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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第三章 それぞれの思惑
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「主さま?」

 まったくもって、ろくな予感がしてこない。

 じりっと後じさりながら女を見れば、女は完璧な笑顔を崩さないまま、多岐を見つめていた。

「わが主さまは、多岐さまがいらっしゃるのをお待ちでございますわね」

「俺……食料の買出しもあるし、あんまり行きたくねえんだけど」

 なんだか、蛇にでもにらまれた蛙のような気分になる。

 どうしても腰が引けて、苦しい言い訳をすれば、女は口を曲げてため息をついた。

「風視の君もうそがへたでいらっしゃいますのね」

「は?」

 唐突な言葉に眉を寄せれば、女はわずかに瞳をすがめる。

「多岐さまも白々しいとお思いなのでございましょう?食料を忘れた、などと。仮にも〈力〉を代償に嘘をつくのであれば、嘘はもっとうまくつくべきですわ」

 確かに、白々しいとは思った。

 おおかた、ここで自分を一時的に自分たちから離すために、わざと忘れてきたのだろうくらいには思っていた。

 だが。

 女は何故そのことをしっているのだろう。

「主さまの館には、風視の君も、千早さまもおいででございましてよ。食料など、封呪の民に求めずとも、館にいらっしゃればいくらでもお分けいたしますわ」

 つと、歩み寄ってきた女が自分の手を掴んでくる。

「もっとも、主さまが千早さまのことで多岐さまにご迷惑をおかけするとは思えませんけれどね」

 あまりにもその動作が自然だったために、多岐は女の手を振り払う機を逃した。

「あんたの主さまとやらと、千早はいったいどういう関係なんだ」

 身の丈ほどもあるような大蛇に腕を絡めとられたような心持がする。

 かすれた声で多岐が問えば、女は嫣然とわらった。

「参りましょう?」

 答える気はないらしい。

「あ、あの!」

 ずるずると女とは思えないほどの力で引きずられながら、多岐は必死に声を上げた。

 恐ろしい。

 恐ろしすぎる。

 このままついていったら、二度と生きては帰ってこられない気がする。

 そういえば、古種族は例外なく人間より力が強かったという、どうでもいい知識が頭をかすめた。

「封呪……封呪の民の集落とやらはほんとにあったのか?」

 とにかく、行きたくない。

 古種族は基本的に嘘をつかないから、千早や風視がこの女の主のところにいるというのは、間違いなく事実なのだろう。

 事実、なのだろうが。

 問題はそこではない。本能がいきたくないと叫んでいるのだ。

 なにかしら理由をつけて、時間を稼ごうとしたのだが、女はあっさり肯いた。

「ございましてよ。そちらに」

 女が指し示した先に視線をやれば。

 確かに自分が通り過ぎてきた道筋に、ちらほらと小さな家が見える。

「……え?」

 気づかなかった、と愕然とする多岐をよそに、女はさらに掴んだままの手を引っ張った。

「行きましょう」


 抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、多岐は坂の上にあった豪奢な門の中へと引きずり込まれた。

 季節を問わず咲き乱れる花々にあっけに取られているうちに、やたらと広い屋敷に入り。そのまま迷路のような廊下を突き進む。

 そして。

「主さま、ただいま戻りましてございます」

 ひときわ美しい扉の前で足を止めた女は、そう声をかけた。


 多岐は、思わず息を呑んだ。

 開け放たれた扉の向こうには、ましろい髪をした一人の男がいて。

 自分に背を向けた千早の姿も確かにあって。

 もしかすると、くちづけでもしていたのかもしれない。

 ふたりの距離は、どきりとするほどに近かった。

 

 千早の頭に手を回したまま、男はうっすらと伏せていた瞳を上げる。

 こちらに投げられたまなざしは、濃い黄金の色をしていた。

「よう、きたな」

 つむがれた、ひんやりとした声音。

 ぞくり、と背筋があわ立った。

 女のことも大概恐ろしいと思っていたが、この男はその比ではない。

 狂ったように心臓が鳴っている。冷たい汗が流れ、指先がこわばる。足は縫い付けられたように動かなかった。

「ゆるりとしていけ」

 あやかしだ、と直感した。

 それも、相当に〈力〉を持った存在だ。

「六花」

 浅い呼吸を繰り返していると、男は女に呼びかけた。

「連れて行け」

「御心のままに」

 女が腕をひっぱるのを、多岐はひどく遠いところで感じていた。

 ずるり、と千早の身体がくずおれたのはその時だ。

 視線の端に確かに見えたのに、からからに乾いた唇はその名をつむぐことさえしてくれない。

 わずかに目をみはるも、無情にも扉は鼻先で閉ざされてしまう。

「ご愁傷さま」

 閉ざされた扉をみつめて放心していると、女がくすりと笑った。

 視線だけで、意味を問う。

 だが、女が答えてくれるはずもなく、多岐は再び迷路のような廊下を引きずられて歩いていくはめになったのだった。

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