表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第六章 桜巳
52/92

7

 久しぶりにやってきた千早に、里人たちは比較的好意的だった。

「お、珍しい人がいるね!」からはじまり、「桜巳ちゃんが寂しがってたよ!」「桜ヶ淵で婿取りでもして、居着く気になったかい?」まで、さまざまな言葉を投げかけられる。

「みんな、元気そうだね」

 どう感想をいっていいものやらわからずにそう呟けば。桜巳はただ、くすくすと笑っていた。

 変な道を通ってきたせいで時間の感覚も薄かったのだが、桜巳の家にあがりこんで、ほんの四半刻。みんなが次々に昼ごはんを持ってきてくれたところをみれば、どうやらお昼前だったらしい。

 意識した途端、空腹を訴え始める腹をなだめつつ、千早は座敷に座り込んで息を吐いた。

 ついさっきまで何かと世話を焼いてくれていた桜巳も今はいない。

 桜ヶ淵の巫女としての勤めを果たしに、どこかへ出向いていったきりだ。

 先に食べててくれといわれたのだが、主のいない家で先に食事をはじめるのも気が引ける。

 昔なら遠慮も何もなかったのだが、2年の間にほんの少し、開いた気がするわずかな距離。今の桜巳はおかしいし、と言い訳をしてみたところで、2年という月日はやっぱり長いのかもしれない。それだけ会わなければ、人間関係も変わるし、日常的なささいな雑談に説明が必要になってくる。

 桜巳が親友、というその立ち位置に変わりはなくても。

 大事に思っている、こちらの気持ちに変わりがなくても。

 流れてしまった時間が、前と変わらず在ることを許してはくれない。

「巫女も大変なんだねぇ……」

 何とはなしに、しみじみと呟いてみても。

 実際のところ、千早は桜巳が何をしに行ったのかを知らない。どんな仕事があるのかもわからない。聞けば当然教えてくれるのだろうが、その質問をするのになんとはなしに気兼ねをする。

 ふう、と知らずに溜息が漏れる。

 開いた、距離が痛い。

「お前のせいだ!」

 甲高いその声は、唐突にひびいた。

 何かが飛んでくる音に反射的に身をひねり――うまく避けられたのは、おそらく日頃の訓練の賜物なのに違いない。千早が一瞬前にいたところには、拳大の石がとんできて、座敷にぶつかって鈍い音をたてた。

 それほど大きな石でもなかったが、当たれば結構な痛さだろう。

 驚いて、石が飛んできたほうに目をやれば。

 まだ10歳ほどの少年が、顔をくしゃくしゃにしてこちらをにらみつけていた。

「お前のせいなんだからな!」

「……きみ誰?」

 薄汚れて、ぼろぼろになった衣。素足で、がりがりに痩せている。

「お前がきたせいで里がおかしくなったんだ」

「……私の?」

「お前が主さまを封じたりなんかするから、桜巳のねえちゃんもほかのみんなも、主さまを忘れて、きらいになってしまったんだからな!」

 くちびるをかみ締めて、少年は懸命に零れ落ちそうになる涙をこらえているようだった。

「きみは、夜斗さんと桜巳が仲良しだったことを覚えているの?」

「なんでおれが忘れるんだ! おまえなんか嫌いだ! 出て行け!!」

 叫びながら、少年はもうひとつ石を握っていた手を振り上げた。

 長く、鋭く伸びた爪。指の間に、わずかに張った膜を見た気がした。

 悲鳴のような叫び声だった。

 悔しくて、つらくて。でも自分ではどうにもできなくて。歯がゆくて。

「あ、きみ……」

 飛んできた石を避ければ、少年はさらに顔をゆがめて踵をかえした。

 呼び止める暇さえもなく、その姿はすぐに低い垣根を飛び越えて見えなくなってしまう。

 いったいなんなんだろうと思いつつ、その言葉が気になってしょうがない。

 里の人の誰もが忘れてしまっている、千早についての2年前の誤解をあの少年はしっかりと覚えているようだったから。

 追いかけようと浮かしかけた腰を、迷いに迷ったあげく再びおろして、ほんのしばらく。

「あら、千早。先に食べててといったのに」

 戻ってきた桜巳が困ったようにそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ