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「こちらでよろしいでしょうか?」
陵王がしたためた、古種族調査を依頼する命令書。風視はひらりと渡されたそれを受け取って、軽くうなずいた。
「ありがとう。無理をいって悪かったね」
「いえ。あなたが立ち上げた組織なのですから」
むしろ自分に言い聞かせるようにいう陵王はそう呟いた。
「代々の塾長は、あなたを支えるためだけにあったはずです。そして、本来の白連塾の意義に立ち直るために。私もそうあらねばならないのに、余計なことを言って申し訳ありませんでした」
「べつに、僕の傀儡になれといっているわけじゃないんだよ」
やはり先ほど、八つ当たり紛れに言葉をぶつけたのがまずかったのか。
眉を下げて、風視は困ったように言葉をつむぐ。
白連塾。立ち上げたのは、美羽の死後。もうかれこれ八百年ほど前になるだろうか。最初のころは祈塾といって、美羽の亡骸を埋めたあとにはえた祈樹の傍らに建てた簡素な建物で古種族との付き合い方を教えたのがはじまりだった。
ほんのささいなことで、影狩師はもとの存在意義をゆがめてしまったけれど。
陵王の背後の窓から見える中庭の景色を――花びらを舞い散らす美羽の祈樹を見やる。
優しすぎた、美羽。
風視岬を守護する主で、あやかしなのに人間と古種族のあいだにいさかいが起きるたびに悲しそうな表情をして。
――白連。はくれん……きいてるの?
怒った顔なんて見たことがなかった。
――許してっていってるのに。ずっと一緒にいるって言ったのに……約束、守れなくてごめんね?
言葉はいつも、耳の奥に鮮明に響いている。
人間だった自分に、どこまでも優しくて。ひねた自分を愛してくれて。最後の最後まで、自分のことばかり案じてくれて。
ふう、と風視は気持ちを切り替えようと息を吐き出した。
美和を今でも想っている。心はすぐに過去に飛ぶ。
けれど、今過去を懐かしんでいる時間はあまりない。
「僕は、白連塾を本来の姿に戻したら、引退したいんだよね。そのあとを引き継ぐのはやっぱり君や、君の後に続くであろう塾長たちなんだから、そんなふうにいじけてもらったらそれはそれで困るんだよ?」
ほんの少し冗談めかした軽い口調でそう告げれば、陵王もつられたようにわずかに笑んだ。
「引退するとかおっしゃらないで下さいよ。あなたがいなくては、白連塾は立ち行かないのですから。本来の白連塾に戻れなくなりますよ」
「というか、君こそがしっかりしないとダメだろ、陵王。君は塾長なんだからさ」
笑顔で発破をかけて、風視は少しばかり表情を引き締めた。
「それで、話は変わるけど、千早ちゃんのことなんだけどね」
「ああ、あの桜ヶ淵から生還したあやかし疑惑の少女ですね? そういえば、あやかしだったのでしたっけ」
「そうそう。その千早ちゃんだけど、彼女は多分僕と同じ存在になるね」
風視の言葉に、陵王は首を傾けた。
「と、いいますと?」
さらりと陵王の髪が肩先から流れ落ちる。
「人間の身でありながら、主に選ばれあやかしとなるモノ。もっといえば、主の伴侶となるべく定められた存在」
そういいきれば、陵王は少なからず複雑な顔つきをしていた。
「伴侶、ですか?」
「そう、もともとあやかしというものは古種族の中でも特殊な存在なんだ。たいがいの古種族は伴侶を同種族から選ぶものだけど、あやかしだけは違う。心が響きあうモノを選ぶと言われているんだ。己の〈力〉をわけることで、強制的に自分と同じ種族に――あやかしに変えてしまうのさ」
〈力〉の強いあやかしにとっても、多くの〈力〉を裂いて与えることは、大きな危険を冒すものだ。単に助けただけ、という、いわゆる「なりそこない」が多いのもおそらくそのためで。その危険を冒してさえ、長い時間を一緒に過ごしたいと思わせうるものが伴侶としてのあやかしになるのだ。
そうして。
かつての自分が風視岬の美羽に選ばれたように。
千早は鬼哭に選ばれた。
「ほどなく千早ちゃんは、完全なあやかしになるはずだ。鬼哭に守られて、ね」
言い切った直後、思わずもれた溜息に風視は自分で苦笑した。
多岐……多岐はどこにいったんだろう><




