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「鬼哭!」
非難するように、風視は声を上げた。
「なんで君は僕の邪魔ばっかりするんだ」
「さてな」
にやりと嗤った氷流は軽く肩をすくめて見せた。
「おれが聞いたほうが早いと思ったのさ。なあ?」
話を振られた少女は、難しい表情のまま一歩後ずさった。
少女はおそらく氷流が怖いのだ。あやかしで、ついでにこの都隠の山々の主たる氷流が。ここに人間からの追っ手を逃れて隠れ住んでいるのなら、なおのこと。
それは多分、むりのないことなのだ。
「……存じ上げませんわ」
だが、少女はぷいとそっぽを向いた。
「ほう?」
「……私どもの呪は門外不出。教えてほしいと乞われたところで、教えるはずもありません」
「なるほど?」
意味深長な氷流の相槌に、風視がはっとしたような顔つきになる。
おもむろに懐に手を突っ込むと、手帳らしきものを取り出して、すごい勢いで頁を繰っていく。
「乞われたのはこの前の三日月のあたりかい?」
繰り広げられていく会話に、千早はただ黙って聞いていることしか出来ない。
だが、代わりに脳裏で可能性を集める。
この前の三日月というのは、半月ほど前のことだ。
半月前――といえば。いったいなにがあった?
記憶をたどれば、答えは比較的たやすく手に入った。
見間違いかもしれないが、亡骸が夜中に動き回っている気がする、という依頼を受けて、神殿に多岐と泊り込んだことがあった。最もあの時は、何も起こらず、神官たちの見間違いだろうということで戻ってきたのだが。
少女の言葉は、教えてといわれたけど教えなかった、というように聞こえる。
だがもし。
教えなくても、盗まれたのだとすればどうだろう。
呪について、まとめられた本などでいい。盗られて、盗った相手がひそかに呪の練習をしていたのが、半月前の事件の真相だったのかもしれない。
「そのひとは、私ぐらいの女の子でしたか?巫女装束の」
桜巳の姿が頭をかすめる。
ずっと気づかないふりをしていたけれど。
桜ヶ淵の民人たちは、困っていたはずだ。
夜斗が創り出す、桜珠という貴重な収入源を失って。
もともと桜ヶ淵は桜が咲き誇る例の淵以外に、取り立てて特徴のある土地ではないのだ。
日々の食い扶持を稼ぐだけで精一杯の痩せた土地。特に食べられる獣もおらず、夜斗の領域である桜ヶ淵以外には、魚が取れるような河川もない。
桜巳が、もし。
日々の暮らしに困って、夜斗の桜珠を作ろうとしているのなら。
自分は一体どうすればいいのだろう。
唇をかみ締めて、千早はただ少女を真正面からみつめた。