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まどろみの月 めざめの陽  作者: rit.
第二章 鬼哭の主
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 歩くのは、嫌いじゃない。

 山道を歩くのもそこそこ好きだ。

 気候も山歩きにはもってこいの爽やかさで、天気にも恵まれている。

「あの」

 ただ腑に落ちないことは山ほどあって。

 ついでに文句も山ほどあって。

 休憩時に多岐が離れた隙を見て、千早はこっそり風視のそでをひっぱった。

「どうしたんだい?」

 大型の猫科を思わせる獣の背をなでていた風視は不思議そうな表情で千早を見つめる。

「なにかあった?」

 大有りです!と叫びかけたところを頑張って飲み込んで、千早は代わりに息を吐き出した。

「言いたいことはいろいろあるんですけど、まずはこの子!」

 千早が指差せば、猫科の獣はふあああっとあくびをひとつした。

 獣の白地に斑点のある毛並みはいかにもふさふさしていて手触りがよさそうで、ちょっと触ってみたい気にもなるが、とんでもないことだと思いなおして、千早は一歩後ずさる。

「この子、牙獣(きじゅう)ですよね?」

「そうだね」

 あっさりうなずく風視にわずかながら目眩を感じる。

 牙獣は、しなやかな体躯が美しい生き物だがその性質は獰猛で有名。もちろん肉食だし、気が立っていれば人間も襲うし喰らいもする。

 そんな恐ろしい生き物をよく乗り物にする、と思う。

 普通は避けたり猟師に頼んで狩ってもらったりして遠ざけるべきものだ。

「まぁ、賢い子だから、むやみに人を襲ったりはしないよ」

「それだけじゃありません」

 そのまま話を終わらせようとする風視に千早は食い下がった。

「だいたいなんで多岐がついてくるんですか?!」

 そもそも、桜ヶ淵へは二人で行くものだと千早は思っていた。

 確認をしなかったのは千早が悪いかもしれないが、六花がいうには自分はあやかしで、白連塾はあやかしを狩るための組織なのだ。

 千早自身は違うが、あやかしに恨みを持つものも多くいる。

 事情を知る者はなるべく少ないほうがいいと思うのだが、風視は何を思って多岐まで同行させたのだろうか。

 しかも、多岐は一日待ちぼうけを食らわせられたあの日の晩、那智に呼び出しを受けたという。

 あれから数日たつ今も、なんとはなしにやぶへびになりそうな気がして、何を聞かれたのか千早は問えないままでいた。

「う~ん、まぁそこはさ。いろいろあるんだよ、大人の事情ってやつが」

 どうやら風視はあまり突っ込まれたくないようで、さりげなく牙獣の世話をしたりしている。

 聞くだけ無駄な気配がぷんぷんにする。

 少なからず千早は苛立ったが、怒ったところでどうにかなる問題でもない。

 なにしろ相手は、外見が若いだけで中身はおじいちゃんなのだ。海千山千とみて間違いはない。

「じゃあ、風視さん」

 これだけは答えてもらうぞと、千早は腹に力を入れて風視を正面に回ってみやった。

「行き先は桜ヶ淵ではないんですか」


 出発までの数日の間、千早は必要なものを買いに町に幾度か出たが、そのたびに桜珠を見た。

 あるときは腕輪。

 耳飾りに、首飾り。

 髪飾りの時もあったし、お守り風に細工を施してあるものもみた。

 その数はいっそ異常なほどで。

 仮に夜斗が封印から目覚めていたとしても、到底ひとりでまかないきれる量ではないのだ。

 かといって、あの色。

 満開の桜のはなびらの。うっすらと色づいた……桜そのものの。

 あの色はまがい物なんかではない。

 桜ヶ淵ではきっとろくでもない、何かが起こっている。

 2年前のあの一件から、気まずくなっていかなくなってしまった身で何を今更と思われるかも知れない。

 けれど。

 何かが起こっているなら、早く、と気がはやる。

 いって何が出来るのかはわからないけれど、自分の知らないところで、大切な何かが。

 決定的に壊れてしまうことだけは。どうしても避けたかった。


 それなのに。

 白連塾を、多岐まで伴って出発した風視が向かったのは。

 芽津からみて北方向に位置する桜ヶ淵方面ではなく、なぜだか南方向に位置する都隠(とがくし)山脈。位置的にいって、ちょっと遠回りするけどこっちのほうが安全だし時間短縮できるんだ、などという流れでは断じて、ない。

 むしろ都隠の山々は、古種族たちが多く住まう場所として有名であり。

 人間の立ち入りを好ましく思わない地域なのだ。

 一応あやかしらしいという、千早だが。

 間違っても影狩師が3人もいって、歓迎される場所ではない、と思われる。確実に。


「ああ、最終的には桜ヶ淵に行くけどね。先にあっておくべきひとがいるのさ」

 ようやっと聞けた風視のまともな答えに、千早はようやく息をつく。

 そうなんですか、と相槌を打てば、風視はにこりと笑顔でそれに応える。

「桜ヶ淵は主が不在で不安定だから、先に連れてこいって言われたんだよ」


 主語と目的語が抜けている気がするのは、気のせいだろうか。

「あの……誰に会いに行くんですか?」

「もちろん、鬼哭さ。千早ちゃんだって、会いたいだろう?」

 会いたいわけがない。

 けれど、にこにこと返事を待つ風視にそんなことは言えるはずもない。


 できれば空耳であってほしいと、千早は激しく思ったのだった。

この章は、突撃鬼哭さん!が目標です。

早く会えるといいなぁ……

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