12
無茶をする、と。
低く呟いた氷流の忌々しげな声音を聞いた気がした。
咲き乱れる桜の花をみた。
月のさやけき光を押しのけるように、まぶしすぎる陽光が大地からあふれてあたりを染め上げたように思う。
吹く風に舞う花びら。
ひらり、ひらりと。
風の輪郭を描くように、優しく。やわらかく。
「桜巳……」
舞い散る花びらに。桜に。光に。
すべてに抱かれるようにして、桜巳は立ち尽くしていた。
今は、昼か。それとも夜か。
空は淡い紫の色に彩られ、星は夜明けの空の色に眠りにつこうとする。
無理やりに押しのけられた夜。
幻想的だけれど、光臨した陽光はどこか、傲慢で。
「桜巳っ!!」
巫女の装束が、吹く風に揺れている。
風をはらんで、髪がさらりと空に溶ける。
色とりどりの衣が、ゆらゆらと揺らいで。
「ちは、や……」
ほんの一瞬。確かに正気の色をやどした桜巳が、くしゃりと顔をゆがめた。
「私……」
のばされる、ゆびさき。
応えるように、千早も手をのべようとして。
「よせ」
横合いから阻まれた。
「氷流?!」
痛みこそ感じないものの、しっかりときつくつかまれた指先。
千早が抗議をこめてにらみつけると、氷流は表情のこもらないまなざしを向けてきた。
「よく見るが良い。あれはおまえの友人ではないぞ」
「……え……?」
「あれは、闇無の神だ。あの娘はその身に神を降ろした」
促されて、桜巳のほうへと瞳を向ける。
黒かったはずの桜巳の髪は輝いて。
その瞳も陽光を集めたように明るくて。
おとなしい笑みを浮かべるはずのくちびるには、傲岸な笑みがはかれていた。
「桜巳、は……?」
姿は桜巳だった。けれど、はっきりとわかる。
あれは、桜巳ではない。
「ねえ、氷流。桜巳は?!」
桜巳がなくなっていくような気がした。
美しいけれど、冷酷なその表情。まるで、足元の石ころをみつめるような、そのまなざし。
「わからん。だが、真によりましとしての才を持つならば、或いは、助かるかも知れん」
神は、神。
人間は、人間。
ただの人間が、神をその身に降ろして無事に済むはずもない。
下手をすれば、意志を食われつくして、心をなくした器だけが残る。
昔から語り継がれる、神を降ろした巫女の末路。
「あ……」
言葉にならない、声が漏れる。
降りた神は確かに、怖い。恐ろしい。
けれど、それよりも怖いのは。
「氷、流……」
震える手で、千早は氷流の衣をつかんだ。
支えてくれるその腕に、すがるようにつかみかかる。
「助けて、氷流……」
花びらが舞う。はらはらと。ひらひらと。雪が舞うように。
花びらが降る。
「桜巳を助けて!」
氷流の黄金の色をした瞳をみつめる。
ふと、そのひんやりとしたまなざしが緩んだ気がした。
頬に触れてくる、氷流の優しい指先。
「おれとの契約を、覚えているな?」
しずかに、しずかに。氷流が問う。
「おまえの望みを叶えてやる。かわりにおまえは、おれの望むものをよこせ」
「桜巳を、助けてくれるのなら。なんだってする」
うなずけば、氷流は嫣然と笑って見せた。
千早を背後にかばうように。一歩前へ進み。真正面から桜巳をみつめる。
「承知した。力を尽くそう」
長くなりましたが、この章はこれで終了です。
次は新章になります。




