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神鳴の共鳴(シンクロニシティ) ―機鋼帝国ゼノフィアと八百万の祈り―  作者: amya
10章

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第53話:沈黙の玉座


 機鋼天宮アステリアの最上階。そこは、雲海すらも眼下に収める、成層圏の静寂に包まれた「星の特等席」だった。


 だが、その神聖な景色は、無機質な鋼鉄によって冒涜されていた。ドーム状の天井からは無数の銀色のパイプが垂れ下がり、まるでパイプオルガンのように不気味な唸り声を上げている。その中心、「沈黙の玉座」に座していたのは、豪奢な純白の礼服を纏った男――皇帝マエストロ・ゼノンであった。


「……よく来たね、不協和音ノイズの運び手たちよ」


 ゼノンがゆっくりと立ち上がる。その顔立ちは彫刻のように美しかったが、瞳には生気がなく、まるで硝子玉のように冷徹な光を湛えていた。彼が指を振ると、空間そのものが軋み、アラタたちの鼓膜を圧迫する。


「お前が、皇帝……ゼノンか」


 アラタは『共鳴外骨格・かなで』の出力を上げ、一歩前へ出た。隣には、低く唸る聖獣コダマと、肩に乗ったワラシ。背後にはナギ、ミラ、リッカ、カイトが武器を構えている。


「その通り。私はこの星の指揮者マエストロ。……君たちが地上で奏でてきた『希望』だの『自由』だのという音は、私にとっては耳障りな雑音に過ぎない。神の安眠を妨げる、最も罪深い騒音だ」


 ゼノンは心底軽蔑するように嘆息すると、何もない空間に指揮棒を振り上げた。


「最終楽章には、悲劇のヒロイン(ソリスト)が必要だ。……さあ、歌いたまえ。愛ゆえに凍りついた、哀れな母親よ」


 ゼノンの足元に幾何学模様の魔法陣が展開し、まばゆい光の柱が立ち昇った。光の中から現れたのは、かつて最北の監獄で別れたはずの氷の将軍――イザベラだった。だが、今の彼女に以前のような意思の光はない。瞳は虚ろに濁り、全身には強制操作のための魔導ケーブルが無数に突き刺さっている。


「……排除……シマス。……対象……不協和音ヲ……」


 機械的な音声と共に、彼女の周囲に絶対零度の冷気が渦巻いた。アラタは息を呑んだ。彼女は救出されたのではなく、再び「部品」として再利用されるために、この戦場へ召喚されたのだ。


「イザベラ! ……また、彼女を道具にするのかッ!」


「道具ではない。楽器だよ。彼女の絶望は、とても澄んだ音色ねいろを出す」


 ゼノンが指を弾くと同時に、イザベラの手から放たれた氷槍が、音速を超えてアラタへと殺到した。




「――させぬッ!」


 ナギが『光の角』を発動し、光の障壁で氷槍を受け止める。しかし、強化されたイザベラの魔力は凄まじく、障壁は一撃でひび割れ、砕け散った。


「くっ、以前よりも出力が上がっておる! ……アラタ、どうする!? 斬るか!?」


 ナギの叫びに、アラタは首を振った。『共鳴外骨格』のバイザー越しに見えるイザベラの魂の波形。それは、表面上はゼノンの支配コードで塗り潰されているが、その深層には、まだ消えていない「熱」があった。


「ううん、斬らない。……彼女は、泣いてるんだ」


 アラタは修理槌『桜雷サクラライ』を構え、猛吹雪の中へと飛び込んだ。(コダマ、頼む!)アラタの意思を汲んだコダマが、足元の鋼鉄から蔦を生やし、イザベラの動きを一瞬だけ阻害する。その隙を突き、アラタはイザベラの懐へと肉薄した。


「……オオオオォォォッ!!」


 イザベラが絶叫し、自身の身体ごとアラタを凍らせようと冷気を放出する。アラタの装甲が白く凍てつき、警報音が鳴り響く。だが、アラタは退かなかった。槌を振り上げるのではなく、そっと彼女の胸元――心臓部にある制御コアへと、槌の先端を押し当てた。


「……聴こえるよ、イザベラ。君が、娘さんを想う音が」


 アラタは目を閉じ、全身の神経を槌に集中させた。破壊の衝撃ではない。浸透する調律の波紋。『桜雷』から放たれた桃色の光が、イザベラの体内を駆け巡る呪縛の黒い鎖を、一本ずつ、丁寧に解きほぐしていく。


(思い出して。……氷の冷たさじゃない。君が守りたかった、あの温かい鼓動を!)


「……あ……、あぁ……ッ!」


 イザベラの瞳に、一瞬だけ光が戻る。 脳裏に蘇るのは、病床で眠る娘の手を握った時の、確かな体温。 「ママ、あったかいね」と笑った、あの子の声。


「……私は、……あの子の未来を……閉ざすわけには……ッ!!」


 パキィィィィンッ!!


 澄んだ音が響き渡り、イザベラを縛り付けていた魔導ケーブルが一斉に砕け散った。 彼女を覆っていた氷の鎧が剥がれ落ち、中から現れたのは、涙を流しながらも、戦士の瞳を取り戻した一人の母親の姿だった。


「……馬鹿な。私の支配コードを、外部からの干渉だけで書き換えたと言うのか?」


 ゼノンが初めて表情を歪めた。 イザベラは涙を拭うと、アラタに背を向け、かつての主であるゼノンを睨み据えた。


「勘違いするな、調律師。……これは、礼ではない」


 イザベラが右手を掲げると、空中に無数の氷剣が出現した。だが、それは以前のような死を招く冷たさではなく、ダイヤモンドダストのように美しく輝いている。


「あのような鉄屑に、私の娘が生きる世界を奪わせはしない。……これは、私個人の『私情』だ!」


 放たれた氷剣が、ゼノンの周囲に展開された防御障壁を激しく叩いた。





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