヶ淵。
夜斗が封じられたその直後と同じ状況が再現されているのだ。
何事もなく、だれも2年前の件を覚えていなかった先ごろまでは、言ってはなんだが、恐れられもせず、敬遠もされず、居心地がよかった。けれど、呪がとかれ、2年前の一件を里人が思い出せば、もともとの空気が蔓延するのは仕方がないことと、言えるのかもしれなかった。
言えるのかもしれないが。
納得して受け入れられるかと問われれば、それはまた、別問題なのである。
ふむ、とこちらの様子を眺めていた氷流は、千早のよりもよほど赤いくちびるに、ほんのりと微笑を添えて見せた。
「まぁ、いずれ改善されようさ」
呑気というか、なんというか。
のんびりとしたその言葉に、千早はまた唸りながら溜息をひとつ、ついたのだった。
エピローグ的にすっぱり終わってもよかったのですが。
蛇足的に、いろいろ書いてみたかったので最終章にしてみました。
……というよりも。拾い切れなかった伏線が……><
一応10話程度を予定しています。
もう少しお付合いいただければ幸いです。




