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神鳴の共鳴(シンクロニシティ) ―機鋼帝国ゼノフィアと八百万の祈り―  作者: amya
11章

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第56話:神の正体


 魔導帆走車『嵐駆らんく丸』が突入したその先――地下深奥の世界は、アラタたちの想像を絶する光景だった。


 そこは、太古の昔に「最初の神」が自らを封じるために作り上げた「絶対防音の殻」の内側。本来であれば、原子の振動さえ許されない完全なる静寂と、清浄な暗闇だけが存在すべき、人類が決して踏み入れてはならなかった聖域である。


 だが、今、彼らの目の前に広がっているのは、静寂とは程遠い、腐臭と騒音の地獄だった。


「……酷い。これが、帝都の地下の正体なのか」


 アラタは口元を覆い、呻くように言った。広大な地下空洞の壁面には、地上から無数に伸びた排気ダクトや下水管が、醜悪な蔦のように張り巡らされている。そこから絶え間なく吐き出されるのは、帝都ゼノフィアが長年にわたって排出してきた産業廃棄物、実験で汚染された魔力廃液、そして何よりも醜悪な――人々の尽きることのない欲望の残滓ノイズであった。


 それらは粘着質なヘドロとなって「神の殻」にこびりつき、内部へと浸透し、眠れる神の清らかな魂を物理的に、そして霊的に蝕んでいたのだ。


『……オ、オオオ……。イタイ……。ウルサイ……!』


 空洞の中心から、鼓膜を破らんばかりの咆哮が響く。それは威厳ある神の宣告ではない。逃げ場のない檻の中で、汚物にまみれることを強制された存在の、生理的な拒絶と悲鳴の奔流だった。


『嵐駆丸』のサーチライトが、闇の中で蠢く「それ」を照らし出した。


 空洞の中心に鎮座していたのは、山のように巨大な泥の塊だった。かつては光り輝く存在だったであろうその肉体は、地上のゴミと廃材を取り込みすぎて、見るも無残な姿に変貌している。無数の錆びたパイプや折れた鉄骨が血管のように表面に浮き出て、粘土のような皮膚からは、コールタールのような黒い体液が滴り落ちている。その一滴一滴が地面に落ちるたび、ジューッという音と共に岩盤が腐食し、鼻を突く悪臭が立ち昇る。


「……見るがいい、人間たちよ! これが貴様らが神にした仕打ちだ!」


 巨神の胸部に埋まり、下半身を泥と同化させた皇帝ゼノンが、血を吐くように叫んだ。 彼の美しかった純白の礼服は汚泥にまみれ、端整な顔立ちは絶望と憎悪で歪んでいる。彼は、この醜悪な怪物の一部となることを、自ら選んだのだ。


「神はただ、静かに眠りたかっただけなのだ! 騒がしい地上の喧騒を嫌い、自ら殻に閉じこもるほどに、静寂を愛しておられた!」


 ゼノンの叫びが、地下空洞に反響する。

「それを貴様らは……! その殻に穴を開け、寝息をエネルギーとして奪い、あろうことか汚物と騒音を流し込んで、神を起こし、汚し、痛めつけた! ……これが罪でなくて何だと言うのだ!」


 ゼノンの言葉には、反論できない真実が含まれていた。帝国の繁栄は、この「神への寄生」の上に成り立っていたのだ。神が目を覚まし、不快感に暴れるのも無理はない。


「ならばもう、全てを泥に還して永遠に黙らせるしかない! 神が再び安眠するためには、世界という『騒音源』を消すしかないのだ!」




 ゼノンの激情に呼応し、泥の巨神がゆっくりと、その巨大な腕を振り上げた。その動作だけで大気が軋み、空間に黒い亀裂が走る。


『――アアアアアアアアアアッ!!』


 振り下ろされた腕から放たれたのは、物理的な打撃衝撃ではない。それは、存在そのものを否定する「腐敗」の波動だった。


「――避けろ、カイトッ!」


「分かってるよッ!」


 カイトが舵輪を切り、『嵐駆丸』が紙一重で黒い波動を回避する。波動が掠めた空洞の壁面が、一瞬にして灰色に褪色した。岩盤としての硬度を失い、ボロボロの灰となって崩れ落ちていく。鉄骨も、魔導機器も、触れた瞬間に錆びつき、土へと還る。それは破壊ですらない。強制的な「風化」と「分解」。神は、自分を苦しめる全ての異物を、物言わぬ泥に戻そうとしているのだ。


「……なんて力だ。あんなもの、まともに食らったら骨も残らねえぞ」


 カイトが冷や汗を拭う。だが、アラタはその恐ろしい光景を見ても、恐怖に足がすくむことはなかった。彼の耳には、ゼノンの怒号よりも、巨神の咆哮よりも、もっと深く切実な「音」が届いていたからだ。


「……違う。あれは怒りじゃない」


 アラタは『嵐駆丸』の甲板で、修理槌『桜雷サクラライ』を強く握りしめた。槌の木肌から伝わってくるのは、攻撃的な殺意ではない。助けを求める、迷子の子供のような震え。


「あれは……泣いてるんだ。ゴミに埋もれて、痛くて、怖くて……どうしていいか分からなくて、泣き叫んでいるだけなんだ」


 アラタの悲痛な声が、風に溶けた。神と呼ばれているけれど、その本質は、ただ静けさを求めていた繊細な魂。それが、無理やり起こされ、汚され、パニックに陥っている。



「ええ。……だから、あの子に『お風呂』と『子守唄』が必要なのね」


 隣に立ったミラが、決意に満ちた瞳でアラタを見つめ、その震える手をそっと握った。 彼女の纏う『翠輝神緑鎧エメラルド・ガーディアン・アーマー』から、柔らかな新緑の光が溢れ出し、腐臭に満ちた空気を浄化していく。


「アラタ、あなたの言う通りよ。あの子は怪物じゃない。……泥遊びをして、お家に帰れなくなっちゃった子供と一緒」


 ミラは獣人としての母性的な感性で、神の本質を見抜いていた。汚れているなら、洗えばいい。泣いているなら、あやせばいい。それは戦いではなく、もっと根源的な「ケア(手当て)」の領域だ。


「アラタ、行きましょう。あの子の汚れを落として、本当の声を聴かせてあげるの」


「ああ、ミラ。……君の言う通りだ」


 アラタは顔を上げ、泥の巨神を見据えた。その瞳から迷いは消え、職人としての、そして調律師としての静かな闘志が宿る。


「ゼノン、あんたは『永遠に黙らせる』と言った。……でも、僕たちは違う」


 アラタが『桜雷』を構えると、槌が呼応するように

「カァン」

と清らかな音を立てた。


「僕たちは、神様に『おはよう』を言いに来たんだ。……最高の音楽と共にね!」


 奈落の底、腐敗と絶望が支配する世界で、小さな希望の旋律が奏でられようとしていた。アラタとミラ、二人の魂が重なり合い、泥濘でいねいの神を救うための、最後のセッションへと向かっていく。





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