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久しぶりにやってきた千早に、里人たちは比較的好意的だった。
「お、珍しい人がいるね!」からはじまり、「桜巳ちゃんが寂しがってたよ!」「桜ヶ淵で婿取りでもして、居着く気になったかい?」まで、さまざまな言葉を投げかけられる。
「みんな、元気そうだね」
どう感想をいっていいものやらわからずにそう呟けば。桜巳はただ、くすくすと笑っていた。
変な道を通ってきたせいで時間の感覚も薄かったのだが、桜巳の家にあがりこんで、ほんの四半刻。みんなが次々に昼ごはんを持ってきてくれたところをみれば、どうやらお昼前だったらしい。
意識した途端、空腹を訴え始める腹をなだめつつ、千早は座敷に座り込んで息を吐いた。
ついさっきまで何かと世話を焼いてくれていた桜巳も今はいない。
桜ヶ淵の巫女としての勤めを果たしに、どこかへ出向いていったきりだ。
先に食べててくれといわれたのだが、主のいない家で先に食事をはじめるのも気が引ける。
昔なら遠慮も何もなかったのだが、2年の間にほんの少し、開いた気がするわずかな距離。今の桜巳はおかしいし、と言い訳をしてみたところで、2年という月日はやっぱり長いのかもしれない。それだけ会わなければ、人間関係も変わるし、日常的なささいな雑談に説明が必要になってくる。
桜巳が親友、というその立ち位置に変わりはなくても。
大事に思っている、こちらの気持ちに変わりがなくても。
流れてしまった時間が、前と変わらず在ることを許してはくれない。
「巫女も大変なんだねぇ……」
何とはなしに、しみじみと呟いてみても。
実際のところ、千早は桜巳が何をしに行ったのかを知らない。どんな仕事があるのかもわからない。聞けば当然教えてくれるのだろうが、その質問をするのになんとはなしに気兼ねをする。
ふう、と知らずに溜息が漏れる。
開いた、距離が痛い。
「お前のせいだ!」
甲高いその声は、唐突にひびいた。
何かが飛んでくる音に反射的に身をひねり――うまく避けられたのは、おそらく日頃の訓練の賜物なのに違いない。千早が一瞬前にいたところには、拳大の石がとんできて、座敷にぶつかって鈍い音をたてた。
それほど大きな石でもなかったが、当たれば結構な痛さだろう。
驚いて、石が飛んできたほうに目をやれば。
まだ10歳ほどの少年が、顔をくしゃくしゃにしてこちらをにらみつけていた。
「お前のせいなんだからな!」
「……きみ誰?」
薄汚れて、ぼろぼろになった衣。素足で、がりがりに痩せている。
「お前がきたせいで里がおかしくなったんだ」
「……私の?」
「お前が主さまを封じたりなんかするから、桜巳のねえちゃんもほかのみんなも、主さまを忘れて、きらいになってしまったんだからな!」
くちびるをかみ締めて、少年は懸命に零れ落ちそうになる涙をこらえているようだった。
「きみは、夜斗さんと桜巳が仲良しだったことを覚えているの?」
「なんでおれが忘れるんだ! おまえなんか嫌いだ! 出て行け!!」
叫びながら、少年はもうひとつ石を握っていた手を振り上げた。
長く、鋭く伸びた爪。指の間に、わずかに張った膜を見た気がした。
悲鳴のような叫び声だった。
悔しくて、つらくて。でも自分ではどうにもできなくて。歯がゆくて。
「あ、きみ……」
飛んできた石を避ければ、少年はさらに顔をゆがめて踵をかえした。
呼び止める暇さえもなく、その姿はすぐに低い垣根を飛び越えて見えなくなってしまう。
いったいなんなんだろうと思いつつ、その言葉が気になってしょうがない。
里の人の誰もが忘れてしまっている、千早についての2年前の誤解をあの少年はしっかりと覚えているようだったから。
追いかけようと浮かしかけた腰を、迷いに迷ったあげく再びおろして、ほんのしばらく。
「あら、千早。先に食べててといったのに」
戻ってきた桜巳が困ったようにそう呟いた。




