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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第二章 鬼哭の主
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 坂を上りきったところにある門は、芽津の都の皇城の門よりもずっと綺麗だった。

 白くつややかに磨き上げられ、細かい模様が彫りこんである。

 天花が近づくと、すべるように門は開いた。

「いらせられませ」

 まだ幼い声で天花がいざなう。

 門の両脇にはそびえたつように、青々と葉を繁らせた境ノ木(サカイノキ)が立っていた。

「千早ちゃん」

 天花のあとを追って門をくぐろうとしたときに、風視がこそっと耳打ちをしてくる。

「もし……もしも、なんだけどさ」

 あまり煮え切らない様子で、彼は小さく言葉を継いだ。

「君が完全なあやかしになりたくないって言うんなら、ここでは何も食べちゃいけない」

「え……?」

「もう人間には戻れないだろうけど、完全なあやかしになってしまえば、いろいろ巻き込まれることもあるだろう」

 

 もし、それがいやなら、と風視はいった。

 念を押すように、何も食べるな。と。


「どうして、そんなことを?」

 千早は声をひそめて、ゆっくりと問うた。

「……君は、何かを望んであやかしになったわけじゃないからね」

 風視はそれ以上何も言わなかったけれど、言わんとすることはなんとなくわかった。

 つまり、風視が問いたいのは。

 覚悟の有無だ。

 これから先どんなことが待ち受けてるのかは知らないが、覚悟がなければこの先には進むなといっているのだろう。何もなかった2年よりも前に、引き返せるわけでもないというのに。


 ふ、と笑みがこぼれた。

 自嘲にも、近い笑みが。


 門の内側は、不思議な空間だった。

 まるで物語の中にある桃源郷のようだ。

 春の花が咲き乱れ、夏の木々が青々と繁る。秋の実りがたわわになり、冬の花が控えめにひっそりと開いていた。

 暑くもなく、寒くもなく。

 痛みも苦しみもないのではないかと、そんな馬鹿なことさえ脳裏をよぎる。

「よう来たな」

 季節を無視したその空間にひんやりとした声が響く。

「鬼哭」

 忘れるはずもない声だった。

 2年前の、あの桜ヶ淵から。

 応える風視の声が、わずかに緊張をはらんだように思った。

「おまえもきたのか、白連(はくれん)

「ご挨拶だなぁ。僕が来るのが気に入らないとか?」

 風視の言葉に、声の主はふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「お前はいつでも面倒ごとばかり押し付けにくるからな――天花、白連を風の間に通しておけ」

「こちらにどうぞ、風視の君」

 天花が風視をいざなってはなれていく気配がする。

 

 千早は軽く息をすった。

 知らずのうちに、鼓動がはやくなっていく。

 手のひらに、汗がにじむ。

 ゆっくりと、心臓をなだめながらふりかえれば。


 果たして、あの日のあやかしがそこに、いた。


「久しいな、千早」


 舞い散る桜の花びらが、あの日を連想させる。

 雪のようにましろい髪が、さらりと風に溶けた。

 相変わらずの、ひんやりと冷たい声音。


「……ひさし、ぶり」


 返す声音は、わずかにふるえた。

 腹の奥底にたまるのが、恐怖ではないと信じたい。

 今まで幾度かとはいえあやかしと対峙したことがあるからこそわかる、圧倒的なその〈力〉――いまさらながら、その〈力〉の強さに、夜斗を一瞬で封じた事実を思い出す。


「何を恐れる」

 面白がるように、あやかしは喉の奥で低く笑った。

「あなたは、あやかしだから」

「お前もあやかしだろう?」

「……元人間だし」

 真正面からみつめあうことに疲れて、千早はふいと視線をそらした。

 心臓がどきどきとうるさい。妙な緊迫感が心身を疲れさせる気がする。


「まぁ、今日はゆるりとしていくといい。芽津から険しい道をきて疲れたろう」

 ぽふ、と頭の上に手が乗った。

 そのままさらに数度、ぽふぽふとなでられる。

「あ、あの……???」

 あやかしに頭をなでられるとか、いったいどんな希少体験だ。

 千早が反応に困っていると、あやかしはさらに笑みを深くする。

「屋敷の中はどこへ行ってもいいが、門からは出るな」

 頬をかすめた手は、やはりあの日のようにひんやりとしている。

「あの……」

「夕餉を用意させる。気に入った部屋で休んでおけ」

「待って!」

 そのままきびすを返そうとするあやかしを、千早は呼び止めた。

「どうした?」

「あの……」

 切り出そうとした千早は、さっきからひたすらにあの、としかいっていないことに気がついた。気おされているのだ。その強すぎる〈力〉に。

 どうしても深い部分にたまる恐怖を振り払うように、かぶりを振って、浅く息をすった。

「鬼哭さん、あの、夜斗さんは……」

「桜ヶ淵はまだ眠ったままだ。あれが目覚めるためには、まず地が鎮まらねばならん」

 言葉の意味を掴みかねて、千早はまたたいた。

「あの地は穢されて、恨みに憤っている。われらは気脈を食らう存在なれば、地の怒りの影響をまともに受けるのだ」

 あやかしは言葉を換えて説明をたしてくれたが、それさえもわからない。

「今、夜斗を目覚めさせたとしても、地の穢れが取り除かれぬ限りはまた狂うだけだということだ」

 千早をうつすあやかしのまなざしが、少し沈んだのはきっと気のせいではない。

 けれど、どう言葉を返していいか惑ううちに、あやかしはきびすをかえしていってしまう。

 ただひとり、取り残されて。千早はただ立ち尽くすばかりだった。

やっと再登場です、鬼哭!

目標は達成ですが、この章はもう少し続きます。

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