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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第二章 鬼哭の主
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 とりあえず、さきほどのあやかしを求めて、千早は屋敷の中をうろついてみた。

 季節を無視してでたらめに花が咲き誇る庭を抜け、迷路のような廊下を抜け。

「あれ……」

 廊下を抜けたあたりで千早は思わず足を止めた。

 庭の少し奥まった一角に、何本かの樹がひっそりとたたずんでいたのだ。

「祈樹……?」

 半信半疑で、一歩前に出る。

 ほのかに燐光をはらむ白い幹。ひらひらと舞うはなびら。

 どうみても、白連塾の中庭に生えている、祈樹にしか見えなかった。

 祈樹とは、白連塾の前身となる祈塾(きじゅく)の創設者が人間の安心して住める世界を築けることを祈って植えた樹だと言われている。その願いを、光の男神たる闇無(くらな)が容れた証として燐光をまとうようになった、と。そんな伝説を持つ樹なのだ。

 今まで千早は、白連塾以外で祈樹を見たことはなかったし、ないものだと思っていた。

 伝説の樹がそこらじゅうにはえていたとしたら、ありがたみも何もないだろう。

「なんで、こんなところに……?」

「墓に何か珍しいものでもあったか?」

 おもわず、といった調子でくちびるからこぼれたその言葉に応えたのは、ひんやりとした声だ。

「墓?」

 ふりかえれば、そこにいたのは、やはりあのあやかしだった。

「祈樹をみていたのではないのか?」

「見ていたけど……」

「あの樹はあやかしの屍骸を苗床に生える樹だ」

 抑揚も少なく、あやかしはいった。

「え……?」

「強い想いを残して死んだあやかしの成れの果てだ」

 くつくつと喉の奥でわらったあやかしは、千早の横をすり抜けて、祈樹へと歩み寄る。

 そのすべらかな幹に手を滑らせて。

 ゆっくりと千早のほうへと視線をよこす。

「どうした」

「私……この樹をみたことがあるわ」

「そうか?」

「うん……白連塾の中庭にあるわ」

「白連は悪趣味だからな」

 あやかしはさらりと、なんでもないことのようにそう言った。

 そっか、と千早はうなずきかけて、どこか違和感を感じてだまりこむ。

 そのまま数瞬。

「え?」

 たっぷり間が空いたあとのそのつぶやきはひどく間抜けに響いた。

 どうした、とあやかしが問うてくる。

「いま、なんて?」

「白連は悪趣味だといったが?」

 律儀にあやかしは言葉を繰り返す。

「おのれの妻のなきがらを、白連はあんな人目のあるところにうずめたのだ。これを悪趣味といわずになんという」

 白連塾の前身ともいうべき祈塾を作った創始者の名を、白連、という。

 授業で確かにそう習った。

「…………白連の奥さんはあやかしだったの?」

「そうだな。聞いていないのか?」

「白連塾はあやかし狩りの組織だし……そういうことはあまり言わないんじゃないかな」

 最近妙にあやかしに縁があると思う。

 おまけにあやかしを狩るためにつくられた組織の創始者の奥さんまでがあやかしだとか。それなのに、なぜ白連は祈塾を創設したのだとか。思うところは多々あるが、そこまで考えるのは許容量を超えてしまう気がする。

 今は桜ヶ淵のこと考えるだけでいっぱいいっぱいだ。

 あやかしは千早の言葉があまり腑に落ちないような顔をしていたが、それ以上そのことについてふれようとはしなかった。なにか思うところがあったのかも知れない。

「ときに、千早。おまえ、おれに用があったのではないのか?」

 話題を変えたあやかしに、千早はなぜ知っているのだとまたたいた。

「おまえがおれを探しているようだと報告があったからな」

 なんでもないことのように、あやかしはいう。

 よくわからない、と千早は思う。

 会ったのは、二年前に一度きり。それからついさっき。

 たったそれだけしか接点がなかったのに、あやかしをどうも信頼しているらしい自分に驚く。そしてなにより、なぜか親切なあやかしにも。

「私……」

 自分に親切にしたとしても、このあやかしに益があるとも思えないのに。

 けれど、あやかしは嘘をつかない。

 ならば、その言葉は人間よりも信じられるのかもしれない。

「私、桜巳も夜斗さんも助けたいの」

「そうか」

「……できれば、幸せになってほしいの」

 今でも、目を閉じればまぶたの裏に、あの日の幸せそうな桜巳の姿が浮かぶ。

「私、桜ヶ淵に行きたい。行って、何が起こっているのかを確かめたいの」

 あやかしは無言のまま千早をみつめていた。

「出来ることはあまりないかもしれないけど。それでも、できることをしたい」

 そんなあやかしを千早は真正面からみつめかえす。

 男のくせに、あやかしはきれいな顔をしていると思う。

 肩先で束ねられた新雪のようなましろい髪。濃い黄金の双眸はひんやりとした心地よい光を宿して自分を映している。

「だから。少しでもいいんです。――私に力を、貸してもらえませんか」

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