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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第三章 それぞれの思惑
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「悪いんだけどさ、この先に小さな集落があるから、いってきてくれないかな」

 そう話しかけてきたのは、物騒な獣に千早が気を取られているときだった。

 にこにことした、人好きのする顔つき。

 年はおそらく20代後半から30代前半。中肉中背の取り立てて目立たない平凡な風貌の男である。

「……ハイ」

 千早の話では、この男はかの有名な邪言使いの風視、だという。

 邪言、というのは闇の女神である輝無神を奉る言葉らしい。逆に那智は聖言使いと呼ばれていて、闇無神を奉る言葉を呪としてあやかしを狩る。信仰する神が違うこともあるのかこのふたりの影狩師は、白連塾の双璧でありながら、折り合いが悪い。

 もっとも、風視の年齢があわない気がとてもするが、そこは恐らく、つっこんではならない「なにか」なのだ。

 こういうものに突っ込むのは、平穏から遠ざかる第一歩だ。

 気になっても見ざる聞かざるで通すのが一番平穏なのである。

「実はさ、食料を一人分しか持ってきてなくてね……キミたちの明日のご飯がないんだよ」

 そんな多岐の苦悩などまるで気づかないふうで、風視は今まで獣の背につんでいた大きな袋を逆さにしてふってみせる。

 ぱらぱらとなにかのかすが落ちたが、それだけだ。

「いやー僕一人旅が多いからさ、つい、いつものくせでさ。用意するのを忘れたんだよね」

 風視は確か、食料は自分が用意するから着替えなどを主に用意するように、と前日にいったはずだ。

 いや、だがそれも、突っ込んではいけないことなのに違いない。

「だから、悪いんだけど……頼むよ、多岐くん」

 多岐の手に砂金粒をいくつか乗せて、風視はにっこりと微笑んだのだった。


「ねえよ……集落なんて!」

 風視が指した方角に向かって坂を駆け下りることしばらく。

 そう遠い口ぶりでもなかったのに、集落は行けども行けども見えなかった。

 来た方角をちらりとみやって、戻ろうかと思案する。

 道なんて獣道くらいしかなかったし、なによりここは古種族の領域とさえいわれる都隠山脈だ。影狩師である自分がうろうろするのは自殺行為――そう思いながら、一歩戻りかけて。

 多岐はため息をついて、立ち止まった。

「戻れねえよなぁ……俺は空気が読める男なんだぜ」

 一緒に来い、といったのは風視だが。

 今は、おそらく離れていてほしいのに違いない。ふたりだけで、内密の話をするために。

「千早、変わっちまったもんなぁ……」

 どこが、とは言えない。そこまでは明瞭にわからない。

 けれど、確かになにかがかわった。千早自身が、というよりも。その纏う雰囲気が。

 長期の休暇を取った千早が、桜ヶ淵から帰って来たとき、確かにかわったとそう思ったのだ。

『あの子は、古種族の血でもひいているのかね』

 あの、待ちぼうけを食らった日の深夜。

 那智から問われたことを思い出す。

 古種族嫌いの那智よりも風視のほうが、千早の味方になってくれそうだ。うまく言えないが、風視とかわってしまった千早には、どこか通じる雰囲気がある。

 あ~あ、と息を吐き出しながら、空を見上げた。

 木々の合間に見える空は、どこまでも青い。


「多岐さま、でいらっしゃいましょう?」

 どれくらいの間、歩き続けたかは定かではない。

 戻るに戻れず一応あるのかどうかもわからない集落を求めて、ぶらぶら投げやりに歩いていると、そんな声をかけられた。

 見れば、獣道をもう少し進んだところに女が一人、立っている。

 多岐は思わず、足を止めた。

 こんな山の中に、雅やかな女が一人――どう贔屓目にみても、あやしすぎる。あやしすぎるが、名前を呼ばれて、聞こえなかったふりをするのはどうだろう。いや、聞こえなかったふりはとてもとても、したかったのだが。

「……俺に、古種族の知り合いはいねえよ」

 まだ駆け出し影狩師である自分が、名指しで襲われるほど恨まれることはあるまい。

 だが、相手が人間である可能性が非常に低い場合、警戒をせずに相対できるほど、多岐も能天気ではなかった。

「わたくしは敵ではございませんわ。多岐さまをご案内に参っただけでございましてよ」

「案内? 風視さんがいった集落へか?」

 いいえ、といって女はうっすらとわらった。

 赤い赤いくちびるが、完全な弧を描く。

「わが主さまの館まで」

今回の主役は多岐くんです。


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