恋の予感
恋人いない歴十数年の中村にとって、バイクでのソロツーリングは唯一の楽しみだった。今回は自宅からバイクで六十分も走れば行ける高尾山に決めていた。
翌朝、目覚まし時計よりも先に、窓の外から聞こえる鳥の鳴き声で目を覚ました。
天気は快晴、バイク日和、エンジンを始動し自宅を出た。カップ麺ではないが、三分ほど走りコンビニの駐車場にバイクを止め、ランチ用のおにぎりを購入、朝食はイートインでサンドイッチを食べ、コーヒーを飲んでいた。窓の外を見ると登山着を身につけた女性が地図を見ながらキョロキョロとしていた。頭には登山用のヘルメットをかぶり、手元には登山に使う杖を持っていた。なんであんな格好しているのかな? とサンドイッチを口に頬張りながら見ていると、女性は振り向いてこちらを見ている、そしてタイミングよく目が合ってしまった。職業柄いつもゲストに笑顔と手を振る動作が身についている中村は、とっさに外の女性に向け笑顔をつくり手を振っていた。コンビニの外へ出てオートバイに乗ろうとしていたら、登山着姿の女性が小走りに中村の元へ向かってきた。女性は、見た感じ外国人で中村に地図を手渡しながら英語と片言の日本語で「ハマダマウンテン、クガマウンテンはどこですか?」と聞いてきた。
「ハマダマウンテン? クガマウンテン?」
女性は浜田山と久我山が登山できるところだと思っているようだった。中村が両手を広げあっけに取られていると、女性は三六〇度、体を回転させ遠くを見て「ヤマナイ、ハマダ、クガ」と悲しそうにしていた。中村はリックの中に入っている翻訳機を取り出し、詳しく聞いてみた。女性はマレーシアから昨日日本に到着、富士山への登頂を楽しみにしていたのだったが、予約が取れず断念、宿泊している渋谷のホテルから、電車で気軽に行ける『浜田山』『久我山』の路線図を目にした。彼女はミニ登山を考え、浜田山の駅から山を探しながらここまで来たようだ。
「浜田山、久我山には登山できるような山はないです」と翻訳機のスピーカーを女性に向けた。中村の説明でこの地域には登山を楽しめる山がないことを理解した女性は、コンビニの駐車場にため息をつきながらしゃがみ込んでしまった。彼女はしくしくと涙を流し地面を見つめている、
「もしよかったら高尾山へいく? バイクで六十分くらいだけど」
「行きたいです。テレマカシ」
「なんだ、照れているのか? 照れ隠さなくたっていいのに、オーケー、その前にあなたの名前を教えてください。僕は中村正人です」
「わたしはマギーです」
翻訳機を通して思わぬ方向へ話がとんとん拍子に進み、バイクの後ろにマギーを乗せ高尾山へ向かった。ふだんバイクの後ろに女性など乗せたことのない中村は、背中からおなかの周りに組まれているマギーの手の感触が何とも言えない感じだった。信号で止まると微妙に背中に押し付けられる女性の体の感触、今まで味わったことのないような不思議な気持ちを味わっていた。六十分ほどで高尾山に着いた。緑豊かな高尾山の地面に足を踏み入れた二人は、無意識に手を大きく開き大きく深呼吸をしていた。
「ここが高尾山だよ」
「とてもきれい、テレマカシ」
「そんなに照れなくてもいいよ、この先にケーブルカーとかリフトがあるけど、せっかくだから往路をケーブルカー、復路をリフトに乗ろう、登山とまで行かないけど景色を楽しんで歩こうね」
「はい、お願いします」
ケーブルカーを下車して、頂上へ行くいくつかのコースの中で、あえてちょっと難しいコースを選んでみた。十五分ほど歩くと「みやま橋」が目に飛び込んできた。マギーは嬉しそうに一歩、一歩踏みしめながら橋の上を歩き、橋の中央で足を止めわずかな揺れを楽しんでいる。二人は他人が見れば仲の良いカップルのように登山を楽しんでいた。
登山に行けなく落ち込んでいたマギーの悲しい顔は笑顔に変わっていた。
登山気分を楽しみながら、二人は頂上に到着し展望台の方向へ歩いて行った。展望台からは、富士山や丹沢の山々が綺麗に見ることができた。「ほら富士山が綺麗に見えるよ」
「テレマカシ」とマギーは中村に頭をさげた。
中村は持っていた和訳機をマギーの母国語のマレー語に設定して「今日はとても楽しかったよ、ありがとう」と和訳機を通してマギーに伝えた「la sangat menyeronokkan hari ini,terima kasih」
和訳機のスピーカーから聴こえてきた音声に中村はどきっとした。ありがとうというフレーズが「テレマカシ」と言うことを知った。




