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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第六章 桜巳
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「あの、桜巳……?」

「よせ」

 なぜ、知ってるの……?

 問おうとした瞬間、氷流がとめた。

「夜更けに迎えをよこす。それまでおとなしくしていろ。おれは少し様子を見てくる」

 桜巳の背後、つまりは千早の正面にまわった氷流は低く言葉を呟いて、かすめるように指先で額に触れた。

「無理をするなよ。いいな?」

 それだけを言い残し、氷流は一度だけ、とん、とかるく地面を蹴った。

 ほんの一瞬その姿が揺らぎ、空気に溶け込むように姿が消える。

 千早は驚いて目をこすっても、その姿はとうになく。桜巳が不思議そうに首を傾げただけで終わった。

「行きましょう、千早。早く行かないと、長さまの買ってこられたお菓子がなくなっちゃうわ。みんな虎視眈々と狙ってるんだから」

 なによ。

 桜巳の言葉に笑顔をつくってうなずきながら、千早は内心氷流を恨んだ。

 傍にいてくれるっていったくせに!

 2年ぶりの桜ヶ淵。久しぶりに再会した親友は呪にかけられているのか、なんだか少しおかしくて。もしかすると、ほかにも何か罠が仕掛けられているかもしれないくて。

 何もないかもしれないけれど、そんな保障はどこにもない、この地で。一人にされたと思うと、不安が唐突に膨らんでいく。たぶん、それと同じくらいに怒りも。

 表情が険しくなるのも無理はないかもしれない。

 無理やりににこりと微笑んで、昔通いなれた集落への道を進んで歩き出す。

「今日は桜巳のとこに泊めてね?」

 頼んだ言葉は半ば無意識だった。

「もちろん。どれくらいいられるの?」

「ん~……」

 嬉しそうに問われて、千早は首をひねった。

 どれくらい。

 そう訊かれても、桜ヶ淵の調査を実際にするのは風視であって、自分ではないのだから。いくら考えても答えが出るわけはないのだ。

「ちょっとわからないかも……」

「もしかして……お仕事できたの?」

 お仕事。

 さっきから難しいことばかり訊いてくれるな、と千早は眉間に皺を寄せた。

 風視の仕事を眺めているのが、自分の仕事に入るのなら間違いなく仕事、かもしれないが。

「う~ん、お手伝い、かも」

「お手伝い?夜斗さまの封印の調査に来たの?」

「……それも含まれてるかも?でも決めるのは私じゃないからわからないよ」

 困ったように答えれば、桜巳はひどく落胆したように肩を落とした。

「そっかぁ……お仕事なら、夜斗さまに近づかないでっていうのは無理だよねぇ」

「わかんないけど……言われればしなくちゃいけないかも」

「千早が夜斗さまの封印に近づくのは、前みたいなことが起こったら怖いからいやなのよ。だからなるべく、近寄らないでね?」

 うん、と千早はうなずいた。

 先ほどから、まったくまともに質問に答えられていないのが、何とはなしに歯がゆい。

「そういえば、桜巳。私のほかに影狩師は来た?」

 ふと思い出したのは、別行動をとっている風視と多岐もおっつけこちらにやってくるということだ。芽津でなにか調べることがあるらしいから、到着が自分たちよりも早いことはないかと思ったが、万が一ということもある。

「まだきてないけど……千早がお手伝いをしなくちゃならない人が来るのね?」

「そうそう。私の先生みたいな感じの人なんだ。ちょっと用事があって別行動をしてるんだけどね」

 そうなの、と桜巳はうなずく。

「気をつけておくわ。もしいらっしゃったら、私の家に知らせにきてくれるようにみんなにいっておくわ」

「うん、ありがとう」

 ずっと歩いてきた森の中の小道が少し開けて、前方にまばらに家が見えてきた。

 2年ぶりの桜ヶ淵の集落だ。

 森の中を吹く風に、清涼な水の香りを感じる。

 集落をすぎてもう少し行けば、大きな湖へとたどり着くはずだ。鹿角(かづぬ)山脈の西の端にある山を滑り落ちる渓流が注ぎ込む美しい湖。桜に囲まれた、2年前の因縁の場所――もっと言うならば。

 千早が、死にかけた場所。

 氷流と出会った場所。

 夜斗が、氷に抱かれてねむっているところ――

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