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「この珠さ、ステキに育ってくれてるけどそろそろやばいと思うんだよね?」
風視がそういって部屋の中央部を示すと、六花もさすがに無視はできなかったのか、ほんの一瞬そちらのほうへと視線を投げる。――凝った造りの燭台に四隅を囲まれた、桜色の結晶のほうに。
「……なんですの、これは」
「まだこの程度なら、たとえ砕けたとしても桜ヶ淵が死ぬことはないと思う、けど……」
「悪趣味でございますこと」
風視の言葉を途中でぶった切って、六花は吐き捨てるようにそう呟いた。
「これだから、あの男は好かないのですわ」
「あの男?」
思わず問えば、六花は不機嫌な様子でじろりと風視をにらみつけた。
「風視さまのご同胞でございましてよ。那智という名の」
「那智のつくった呪だとわかるのかい?」
「わからないのは風視さまくらいではございませんの?」
苛立ち紛れに六花は言い捨てて。そのままその美しい指先で結晶の一部分を示した。
「ここに呪が絡み付いているのが見えますわ。もちろん、あの男の愚かしい名も」
ちらりと風視も結晶のほうへと目をやったが、見えないのは百も承知である。あやかしとしては、目が良いほうではないのだ。
「それでお願いなんだけどさ。鬼哭にこのことを伝えてくれないかな。きっと桜ヶ淵のどこかに仕掛けがあるはずなんだ。それを解かなければ、こちらがわの呪を解くことができない」
風視の言葉に、六花は黙ったままわずかに顎を持ち上げた。
ほとんど変わらぬ身長ながら、まるで見下すような様子である。
「ご自分でいかれてはいかがですの?」
「だけど、ここをこのまま置いて行くわけには……」
「若月もものわかりの悪い主をもって本当に気の毒ですこと」
上で待たせている牙獣の名をあげて、六花は大仰に溜息をついて見せた。
「わたくし、そこな子供のお守りをするのは謹んでご辞退申し上げたいと存じましてよ」
桜ヶ淵で不利な状況におちいれば、呪を熟成させるのにはまだ時が足りなくても、那智は状況を一転させるために結晶を砕こうとするかもしれない。桜ヶ淵は死にはしなくても、さらなる痛手を負うことだろう。
それは、つまり。
桜ヶ淵の大地そのものに負担を与えることになる。
下手をすれば、しばらくは人間の住めない土地になってしまうかもしれない。
そんなことをして、那智に何の得があるとも思えないが、しないという保障はどこにもないのだ。
まぁ、狂いすぎた土地は鎮守者たるあやかしの主さえ拒むものだというから、あやかし憎しを心の支えにさえしている那智から見れば充分有意義、なのかもしれないが、すべては推測に過ぎない。
その場合、ここは那智の一派との戦場になる。
そうなった場合に、多岐のお守りをするのはイヤだと六花はいっているのだ。
と、いうことは。
「えっと、君がここを守ってくれると、そういうことかい?」
「風視さまは理解力がわるくていらっしゃるようですわね」
六花は赤く塗った唇を不機嫌にゆがめる。
「桜ヶ淵までは、わが主さまがお通りになった〈道〉がございますわ。天花がご案内を務めましてよ」
早く行けといわんばかりのその態度さすがの風視もわずかにくちびるを曲げたが、ここで言い争っても益はない。それよりは、守ってくれるという六花にあとを任せて早く桜ヶ淵にむかったほうがいいのは確かだ。
それにしても、六花は自分に対して辛辣だと思う。
もともと自分の主以外のあやかしにはとことん冷たい女ではあるが。
もう少し言いようというものがあると思う。
「じゃあ、ごめんだけど、後は頼むよ」
「承りましてよ」
つんとした調子で六花はうなずく。
後頭部をなんとはなしに掻きながら、風視は多岐を連れてその場を後にする。
長い階段を登り、祈りの間に出れば。若月がぱたんと猫のように長い尻尾をふって出迎えてくれた。




