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神鳴の共鳴(シンクロニシティ) ―機鋼帝国ゼノフィアと八百万の祈り―  作者: amya
11章

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第57話:星を繋ぐ大合奏(グランド・セッション)


「総員、散開! アラタの道をこじ開けるぞ!」


 ナギの凛とした号令が、腐敗した地下空洞の空気を震わせた。それが、最終決戦の幕開けを告げるタクトの一振りだった。


 散開する仲間たちの動きには、一糸の乱れもない。彼らは知っている。これから始まるのは、敵を殲滅するための殺し合いではない。それぞれの魂が奏でる「音」を重ね合わせ、暴れる神の心を解き放つための一つの目的を達成するための、壮大なるセッションであることを。


 泥の巨神が、侵入者を排除すべく数千の触手を逆立たせる。その咆哮が轟くよりも早く、最初の「音」が奏でられた。



「凍てつけ! 泥に塗れた悲しみよ!」


 イザベラが純白のドレスを翻し、氷の翼を広げて急降下した。彼女が狙うのは、巨神を地上に縛り付けている泥濘でいねいの足元。かつては世界を閉ざすために使った絶対零度の魔力が、今は世界を救うための「清浄なる楔」となって放たれる。


「――氷葬・白銀のダイヤモンド・コフィンッ!」


 イザベラの指先から放たれた冷気は、物理的な速度を超えて巨神の足元へ到達した。高い硬質な音が響き渡り、ドロドロと脈動していた汚泥が一瞬にして凍結する。それは単なる氷ではない。神の放つ腐敗の呪いさえも封じ込める、ダイヤモンドのように美しく、強固な氷の拘束具。巨神が動こうと力を込めるが、凍りついた足は微動だにしない。


『――オ、オオオ……!?』


 神が戸惑いの声を上げ、反射的に「拒絶」の黒い波動を全方位に放出した。触れたもの全てを塵に変える死の波紋。だが、その脅威に対して、次に動いたのは小さな「月の神」だった。


「……重力干渉……防壁シールド展開」


 カグヤがふわりと空中で静止し、小さな両手を広げた。彼女の瞳の中で、幾何学的な魔法陣が回転する。ズゥゥン……! 空間が歪む重低音と共に、見えない重力の壁が展開された。神が放った黒い波動は、カグヤの作り出した重力レンズによってぐにゃりと軌道を曲げられ、アラタたちのいない天井や壁へと弾き飛ばされる。


「……あなたの悲鳴は、もう誰にも届かせない」


 カグヤの静かな決意が、鉄壁の守りとなって仲間を包み込む。足止めと防御。舞台は整った。ここからは、リズム隊の出番だ。


「今だッ! 食らえ、ドワーフの意地!」


 頭上を旋回していた『嵐駆らんく丸』から、リッカの怒号が飛んだ。船体側面に展開された数多の砲門が一斉に火を噴く。ドンドンドンドンドンドンッ!! それは無秩序な乱射ではない。カイトの操舵とリッカの火器管制が完全にシンクロした、正確無比なるドラム・ビート。魔導砲の弾幕がリズムよく巨神の表面を叩き、イザベラが凍らせたことで脆くなった泥の装甲を、次々と剥がしていく。


「へっ、いい音させやがる! 装甲剥離率、五〇パーセント!」

「まだまだ! 芯まで響かせてやるよ!」


 カイトとリッカの掛け合いが、戦場のテンポを加速させる。そして、その熱狂のビートを背に受け、主旋律メロディへの道を切り開くソリストが飛び出した。


「ハァァァッ!!」


 ナギである。彼は虚空を蹴り、自らの体を一本の「角」と化して突撃した。蒼き龍のオーラが螺旋を描いて彼を包み込み、暗闇の中で鮮烈な閃光となる。


「我が一撃は、王の誇り! 神の胸襟きょうきんを開け、蒼天咆哮!!」


 ズバァァァァァァンッ!!


 ナギの突撃が、リッカたちが削った装甲の隙間――巨神の胸部中央に突き刺さる。泥が弾け飛び、腐敗した肉の壁が抉じ開けられる。その奥に見えたのは、汚泥に埋まりながらも微かに脈動する、ゼノンと同化した神のコア


 一直線に貫かれたその道は、まさにアラタとミラを招き入れるためのレッドカーペット。それは、完璧なハーモニーで完遂された。


「道は開いた! ――行け、アラタ! コダマ!」


 ナギが叫び、開いた傷口を維持するために踏ん張る。その背中に向かって、桜色の光を纏った聖獣が、一陣の風となって駆け抜けた。



 ナギの絶叫が、こじ開けられた肉壁の向こう側へと響き渡る。その声は、王が託した最強の通行手形だった。


「任せろ!」


 アラタは『修理槌・桜雷』を握り直し、相棒の背中に身を伏せた。背中にはミラの温かい体温を感じる。彼女もまた、アラタの背にぴったりと張り付き、自身の生命力を供給する準備を整えている。


『アオォォォンッ!!』


 聖獣コダマが、瓦礫の山を蹴って疾走した。その速度は、風そのもの。イザベラの氷が舗装し、カグヤの重力制御が整地した「光の道」を、新緑の流星となって駆け抜ける。


 だが、迫りくる「調律師」の気配に、泥の巨神が過剰に反応した。


『――イヤ……。コナイデ……!』


 それは、テリトリーを侵されることへの本能的な恐怖。ゴミに埋もれた自分のコアを、これ以上触られたくないという拒絶のパニック。


 ズズズズズ……ッ!!


 巨神の全身から、汚泥で構成された無数の触手が噴出した。それは数千、数万という黒い槍となり、アラタたちの進路を全方位から遮断しようと殺到する。隙間などない。物理的な壁となって迫る、絶望の波。


「くっ、数が多い……! コダマ、避けきれるか!?」


 コダマが牙を剥き、急制動をかけようとした、その時だった。


「――コラッ! 暴れるでない!」


 頭上から、凛とした、それでいてどこか懐かしさを感じさせる叱咤の声が降ってきた。 天井付近を舞っていた桜色の光――覚醒したワラシである。


「お主はただの迷子じゃ。怖がることはない。……ここはもう、わらわの『敷地内』じゃからな!」


 ワラシがふわりと光の衣(十二単)を広げた。その袖から溢れ出したのは、春の陽光を凝縮したような、圧倒的な桜色の光の粒子。


『――大結界・家内安全ワールド・サンクチュアリ!!』


 パァァァァァァァァァ……ッ!!


 地下空間という閉鎖された世界が、瞬時に桜色の光で満たされた。それは防御壁ではない。空間そのものの「質」を書き換える、概念的な結界。この星を一つの「家」と定義し、その中にいる全ての存在を「家族」として守護する、座敷わらしの最終奥義。


 奇跡が起きた。アラタたちに殺到していた数万の触手が、光の粒子に触れた瞬間、その動きを極端に鈍らせたのだ。殺意に満ちた黒い槍が、まるで水の中を漂う海藻のように、ゆらりと優しく揺らめき始める。神が放っていた「拒絶」の波動が、ワラシの放つ「受容」の暖かさに包み込まれ、中和されていく。


「……すごい。時間が、遅くなったみたいだ」


 アラタが目を見張る。スローモーションになった世界の中で、桜色の光だけが美しく舞っている。それは、どんな暴風雨の中でも、家の障子一枚隔てた内側にだけ存在する、絶対的な安らぎの空間そのものだった。


「今のうちじゃ! アラタ、お主の『音』を届けてやれ!」


 ワラシが結界を維持しながら叫ぶ。その額には汗が滲んでいる。神の拒絶を全て受け止める負荷は計り知れない。だが、彼女の表情は、悪戯に成功した子供のように晴れやかで、そして母親のように慈愛に満ちていた。


「この子の癇癪かんしゃくは、わらわが抑える! ……行ってこい、調律師!」


 ワラシがこじ開けた、神の懐への完全なる空白地帯。そこにはもう、遮るものは何もない。


「ああ、行ってくる! ……ありがとう、ワラシ!」


 アラタが叫び、コダマが再加速する。桜色の雨が降る中、一行はついに、神のコア――ゼノンが埋まる巨神の胸元へと肉薄した。





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