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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第五章 桜の呪い
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「まぁ、そんなわけでさ。那智には気をつけてほしいんだよ」

 半分は陵王に。

 半分は自分でかみしめるように呟いて、風視はちらりと窓から見える中庭に目をやった。

「間違っても、千早ちゃんを失うことがあってはならない。白連塾どころか芽津がなくなっちゃうからね」

 はじまりはなんであれ、あやかしの情は深い。

 一見冷たく見える鬼哭でさえ、それは例外ではないはずだ。

「わかりました」

 抑揚も少なく陵王は応じて、唇にうっすらと笑みを浮かべた。

「那智と桜珠のことは、こちらでも少し調べてみます」

「頼むよ、塾長」

 軽口をたたいて、ひらりと手を振って見せる。

 ただでさえ忙しい陵王の手を煩わせて、ついでに時間も取ったのだ。あとはこちらの仕事である。



  ※  ※  ※  ※



 多岐は、無言で皿に残っていた団子の最後のひとつを取り上げてかぶりついた。

 那智の余裕をにじませた背中が、桜色の輝きをつけた人波にまぎれて遠ざかっていくのを半ばにらみつけるようにみやる。

 妙に懐が重い気がするのは、扉を開ける呪符にくわえてさらに渡された呪符のせいかもしれない。

 那智は、多岐にこうしろ、とはいわない。

 呪符を手渡して、千早を守りたいのならどうすればいいのかわかっているなと、そう言うだけだ。

 だが、と多岐は思う。

 もし仮に、那智の願いを多岐がかなえて。風視のあやかしと接触した現場を押さえ、風視の討伐に手を貸したとしても。風視とつながっているであろうあやかしを屠ったとしても。それは決して多岐の望む未来へは――千早の安寧へはつながらないと思うのだ。

 ここまであやかしに近くなってしまった千早を、守るためには。

 一番いいのは、白連塾から遠ざけることだと思う。あの鬼哭とかいうあやかしにたくしてしまえば、おそらく一番安全なのだ。恐ろしく強い〈力〉を持っているのだから。

 けれど、それでは自分がいやなのだ。

 別に自分を好きでいてほしいとかそんなことは思わない。千早はこれまでもずっと気安い仲間で、これからもずっと仲間で……ずっと一緒にいられなければさみしいだけだ。

 幸いにも、千早は白連塾に居続けたいみたいだし、風視だって千早のことをいい駒だと思っている節がある。那智のことは問題だが、風視の思惑を逆手に取れば、もうちょっとくらい千早と一緒にいられる時間が増えるかもしれないと思うのだ。

 懐に手を突っ込んで、増えた呪符をぐしゃりと握り締める。

 ひとつは前に預かった、扉をひらく呪符。

 もうひとつは先ほど預かった、地の〈気〉を封じる呪符。

 あやかしは天地の気の影響を強く受ける存在だから、地の〈気〉を遮断してしまえば、一時的にしろ〈力〉が弱る。そのスキを狙って、扉を開けということらしい。

「多岐くん、おまたせ。ってあれ、僕のお団子は?!」

 つらつらと考えにふけっていると、気軽い調子で風視が戻ってきた。

 ちらりと手持ちの袋から書状らしきものを見せたところをみれば、塾長から無事令状をもぎ取ってくることができたらしい。

「もしかして全部食べちゃったのかい……僕だっておなかがすいてるんだけどさ」

 ぶつぶつ文句を言う風視をちろりとみやって、多岐は湯飲みに残っていた冷たい茶を流し込む。

 団子なんて注文してから出てくるまでにそう時間がかかるものでもなし、自分で注文すればいいのだと、冷ややかにそんなことを考える。

「花見団子ください」

 片手を挙げて、桜色の耳飾をつけた先ほどの店員の少女に注文をした風視は、通りにすばやく目を走らせて。

「神殿には夜中に行くよ」

 声を潜めて、そう告げた。

「何もあらかじめ予告して、不都合なものを隠す時間をやることはないからね」

 多岐が何もいえないままでいても、風視は気にしないようだった。

 ただ熱い茶をすすりつつ、ぼんやりと人ごみを眺めて、何かを思案していた。

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